出来ることを

March 17 [Thu], 2011, 11:57
想像を絶する事態に胸が痛い。
出来ることを出来ることから少しずつ続ける。

Fudoga shukul地元は、私は、たまたま被災しなかっただけで。
Befarq bolmaylik無関心にならず、私に出来ることを出来ることから。

一昨年から昨年にかけてJICAの支援を受けてインターンで関わっていた国際NGO『JEN』が
今、宮城県で緊急支援をしている。
是非、ご覧になってください。

http://jen-npo.org/index.html

福島原発も心配・・・
現場で懸命に対処している関係者の姿が想像できる・・
被爆も・・・

被災地の皆さんは、どうかあきらめず心強く居て欲しい。
・・厳しい状況だろうけれど・・
どうか愛する人たちが逢えますように。
無事に一緒に居れますように。

日本を日本人を、日本人として信じている。
出来ることを出来ることから。




ウズ日記 〜オヤジ化〜

February 06 [Wed], 2008, 19:09
いやぁ〜。相変わらず飲んでます。ここでも。
ムスリムなのに。こっちの人、飲みます。
負けずに、あたしも、飲みます。飲んでます。

飲み仲間が居ますが、最近はそんな若者と飲むよりは
すっかり、ロシア人のおじさんとかウズ人のおじさんとかと
めっきり、がっつり、飲むようになってしまいました。
ヤバイです。(笑)
もちろん、酒は、VODKA!です!!!

強いです!! アルコール度 40度とかです!
もう、美味しいとかその辺の域を超えてます。
でも、飛び加減が日本酒と似ているので個人的にはとても好きな類の
酒です!! はい。言い切ります!!

今も、正直、酔っ払ってます。
因みに今は日曜の夜です。今日はお昼にロシア人の知り合いのおじさんに
(この人、貧乏ですが、笑。実は才能あるアーティストでいろんな人の曲の編曲をしています。)
メフモン(お客さん。ゲスト)に誘われ、その仲間のウズ人のおじさんの愛人宅でオシ(ウズ
伝統料理の一つでピラフのような油と水で煮揚げたご飯。旨い!大好きです!!)
を皆で作ってミホにオシの作り方を教えてあげよう〜!という意図で開催されました。
人参やたまねぎを切っているそばから皆でVODKA!!「乾杯〜!」をここでも広め
おじさん達の可愛い「カンパ〜イィィ」を掛け声に飲むは食べるは。大騒ぎ。
お昼の1時ぐらいから結局夜の8時ぐらいまで続きました。あぁあぁぁ疲れた。



でも、ヤポンカ(日本の女の子)としてはロシア人のおじさんとかに負けてられないので頑張ってます!
(頑張る所が違う!と言っている外野の人。 その通り!!)
途中、グルグルと回って思考が止まって、胃の中のものも全て出そう〜と
いう時期が来ますが、そこで踏ん張ってちょっとフルーツとかジュースとか甘いものとか
口にしてコントロールします。
そうすると、最後には、隣のロシア人とかウズ人の体のでっかいおじさんが
色んな物をなぎ倒して立ち上がれず倒れています。
まさに、『ぶっ倒れる』とはこのことでしょうか。

余りにも露骨におじさん達がぶっ倒れるので心配になりますが、
まぁ〜こんなシーンはよく目にするので良しとしよう〜。(笑)

そんな訳で嫁にも行かず
途上国でVODKAをがっつり飲んでいるあたしは、この先益々オヤジ化が進みそうで
怖いです・・・・・。

活動報告はまた次回!!(笑)

ちょっと一息。ひとりごと。 〜その6〜

February 04 [Mon], 2008, 1:22
強さが欲しい。
今程、強さが欲しいと思ったことはないなぁ。

すぐへこんでしまう・・・・。この性格。
弱い。甘い。未熟。情けない。ダメダメ人間。
歪んでるよ。真っ直ぐじゃない。
広くないな。狭いよ。小さいよ。


気にしない、乗り越える、力にする、素直に受け止める、吸収する

そんな強さが欲しい。


きっと
「お前が正しい。間違ってない。」
って誰かに言ってもらいたいだけなのかなぁ。
間違っていたとしても。

ただ、自分が可愛いだけなんだよな。きっと。
認めてもらいたいだけなんだよなぁ。きっと。

落ち込むってことは。


自己否定的に見えて実は
自己正当化してるだけ。
自尊心が強すぎるのかなぁ〜。これって。逆に。きっと。もしかして。
悪質な驕りだよなぁ。これって。最悪。
ほら、ますます落ちちゃうじゃない・・・。


