江戸切子に伝わる古来の美

November 08 [Thu], 2012, 16:25
切子(カットグラス)と聞いてまず思い浮かぶ有名なものは、
正倉院の「白瑠璃」という碗ではないでしょうか。

カットグラスなど切子好きが必ず目にしているのでは?


厚めのガラスにグラインダーでカットを入れ、亀甲紋を入れています。

このカットグラス・碗は、ササン朝ペルシアの後期、
六世紀頃にメソポタミア地方で作られ、楽だの背に揺られながらシルクロードを越え、
遠いこの東の地にまで運ばれてきたという話です。

正倉院の切子碗は、制作当時の透明度をそのままに今日まで伝えられている一級品なのです。

江戸切子の勉強はこれからも続きます

October 28 [Thu], 2010, 18:23
たまたま見たのがきっかけで、そのきれいなデザインに惹かれてしまった江戸切子。

調べてみると色々なことが分かりました。その後、薩摩切子は薩英戦争の戦火に焼かれ伝統が途切れてしまうという不運に見舞われましたが、江戸切子は現代にいたるまで一度も途絶えることなく作り続けられています。たった1人の職人が作りだした美しい芸術品は今では多くの人々を魅了し、今もなお、伝統の技術は代々伝えられているんですね。

勉強してみてもっと江戸切子のことが好きになりました。

江戸切子と薩摩切子と言えば加賀屋一族

October 28 [Thu], 2010, 18:22
加賀屋久兵衛の功績はまだあります。

久兵衛自身が行ったわけではありませんが、実は江戸切子と並び有名な薩摩切子、その誕生に大きく関わったのが加賀屋久兵衛の従弟である四本亀次郎という人物なのです。当時、工業化に力を入れていた薩摩藩は江戸から腕の良い職人を探していました。そして四本亀次郎が薩摩に渡ったそうです。

薩摩藩では工業化と同時に新しい産業開発を行っていて切子を新しい産業にするべく技術の向上に努めたそうです。

江戸切子にペリー驚嘆

October 28 [Thu], 2010, 18:22
加賀屋久兵衛の江戸切子を見たペリーはその技術の精巧さと作品の美しさに大変驚いたと言われています。

ペリーからすると未開の地日本で西洋の技術を取り入れたカットグラスが美しいわけがないという想いもあったのでしょうが、加賀屋久兵衛が丹念に作り上げた江戸切子とその技術は文明の進んだ国をも驚かせました。

ペリーの記録にもしっかりと残されていたことを考えると加賀屋久兵衛の作品は世界に出しても充分な完成度を誇っていたんでしょうね。

最先端の江戸切子

October 28 [Thu], 2010, 18:21
江戸切子職人加賀屋久兵衛、彼の残した功績とはその作品作りでした。

黒船の来襲と主にやってきたペリー、当然日本の文化や芸術や庶民の生活について色々な調査をします。その中に加賀屋久兵衛が作った江戸切子が含まれていたそうです。当時の日本は300年近くになる鎖国によって海外からみると工業化の部分でかなりの遅れをとっていました。当然、ペリーも日本は遅れた国だと認識していたと思います。

当時の日本の状況を考えると仕方のないことです。
P R
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