[film]ある愛の風景 

2008年03月01日(土) 19時58分
ある愛の風景 http://aruai.com/ 名画座に観に行った。
奇しくも映画の日だったせいかほぼ満席。土曜日の午後だからかもしれない。

印象的だったのはカメラワーク。アップショットがおおく、表情の変化が克明に映し出される。この監督スサンナ・ビアが描きたかったのは、個人の心情そのものだったのではないか、というくらい。
そういった素晴らしい面とともに、物語としての新しさや精神的な闇についてや禁断の愛に対する恋情などをもっと描けば、人物描写だけでほとんど魅せられたのではないか。
物語がもう既に終わってしまっていて、物語そのものが既視感を感じさせるものがおおくなると、自然に役者の感情表現、心理描写がみるものを惹き付けていく。

最近の映画を観ていて思うのは(といってもそれほどたくさん映画を観ているわけではない)、先日若い音楽家の演奏会にいって感じたことに似ている。
もうすこし、絶望なら絶望を、憎しみなら憎しみを、愛なら愛を、光なら光を、獰猛に描いてほしい、と思うのだ。
制作者にしてみればそんなことは余計なお世話だろうか。

あるいは僕の個人的なコンディションの問題だろうか、とも思った。
疲れ果てていて、ある種、映画にカタルシスを求めていったという面があり、その選択が間違ったのかもしれない。

このところ、何も求めず、理想は自分自身に関することおいてのみ高く持ちつづけ、他者に期待せず、まったりと低空飛行で何となく楽しげにいきていくのが一番無難なのではないか。人の話しは右から左、仕事は只の生活の手段。アルコールで混濁し、思考に疲れ、心身共に極限間で追い込んでいきていく生きかたなんてもはや時代遅れだ。

到達するべき状態が明らかに見えていたとしても、それが他者と共有する事が全く持って不可能である場合、たんに〈私〉の問題である。

少し眠った方がいいのだ。

[CD]love w/ Oasis and Dinu Lipatti 

2008年02月23日(土) 10時32分
 映画『シュガー&スパイス』をみたせいか、久しぶりにOASISが聴きたくなった。"Be Here Now"を持っていたことを思い出し部屋を漁る。映画で使われていた"Lyla"が入っているのは、オリジナル録音としては第6作目の"Don't Believe The Truth"に所収されていたので、中古にて購入。そのほかDinu LipattiがEMIに残した往年の名演奏もあわせて購入(こちらはHMVにて)。
ブーランジェとのデュオによるブラームス、モーツァルトのピアノ・ソナタ8番、バッハパルティータ1番と内容も素晴らしい。

■Dinu Lipatti on Mozart, Bach, Brahms w/Nadia Boulanger.
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2602750/ref=basket_j_0_kr


■Oasis/ Morning Grory


■Oasis/ Oasis


そのほか、
■Oasis/ Don't Believe The Truth
■Oasis/ Stop The Clock





[Books]ゼイディー・スミスの復刊を! 

2008年02月19日(火) 11時07分
ゼイディー・スミスという英国の作家がいる。英国ではThe ManBookerPrizeなども受賞し、デビュー前から版権争奪戦が沸き起こるほどの作家であるにもかかわらず、日本ではあまり売れず、すぐに絶版になってしまった。

何故だろう?Kazuo Ishiguroもジュンパ・ラヒリもあれほど売れる(あるいは売れているように見える)のに。
基本的に英国文学と日本人読者の相性はいいものだと思うのだが……
そもそも翻訳文学〈海外文学)自体がなかなか売れないというのが現状なのかもしれない。

というわけで復刊促進委員会なる応援ブログというものを作ってみました。(だいぶ前のことですが)

ご興味のある方は是非。

『ホワイト・ティース復刊促進委員会』
英国の作家ゼイディー・スミス(Zadie Smith)の衝撃的なデビュー作品『ホワイト・ティース』(小竹由美子訳、新潮社)が現在絶版になっています。復刊すべくBlogを立ち上げることにしました。
http://ameblo.jp/whiteteeth-fukkan/

[swim][diary]dip in the pool. 

