あやまんJAPANや、その他、いろいろ考察

November 18 [Sun], 2012, 6:50
併しこの二つの極端は全く同じ誤った現在概念の裏表に過ぎない。何故ならそこでは現在をばその両端に刻みが這入った一つの時代[#「時代」に傍点]とは考えないのだから。折衷説としては、現在を微分[#「微分」に傍点](点ではない)と考えるか、fringe を持ったものと考える。凡て折衷説が両極端の説と同じ条件に立つことは云うまでもない。微分や fringe には両端の刻みがありそうで実はないのである。こういう現在は時代[#「時代」に傍点]ではない。
 こういうような現在の概念は凡て、現象学的時間概念から来る処のものであることを注意したい。現象学的時間に於て、確かに吾々の意識[#「意識」に傍点]は生活しているかも知れない、併し少なくとも吾々の身体[#「身体」に傍点]はそのような時間の内では生活出来ない。
 吾々が生活しているのは歴史的時間に於ける現在、現在という一つの時代、正に現代[#「現代」に傍点]なのである。――吾々の生活しているのが現代であるということは、無論別に新しいことを教えない。ただ云いたいことは、この現代というものが、歴史的時間の刻みによって浮び出て来る一つの時代[#「時代」に傍点]である、という点である。
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