守りに入ってるよなぁ。

強さが欲しい。



周りの声が気にならない強さが欲しい。

これって強さかな?
・・・・・・・うん。強さだよな。


気にしすぎかなぁ〜。

なんでこんなに感受性が強いんだろう。
マイナスに。
なんでこんなにすぐヒリヒリしちゃうんだろう。

弱すぎだよ。あたし・・・・。


強くなりたい。

ウズ日記 〜お誕生日〜

December 14 [Fri], 2007, 2:05
ウズベキスタンでは人生最大のメイン&ビッグエヴェント(笑)は結婚式(トイ)
です。
そして次に大切なイベントはお誕生日。

お誕生日は毎年一回誰にでもやってくる。そう。そこが結婚式と違う!笑。

途上国は結構何処もそうかもしれないが、どちらかというと祝われる人が
祝う人におもてなしをしないといけないパターンではないでしょうか。
ウズベキスタンも例に漏れず、そうなのです。

なので、今年の私のお誕生日は部屋に皆を呼んで日本料理をおもてなし
することにしました。(せっかく一人暮らしも始めたしぃ。)
・・・あ、そうです。申し遅れましたが、私、また10月に1歳増えました。年。
皆様、お誕生日のメッセージどうもありがとうございました。とてもうれしかったぁ!


『日頃の感謝を込めたミホ誕生日おもてなし日本料理企画!』のメニューは、
ちらし寿司、唐揚げ、シチュー、各種サラダなど。
(ウズ人は本当にサラダ好き。
誕生日前から「日本食をおもてなしするからね。」と伝えておいたので、
「ミホ!当日はどんなサラダを作るの?」とサラダに関して突込みが激しかった。笑。

当日の準備の為、2日前から連日バザールで買い出しをし誕生日の料理に
備えて張り切っていたにもかかわらず!!!

当日はなぁ〜んと朝からガスが全くやってこない!!!!
えぇ〜っっっ!?
なぁんでぇ〜???今までずっと毎日順調にガスがコンロから来てたじゃない!
(ホームステイしてた時は確かに頻繁にガス落ちてたけど、一人暮らし始めて
9月から一度もガス落ちなかったのにぃぃぃぃ。)
なんで?どうして?私の誕生日に限ってガスが来ないわけ〜!?
料理どうすんのよ?
どうやって作るのよ?あたしぃ?!
大丈夫か?今日のおもてなし?!
電気調理器、このアパートには無いぞ!!
(この国では頻繁にガスが落ちるので大抵の家庭で電気調理器を備えている。
ま、もちろん良く落ちるのはガスだけでなく電気もだけど・・・。
え?水も無いよ。もちろん。笑。)

・・・・・状態。


で、こんな時にも協力隊員、『3A』を思い出し、呪文のように
焦らない!慌てない!!諦めない!!!
そして、仲良しのディリャに「ガスが来ないんだよね。どうしようっか。
料理。」と相談。3Aに『ASK』も加えた方が良いね。『4A!!』
ディリャも「そうなのそうなの。ウチのアパートも朝からガスが来てなかったから
ミホん家大丈夫かなぁ〜?って心配してたところ。レストランで食事するのも
一つ方法だけどミホすごく今日の料理の為バザールで色々買い物
してたしね・・・。(買い物も彼女は付き合ってくれました。はい。)」

そしてそして、強力な助っ人、ディリャ(彼女は料理が得意です。)が
我が家にやって来て、なんとアパートの中庭で焚き火をすることに!

焚き火で唐揚げとちらし寿司の錦糸卵を作ることになりました。
「シチューも作りたいぃぃ。」ってだだこねたら、
「何言ってんの!ミホ!!もう時間もないし(会は午後6時開始予定。この時、
午後3時。)、出来る事からやろう!ねっ!!もし余裕があれば作ろう。
とりあえず、この鶏!揚げよう!!!」と一喝ッ。
いやぁ〜ごもっともです。

「頭良いぃぃぃ〜!すごい!!ディリャ。」と尊敬の眼差しで褒め称えると
「ウチもね、昔、実家でイベントの時ガスが落ちてなおかつ電気調理器
も無かったから庭で火を起こして料理作ったの。それ、思い出したのよ。」
と。
流石〜!途上国の人〜!発想が原始的かつ柔軟!(褒めてますよ!)


