宣戦布告 

December 19 [Mon], 2005, 22:42


負ける気がしないわ
あなたはルイ・ヴィトンのバッグを持っているけど
わたしのタワレコの袋の中にはCDが4枚とDVDが1枚入っている

負ける気がしないわ
わたしの黒いベロアのコートは黒ラブみたいな光沢があって
あなたの黒いコートには白い屑が沢山へばりついている

少し曲がった背中より
補強ベルトのおかげで真っ直ぐに伸びた背筋


エスカレーターで擦れ違いながら
見知らぬ女に宣戦布告

お互い見ていて目が合って
わたしだけが宣戦布告

目ぇ逸らしたな
わたしの勝ちか


美しさも趣味も姿勢もメンチの切り合いも、
愚かしさでさえ

負ける気がしないわ
負けたくねぇわ


暇潰しよ、十数秒の宣戦布告


飛ぶように 3 

December 18 [Sun], 2005, 17:15
 再会の儀式(久しぶりと言うとか、なんだか気まずい空気を出すとか、どうしていたかを訊ねるとか)を何も経ていないせいか、きっと爆発すると思っていた感情はフラットなままだ。でも、こっち側にいる。
 本当に?疑ってしまうほど、あっけなく。こちら側に来てしまった。彼が私の腕を掴んでいる。病人のくせに老いたくせに、やたらと力強い指先だった。

「こっから入って」
 示された窓は大きく、庭に出入りするための造りだった。
「松本さんの部屋?」
「そう。ほんとうは、表から入って欲しいんだけど、ロビーの床でアサコが寝てたからな。あいつほんと、どこででも寝るんだよなあ」
「アサコ?」
「夕飯のときにでも紹介する。すげえ格好してると思うけど、びびんなよ。あと、あいつのシェスタの邪魔だけはしちゃいけない。覚えておいで」
 サンダルを脱いで松本さんは部屋に上がった。私はお邪魔します、と言いかけて、口をつぐんだ。
「・・・・・・。」
「どうした?」
 何と言って良いやら分からず、私は数秒悩んだ。部屋に上がる前に、示しておきたかった。知らないふりはしたくなかった。時間は過ぎた。飛んできたのではない。私たちは、長い間、離れていた者同士なのだ。それを確認しないまま、なあなあのように部屋に上がるのは嫌だった。

「……老けたね、松本さん」
 彼を見上げてとりあえずそう言ってみると、彼は愉快そうに笑った。「お前も」、笑いながら手を伸ばし、私の生え際をなぞった。むっとする。あんただって、似たようなもんじゃないか。
「上がれよ」
「はい。お邪魔します」
 靴を脱ぎ、揃えてから空を見上げた。雲がぐんぐんと風に流されていた。松本さんとの思い出の中で、こんなに晴れた空というのが思い当たらない。どうしてだろう、晴れた日も当然あったはずなのだ。10年も一緒にいのだから。

 10年一緒にいて、私の議員立候補を期に離れてからは20年が経った。
 昼下がりの部屋、松本さんが座るベッドの傍らには小さなテーブルがあり、そこには水差しとコップと、たくさんの薬が置いてあった。
 写真にも載っていた。記事を物悲しくさせるためにカメラマンが撮ったのだろう。
 彼はここで取材を受けたのだ。
 私に捨てられた、老人ホームに住まう余命幾許もない哀れなゲイ。そんな人間として。

飛ぶように 2 

December 18 [Sun], 2005, 12:21
 辺りはものすごく静かだった。時間が止まっているような気がして私は足元の砂雑じりの乾いた土をかき回した。音と、立ちあがる埃を見て少し身体の力が抜けた気がする。
(・・・押そう、大丈夫、何を言われても、言いたくなっても、後悔だけはしない)
 決心をして、私は呼び鈴のある入り口へと向かった。
 深呼吸。リラックス。
 指の腹がいよいよボタンに触れる、力を込めようとしたその時に不意に影が私を覆った。
「マナー違反だ、凛」
 ひそやかな声が降った。
 門柱の上から私を見下ろし、彼は笑んだ。軽やかに3段の階段を下り、閂を抜く。人一人が入れる隙間を作ってくれ、顎をちょっと動かして私を招き入れた。
 
