素直な心

June 27 [Thu], 2013, 16:45
ヒトとヒトとの関係よりか
ヒトと物の関係の方が、純粋だと思う時がある

俺・Life

June 24 [Mon], 2013, 14:24
綺麗に生きられないので、泥臭く生きる。

梅雨の怠さ、熱帯夜の倦怠、もっと攻撃的に・・・

June 24 [Mon], 2013, 0:23

今年の始めから本格的に木工を始め
鉄の加工、溶接まできて
今、手が止まってしまっている、、、

家具という実用性と機能を要求される物に対しては
素直の制作を行えるのだが、
(美術?)作品となると、少しナーバスになってしまう

何時もそこに留まっている
何時もそこに留まっている

五島先生に釘をさされても仕方がないのだ
そこを乗り越えるのが、今年のテーマだ
おまえは、芸術家になるのだ

玩具を作るに過ぎないんだ
たいした事ではない
何を緊張している
アイディアは有るんだ、とにかく行動あるのみ
人生は戦いなのだ
戦い自身を楽しまなければならない

もっと恥をかけよ
もっと恥をかけよ

もっと泥臭く、汗臭く

さあ、もっと楽しもうぜ
玩具を作ろう












実験

June 23 [Sun], 2013, 19:57

中心と周縁、画一化への抵抗、多様な自由な表現空間のために...

June 23 [Sun], 2013, 18:45
〜ある決別の宣言があり、新たな自己の旅が始まる〜



ブログなんてやった事はないが、やるきっかけは、
facebookをやってみて自分には合わないなと思ったからだ。
(マイナー/メジァーという2項対立を出してもしかたが無いが、マイナーな表現をしてる人間には不利なメディアである、つまり枝葉での表現ではなく、幹の表現が好まれる傾向、つまりテレビ的である) 

facebookとは、共感のメディアであって群れたい人達向きである。
(fbは、ソーシャルメディアの代表格であるが、内向きなメディアであり開かれたメディアではない。つまり、グローバルネットではなくローカルネットなのである。)

政治とfacebook、
例えば、アラブの春のような革命は、この急進的な画一化を催すfacebookが、起こした歴史的大事件である。facebookと画一的力の例。


群れたい奴は群れればいい
自分は、群れるの好きでもないしそこに楽しさを見いだせない
自分は、何処かつねにズレていたし、意識的にズラしてきた。
(ズラす事/遊び、カイヨワ)
大衆的な動きとも距離を置いてきたし、テレビ的なカルチャーとも一線をひいてきた。

ネット時代とは、つねに商品を買う時も、評価欄を見て買うという事が往々にして行われているが、
この時代は、主体的価値評価より客観的価値評価を人に強いる時代とも言える。
ケインズの美人投票の例。

そのような時代だからこそ、人の評価に左右されずに(良し/悪し、快/不快)を感覚的に判断する主体が大切なのではないか。
この時代における一番大切な(センス)感覚は、「何か引っかかる」「何か解んないけど、いいよな」という感覚なのではなかろうか。

(人の価値判断の砂上で、さも自己判断だと俯瞰して見た所で、裸の王様ではあるまいか。)

自分は、人が見逃している物や価値が付いていない物、落ちている物や路地裏や含み笑いの方が俺の性に合っている。

しかし、facebookも1つのリトマス試験紙だと思えば、かなり収穫もあった。
文化人類学的に実に面白い。


〜ある決別の宣言があり、新たな自己の旅が始まる〜




P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:考える葦
読者になる
2013年06月
« 前の月    |    次の月 »
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
最新コメント
ヤプミー!一覧
読者になる