名古屋グランパス観戦記<J1リーグ・アウェースタジアム完全戦績>  

May 12 [Wed], 2010, 23:07
札幌 ○
仙台 ○
山形 △
鹿島 ×(国立)×××○
浦和 ○(駒場)×△○○×
大宮 ×(埼スタ)○
千葉 ○(市原)×○
柏  ××○
東京V ○×
FC東京 ×○
横浜FM ×
横浜FC ○
川崎 ○
湘南 
新潟 ×××
甲府 ○
清水 ××△
磐田 ×△○
京都 ○
G大阪 ○×
C大阪 ○×
神戸 ×△
広島 △○
大分 ○△
福岡 

アウェースタジアム観戦
○通算成績50戦21勝22敗7分 勝率42%
○初観戦初勝利確率12/25      12%
○アウェースタジアム制覇18/25   72%

ND、横浜国際、平塚、ビッグスワン、日本平、神戸ウイング、博多の森、

残るスタジアムはあと7つ。アウェースタジアムへの道は険しい。
その先にあるのは、悲願の初優勝。

電車、車、船、飛行機、日本を飛び回る。
フラッグ、タオルマフラー、ユニフォーム、デジカメ。
何かを想い、何かを背負い、何かを見つめながら旅立つ。

知らない町の、色んな街の風景を見て、風に抱かれる。
優しい人達との出会い、美味しいグルメを堪能。
夢と希望がつまったスタジアムへ。
一目散に駆け抜ける、その先はビジターゲート。
敵地で、大勢の敵サポーターに囲まれながら、
数は少なくても、同志達と皆で懸命に声を枯らせ、
一瞬でスタジアムを沈黙に変える、その歓喜の瞬間。

スタジアムをココロとカラダとタマシイに刻む。
アウェーで勝つことこそ、フットボールの醍醐味。
やっぱり瑞穂や豊田だけでは味わえない。

勝つまで、闘いに行く。それがライフワークだから・・・。

「生きること、それは日々を告白していくことだろう」  放熱への証

夜行 

March 13 [Fri], 2009, 22:57
夜行列車に飛び乗る。
現行ながら号のラストラン。
宇都宮、黒磯、白河、福島、仙台、
そして山形へ。

旅は続いていく。

音楽 

March 03 [Tue], 2009, 22:34
青春を共に駆け抜けた音楽。
誰にでもあるはずだ。
何物にも変え難いもの。

先月はナミダを飲んだ。
ソロライブよりも、嬉しい再結成。
ジュンスカ、バービーボーイズ、ユニコーン。
世間はとかく復活ブーム。
でも、やっぱりあのバンドしかない。

音を楽しむことを教えてくれた。
夢で会えたら、そう願ってた。
ずっとずっと待っていた。
やっぱり4人が見たかった。

1993・11・14。
初めてのライブ。
今でも覚えている。

初めて体験するプロのベース音に
若干気持ち悪くなりながらも、
中盤での、思い出のWaterMoon。
その照明と演奏で心地よくなった。
グランパスの旗を振ってくれたっけ。

時は流れ、大人になった。
もう子供じゃない。
青春も終わってしまった。

2009・4・25。
夢にまで見た、4人に会える。
あの頃の、若かりし頃の
あの思い出を巻き戻していく。
青春、再び。感動、再び。
大人になって今その歌詞を
歌詞の一言一言を
唄の意味を問いかける。


