43歳でも・・。

October 23 [Tue], 2012, 20:39
あたし、母とは決定的にソリが合わない部分があります。
自分にキビシイ母は、私にも厳しい人でした。
オトナになってからは、そんな母をきっと母も寂しかったんだろうって株式会社ユニオンアース 出会い系理解するようにして、母娘関係を適度に保って来たけれど、あたしの中では明らかな確執を感じてきました。
数年前、他愛な親子の会話をしていた時の事。
母があたしに言いました。
子供なんて、持つもんじゃないわ一瞬耳を疑ったけれど、聴き間違えたわけではありません。
あぁこの人は自分が産んで育てたあたしを観て、何かを後悔してるんだなって思いました。
すごくすごくショックでした。
でもそれをもう十分頑張ってきたであろう母にぶつけることは酷で、してはならないと思いました。
すでに二人の子持ちであったアタシは、子供としての孤独を母に抱いたまま生きてきました。
思えば幼いころから、ずっとずっと窮屈な人生でした。
娘たちがまだ小さかった頃はやはり自分が母に育てられたように、子育てをしていたと思います。
育てられたように育てる。
育てられたように育つ。
これ、持ナす。
でも、思春期を迎えた娘たちを前に矢継ぎ早に振りかかる問題を、離婚して一人になっていた私は悪戦苦闘しながら暮らしていました。
そんな時も母には相談は愚か、一切の報告はすることはありませんでした。
何十年も働き続け、ようやく現役を退く決心をしていた両親に、心配かけたくない気持ちが半分とあとの半分は、母が介入することでこじれてしまうことを恐れる気持ち。
それが良かったのか、悪かったのかは判らないけど、今ではハタチと17歳になり、ちゃんと人の痛みの解る人間に成長してくれた娘たちが、唯一あたしの誇りです。
こないだから、母が長女と次女揃って来てほしいと言うので、ついさっき、今度の日曜日に揃って実家に帰る旨を母に伝えました。
そして、いつも長女にだけ遠まわしに話をして、回りくどさに長女が辟易するので、母に頼みました。
聞きたいこと、言いたいことがあるんなら、遠まわしにではなくて真正面から聞いてあげてよすると、母は言いました。
なんでそんな面倒なそんなに子供に気を使ってどうするのそんなんなら、もう来てくれなくていいわ。
お母さんが子育てしてた頃とは時代が違うんよ子供はしっかり自分の人生を決めて暮らしてるんよ。
すると、母は言いました。
あんたも、子供なんて産まんかったら良かったのにあたしは途中で電話を切ってしまいました。
電話を切ってから、やっぱり悲しくて堪え気きれなくてポロポロと涙がこぼれました。
今読んでる本に出会ってから、一人のときは泣くのを我慢しないことにしたんです。
43歳にまでなってしまった今でもやはり、子供のままの傷付いた心を抱えています。
でもこれだって、何かの糧にしなくちゃいけない母の子供である以上に、あたしは娘たちの母親だから。
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