Curb Your Enthusiasm 

November 07 [Mon], 2005, 7:42
おもしろいテレビ番組がCSである。スーパーチャンネルで放送されているこの番組の邦題は「ラリーのミッドライフ★クライシス」。
大成功をおさめたコメディアンのラリーは妻と二人でロスで質素な生活をしている。世間では「セレブ」と見られているが何てことはない。
このラリーって人はコメディアンなのだが、別に表舞台でのコメディアンとしての成功をおさめた人ではない。いわば裏方で、90年から98年まで全米で放送されたジェリー・サインフェルドが主演のコメディ・シリーズ「となりのサインフェルド」。全米視聴率がコメディ・ドラマ部門で4年連続トップを記録し、最終回は何とその放送時間にTVをつけていた全米の世帯の3軒に1軒がチャンネルをあわせるという社会現象級の話題を生んだ。これほどの番組をつくったのがラリーである。日本でいうところの、「俺たちひょうきん族」や「笑っていいとも」の仕掛人「横沢プロデューサー」といったところか…。
ラリーが“ミッドライフ・クライシス(中年の危機)”におちいった自分自身を演じるというユニークでシニカルな大人のコメディなこの番組は、ほとんどの台詞は出演者のアドリブで、リハはない。但し、台本には場面の状況が細かく記されているため、台詞と物語は矛盾しない仕組みにもなっている。
例えば、ラリー夫婦は、オシドリ夫婦で有名なテッド・ダンソン=メアリー・スティーンバーゲン夫婦とボーリングに行く。共にこのカップルは気が合いテッドらはラリー夫婦を週末のポール・サイモンのコンサートに招待する。 メアリーをとても気に入ったラリーは大はしゃぎ。 しかしコンサートの金曜日が近づいても、テッドらからはいっこうに連絡がない…。ラリーは、土曜日の公演を金曜日と勘違いしていたらしい。また、ボーリング場ではお気に入りの靴を他の人に間違って持って帰られたり、それで靴をなくしたラリーは、新たに靴をオーダーするのだが、その後に自分の靴が見つかり、オーダーをキャンセルしたいのだが、靴屋の主人とひと悶着がおきたり。とにかく、些細なハプニングの連続で笑えないようで笑える展開になっている。是非一度見てみてはいかがでしょうか。

占いって… 

November 06 [Sun], 2005, 23:22
【占い】
今まで、あまり自身の未来とかについて深く考えたりすることはなかったのかも知れない。とりあえず、熱中するものがあって時間が流れている。それで満たされてきた。ところが今はポッカリと穴が空いている―。
「過去」というものがあり「現在」があり「未来」というものに向かって時間は流れている。「現在」は「過去」の自身がつくったものである。仏教の世界ではこれを「因果報恩」というのやったかな?
来るべき「未来」に備えて『今、自身がやるべきこと』これは深く考えねばならず、また、頭の中で考えたところで現実はそうそう思うように流れるものではない。
(続きも読んで下さいな)

紅葉の秋 

November 05 [Sat], 2005, 7:29
秋もめっきり深まってまいりました。先日の休みにふらっと出かけました。写真では少し分かりにくいのですが、山は紅葉で彩られていました。
日の入りもめっきり早くなって来、すこし慌ただしい気持ちにさせられてきました。早いもので、師走はもう来月です。

東北の旅の回想3(庄内平野) 

October 29 [Sat], 2005, 17:48
=写真は山形県の庄内平野=
肥沃な庄内平野は日本屈指の米どころで、ご覧んの通りの広々とした田園が広がる。
もともと庄内平野は大昔、潟湖(がたこ)といって、海とつながる大きな湖でした(秋田県の八郎潟(はちろうがた)も以前は大きな潟湖でしたが、今は埋め立てられています)。
そもそも干拓とは何でしょうか?埋め立てとはどう違うのか?
◇まず埋め立てとは、土を運んできて水面を埋めていくのに対して、堤防を築き、ポンプで中の水を外に排水していき、湖の中にぐるりと堤防を築いて巨大なポンプで中の水をかき出し、浚渫船で土砂を吹き飛ばし水路などを作っていくのが干拓だそうである。埋め立てに比べ、干拓した土地は水面よりも低くなる。オランダなんかは、代表的な干拓された国といえる。

東北の旅の回想2(鳥海山) 