貰った時計は引き出しの片隅で
まだ時を刻んでる

小樽で買ってあげたオルゴール
まだ時を刻んでいるのだろうか

夢幻 

December 06 [Sat], 2008, 0:13
ただ、ただただ俺は、長い夢を見ていた。
それは、昨日も見た夢だった。
大きな果てしない夢。
 
思い起こせば、あれは14歳。
めくるめく想いと青春が交錯。
その真っ只中で、一つの遥かなる
その夢への道が始まっていった。

92年、ナビスコカップ3位の好成績、高鳴る期待。
93年、J開幕、カシマでの屈辱のハット0−5大敗。
94年、最下位。リネカーファイナルゲームでのゴリのヘッドで、決勝ゴール。
95年、ベンゲルの下で、妖精MVPに鮮やかに輝き、天皇杯制覇の初タイトル。
96年、ベンゲルファイナルゲームでの、痛恨の柏片野坂ゴール被弾。
97年、まさかの開幕6連敗と、ビジネスシステム3バックで立て直し。
98年、フランスワールドカップ。応援したのはユーゴと日本。pixyと平野。
99年、大型補強。無敗で突き進み、得失差で優勝逃す。天皇杯獲得。
00年、思い出したくない清商事件。キャプテン交代。
01年、pixyファイナルゴールにアシスト、ホーム全試合観戦。
02年、日韓ワールドカップ。ホーム最終、素弘との最初で最後の握手。
03年、ロスタイムの魔術師、オーストリアの英雄、スーパーサヨナラGOAL。
04年、地元出身、闘将秋田豊見参。給仕マルケス、ベストイレブン。
05年、ヤマハでの改心の勝利。恵太の覚醒。降格争いの中、鴨川が一矢。
06年、北欧の巨人、衝撃のデビュー2得点。フクアリでの先制、逆転被弾、逆転。
07年、小瀬でのジョンウとの抱擁。三ツ沢での桜舞い散る中での逆転勝利。眼前の恵太。
08年、22試合目でのカシマでの初勝利。魂のこもったPK。唯一鹿島にホームで土をつける。

沢入が、小川誠一が、阪倉が、ゴリが、トーレスが。
みんなが皆が夢見た、優勝。
その手で掴めそうなステージへ。

新聞、雑誌、TV、ネット。
流れた時の多さ。
費やした時間。

雨にも風にも暑さにも寒さにも負けなかった。
夜行列車に夜行バスに飛行機。
アウェースタジアム観戦累計40試合。
勝利スタジアム18。
いつしかライフワークとなった。

名古屋の応援、それは生き甲斐。
そして、旅そのもの。
いろんな人達と触れ合った。
それはこれからも続いていく。

今腕時計をした。いつも、いつでも時を刻んできた腕時計。
カイザースラウテルンで、中村俊輔のゴールだけで
逃げ切れず、信じられない逆転負けを喫した時も、
ウイーンで、英雄との5年ぶりの再開を待ちわびた時も、
カシマでヨンセンPKで勝ち越して、勝ちと時間の経過を
今か今かと耐え抜いた時も、トキを刻んだトケイ。

可能性がある限り。
可能性はゼロではない。
むしろ無限大。

フットボールの神様が、
明日、名古屋のため、大分に舞い降りる。

それは夢なのか、幻なのか。
その答えを探しに行く。
あと16時間後には答えは出ている。

ただ、ただただ俺は、長い夢を見ている。
その夢が明日叶う。一つの物語が完結する。

お金では買えない感動。
札幌でも始まる激闘。
場所は九州石油ドーム。
北欧の巨人とナンバー10とのお別れ。

16年の永年のエネルギーを込めて。
骨の髄までグランパス。
魂で応援し、魂で守って、魂で勝つ。
サッカーの神様に祈る。

優勝するのは、
勝つのは、名古屋グランパス。

悲願のJリーグ初制覇を夢見て。

琉球 

November 13 [Thu], 2008, 0:33
2001年3月。

我が家の愛犬、コリーのチコが星になった時。

PIXYファイナルシーズンで、
J1復帰した浦和と対戦した貴重な
瑞穂球技場での開幕戦。
あの年こそが人生の岐路だった。
ホームゲーム全試合観戦は本当に
大変だったが充実感もあった。

今この瞬間に思い起こすこと・・・。
それは卒業旅行で行った
初めての南国、沖縄県。

初めてのレンタカー。
初めてのナビに従って、
気付けば幹線道路を逆走してた。

何もない離島に迷い、ただ恐怖を覚えた。
太平洋に囲まれた星一つない闇夜。
背筋も凍る、だがどこか懐かしい思い出。

ナンバーのない車。アメリカ人。
ドラゴンズのキャンプ地で有名な北谷。
どこにでもあるアーミーグッズ。
駐屯地。軍隊。すぐ頭上を通る飛行機。

たいしたお土産が見つからずに、怒らせたっけ。
シーズンオフに独りで、南海に飛び込んだっけ。
ダイビングの人達には笑われたっけ。
ケンカして、車で眠っていた横顔。
るるぶに載ってた、サンドイッチ屋さんは
そんなに美味しくなかったね。
あの時のカップルは無事ゴールインしたのかな。