ディリャ、唐揚げ、揚げるの頑張る! の図。



そして話は前後しますが、午前中部屋の片付けを済ませ多少の追加買出し
の為バザールへ足を運び(またです。はい。バザール大好き!!。)
折角お客さんがウチに来てくれるから部屋に飾る花でも買おうといつも顔を
出す花屋さんに寄ると・・・・・見慣れた顔がっっっ。
「あれ?イクボ〜ル!どうしたの?こんな所で、元気?」と声を掛けると
気まず〜い雰囲気を醸し出し振り向いたイクボル。
「なんでって!なんであなたこそこんな所にいるのッ!!え?花を買いに?
おバカッ!あなたは今日は花なんて買う必要はないの!!!」・・・と。
そしてそして、その向こうにもう一つ気まずい顔した人が・・・。
カウンターパートのウルグベック。

「・・・あ・・・・・・・。」漸く気づきました。お誕生日の私の為に花を選らんで
買ってくれていたのでした。あぁぁぁ。
相変わらずドンくさいです。空気読めよぉ〜。って感じですか?


「ムスリム国での飲み仲間」イクボルです。
バラの花。彼女、自ら活けてくれました。



カウンターパート、ウルグベックより。
玄関開けて彼と一緒にやって来たのは、抱えきれない程の
『菊』の花束!!
「ミホ!ブーケ!!」とニコニコしてながら渡してくれたのは
良いのですが・・・・「菊・・。しかもでっかい菊の花束・・。
日本では、お葬式=菊。のイメージなんだよねぇ〜・・。」
なぁんて口が裂けても言えなかった。(笑)
んんん・・・この国では結構、秋は『菊』メインで出回ります。




ここまでの展開でもうお気づきでしょうが、
「お誕生日だし準備もあるだろうから」と当日ディレクトールがお休みをくれました。
で、もってお休みをくれたディレクトールは前日私の家に泊まり朝から
「銀行に行かなくちゃ。」と、とっとと出て行き、しかも美容院に行っていた
そうです。
ディリャとフェルーザも誕生日プレゼントを買いにバザールへ。
イクボルとウルグベックも花を買いにバザールへ。

で、一体誰がオフィスで仕事をしていたのか?疑問。
はい。
それ程、ウズベキスタンではお誕生日はメインイベントなのです。

当日は学生ボランティアの皆さん全てを招待するわけには行かないので
もちろん料理の関係もあり職場の正規スタッフのみ招待しました。
ま、もともと学生はパフタ時期(綿花摘みの為学校単位で綿花畑に集団で
寝泊りし朝早くから夜暗くなるまで綿花摘みに専念する。)の為パフタ畑へ
強制連行・収容(笑)されているので市内には居なかった。

それから、またディリャの話に戻りますが、彼女は私の料理を手伝う為
奮闘してくれ、朝からオフィス→銀行→バザール→自宅→オフィス→ミホ宅
とそりゃぁもう大忙しの一日を過ごし、せっかくバザールで買ってくれた私への
誕生日プレゼントを自宅に忘れて来た!!とプチパニックを起こし唐揚げを
揚げながら自分の失態を悔やんでいました。
「誕生日のお祝いに来たのに、誕生日プレゼント忘れるなんてっ!!」って。笑。
「いやいや、もうその気持ちだけで十分だよ。あなた自身がプレゼントです。」
「一生忘れられない日だね!!」とお互い顔を見合わせ大爆笑!
ディレクトールのムカダスも私の誕生日に仕事そっちのけでわざわざ美容院に
ヘアケアしに行っちゃうし。花屋でばったり2人に遭っちゃうし、ガスは無いし・・・
そんなこんなのオモシロハッピーバースデーでした。
どうも本当にありがとうございました。
今年もとても幸せなお誕生日を過ごすことが出来ました。




我が家ですぅ〜。
(この画像を見たディリャが自分の画像を見て、
「うわっ、あたし顔、白ッ!デスマスク見たい。」だって。笑。
大うけ〜です。ホント、彼女は面白い。)


こんな風に素晴らしい仲間に恵まれオモシロ可笑しく日々幸せに
過ごしています。
感謝感謝です。

そしてお母さん、逆子だった(笑)私を産んでくれてありがとうね。



パフタで誕生日会に参加できなかったディルショッドから
「あぁぁミホの寿司が食べられなかったぁぁぁ。今度はいつ寿司を作るんだぁ?」
とリクエストがしつこいので、次回新企画!
『ムスリム国でクリスマスパーティをして日本食を作ろう!!』を考えてます。
もちろん、彼らに「本当にここでクリスマス祝っても良いの?」と了解を
取ってます!
むしろ、最初にクリスマスパーティーをしようと話をもちかけて来たのは
彼らの方です。
だって、彼らも私達(仏教国のはずの日本)と同じで、多くが
なんちゃってムスリモンなんですものぉ〜。(笑)



メインテーブルです!



