プロフィール

プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:doni-1-pf2
読者になる
Yapme!一覧
読者になる
幼稚園 / 2005年11月26日(土)
幼稚園時代

DONIが楽器と出会うキッカケは

自分でも良く覚えていないんだけど。

DONIの兄弟は兄・姉、そしてDONIがいる3人兄弟です。

僕の家族もほとんど、音楽とは無縁の環境で育って来た。

たまたま、兄と姉がピアノ教室に通っているのを見て、

「僕もピアノという楽器を弾いてみたい!」

とお母さんに頼んだのがはじまりです。

それから、保育園の年長組くらいの時から、

保育園の近くにある、音楽教室に通い始めた。

最初行った時の事は今でも覚えている。

最初は、いろいろ兄弟仲良くお喋りをしていると、

先生が、お菓子と飲み物(サイダー)を人数分入れてやってきて

まずはじめに、自己紹介とか済んだ。

その後すぐに姉がピアノのレッスンがはじまり、

姉が終ると同時に・・・・・・・・

DONIがレッスンする事に。

楽譜の読み方も、わからないままに

弾きなさい とかいわれたっけ・・・・・。

最初のピアノの先生は、

とにかくほめて、ほめて、上達させよう主義者の

先生であった。

練習をあんまりしてきていないのに。

『1番上手よ。今の所は』

なんて言われてた記憶が今でも覚えている。



という感じで幼稚園時代は過ぎていった。

幼稚園の時に弾いていた曲って笑

確か、『猫踏んじゃった』をよく幼稚園でも自慢げに弾いていたな笑

 
   
Posted at 23:38/ この記事のURL
小学校 / 2005年11月26日(土)
小学校時代

保育園、幼稚園とピアノを続けて来た。

今振り返ると

そんなにまでは、ピアノは好きでは無かった。

音楽を聴いたりするのは、大好きだったんだけど

自分が演奏するとなると、苦手だった。

また、恥ずかしい話なんだけど・・・・・・・

きちんと楽譜の音譜が読めるようになったのは、

小学校4年生の時であります笑

いつも、ピアノのレッスンでは

先生の演奏していてる指をしっかり見つめ!

楽譜は読めないから、つねに音探し

先生も『読めないってわかっていたのに』

なぜか、曲は次へ次へと進んで行った。

普通、そんな事出来ないのに・・・・・・・

と今思えば、お姉さんが弾くエチュードも同じだったので

お姉さんの練習しているときに、音を覚えて、

時には教えてもらっていたりした。んだと思う。

小学校低・中学年の時は、とにかく遊ぶのが大好きで、

外にでては、友達と遊んでいました笑

小3・小4の時は、ピアノのレッスンが嫌で嫌で

いつも門限より遅く帰って来たりして、

良く怒られていたな。

それで、DONIがフルートと出会うキッカケは

保育園の年長さんの時か、確か幼稚園の時に、

親戚のおばさんから、借りていたYAMAHAのフルートが

家に置いてあったのだ。

最初は、とても興味心身で、 適当に組み立てて

音を出そうしたものの、 音のフゥ〜の音も出ず

全部繋げて鳴らないから、じゃー頭だけ!

頭部間だけ、いつもおもちゃがわりに、フゥーフゥー 吹いて遊んでいたかな。

友達をDONIの家に遊びに来た時は、

フルートの頭部間で笑

D『この音は何に聴こえる〜?』

友人『ん〜なんだろう!あぁ!フクロウだぁ〜』

とか言って遊んでいたな笑

それで、小5に進級し。友達が吹奏楽部(ブラバン)に所属していて

一生にやろうよ〜!ってただ誘われて入って始めたのが、

フルートとの出会いだったと思います。

昨日は小さくてカワイイピッコロだったんだけど、

楽器自体壊れているから、あんたはフルートね!

って言う事でフルートを担当する事になった。

小学生時代 (前半)
 
 
   
Posted at 18:41/ この記事のURL
小学校A / 2005年11月26日(土)
小学校時代(後半)

フルートをすぐにお母さんに新しい楽器を買ってもらった。

パールの一番下の低下のものだった。

それからと言う物・・・・・・

毎日青空タイプ(45分間の休憩時間)には、

毎日音楽室に行って、フルートを無我夢中で吹いていたな。

今思うと、本当小学校の時はフルート三昧の毎日だったな。

それで、小5からは、DONIの音楽人生がスタートしたのだ。

仲間と奏でる音楽・パートの仲間もみんな優しくて

本当楽しかったな。

小5の時は、何もかもが初めてだった。

DONIがはじめて挑戦した、ソロコンクール

毎年夏休みに行われていた。

はじめは、全然初めてばっかりで、スケールを吹くので精一杯だったのだが、

みんなフルートのパートの子は出るって言ってたので、DONIも出ると決意した笑

それで、部門事にわかれていて、

1年以上の人と1年未満の部門に別れた。

僕は1年未満だったので、Bパートという部門に出場した。

その時に演奏した曲が・・・・(出てこない)

ワークの大きな古時計 伴奏無し

本当今でも覚えているな笑

名前と曲名がアナウンスされ、ステージに入っていく。

観客を観る余裕なんて全然無い。

しかも足が急激に震えて、頭は真っ白

息を吸う場所と、常に綺麗な音で演奏するのを頭で確認して

演奏は終了した。

結果発表

もう結果なんてどうでもいいから、

はやく家へ帰ってご飯が食べたいな〜

んて、暢気な事を考えて、 発表された。

新人賞・・・ まさかのまさか笑 

DONIの名前が1番最初に挙げられたのだ

自分夢見てると思い・

それからは、さらに音楽の楽しさに出会って、

ますますフルートのトリコになってしまったのだ。

それから、アンサンブルコンテスト、お祭パレードなど

色んな行事に積極的に参加して行った。
 
   
Posted at 15:46/ この記事のURL
小学校B / 2005年11月25日(金)
それから、1年が過ぎ、 2度目のコンクール

先生が、新しく変わり、その先生はピアノ科を卒業された

ばりばりのピアノが弾ける先生だったので、伴奏付のコンクールだった。

そして、最初はビゼーの「アルルの女」を吹きたかったんだけど、

その当時楽譜を買った事が無く(というか、楽器店へ行く機会が無かった)

それで、学校に綺麗に製本された、楽譜を使う事に

曲は・・名曲の名曲 笑

メンデルスゾーンの「歌の翼」による幻想曲だった。

後半がいつも、苦しんでいたな。汗

それで、運良く結果は、最優秀賞を受賞したのだ。

グランプリ、またもや夢を見ているかと思い・・。

とにかく、小学校時代は、 すべてが良かった時代で、

幸せな日々を送っていたDONIだったのだ。
 
   
Posted at 16:00/ この記事のURL
P R
 
 
Powered by yaplog!