なんで、あんなにケンカしたのかな。


七色に広がる海。紫、青、水色。
色鮮やかなグラデーション。
目に焼き付けた、あの海の色と潮の匂い。

行き着いた果て、たどり着いたのは
辺戸岬、ヤンバルクイナ展望台。
お天気と雨が交錯したあの日。
帰りは高速を飛ばした。


まだ社会に埋もれてなかった。
夢も希望も志もあった。
まだまだ純粋だったと思う。


時は確実に流れて、
あれからもうすぐ8年が過ぎようとしている。

流れた時の多さに疲れて眠る。

小樽、日光、草津、台場、那覇。
各地に想い出を右手に握り締める。
過去を感じて、現在を刻み、未来に臨む。


初めて君と出会った日
僕はビルの向こうの空をいつまでも探してた
君が教えてくれた花の名前は
街に埋もれそうな 小さな勿忘草


そして明日、島人になる。
受け止めてくれるのは、
大いなる太平洋と水平線、遥かなる地平線。


どんな高性能なデジカメだって、
何千万画素あったって、
ヒトのココロには、かなわない。
大事な記憶、大切な想い出には勝てない。



8年の歳月を経て、島人に。

2008 JFL 後期 第12節 FC刈谷 vs カターレ富山 @ウェーブスタジアム刈谷 

October 28 [Tue], 2008, 23:18
宿敵磐田との東海ダービー。
チャンスはあったが、決められない。
痛恨のスコアレスドロー。
限りなく負けに等しい引き分け。
実質9時間を費やし失意の帰宅。
疲れて眠ったのは午後11時。

その翌日、俺は初めて父親を
サッカー観戦へと誘った。
向かったのは青春の3年間を過ごした刈谷。

JFLの試合観戦はこれで2回目だ。
ウェーブスタジアム刈谷はもちろん初めて。
去年は、FC刈谷とジェフリザーブスの試合を
見に行った。豊田スタジアム以上に少ない
貴重な港サッカー場での試合だったからだ。

サッカー専用だし、港サッカー場を改修して、
グランパスのホームスタジアムにできないものか。
名駅からのアクセスもよいわけだし。

小雨がぱらつくが、メイン座席のみであり、
屋根もしっかりある。俯瞰する形で見やすいほうだ。

刈谷には元グランパスで、ユース出身で期待されていた平林、
DFの諸江がいる。ともにスタメン。和多田はサブ。

刈谷のユニフォームは、我が母校伝統の赤タスキ。
どちらを応援するかは若干迷う所ではあるが、
両親の出身は富山。数年前までは俺の本籍も富山。
厳密に言えば、生粋の愛知県民でも名古屋でもない。

カターレ富山は今年できたばかりのチームだ。
YKK APと、以前天皇杯でグランパスを苦しめた
アローズ北陸とが合併してできた新チーム。
従兄弟のいる魚津市にもサブのスタジアムがある。
Jリーグ昇格を目指している富山、今が正念場だ。
ネット上ではあるが、今年はずっと富山を応援していた。
だから、父親に説明して観戦に来たのだ。

駐車場には富山ナンバーが多数。
応援バスも止まっていた。
ひしひしとエネルギーを感じる。

富山サポーターは100人はいただろうか。
間違いなく一角はカターレブルーに染まっていた。
大旗も2本あった。老若男女問わず声を出して応援。
10年程前のグランパスのコールもあった。

平林はドリブルにキレがある。
対する富山、朝日を経由し、長谷川に当てていく。
前半38分、上園のCKから渡辺が頭で合わせ先制。

我慢の後半戦へ。
後半から来た2人組が通路にいる。
邪魔だ。どいて欲しい。注意しよう。
と、その刹那。訳が分からず、セットプレーから失点。
石川に決められる。苦しい展開だ。