外で唐揚げ揚げてたら「何?何?ミホ何してんの?」と
近所の子ども達が集まってきた。(笑)




「え?ミホ今日お誕生日なの?」とちびっ子達より
貰った花を飾りました。
5分置きぐらいで「ピンポーン!お誕生日おめでとう!!」
とチビちゃん達が入れ替わり立ち代わりやって来ては
どこからちぎって来たか不明な「お花」をプレゼント
してくれました。
「一度でまとめて来い!!」(笑)
Anyway thanks a lot.



行きつけの花屋さん。
お誕生日にはピンクのバラの花束をプレゼントしてくれました。
いやぁ〜結構何時もお花をプレゼントしてくれます。
彼はナイスガイです。
たまにはお金出して買わなきゃ。ね〜。



同じ建物のお隣のオフィスの皆さん。
誕生日の翌日、出勤したら「昨日からずっと待ってたんだ。
どうして昨日出勤してこなかったの?当日渡したかったのにぃ。
僕らは君の事が大好きだよ〜。」と素敵なお祝いの言葉とお花を
プレゼントしてくれました。
いやはや、ホント、贅沢です。幸せ者です。
ありがとうございます。
暫く、道端やバザールで知り合いに会うと
「あ、誕生日だったんだよね。おめでとう〜。」と何故だか
誕生日の件がすっかり皆に伝わってました。
とても嬉しくありがたいのですが、改めてこの国には
『個人情報保護』とか『守秘義務』とかの概念が存在しないなぁ〜
と実感しました。




左から
ディリャ、フェルーザ、ウルグベック、ナイル、ムカダス。
この国の大好きな大切な仲間です。

ウズ日記 〜笑顔の向こう〜

December 07 [Fri], 2007, 1:35
長らくご無沙汰いたしておりました。
ひとまず元気です。

夏の終わりに食中毒にあいました。
辛かったぁ〜。
アデノイドを切除した私の体は高熱が出ないように変化していたはずなのに!
40℃近い高熱を出し、数日間節々の痛み、腹痛、吐き気、そして下痢に
苦しまされ、熱と下痢が落ち着いてきたかなぁと思いきや今度は間髪入れず
アレルギー反応か?! 腹部から下腿にかけて夥しい蕁麻疹!!


皆から「ミホは一体どんな悪いものを食べたのか。」と問い詰められるものの
心当たりは、セミナーの時に出たビリンチック(ロシア料理の一つでクレープ
みたいな素焼きシートの中に炒めたお肉が入っていたり、ツヴォロックという
ヨーグルトが固まった様な乳製品にお砂糖を混ぜてあるもの等数種類ある。
はっきり言って私のここでの好物の一つ。)のお肉が一口食べた時
「??コイグゥュシュト(羊肉)??」と頭の中で声がした程牛肉が臭かった。

・・・・これかな。原因。
強いてあげれば・・・・・。

そんな訳でその説明をすると、これまた間髪入れずイクボルが(スタッフですが
いつもは大学の歴史の先生。彼女は日本が大好き!JOCVをこのNGOに
呼んだのは彼女!だといっても過言ではない。ムスリム国であるこの国での
私の大切な飲み仲間でもあります。笑。)
「ミホ!!だぁ〜から、私はいつも、もう1000回(大げさ!)もあなたに言って
いるでしょ!ここで何かを食べる時は一回臭って確認してから口に入れろと!!
あなたの体はこの国にまだ完璧に適応できている訳じゃないんだから!!!
ホントに気をつけないと!!!!!」と叱り飛ばされる羽目に。


いやはや本当に、本当に、身にしみて健康って大切!!と痛感しました。
ありがとう。神様。健康に戻してくれて。
フドーガシュクルッ!!!

前置き・・・・言い訳が随分長くなりましたが・・ブログ、ストップしてました。
すみません。
各方面で心配のお声を頂戴し・・・ありがとうございました。
元気で生きてましたよ。(相変わらず病気や怪我に悩まされながら。笑)
この国の夏は本当に暑かった!!!!
身体のみならず脳細胞も機能がストップしてました。毎日職場に通うだけで
精一杯。もうそれが全てのように職場に到着した後はヘトヘトでした。
実際の活動は戸外でこれまた激暑!かといって職場に帰って来ても扇風機さえ
ない環境だった為更に激暑!!(しかし夏の終わりになんと旧ソ連式クーラーを
導入〜。あぁ涼しい〜。でももう夏もそろそろ終わりますぅ〜。って時期でした。)
仕事から帰って来たらもう体を休めることでこれまた精一杯。現地の人と交流を!
なんて甘っちょろい考えは消えうせ只ひたすら休む寝る。
でも部屋も激暑で十分に心身を休めず、睡眠時間の割に常に睡眠不足で眠い。
そして疲れている。疲れが全くと言ってよいほど取れない。
休みの日は何かと行事があり、あっちのメフモン(お客さん)、こっちのメフモン
と右往左往。そんでもって何処行っても激暑!
そんな激しい夏を過ごしました。笑。

