課題 

July 18 [Wed], 2007, 15:36

タクシードライバー 

July 18 [Wed], 2007, 15:03
トラビスビックルは誰の心の中にもあると思った。トラビスは、「君の心は一人ぼっちだ。電話、書類、周りの物は意味がない。君は幸せな人ではない。友達が必要だ。」とベッチイにいう。階級の違う男の誘いに乗ったのは、彼の言葉がベッチイの孤独な心に響いた。この言葉は、トラビス自身にあてはまる。アイリスも孤独ゆえに家出をし、スポーツの偽りの優しさに騙され、売春に疑問を感じなくなる。ベッチイはトラビスを、事実と作り話が半分半分の歩く矛盾である、と述べるが、彼女自身も現代人であった。人類は、さまざまな圧政や不平等と戦い、現在ある自由を勝ち取ってきた。また、科学技術も進歩し、現代人は肉体的にも精神的にも最も自由になったと言える。しかし、自由になった分だけ、以前は神や権力者に転嫁できたアイデンティティの問題が直接自己が負担することになった。現代人は画一化され、人間関係が希薄となり、誰しもが心を許せる相手を必要としている。その画一的で規則的な生活を送る中で、誰しもがトラビスのような孤独や不安を持っている。その不安から逃れるためにトラビスは、犯罪を自己正当化していった。この孤独な現代人はさまざまな場合にあてはまるであろう。私が思うに、JFケネディ暗殺事件のヒンクリーは、トラビスと自分を重ね合わせ、発砲した。彼は、女性とうまく付き合うことのできない、妄想の世界に住む孤独な男であった。トラビスも、バラタイン議員を暗殺していれば、世間から追放されていたであろう。しかし、偶然暗殺に失敗し、アイリスを救って彼は、ヒーローとなった。腐ったNYの社会が、求めるヒーローは一歩間違えば、暗殺者であったのである。彼にとっては、ベッチイの政界も街のギャングも同じ悪なのであったのであろう。

ロンドン 

July 18 [Wed], 2007, 14:38
ロンドンは君主政治が行われていた。君主政治は、すなわち絶対王政であり、王(日本では天皇)が絶対的権力を有し、政治を行っていた。この地図の時代は、ビクトリア1世の大英国時代であった。  また、イギリス憲法は立法権と行政権との完全な分離とある。しかし、結合が生じ両者を結ぶのが内閣だとバジョットは述べる。バジョットは、「すべての重要な問題については、論ずべきことがたくさん残されている」と述べ、イギリス憲法の文献の中で、現実とは大きく食い違うことが書かれていると指摘している。まず、イギリスの政治体制である司法、立法、行政の三権が完全に分離し、それぞれが違った個人や団体に委託され、三権のいずれも、他の任務に干渉できないことが、体制の一原理として規定されているというものである。また、君主制的要素、貴族制的要素、民主制的要素が相互に結合されているというものである。

Charleston,SC.火災保険図 

July 11 [Wed], 2007, 14:59
Charleston,SC.火災保険図の図である。赤い建物が、レンガ造りの建物であり、黒い建物は木造の建物である。赤い建物つまりは、レンガ造りの建物は図の左下に集中している。このレンガ造りの建物は、教会や裁判所などの公共の施設である。つまり、公共の建築物は、火災から防ぐためにレンガ造りにされていたと考えられる。また主要道路や、公共施設付近にはレンガ造りの建築物が多いことがわかる。