さらに、ネットを突き破られるも、
オフサイドフラッグに救われる。
ピンチからチャンスへ。それがフットボール。
ミドル炸裂はバー直撃。惜しい。

一進一退白熱の攻防。後半27分、
またしても上園のキックからGKが弾き
得点頭の長谷川がゴールを決める。
ロスタイム、最大のピンチも、
GK中川、キャプテン濱野を中心に魂で守る。

魂の勝利。負けない刈谷を撃破。
唯一ホームで負けた相手にリベンジ。
連敗はしなかった、踏みとどまった富山。
サッカーびいきの俺ですらしびれた試合。
Tシャツを着て応援する家族。

今でこそいろんなチャンネルがあるが、その昔
田舎に住んでる人は、TVで巨人しかやってないから
巨人のファンになったのだろう。

でも、時代は違う。そしてサッカー。地域に密着し
地元を愛し、地元のチームを応援する。
強いチームを応援するわけではない。
たとえ、JFLでも、田舎だろうと
地元を、生まれ故郷を応援するのだ。
J昇格の夢が叶ったら、キングカズが
公式戦で富山に来るのかもしれない。
スポーツニュースでだって取り上げられる。

FC岐阜が素晴らしい例だ。一度は引退したゴリが
故郷のため、骨身を削って岐阜をJにのし上げた。
片桐、深津、北村らが頑張っている。
今年のJリーグウイニングイレブンの
パッケージにゴリが載ってたのは嬉しかった。

サッカーには夢がある。希望も志もある。
紙でできたメガホン片手に必死にカターレに
声援を送った少年の純粋無垢な眼差し。

父親にはどう映っただろうか。
何かを感じただろうか。


驚く位に嬉しかったこと。
それはハーフタイムの出来事。

ふと、見ず知らずの女性のカターレサポーターが
どうぞ、と何かを配っている。それはチラシ等ではない。

なんと、パックに入ったおはぎだ。びっくりした。
遠慮なく頂いた。2個入っていた。分けて食べた。
本当に本当に美味しかった。

Jリーグ、ワールドカップ、euro、色んなサッカーを
生で見てきた。150試合は下らない。
でも、食べ物を好意で頂いたのは始めてだ。
この日観客は707人。前日の豊田スタジアムと比べると
僅か3%に満たない。でも、Jでは味わえなかった何かを
暖かさを富山のサポーターに確かに頂いた。
お金では買えない、ふとした感動だった。
JFL、地域密着ならでは。
親の帰省で田舎に帰ると、決まって近所の人が
野菜やら果物やら山の幸やらを持ってきてくれたっけ。
幼少時代の、あの夏休み。遠い記憶が思い起こされる。

残りは5試合。
相手は、琉球(トルシエ監督、秦、中島)、高崎、SAGAWA、
びわこ、岡山。上位が潰し合い、相手には恵まれている。
5連勝は難しいだろうがが、4つは勝って欲しい。
最終節、岡山をホームで倒した後に待ってるのはJの舞台。


Jスタジアム制覇への道、まだ見ぬ
徳島ポカリスエットスタジアム、
愛媛ニンジニアスタジアム、
熊本KK WING、
富山の応援で達成したい。
もちろん、岡山や栃木も昇格したら
行かなければならない。

磐田戦の悔しさ、ふと忘れてしまうかのような、
そんな日曜日の午後だった。

父親はなかなか応援には行けない。
俺も高崎時代はなかなか応援できなかった。

また、爽やかなカターレサポーターと
晴れやかな気持ちで、共に勝利を分かち合いたい。


順位 勝ち点
 1 Honda FC 63

 2 ファジアーノ岡山 55

 3 栃木SC 54

 4 カターレ富山 51 4位までが昇格条件

 5 ガイナーレ鳥取 50

 6 横河武蔵野FC 49

 7 流通経済大学 48

青春 

October 13 [Mon], 2008, 0:30
幸運にも復活したとあるバンドのライブに参加できた。
あれは1991年。まだJリーグもなかった中学の頃。
尾崎もBIRTHツアー真っ只中だった。
思い起こせば、人生で一番楽しかったあの瞬間。
夢も希望も志もあった季節と校舎。
全部このままで、そうなったらいいね。