October 27 [Thu], 2005, 18:37
2年前に東北を一眼レフカメラで写真を撮りながらまわった。今、小説の『月山』を読みなおしているが、湯殿山、注連寺あたりの写真はほとんど撮っていなかった。旅の行程でも最後の方だったためか…。=写真は秋田県・象潟から鳥海山を望む。あの山の右手向こうに庄内平野が広がる=
「森敦」原作の小説『月山』は読めば読むほど味が出てくる。無性に山形県の庄内平野(鶴岡市)〜湯殿山、なかでも大網の注連寺へ再びカメラを持って行きたくなって来る―。
◇秋田県の象潟に着いたのは17:00頃で、写真の通りの夕暮れ時であった。今思えば、この時に撮影した場所は道の駅でもあり、ちょっとした公園ぽくなっていて、現地の秋田のおばあちゃんと写真のような風景を一緒に眺めた。その時に初めて生の東北言葉を耳にした。白髪で華奢で顔立ちははっきりした感じのおばあちゃんだった。そのおばあちゃんは、毎日のように夕陽を見にこの公園に来るのが日課になっているらしい。そのくらいこの象潟の夕焼けは見事なものであった。
この時、ここでカセットコンロを広げて鶴岡市のスーパーで買ったサンマと、ここの前に立ち寄った富山県の宇奈月温泉で知り合ったおっちゃんにもらった金時芋を焼いて食べた。=写真右下=
ランタンが写っているが、これがまた灯りの暗いやつだった。ちょっと購入したのは失敗だったと思う。この後の行程は旅の記録によると、秋田市内に向けて出発している。象潟から秋田市までは100kmはあったような気もする。

東北の旅の回想(月山を偲ぶ) 

October 24 [Mon], 2005, 17:38
2年前に東北を車でぐるりとまわった。新潟・山形・秋田・青森(十和田湖)・岩手・宮城―。自分にとっては山形県庄内平野〜湯殿山へ行きたいと強く思うようになっていた。庄内平野に広がる田園、真っ直ぐな道、風よけの防風壁、それらを覆い囲むように鳥海山から月山へと続く朝日連峰。それらの景色は今でも目を閉じれば瞼に浮かんでくる。=写真は湯殿山の麓あたり=だったと思う。
友人から「森敦」の『月山』という小説の話を聞かされて、旅から帰り本屋で探して読んだ。今でもこの季節になると旅の思い出の情緒がさらに深まりもう一度行きたくなってくる。
鳥海山が生をさす山ならば、それに対峙する月山は死者の行く山とされてきた。肥沃な庄内平野を流れるほとんどの川はこの月山から出ている。生というのは、それを授かった瞬間から死に向かい、死はまた生をもたらすために澱みなく生命のかけらを与え続ける。
厳しい雪国のひと冬を湯殿山の麓の注連寺という名の破れ寺で生活した筆者は、いろんな実体験をもとに生命や人の姿をさまざまな身近な出来事を通して表現し物語っている。この小説を読み、月山に行くとますます旅の旅情が深く湧いてくるというものであろうことは間違いない。

のんだら乗るな 

October 23 [Sun], 2005, 17:58
昨夜は知り合いのライブを観に出かけ、バー『コンセイエ』へは、ライブ前とライブ後の2回顔を出した。ワインとビールで程々にしておいたが、車で出かけたので店を出た最後には車で寝てしまっていた。寝ている時は気持ちがいい、特にお酒を良い感じな量をのんだ後の睡眠は、完全に意識が飛んでいっている。夢の中で自宅の布団で寝ているような錯覚をしていた。少し目が覚めかけた時があったが、まさか駐車場の車の中で寝ているなんて思わなかった。さすがに陽も上った頃には、自分の寝ている場所を知ったのだが、そのときは「ああ、やってしまったかな。家に帰って寝るか。」と、のみ直しならぬ寝直しをする。帰路に着く車のハンドルはどこかぎ心地ない。飲酒の検問にかかると、出るかどうかは分からないが、その頃には完全に酒気はなくなっていたと思う。
全く騒ぎながらのむというより、むしろしっとりとライブに時間をゆだね、バーのBGMで酔いを揺らすといった夜だったかもしれない。おかげで、家の布団で目が覚めたのは正午頃だ。
午後からは衛星テレビの『CIS/科学捜査』と『マイアミ』をじっくり見てしまった。一本のドラマの中で2つの事件が進行していく。言うなれば、一個で二つおいしいお得なドラマ。内容も予想以上におもしろいテレビドラマだったことに気付く。
昼間で寝て、テレビを見る―。他愛もない休日の午後とは、こんなものなのかもしれない。

