坂戸城 立地と縄張り

March 02 [Sat], 2013, 11:16
室町時代の坂戸が、交通上、経済上の要地であったことは上述の通りであるが、さらに同時代にあっては、越後国も上野国もともに関東管領山内上杉氏の分国だったため、関越間の交通もまた頻繁だったこと、また、当時の魚沼地方には上田銀山があって越後随一の銀の産出をほこってもいたことは、戦国時代に入ると、また激しい争奪の対象ともなったことを意味していた。
その軍事拠点たる坂戸城は、魚野川をはさんで、三国街道を見下ろす坂戸山に立地している。坂戸山は、山麓との比高は400mを超え、六日町盆地を流れる魚野川と三国川の合流点に向かって半島状に突出しており、北、東、西の三方は急崖をなし、西裾を流れる魚野川が天然の外堀として軍事上の防禦線となっている。
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