亡くなったあいつが好きだったあの唄。
17年の時を経て、ココロにずっしりと
受け止める。天国にも届いて欲しい。

数百回のライブの中で唯一手に入れたもの。
輝くものは、純太のギターピック。
ピックをあいつの写真に掲げる。

背負うものと責任。

音楽も青春も思い出も色褪せない。
ただ時代は加速度的にめまぐるしく流転する。
食べていくために、はいつくばっていく。

次に生まれてくる時も同じ気持ちで・・・。
その時はバンドできるかな。
それが、夢かな。

エッジの効いた重厚なギターサウンド。
それはほのかな青春の香り。

俺の青春っていつまでなんだろう。
そんな野暮なことを考える秋の夜。

2008 J1 第22節 鹿島アントラーズ vs 名古屋グランパス@県立カシマサッカースタジアム<grampus、ついに鬼門カシマで、J創設16年目の歴史的初勝利!> 

August 25 [Mon], 2008, 22:48
Jリーグの開幕。あれから15年。
毎年、開幕前のスケジュール発表で
一番に見る所、もちろんアウェーの鹿島戦だ。
今年は北京五輪の関係で土日開催かすぐに
決まらなかった。遠征する事は至上命題。

夜行列車で上京、一路鹿島へ。
総武本線、成田戦、鹿島線、鹿島臨海鉄道、
千葉、佐倉、香取、鹿島神宮で乗り換え。
去来する思いを乗せて、霞ヶ浦を抜けて、
たどり着いたその先にあるもの。

秋田ファイナルの天皇杯も含めてすでに
5回目のカシマスタジアム。
何回来ても独特の雰囲気。
00年の開幕戦国立も含めて敵地6連敗中。
もちろん公式戦、21連敗中。
思えば、93年と94年のPK負けが痛かった。

忌々しい負の記録を断ち切り、
グランパスの歴史を変える。
ただ、ひたすらに勝利あるのみ。
埼スタはじめ、pixyグランパスは
アウェーにめっぽう強く記録を塗り替えている。
自分自身も今期アウェー観戦、4勝1敗の
勝率8割。絶対に負けられない。

増川、マギヌンがイエロー累積停止。
先発は三木、右に恵太。地元だけに燃えて欲しい。

運命のキックオフ。
と、その刹那、開始3分。ミスによって
本山からマルキーニョスに渡り
落ち着いてスミに決められる。失点。
またか、また負けるのか・・・。
不安がよぎるものの、応援をチカラに変える。

新井場のサイド突破には注意したい。
代表デビュー青木が中盤を締める。
小笠原は名古屋戦通算6ゴール。
ダニーロには瑞穂で豪快に決められた。
興梠は玉際にしぶとい。増田には阿部が対応。

すぐにでも追いつきたい。
11分、右サイドより玉田FKから、麻也が
10代最後となるその日にヘッド炸裂。
ゴール左に突き刺す。同点!
まだだ。まだまだ、まだ足りない。

一進一退の勝負が続く。
吉村の潰しが光る。
我慢の勝負の後半戦へ。

恵太、惜しいシュートを二度放つ。
勝つ姿勢を前面に出す。

小川、倒されるもノーファール。
しかし、この試合、決して鹿島びいきとは
思わなかった。

玉田切れ込み、大岩たまらず倒す。
PK獲得。唾を飲み込むグラサポ。
ヨンセンがキッカー。ここは外せない。
対峙するは、曽ヶ端。何度も何度も
苦汁を飲まされてきた後ろ姿。

中央に右足一閃。手に当たるも、
16年分のイレブン、チームの、
サポーターの想いが篭ったボールは
転々とゴールに入った。

逆転!!!
この瞬間より、俺は時計を見ないことにした。
早く終わって欲しかったから。
こんな事ははじめてだ。守る事の焦り。焦燥。
スリリングでスペクタクルな瞬間を
その場、その局面で猛烈に感じる。