漸くブログも再開です。
何度もしつこいですが、忙しかったぁ〜。心身共にきつかったぁ〜。
9月から一人暮らしもはじめました。(このアパートが
また一癖あったりする。もちろん任地グリスタンは水が無い!笑。)

また新たな出発です。


で、本題ですが、『笑顔』。(笑)
笑顔は本当に美しいですね。どんな人も笑顔は最高にその人をキラキラ
と眩しくそして輝かせてくれる。
笑う角に福来る。
昔の人は良くいったもんだ。
実際、『笑う』ことは細胞を活性化してくれると言うし。私もそう思うし。
『笑顔』でいると本当に気分的により一層楽しくなってくるし自然と幸せを
呼び込む気もするし。
『笑顔』が発するプラスの吸引力はすごい。

特にやっぱり子ども達の笑顔は国境を越えて癒される。

これはもう誰しも納得だと思います。定理ですね。
・・・・ま、個人的に私は子どもは『天使の顔した悪魔』だと思ってますが(笑)。
彼らの笑顔には敵わない。Even if diamonds!
もうメロメロさ。






















笑顔の元気をありがとう!

そしてこの国の未来に希望を。

ウズ日記 〜種を撒く〜

September 26 [Wed], 2007, 15:57
 この国はもがいている。

 どの国もどこの家庭でも全く問題のない場所なんて無い。
同じようにこの国には問題がある。いやむしろ問題だらけだ。
そして91年の独立以来、今、この国は一番もがいてもがいて苦しい時では
ないのだろうかと感じる。

 この国はもがいている。

 何が問題なのか。
外国から来た一介の無力なボランティアが他人事の様に他国の問題を羅列し
批判めいた文章を記す事は実に簡単だ。

 この国はもがいている。

 何が出来るのか。何が必要なのか。実際どんな行動を起こせばよいのか。
もちろん、この国のPolitical な問題は絶対的にはずせない。それは外国人だって
ウ国人だって十分認識している。

 この国はもがいている。

 Political action はこの国では極めて危険を伴う。いや、この国だけではない。
中国の天安門事件だってそうだ。
2005年5月のこの国でのアンディジャン事件。
多くの無力な一般市民の血が流された。
知り合いの話によると抵抗もしていない妊婦やまだ一人歩き出来ないような
幼い子どもまでもが目の前で無残にも殺されたそうだ。国家警察によって。
そんな事件が外国に報道されていても情報コントロールのあるこの国のウ国民
はテレビでは自国の大事件を知らずに歌手が陽気な歌を歌い、若い女の子が
華やかな踊りを舞っている映像ばかりを目にしていた。

 この国はもがいている。

 外国から来た一介の無力なボランティアを市のpoliticalな会議に招待してくれた。
正直、6割方内容は聞き取れなかった。
ただ、見えたのは、所謂Partyを代表する政治家が自分たちの町の問題点を列挙
し法律の改正を声高に唱え公権力の協力を雄弁に論じていた事。
その饒舌なまでに論理的な政治家に対して一介の主婦である老女が「そんな
ことはこの国のこの町の誰だって分かっているよ。そんな問題を挙げることぐらい
子どもだってできる。で、あんたはそれで政治家として何を具体的に私達にして
くれるんだい?」と唐突に発言し皆を大爆笑の渦に巻き込んだ事。

 この国はもがいている。

 人口の半分以上が20歳台の若者。道を歩けば棒に当たるぐらいそこいらを
元気に走り回っている子ども達。
パフタ(綿花)畑。牛。羊。鶏。ロバ。豊富な食材。豊富な資源。豊富な土地。

 この国はもがいている。

 雄弁な政治家も一介の主婦も決して間違ってはいない。
間違ってはいないがこの国の国民は口ばかりでActionを起こさない。
いや、厳密に言えば、アンディジョン事件が物語るように起こせないだけなのかも
しれない。
そこには只単に国民性や民族性、歴史的結果として済まされないものがある。

 この国はもがいている。

 カウンターパートのウルグベックが夏にローマでワールドバンクの表彰を受けた。
テーマは『Fighting against STEREO TYPE』。
民主化への道は正しい選択だったのか。
社会主義時代の多くを生きてきた30歳代以上の大人は今をただひたすら嘆く。

 この国はもがいている。

 掛け違ったボタンを留めなおすのは誰か。
自分自身でしかない。もしかしたら気づいていないだけで誰か他人がボタンの
掛け違いを指摘してあげないといけないのかもしれない。
でもこの国の国民はボタンを掛け直す為の手を見えない糸で縛られている。
同時にボタンの掛け直し方を知らないのかもしれない。