「呼び鈴は押したらダメだ。今はシェスタの時間だから」
「・・・シェスタ」
「気取った言い方するだろう。大家の趣味だ。まあ、習慣だよ。ここのホームは2時から3時半くらいかな。みんな寝てる。俺はまちまちだけど」
 こっち、と腕を引かれて、若干荒れた庭を通る。さっき見上げたシーツが間近でばたばたと音を立てていた。
(こっち側にいる)

忘れてゆく君と忘れられない僕 

December 18 [Sun], 2005, 12:12
01 一瞬の油断に奪われてしまう


「うそ」
「ほんと」
「うそだ」
「ほんとだってば。俺、地元かえって家業継ぐんだ」

 だから家賃の折半も、出来なくなるけど。そう続けながら、中川は眼鏡のつるをちょっと触った。眼鏡の奥の目が部屋の端にある少し大きめのバッグを捉えていた。
 荷物は少ない。多くする金がなかったからだ。中川はあのバッグに全てを詰め込んでしまえる。きっと。明日にでもどこかに行ける。
 誓澤は呆然としたまま、また、「うそ」と掠れ声で呟いた。
 ふたりで上京して、ふたりでずっと暮らした。道端で歌ってバイトをして、稼いだ金は部屋の真ん中でぶちまけて折半。どちらがどれだけ稼いでも同じ金額を分け合うきまり。損をした月得をした月。それはたぶん半々くらいだ。オーディションには落ちまくったし、ろくなものも食べれなかったけれど辛くなかった。
 それは二人でいたからだ。
 一人でどうやって耐えろっていうんだ。


「おまえは一人でも大丈夫」
 心の中を見透かしたように中川が言った。
「おまえは一人でも大丈夫だよ」
 大丈夫なんかじゃない。全然ない。誓澤はそう言い返そうとしたけれど、諦める中川をなじろうとしたけれど、顔を上げれば中川の深い深い寂しさをひそめた目があって、それを見てしまったら何も言えなかった。

 畜生。
 大切に大切に抱えてきたもの、血の繋がりがあるってだけで崩す権利があるのかよ。

 悔しくて、誓澤は頬の肉を噛んだ。
 少し裂けて鉄の味が広がった。元々血は苦手だったけれど、今は更に嫌悪が増して吐きそうだった。





お題配布元サイト
unskillful
http://kratzer.fem.jp/duft/

飛ぶように 1 

December 14 [Wed], 2005, 23:07
 そこは海の傍の療養所だった。
 秘書が書いたメモと掲げてある看板を見比べる。間違いはない。
 ああ、あの人がここにいるのだ、暮らしているのだ。風が吹き、二階のベランダに干された何枚ものシーツが翻るのを見た。その向こうにいる人のことを思った。
 世に出る前に秘書が握りつぶした記事にはあの人の背中と、顔が少しだけ写っていた。病人のくせにやけにしゃんとしていて、けれど記憶よりもやはり、当然ではあるのだけれど、年を重ねているのがはっきりとわかった。記事を見て、私がショックを受けたのはそこだった。ああ暴露記事とか、政治家生命とか、あの人が私との過去を売ろうとしたこと、それより何より、「彼が時を進めるとしっかりと老人になって、やがて死ぬ」。目の前に突きつけられてからやっと気付いた。
 私の目尻にも消えない皴が刻み込まれている。そのくせに私はあの人が老いていくということをわかっていなかったのだった。
 愚かだ。私は、なんて愚かしい。
 そんなことは20年も前に、よく、わかっていたのだけれど。

 
P R
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