2008年02月18日(月) 17時42分
泳ぎにいった。
最近ジムを変えたのだが、新しく通い始めたジムは、以前と比べ、プールのレーンが広く、泳ぎやすい。
きちんと泳ぐことの出来るのは平泳ぎだけなので、あまりレーンが狭いとすれ違う人を蹴飛ばしてしまうので、レーンが広いのは絶対条件なのだ。

体の力を出来る限り抜き、バランスよく体を伸ばす。少ない回数で出来る限り長い距離を進めるように足を大きく広く蹴る。
全身が水面に浸っているときは、プール内の水を循環させるモーター音と自分自身が吐きだすごぼごぼごぼという音のみで世界は静寂だ。
静寂な世界だけでは人は生きていくことが出来ない。だから水面に顔を上げ、大きく呼吸をしなくてはならない。
ゴーグル越しの世界は黒くたわんでいて、現実感がない。現実的なのは空気だけだ。

久しぶりに泳ぎに行ったせいか、或いは、運動不足ゆえか、250Mほど泳いだ時点で疲れてしまった。それでも水中にもぐり、たゆたうだけで心身ともに楽になっていくのがわかる。

目標は1日1KM。

[日々の泡][piano] 

2008年02月17日(日) 13時39分
少しずつ暖かくなって来ている。
朝起きてから、家中の窓を開け、太陽の光をいれ、風を通す。部屋の植物に水をやり、庭を回る(回るという程の広さではないが)。

シューベルトのピアノ・ソナタ(D.894)(Op.78)を聴きながら今日一日の計画を練る。昨日飲み過ぎたせいか頭がぼんやりしていて顔もいささか浮腫んでいる。頭は疲労している。すこし生活を整えなくてはならない。

野菜を切り、氷に浸す。ブロッコリーを塩で茹で、さっと冷水であらう。
昨晩作ったミートソースには味が滲みている。
一日くらい食事をとらなくてもどうってことはないのだが、朝からサラダだけ食す。
酷使した脳の疲労を緩和するために無心で水中にたゆたい、肺から新しい空気を入れるのだ。

シューマンの『子供の情景』(Op.15-9)を練習する。
このpieceは、対位法を解きほぐしながら、和声をひかなければならない。いわば和声的な4声のフーガのようだ。
意識を集中して、指を独立させて練習する。

CDの記録--G.Gould + C.Okashiro 

2008年01月22日(火) 10時27分
先日、TOWER RECORDSおよびHMVより届いたもの二点。

○Chitose Okashiro (P) G.Mahler Symphony No.1 "Titan" (Chateau)
http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfCardMain.jsp?GOODS_NO=635943&GOODS_SORT_CD=102

岡城千歳編曲によるグスタフ・マーラーの交響曲、第一番『巨人』を巨匠ブルーノ・ワルターが4手用に編曲したものと総譜を元に岡城自身が編曲したもの。
詳細は、マーラー『巨人』CDライナーノーツ「編曲をめぐって、岡城千歳との対話」より抜粋が参考になる。
http://www.chitoseokashiro.com/mahler_j_reading.htm

すなわち、オーケストラ用に書かれた作品をピアノ用にTranscriptionする彼女の内的必然性が語られていて、非常に興味深い。
『翻訳行為』そのものが孕む問題点や、翻訳されるものの本質、翻訳という行為 について考えさせられる。
(この件はほかにも書きましたのでこちらも参照いただければ光栄です。)
http://d.hatena.ne.jp/knhh/20080118

○Glenn Gould: Gould;Young Maverick
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2648713

こちらはCBC(カナダ放送協会)で18歳から22歳のときにおこなった放送録音をあつめたもの。1955年にニュー・ヨークで行なったコンサートやCBSにレコーディングされた『ゴールドベルグ変奏曲』で一世を風靡し、世界的なピアニストとなったグールドだが、このレコーディング以前にもカナダでは既に知られた存在だったようだ。
一枚目のディスクに、1954年に録音された『ゴールドベルグ変奏曲』が収められており、55年のゴールドベルグ同様、疾走感にみちた演奏を聴くことができる。
バッハのみならず、後年のレパートリーにも取り上げられたシェーンベルグ、ヴェーベルン、ベルクの作品、およびベートーヴェンのピアノ・コンチェルト、トリオ、変奏曲など興味深い内容になっている。

Runningの記録(11) 