 この国はもがいている。

 知らなければ良かった。見なければ良かった。感じなければ良かった。
寝た子を起こさなければ良かった。
そうかもしれない。

 この国はもがいている。
 私ももがいている。

 この国はもがいている。
 私に何が出来るのか。

 この国はもがいている。
 改めて己の無力さを思い知る。

 この国はもがいている。
 私の両手には絡まった糸はない。

 この国はもがいている。
 Action を。

 この国はもがいている。
 出来る事をやっぱりして行くしかない。

 この国はもがいている。
 理論や方法論、筋道を立てることは当然の如く大切。
 それ以上に実際に行動に移さなくては何も始まらない。

 この国はもがいている。
 見ていて痛々しいほど、この国はもがいている。

 この国はもがいている。
 この国はもがいている。
 この国はもがいている。
 この国はもがいている。

 がんばれ。がんばれ。がんばれ。逃げないでがんばれ。
 人間、ここ一番の時は腰を据えて頑張らないと行けない時がある。


 種を撒く。
 大切に。
 未来へ。


 花を咲かせ実を結ばせるのはこの国の力だ。
 信じるしかない。
 人口の半数以上が若者であるこの国の希望へ。


 予定通り行けば、
 今年の終わり昨年来延びた大統領選挙が行われる。


 ロシアのプーチンのような指導者がいつか・・・
 それが遠い将来であっても・・・いつか、この国にも現れることを祈って。



 この国はもがいている。



 種を撒く。

ウズ日記 〜カザフ国境、人身売買撲滅活動そして画像没収〜

June 09 [Sat], 2007, 23:07
私の所属しているNGOの主な活動内容の一つに人身売買撲滅があります。
人身売買。Human Trafficking。現代の奴隷制度。
性奴隷、性的搾取、労働奴隷、児童買売春、臓器売買、人権侵害。

定期的に学校等に足を運びコツコツと撲滅へのセミナー活動をしていますが
昨日は、カザフスタン国境まで向かい(と言っても、カザフは任地シルダリア州と
隣合わせなので、グリスタン市内から1時間弱。)

いつもは学校での活動が多いので私達NGOスタッフ、ボランティアのみの
構成で行いますが、今回は流石に国境だったので地元の警察官も同行して
くれました。と云うよりも必要でした。

朝9時過ぎに職場を出て10時頃現地へ到着。
既に太陽がギラギラして暑い。炎天下での活動は辛い〜。

早速、ディレクトールが国境警官と話をするも、どこからともなく偉い人が
踏ん反り返ってやってきて「何をしているいるんだ?許可はあるのか?」
・・・・いやはや、実にこの国的予想通りの展開。
ディレクトールが一通り説明をするも今一な反応。

大体人身売買についてあんたはどれだけの事を知っているんだ?!
立場の弱い貧しい人たちがいとも簡単に騙され売り買いされている現状を!
それだけ、自分達の国民が外国から粗末に扱われ馬鹿にされているんだよ!
むしろ、そっちを取り締まれ!警察官なら一般市民を締め付けるのではなく
複雑、多数の人々を介在するトラフィッカーを取り締まれ!!見つけてみろ!!!
その上ででかい口を叩け!!!!!
と、叫びたいのは山々でしたが・・・・・私なんて所詮、無力。

そこで地元警官のオリマットさんが登場し首都タシケント本部、警察にコンタクトを
取ってくれ、直接その偉そうな人と本部と話をつけてもらう事に。
あっさりとO.K.がでる。・・・・まさにウズベキスタンである。この展開も。単純。
そもそもこの活動は以前から決まっていたことだし、横の連携、警察官同士
しといてよね〜。とまたまた呆れ果てた。
でも、ま、予想通りの展開だったわけで。その為に警察官を同行させている
訳で・・・気を取り直して活動再開。


今、カザフスタンはお隣のウズベキスタンとは違いめきめきと成長している国だ。
何と言っても莫大な採油量を誇る。これから期待の美味しい国だ。
アメリカだって日本だってカザフと仲良くしたくてたまらない。

つまり、多くの人々がお金を稼ぐ為に流れて行っている国である。
人身売買的にもう少し突っ込むと、カザフ国へのdirectionだけでなく、所謂
経由国としての機能も持っているのでそこからdirection国アラブやドバイ、
ロシア、そして日本へと人は売り飛ばされる訳である。

「甘い言葉には気をつけて。その仕事は本当に大丈夫?騙されていない?
ちょっと待って。一呼吸置いて、家族と相談して、色んな人と相談して。」

的な内容のポスターやブックレットを沢山用意し国境ラインの検問所数箇所に
貼ったり、国境を越える前のレジストレーションを行っている大きな荷物をもった
人達に一声かけてブックレットを渡したり。

国境ラインより手前のセカンド検問所で学生ボランティアが小さなセミナーを
開いてみたり。

この小さな積み重ねが少しでも被害者を減らすことに繋がることを信じて。
皆、炎天下の中一生懸命頑張ってる。やるじゃん!やるときゃ!!
かっこいいぞぉ〜!!!

