読書記録「アルジャーノンに花束を」 

June 21 [Sun], 2015, 17:58
「アルジャーノンに花束を」

2日で一気に読み終えた。

一貫してチャーリーの「経過報告」として書かれているところが
面白い。こういった本は読んだことが無かった。

初めは幼稚で読みにくい文章なのが次第に複雑で気難しそうな文章に
なっていくところが、まさに経過報告で、
物語の流れをそういう風に表現しているところはいい。

終盤、チャーリーの知能が衰えていく様が
文章にあらわれて、そのあたりからは
何故だか涙が止まらなかった。

最後の「アルジャーノンに花束を」は
まさにタイトルにふさわしい一文であった。


一度、さっと読んだだけであるので
込められたメッセージをすべて読み取ることはできなかったように思う。

ただ、何故、こんなにも泣けたのだろうと疑問に思った。

理由は二つあるように思う
ひとつ目は、一度得た能力をみるみる失っていく、
それをまざまざと実感しながらも生き続けなければならない
チャーリーにひどく同情したからだ。

きっと恐ろしかっただろう、それに向き合いたくなかっただろう。
砂が指の隙間からこぼれていくように忘れていく、なすすべもなく焦るチャーリー。
その様を見ていると心が締め付けられるようでつらかった。

ふたつ目は、知能の低下とともに
周りの人々が寛容になり
チャーリーを気にかけるようになって
知能を失う前の彼よりも幸せそうに見えたからだ。

幸せとはなんだろう?この本を読んで改めて考えさせられた。
知能の高さと幸せは比例しないように思う。
なぜなら、知能が低かった時のチャーリーは温和で幸せそうだった。
それが「知らないから」こその幸せであったとしても。
一方で、知能が高くなった彼は傲慢で孤独であった。
だれもが、自分より優れた彼に劣等感を感じたくなくて恐れた。
彼自身も、周りの人を見下し、受け入れようとしなかった。

この本を読んでいて、人間のむなしさを感じたところがある。
それは、人は知れば知るほど、見なくてもよかったものに気付き
苦しくなることもあるということ、
そして、人は自分より劣ったものへの優越感からその人に
好意的に接することがある、ということだ。

賢く、多くを知っている、感じられるということは素晴らしいようで
その分、傷つくリスクも大きい。
知能が低かったころのチャーリーは
自分を笑い者にして自らの優越感を満たす人間の汚さなど知らなかっただろう。
私自身も、愛想笑いや適当なお世辞の下に隠れる
相手の汚い本心など知りたくないし、知らなくてもよいのなら無視したいと思う。
必要以上に自分を傷つける必要などないのだから。

そして、
「笑い者は、見下されはしても憎まれたり恐れられたりはしない」
人は優越感に浸らせてくれる相手を必要とするのだろうか?
そうすることでしか、自分の価値を感じられないのだろうか?
自分より、ずっと能力が高いと感じる人は
感心し、尊敬する一方で、「ずっと一緒にいる友達」にはなれない

意外であったのが
「進んで笑い者になることが、相手の心を開く鍵になる」かもしれないことだ

ねたみや憎しみほど怖いものはない
それに比べて、見下されることの
なんと生ぬるいことか

だとすれば、
賢しいふりをするよりも
道化を演じることのほうが、
仲間を増やすには得策なのかもしれない。
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