涼しい気候にはアウトドア 

October 21 [Fri], 2005, 19:55
日中の暑さも、つい最近まで続いていたのがウソのように最近は涼しく、過ごしやすい気候になってきた。夕暮れ時もめっきり時間が早くなり、陽が照らす色もセピア調が深くなってきている今日このごろ。紅葉の秋の到来はそこまで来ていると感じさせる。
思い出せば2年前、一足早く秋を見つけようと東北を車でぐるりと周ってきた。秋らしくなっていたのは十和田湖の『おいら瀬渓谷』周辺のように標高の高いところだった。季節はじわじわとやってくるものだろうが、経過によく目を通さないと、突然やって来たかのように感じるものなのだろう―。
私はアウトドア派と言うわけではないのだが、人気のない河原や海辺で火をおこして酒を飲むのを好む時期がある。写真は春ごろの時期で河原で炭で火をおこしトマト煮込みとパスタを茹でている。煮込みの待っている間は、網の空いている部分で肉や野菜を炙り、ワインをのみ、温泉に入るのが至福の一時にもなっている。最近はめっきりしていなかったが、久しぶりに本格的に寒い冬が来る前にやろうかと思っている。

音楽と酒の空間 

October 18 [Tue], 2005, 20:59
酒と音楽が好きな人にとってショットバーは憩いの空間になる。私には『コンセイエ』という名のバーを経営している友人が居る。私はその店の常連客の一人なのだが、うす暗い照明にダーツゲーム、ビリヤード、スロットマシンに、外国みやげの数々の置き物…。どれもインテリアとして存在するのにセンスの良いものが置かれている。流している音楽はジャズ、ソウル、R&Bなど落ち着いた雰囲気をつくってくれるものだ。しかし、当の店の主人に言わせると「うちは片田舎の場末のバー」とうたっている。確かに客色は様々だ。まずこういった店に一人で足を運ばせて来る客はほとんどがアル中に近いであろう。開店はおおよそ20時からで閉店は客が引くまで朝まででもつきあうといった具合。時間が遅いためか、ここに来る客は水商売の人が多いようである。
主人の計らいで店内には世間の雑事からトリップできる空間の演出がほどこされている。

休暇ー塩焼きそば2 

October 16 [Sun], 2005, 21:53
そんな野暮なことを考えているとさっきの髪を後ろで束ねた娘が『塩焼きそば』を運んできてた。ほど良く温まったテーブルの鉄板の上に焼そばは置かれ、油が溶け、ジューっと音を発しながら目に見えない水分が蒸発していく湯気を放ち、温風とともに私の顔まで食欲をそそる香りを運ばしてくる。私は間もなくキャベツをむさぼり、ぷりぷりのエビを口に、肉厚の良いイカに舌鼓を、キソバをすすり、ビールでノドを潤す。この動作を何度も繰り返す。人間とはおもしろいものだ。こうした単純な行為を生まれてから死ぬまで飽くことなく繰り返し楽しむ。普段はくだらない事を何度も頭の中でぐるぐる回って自分一人勝手に苦しんでいるものだが、この食する行為とは、単純且つ明瞭で「腹が減る」→「飯を食う」→「至福」。生きるということは本当はこういう事ではないのか。例えばイタリア人なら家族や友人とテーブルを囲みパスタを食べ、笑い、会話し、ワインに舌鼓をうち、時に踊り、歌い。生を喜び感謝し謳歌する―。

◇新たな食文化が融合していく瞬間◇

時間が15時頃というのもあったのか、店の主人「ぽんさん」がまかないの丼を手に私のテーブルの向かいに腰を下ろす。
「今日ひとり?」「祭りのシーズンやけど参加するの?」
他愛もない会話が交わされる。店にジャズを流しているからだろう。そんな会話もジャズに溶け込んで心地よい音となって時間が流れていく。
「この塩焼きソバ最高においしいね。このジューシーなのは、何なん?油?」
「それは塩だれゆーて、今使ってるの探すの骨折れたわ。かなりの数の工場まわってんで」
「ぁぁ。塩だれってのがあるんや。工場ゆーことは、自家製とはちゃうのんか」
「そー、普通焼そばゆーたら、ソースやん。せやけど、うちはこの塩だれをメインにやってこうと思てるんや。」
「それは、絶対にええで。」私も、なぜか心が躍る。確かに、この塩焼きソバはイケテルこれはヒット商品間違いなしやし、今でこそあまり皆なじみのないものだが、定着すればこの地元の一つの食文化として人々のDNAに刻み込まれていくことになるだろう。少々大げさかもしれないが、私は一つの文化が生まれ、活きて行く瞬間をこの目で見ているような気分になった
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