身近な人の死をいかに受け入れるか:重松清「その日のまえに」
2006年08月08日(火) 17時30分
デスノートの主人公、夜神月=キラは、おそらくあらゆるコミックと小説を通してみても大量殺人のチャンピオンだろう。そこに展開される思索は驚くほど深いが、それは「罪と罰」にかかわるもので、「死」は淡々と描かれる。これに対して、重松清「その日のまえに」で描かれるのは身近な人間の死、そしてそれに関わる人たち(時に本人を含む)の「心の揺れ」だ。
私自身は父親の突然死と、母親の余命を宣告されての癌による死を見てきたのだが、直後の悲しみよりも相当後になって、かなり深いダメージを受けていたんだなと感じることになった。月並みだけど、まさに「心のどこかに穴が開いた」としか言いようのない状態だなと思ったのだ。
重松はこういう話を書かせると本当に上手い。私のように肉親の死などを体験した人は自らの体験に重ね合わせ、そうでない人はもし愛する人を失うことになったらと想像力をかきたてられ、そして多くの人は自らの死が周りに及ぼす影響に思いをはせることになるだろう。
最近はいたましい事件、事故が多く報道されているが、命の大切さ、重さといった言葉が使われれば使われるほどむなしい思いがする。多くの人がこの本を読むことで少しは何かが変わるかもしれない、そんな風に思えた。
私自身は父親の突然死と、母親の余命を宣告されての癌による死を見てきたのだが、直後の悲しみよりも相当後になって、かなり深いダメージを受けていたんだなと感じることになった。月並みだけど、まさに「心のどこかに穴が開いた」としか言いようのない状態だなと思ったのだ。
重松はこういう話を書かせると本当に上手い。私のように肉親の死などを体験した人は自らの体験に重ね合わせ、そうでない人はもし愛する人を失うことになったらと想像力をかきたてられ、そして多くの人は自らの死が周りに及ぼす影響に思いをはせることになるだろう。
最近はいたましい事件、事故が多く報道されているが、命の大切さ、重さといった言葉が使われれば使われるほどむなしい思いがする。多くの人がこの本を読むことで少しは何かが変わるかもしれない、そんな風に思えた。
- ふつうの小説 |
- URL |
- Comment [0]