で、ディレクトールの指示にて私のカメラを使って沢山写真を撮れとのことだった
ので、(それでも、私はこの国のやり方を知っているので、写真を撮っても
大丈夫?と何度も念を押して確かめた。そしてそもそもは首都タシケント本部
から画像を沢山撮れ!との指示だったらしい。)
国境ギリギリのラインではなく少し離れたセカンドラインで多く写真を撮っていた。
途中ディレクトールとディリャに呼ばれ、国境(もう数歩先はカザフ)ギリギリでの
画像も欲しいということだったので、やっぱり不安で、「ホントに大丈夫なの?」
と再度確認。ディリャが「大丈夫大丈夫。」って何度も言い張るので仕方なく
カメラを取り出すと、案の定、またまた踏ん反り返った偉い人らしい人がやって来て
「何を撮っているんだ!中身を見せろ!!」と取り囲まれる羽目に。
・・・・やっぱりな。これも予想通り。

「こっちに来て中の画像を見せろ。」と連れて行かれそうになった所で
「貸して、僕が変わりに行くよ。」とディルショッドが身代わりになってくれ
カメラをもって検問所の中へ連れて行かれることに。
ディルショッド〜!男前〜!!惚れ直したよ〜。と心の中で呟きながら暫く彼が
部屋から出てくるのを待ってました。

・・・・やっぱりな。だから何度も言ったじゃん。確かめたじゃん。大丈夫か?って。
もぉ〜!ディリャの馬鹿馬鹿〜!!
あの時、カメラを取り出さなければそのまま少なくとも、その前に撮っていた画像
残っていたのにぃ〜!!!!
せっかく撮ったカザフ国境の画像。全部消去させられちゃったよぉ。

え?!そう云う問題じゃない?

ディルショッドが連行された後、ディリャに「やっぱりだめだって言われたよ!」
と伝えると。
「ア〜、ヤフシ。(あ、そうなの。結構結構。)」だって。
・・・・・たまにディリャの言う事はとんでもなく違う方向に間違うんだよね。
(これで2回目。今度は私自身、彼女の発言に疑問に思う時は、気をつけよう。)

そして、根本はやっぱりディレクトールの指示出しの甘さ。読みの甘さ。だな。


今回も、私的に色んな意味で良い勉強になった!!!

そして、オフィスに訪れてくる多くの被害者家族からの悲痛な叫びが少しでも
減るように、甘い言葉で騙されてしまう被害者の人権が守られるように、
私達の活動はこれからも地道に且つ確実に一歩一歩進むのであった。


当イスティックボリアフロド青少年センターグリスタン支部
被害者救済件数(2007年6月現在)

(売買先)
・ロシア 32件
・カザフスタン    17件
・アラブ首長国連邦   8件
・パキスタン     5件
・イスラエル 3件
・グルジア 2件
・タイ 1件
・バーレーン 1件





カザフ国境より100mくらい離れた手前の
セカンド検問所。人身売買の注意を喚起するポスター
を貼っているところ。


国境手前のセカンドラインで小さなセミナー


ブックレットを配っています。



セカンドラインでの検問所。ポスター貼りました。
多くの人がこのポスターを目にして少しでも立ち止まって
考えてくれる事を願って。




セカンドライン。車はほとんどが個人タクシー。
カザフから入ってきた人を市内や首都タシケントへ送る為。



セカンドラインに駐在する警察官。
休憩の合間に日陰でブックレットの一つを真剣に
読んでくれています。




もう一箇所ある国境地帯で。しっかりこちらでも
ポスターとブックレットたっぷりプレゼントしてきました。
今度は警察官の方から「写真とってよぉ〜!」と。
そもそも人懐こくていい加減なのがここの国民性。
「あっちの国境では写真撮ったらだめって言われたよ!」
と皆で言うと、「あぁあぁ知ってるよ。だから逆側向きで。」って
ホントに考えてたか?そんな風に。
言わなきゃ国境を背にして撮ったてたね。きっと。(笑)




まっすぐ続く線路の先はもうカザフスタン。



奇跡的に国境ライン画像が1枚残ってました。
あの建物を境にウズとカザフに分かれます。
カザフに向かう人達。




ちょっと一息。ひとりごと。 〜5〜

June 09 [Sat], 2007, 23:04
生きる事に、生きている事自体に意味がある。

生きる。

全ての物事全ての出逢いには意味がある。

意味を意味にしなければ意味にはならない。

偶然と云う名の必然。

言葉のパラドックス。言葉遊び。

気づくこと。

出逢い。

感謝。

支え。

While there is life, there is hope.

