日月神示と東日本大震災

March 21 [Mon], 2011, 18:51
私が、八大王様と交信が始まってすぐこの本を読めと導かれたのが日月神示だった。今から17年前26歳の時だった。むさぼるように読みそこに書かれていることがまぎれもない真実だと信じたというより確信した。と同時にこれからの日本、世界の将来に暗澹たる気持ちになった盗撮。その後、授かった力で人助けをしているうちに目の前の人の悩み苦しみの解決が最優先になって日月神示の事も私ごときにどうすることもできない事という思いから決して忘れ去ることは出来ないけれどいしか深く考えることをやめた。それでも、時々神が私の身体に降りられるとき神はいも涙を流された。身もだえして悲しまれた。それでもなお私はそれを心で受け止めることが出来ずにいた。今にして思えばどうすればそれを避けられるのですかという問いが私には欠けていた。2012年マヤ暦の終わる年が近づくと終末論やアセンションが話題になり再び日月神示の事が気になり始めた。2009年の10月無性に霧島に呼ばれている気がしてしかたがなく偶然が重なって霧島東神社に詣でそこで天忍穂命あめのおしほみみのみこと様が私に降りられて人をたちわけねばならぬ。印はもうけてあると涙を流しておっしゃった。一緒に行った人がそれはいと聞くとあと二年じゃと指を二本だして即答された。その二年とは、おおまかに言えば今年2011年の10月ということになる。伝えても受け止めてくれる人達にはすぐ伝えた。しかし、その神示を直にこの身体で受けた私自身がこの事を受け止めきれていなかった。遠い先のこと、まるで現実味のないことのように蓋をして日々の暮らしに埋没し幸せを享受していた。そして今回の地震。頭を殴られたようなショック。そして恐怖心。言い渡されていたことなのに。知らされていたほうが幸せなのかそれとも知らずにいるほうが幸せなのか私は神のメッセンジャーとしてこれまで生きてきた。けれど、他の人よりも神を身近に感じてこれた私でさえも今後の展開にいて考えると、恐怖心が湧いてくる。日月に書かれた事が、これからどんどん現実のものになっていくと知ってしまったから。いったい何が出来るのだろう。このいよいよの時でも、神は救いの道を残されているのだろうか。本当は希望の湧くメッセージを発信したい。今後何か新たな神示をいただけるのだろうか。もちろん、私と同じような神と交信できる方々が助けるものはどんなところにいても助けるというご神示を受け取られている。それでも神示とはとてもかすかなものでありまさに一切をゆだねる赤子のような気持ちでいなくてはならない。また自分は助かると思う気持ちにエゴはないのかという疑問も湧く。私自身は、とても業の深い人間でとても神ながらの生き様はできていない。どちらかといえば、残された時間までに自分の中の何故をすこしでも明らかにしてその日を待ちたい気持ちが正直なところである。この日記に目が留まったあなたはなにかご存知だろうかどうかどんなことでもよいのでコメントを記してください。私は心に湧く思いをひたすらに日記に書き綴っていきたいと思っている。
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