岩政ヘッドも正剛片手で弾く。
恵太→慶。慶は先発試合4敗1分のため活躍したい。

ヨンセン、前線の空中戦で基点となり、
中盤でも確かな足元の技術でボールを失わない。
直志、サイドに流れてチャンスメイク。

鹿島は野沢、打点の強い田代投入。
慶、前で走り回り撹乱する。
さらにマルシーニョが入る。

小川、右SBから、両CB、左SBと
4人もチェイシング。何百試合もサッカーを
見てるが、初めて見たと思う。
素晴らしい運動量とそのすさまじい執念。

竹内、敵陣に切れ込むチャンスも惜しい。
麻也、三木らがとにかく必死に守る。

玉田→米山、直志→バキ。竹内も阿部もCBができる。
6人のCBで臨戦態勢。守りまくる。

相手の倍のシュートを浴びるも全員で魂の守備。

ふと、審判の3の数字が見えた。
ロスタイム3分だ。あと3分。長かったのか、
はたまた短かったのか。どちらとも言えない、
後半のその45分。勝てるのか、勝つのか。勝ったのか?

最大のピンチもペナルティエリアからボールを
跳ね返す。中盤に戻るボール。

そして、タイムアップ。
勝った。勝利!カシマで初勝利!!!

何度も雄たけびをあげる正剛。
正剛もまた、横浜フリューゲルス時代を
通じても初勝利となった。

嬉しいとか、よかった、とかそんな言葉だけじゃ
片付けられない。ただの1試合なんだけど、
それは選手も同じだと思う。

泣いてる人もいる。抱き合って喜んでいる。
笑顔が、涙が光る。背負ってるものが違う。
この場所に来ている人のほとんどは何度も何度も
カシマに足を運んでいるはず。
他のアウェーゲームだってサポートしているんだ。

初めて勝った、歴史の証人となれた、その価値は大きい。
色んな人達が挑戦しては、敗れていったのだから。
これからは今年からは名古屋が歴史を作っていく。

清商トリオ事件で退団し、
磐田、鹿島の優勝に貢献した大岩が
PKを献上したのも何かの因縁か。

pixyが拍手をしながら挨拶。
一番幸せなピクシーアレッを連呼する。

感無量の瞬間。強行軍だったけど、
本当に本当によかった。

ホーム26戦、1年間無敗だった、
カシマでの鹿島に土をつけた。
2位浮上。グランパスもホームで負けない
チームにならなければならない。

フラッグを持って、タオルマフラーを持って
歓喜の記念撮影。試合後の、かかっていた
音楽も心地よいものだった。

アウェーで勝つことこそ、フットボールの醍醐味。
黙り返ったカシマスタジアム。
夢舞台となった激闘の証。
モツ煮の美味しさと温かさ。

右手に掴んだお金では買えない感動。
魂に刻んだ歴史的勝利。

夢はJリーグ優勝。
悲願達成へ。まだまだ闘いは続いていく。

そして、アウェースタジアム制覇まであと8。

鹿島前夜 

August 22 [Fri], 2008, 22:10
J開幕から早15年。
屈辱のジーコのハットトリック。
0−5という有り得ない程の
最低試合であった開幕戦。

沢入が、ジョルジが、小川誠一が、
中西が、pixyが、ゴリが、ピチブーが
誰も勝てなかった鬼門。
因縁のカシマ。

悔しいが鹿島は10冠。
ゼロックス、サンワバンクカップなどあるが
名古屋は実質天皇杯2冠のみ。

ペプシカップも含めて22連敗中。
プロとしてありえない。
また負けることは許されない。
自分自身も1度の国立開催も含めて
アウェー5連敗中。
いつも、いつも天気が悪い。
心身ともに疲れ果てる。