2008年01月22日(火) 10時06分
 1月22日(火)
 朝6時起床。気温Max/Min: 8/1℃。天気:晴れ。
 ショートコース:およそ4.5KM/30min.
 およそ一週間ぶりにランニングをした。以前準備運動をほとんどせず、したとしてもとってつけたように行い、いきなり走り出したせいか、膝関節に痛みが出てきた。そのため今日は、まず最初に入念にストレッチをし、あまりばたばた走らないようにフォームに気を配り、なるべく舗装された道路ではなく、土の上を選んで走り、脚、とくに下腿と膝関節に負担をかけないように走った。
 さすがに一週間も走らない日が続くと億劫になってくる。ここのところ急に冷え込んだこともあり、朝起きるのもつらい。それにランニングシューズを履くまで「めんどうだなあ」と思う。それでも走り始めてしばらくするとだんだんと気持ちがよくなるから不思議だ。朝の空気は澄んでいて、むくや鶯(あるいはメジロ)などがえさを求めて囀りながら飛ぶ様子を眺めながら走った。
 しばらくは体がなじみ、短距離でのラップをあげることを目標とする。
 

Runningの記録(余白) 

2008年01月19日(土) 9時03分
 ようやく冬らしくなってきて、先日は深夜から早朝にかけて雪が降った。ここ最近は日中の最高気温も10℃を下回り、風もあるため体感温度も低く、早朝に起きることすら体が拒んでいる。
 ようするにもう三日も走っていないのだ!走りたいという欲求は計り知れねど、いかんせん寒すぎる。 
 もともとは体力があまりに虚弱なため、ちょっとピアノや読書や勉強、仕事といった瞬発的な集中力をようすることと持続的な強度を保つために、そしてなによりもやりたいことをやり、普通に毎日淡々と暮らせるようになるために走り始めたのだが、ある程度走り始めると体のほうが運動を求めるようになるのが不思議だ。
 今日はストレッチングとswimming、明日は距離をのばして走ろうかと思う。
 再来週はまたサーフィンだ。

たゆたう水の中へ 

2008年01月17日(木) 17時29分
 体というのはまったく正直なものだとつくづく思う。急に運動をしだしたせいで、筋肉という筋肉、関節、そして細胞そのものまでが震え、くたくたになっている。ただただがむしゃらに動けばいいというわけではないのだ。スマートではないし、だいいち体に悪すぎる。

 丹念にストレッチをし、適度に負荷をかけ、適度に休み、そして楽しみながら続けていくことが一番大切なのだということがようやくしっくりと体で理解しつつある。頭ではわかっていても体でわかるほうが大切なこともある。

 足と腰の負荷を減らすべく、そして主に気分転換もかねて近所のジムへ泳ぎに行った。1レーン25Mを比較的ゆったりとたゆたうように6本泳ぐ。距離としてはそれほど泳いでいないのにもかかわらず、この日はなぜかすぐ疲れてしまったので、ミストサウナで入念にストレッチをし、ジムをあとにした。

 ようやくこの頃になって身体性ということを意識できるようになった。バランスがとれてきたのかもしれない。
 

Runnningの記録(余白) 

2008年01月16日(水) 16時48分
 ここ二日くらい走りこんでいない。いささか疲れていて朝起きられないこともあるが、少しストレッチの必要性を感じ出したため、googledしてみたところ、よいページを見つけた。

 『杉田接骨院の健康ストレッチ』http://www.sugisetsu.net/stretch/running.html

 日常生活から各種スポーツに応じたストレッチ方法が書いてあり、とても便利だ。
ためしにランニングの項目を見てみると、下記に引用するように、長距離と短距離とでは使う筋肉が違うこと、とりわけ長距離では下肢や腰背部の筋肉を使うと書いてある。
 なんとなくストレッチではなく、運動とクールダウンのためのストレッチと捉えて、ゆったりやっていこうとおもう。

ランニングで主に使う筋肉として、
肩周辺部・上腕部・腹部・腰背部・膂部・大腿部・下腿部があげられ、陸上競技の短距離・長距離によって使用する部分が異なります。短距離は下肢部分だけではなく体全体を使用します。長距離は下肢を中心とした、膂部や腰背部も使います。ジョギングは無理することなく、楽しく走って下さい。無理をすると膝や体調を崩し、せっかく健康のために始めた意味がなくなってしまいます。
走る前に膝や足首、ふくらはぎなどは特に十分にストレッチを行い、腱や筋肉に柔軟性を持たせ、アスファルトの衝撃を柔らかく受けて下さい。走った後のケアも忘れずに。(太字は引用者。一部編集し掲載)

「ランニング」
http://www.sugisetsu.net/stretch/running.html