チャールストン 

July 11 [Wed], 2007, 14:23
18世紀といえば日本近海に外国船が出没し、中には難破する船も現れた時代である(イタリア人シドッチと新井白石 の『西洋紀聞』(1709〜1715)。当時太平洋にはスペイン領のメキシコとフィリピンの間には通商路が開設されていました。メキシコ銀貨は南海(中国から東アジア)における国際通貨でした。18世紀の50〜80年代と言えば平賀源内や解剖学の杉田玄白、能楽の青木昆陽、海防論の書『海国兵談』(1790年代に寛政異学の禁に抵触)の登場する時期です。 当時北米大陸の領有をめぐり英仏が覇権争いを展開しており、ブーゲンヴィルとクックの活用は七年戦争後の太平洋海域における西欧列強の覇権争いを予告するひとつの事件であった。当時の地誌はそれに参加した科学的探険家たちによって担われていました。当時わが国は江戸は金本位制でしたが、大阪や博多・長崎はかつての南海貿易との関係で、銀本位制(銀行・銀座)下にあったのです。16から17世紀における日本列島は鉱山開発ブームでしたが、これはこの南海(南蛮)貿易との関係で、理解すべき内容を含んでいます。江戸初期における日本の関係で、理解すべき内容を含んでいます。江戸初期における日本の貨幣制度は貴金属類の流出で何度か崩壊の危機に直面しています。 わが国の伝統的地誌(図会類を含む)の編集は17~18を通じて盛んに行われていました。その問題は別途検討してみることにしましょう。 講義の中では西欧列強による初期資本主義のグローバルな拡大と海外情報のヨーロッパにおける関心の高揚、かかるブームを受けて地誌(旅行記や航海記を含む)形式のユートピア文学の流行、ユートピア願望が新大陸への彼らの移住を促進したことにふれた。アダムスミスの『道徳情操論』と新大陸における労働力調達を考えておこう。 ユートピア文学との関係で18世紀の歌劇『フィガロの結婚』 の荒筋を検索しておこう。支配者と支配者の立場の逆転をおもしろおかしく描写しています。これは市民革命に繋がる思想の流行を取り入れた結果なのです。ロココ風これがモーツアルト の時代の西欧社会(裕福な自営業者=ブルジョワジーが担う)新しいムードだったと文化史の教科書は書いていますが、それを可能にしたのはアジア・アフリカ・ラテンアメリカの経済支配の進展でした。  観察対象を詳細に捉え、それをデータ化する凄まじい情熱。その片鱗は博物学者たちが残した動物や植物の挿絵(細密画)からも十分に感じとれます。絵画の形式も聖書を題材とした歴史画に変わり、風景画や地図など写実的なもの(科学的なもの)が登場するのです。本来地図は地誌の挿入資料として作成されてきたものでした。  Trivialism(細叙法。一種のレトリック=説得のための表現戦略)。ダニエル・デュフォー『ガリバー旅行記』はその典型をなす経済小説。ロビンソン・クルーソーの冒険というユートピア小説の同様   当時の西欧の都市には植物園・動物園・民族展示館などが盛んにつくられていますが、それは植民地経営と連動したことだったのです。民族展示館は異国の珍しいものを、植物園はプランテーション経営の栽培作物学的サポート機関だったのです。ブーゲンヴィルの一行はあのタヒチ島でサトウキビに新品種を発見したと指摘しましたが、彼らの活躍は植民地経営における技術革新(旧大陸の労働力と旧大陸の生物資源とをユニークな形で結びつける=シュンペーター 流に言えば「経済発展とは新結合を遂行すること」を、文字通り)を実践することと直結していたのです。 参考文献  伊藤光晴ほか『シュンペーター 孤高の経済学者』岩波新書 川勝平太『文明の海洋史観』中公新書1997 139-217項 RAスケルトン『図説 探検地図の歴史』原書房 1992  アダム・スミス『国富論』中公バックス 世界の名著37

アメリカの地図 

May 09 [Wed], 2007, 14:48

落書き 

May 09 [Wed], 2007, 14:35
ギリシアに知る人ぞ知る「路上落書き作家」あるいはその集団Zapがいる。 アテネのPsiri地区を中心に彼の描く落書きを小まめに取材するserver pics' の→/Athens Street Art

を紹介する。 童画風で、都会の若者の不安と憂いを含んだ独特のキャラクター、とても心に残るユニークなものだ。 落書きは法律違反、りっぱな違法行為です

私のページ 

April 18 [Wed], 2007, 14:37
授業で、開設しました。 よろしくお願いします。
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