家本に痛恨のPK献上の秋田曰く
「何もない」

今、この瞬間に願うこと。
カシマサッカースタジアムで初勝利を!
アントラーズイレブンを、鹿島サポを、黙らせたい。

日程はかなりハード。超強行軍。
声を枯らして、全身全霊魂で応援するのみ。
勝って更新することを約束する。
勝つことは必要条件。勝たないと悲願の優勝はない。
勝たないと意味がない。

アウェースタジアム制覇の道は険しい。
J優勝だって本当に厳しい。

明日勝つのは名古屋グランパス。
同士達と共に必死にチームサポートをする。
サポーターだから。それが俺のライフワークだから。


絶望から希望へ。
そして、列車に飛び乗る。
握り締めるのは、サポシビジターチケット。
夢を現実のものとするために。

歴史の証人に・・・。

欧州旅行記4<UEFA EURO2008 欧州選手権 スイス オーストリア大会> 

August 21 [Thu], 2008, 22:51
2008年6月7日AM10時半。
ついに、セントレアを出発した。
広がる地平線、水平線。眼下に遠ざかる知多半島。
待ち望み、夢に見た旅路が始まったのだ。

フランクフルトまでは12時間のフライト。
飛行機に缶詰だ。耐えるしかない。
2年前のワールドカップの地に、
降り立つその喜びをかみ締めよう。
ライプツィヒは人生最大の思い出。

轟音、乱気流の揺れ、気分が良いものではない。
トイレの前のスペースで、屈伸や背伸びをする。

右利きだからか、乗り物は右が壁の方が好きだ。
俺の左の席は、ドイツ人だった。2人の座席の島。
機内食の時だったろうか。話かけてきた。
名前はマーカス。34才で既婚だ。
三菱の職員で日本には仕事で初めてきたらしい。
日本の綺麗な所を褒めていた。

もちろん、ワールドカップでの4試合観戦を話題に。
さすがに彼もかなり驚いていた。
カイザースラウテルン、ハンブルグ、ハノーヴァー、
ヒトラーでおなじみの首都ベルリンのオリンピックスタジアム。
ヌイビルの劇的ゴールで、ポーランドを倒した
あの試合は本当に最高だった。
隣のメキシコ人の女性と一緒に喜んだ。
ダフ屋からチケット買ってドルトムントスタジアム
までとにかく走ったっけ。

ワールドサッカーダイジェスト選手名鑑が
多いに役に立った。
サッカーの知識を総動員して、話をした。
ギド・ブッフバルト、ウーベ・バイン、
クリンスマン、メラー、バラック。
話が繋がるからフットボールは素晴らしい。
ドイツは優勝できるだろうと。

ナチスの強制収容所へ行った話もできた。
彼もまた、平和を切に願っていた。

2回の食事の時はずっと話をした。
おかげで、あまり疲れないフライトとなった。

受験英語に疑問符を投げかける人もいる。
でも、俺はそうは思わない。
アメリカでの生活で培った英会話。
でも、やはり退化してしまう。
記憶の辞書を手繰り寄せ、単語を思い出す。
コミュニケーションは図れる。
聞くことは難しくても、伝えることはできる。
英語はワールドワイドだ。
ドイツ人もかなりの人が話せるみたいだ。

フランクフルト国際空港着。懐かしい。
暑い。とにかく暑い。

乗換えをするとのこと。一番好きな
ブレーメンの近くの小さな街に帰る彼。
マーカスとフランクフルトで記念撮影。
乗換口で別れを告げた。Danke!Bitte!
マーカスには、いつか、また会えるよね。


日本はEUROに出ないのに何で見に行くの?
彼の問いに俺は答えた。

「名古屋にいた選手に会いに行くから
 最後の試合でゴールを決めたあの日から5年
 感動をありがとう、御礼が言いたいから」

 支えているのは強い志
 
 だから、英雄の母国オーストリアへ
     音楽の首都ウイーンへ
     エルンスト・ハッペル・シュタディオンへ


旅、空港、人と思い出のめくるめく交差点。
世界の空の港、フランクフルトに到着。

Nagoya 10:30 Frankfurt 15:40
ルフルトハンザLH737 5928マイル
搭乗時間 12時間10分
P R
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