カタカナの「ム」

September 18 [Tue], 2012, 12:56
ほんと数十年前までのことだけど、いまでいうカタカナのンは時としてムがあてられていた、これがたまらなく好きだ。
例えばファイヤーエムブレムアムバサーハムバーガーケムブリッジ何だかわかるでしょつまりンの発音に時に唇が閉じてる状態の時はすべてムじつはこれは英語が影響してて、この揩ナいった時ムにあたる文字はmつまりじつはオリジナルの発音により近いということになる。
これに限らず、ワタシッテバじじいのスピーチフェチなんです、じつは。
しかも小学生当時から。
これは妹にすら言ってないあー、とか、うー、とかあの無意味な音がたまらなく効く。
でもって、とかしておったときとか、うちらにとっては独特な言い回しにどことなく懐かしさというか自分がもってない何かを感じてしまう。
じじいのスピーチあったら呼んで校長、教頭、結婚式、市長、町長その他会長関係、全部いけっから伊奈かっぺいのネタの一つに、じじいのあー、うーはじつは非常に大事、人間の耳に最初の発音を聞き逃してしまう耳の欠陥がある、かつて岩手の沼宮内駅前に有名な弁当屋があった、にもかかわらずすぐ倒産、なぜなら駅構内で屋台やる人がヌマクナイ弁当ぉって声をあげる。
これが聞いてる人にはんまくない弁当に聞こえるという、方程式なわけ。
言葉は全人類が有する能力で人間に今や基本的に備わった特徴、そこに得意不得意なんてないの、ほんとわ。
それが大人になる過程で様々な影響を受けて嫌い、苦手、と判断を下して自分の成長要素から除外していく。
母国語は特に無意識なものだから逆にそこに気づかない面白さがある。
いろんな世代の人間が使う言葉に耳を傾けて見ましょう。
そこにまだ自分コイコミュの世代と同じものが残っていたり、新しいものが見つけられたり、そんなのを通して結果的に自分の世代への感謝を感じるはず。
チムコ。
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