Hope springs eternal. (in the human breast)

希望。

若者よ大いに悩め!迷え!!傷つけ!!!

決して愛を失うな!大切な何かを失うような事はするな!

綺麗ごとじゃなく、お金も・・・やっぱ大切。

睡眠。・・・・・めちゃ大切。 いつも眠い。

遠くの大きな事ばかり追い求めていると足元の石ころの大切さに気づかない。

未来を見つめ、過去を振り返り、確実に一歩一歩今を歩き、進む。

具体的に動く事、継続する事。

不平不満を言うぐらいなら自分で動け。自分が変えろ。

考えてばっかいたって先には進めない。

出来る事を少しずつ。

そして動くのは自分。

口ばっかりで、動かないのは最低っ!

無関心でいることの最悪。

深い思考、的確かつ冷静な判断力。

関係性の問題。

書くこと、描くこと、見つめること。

芸術?! 生き様が芸術。 生き様を表現すること。その手段。

自分の事ばかり考えていると結局自分の為には決してならない。

自分の前に道はないが、自分の後には必ず道が出来る。

いつかきっと気づいてもらえる事を信じて。ただ信じる。

待つ事の辛さ。待つ事も大事。

結果は当然の如く大切。経過やその過程はそれ以上、それを超える。

信頼。

次世代。

一生勉強。

反面教師。

されて嫌な事は人に決してしない!

正しい評価。機会を与える。

エチケット、マナー、プロトコール、・・・作法。

調整力。爆発力。忍耐力。

協力。

共に歩く。共に生きる。

引き継いで行く必要性、重要性。

私が居なくなっても大丈夫なように。

常に自立支援。念頭に。

環境設定。

温故知新。

仲良き事は美しき哉。

全体性、バランス。

喜び。

喜びは分かち合ってこそ倍になる。

悲しみ。

傷つかない強さが欲しい。

人を傷つけたくないなぁ。

傷ついたっていいじゃない。騙されたっていいじゃない。相手を騙したり傷つけるよりは。

鈍感。無神経。無責任。きらい。

責任。

心も体も頭も柔軟に。

深呼吸の必要。

伝えることの難しさ。

思いやり。重い槍?!

相手を思う。想う。思いやってこそ人間。

親しき仲にも礼儀あり。

柔らかい心。

心を開く。

朝。

夕陽。サンセット。

海。

笑顔。

大好きな人たちと過ごせる事の喜び、幸せ。

楽しむ姿勢。 とにかく楽しむ。

良い所を見つける。生きることが楽になる。

人生は生きることは、やっぱ修行だな。

9割の苦しみ悲しみ辛さ、1割の喜びで救われる。

人によって傷つき、人によって救われる。

迷った時は原点回帰。

幸せ。 幸せを感じる幸せ。

思考のラビリンスに落ちる・・・・自己陶酔。結局は自己満足でしかない。

甘い!

生まれてきてすみません。

産んでくれてありがとう。

海の碧、空の蒼、青と藍。群青。

相手を変えようとしても変わらないが自分が変われば相手も変わる。

先をよむ力。

人はいくらでも変われる。人はいくつになってもチャレンジできる。

人は一人だけでは生きてはいない。人は決して一人では生きられない。

驕りは感を鈍らせる。

ヤルなら本気で。徹底的に。

でも、ちょっと・・・たまには手を抜いてもいいかな?!

頑張るぞっ!!

がんばんなくてもいい。

後悔したくない。

勢いも大切。

我を忘れる。無我夢中。

邪心?

知識、技術、経験そして人間性。

自分をみつめる。

自分磨き。

女性。アジア。子ども。

地球。

闘い。

環境。

強さ。弱さ。優しさ。柔らかさ。

理性を超える。

女は度胸、愛嬌、包容力、洞察力、実行力。

女として・・・女である前に・・・女であるからこそ・・・女でしか・・・。

女の敵は女。

権力に屈しない。

自分を律する。自分を制する。

集団。やっぱ苦手。 

単独行動動物だなぁ。

一人になる時間は良い意味で大切。無いと元気にならないし苦しい。

好きと云う気持ち。愛する全ての始まり。そして関係性が本質を深める。

生き様は顔に出る体に出るオーラに出る。

死ぬ不思議。生きるていることの不思議。

生きることは死ぬこと。死ぬことは生きること。死を生きる。今を生きる。

今は今である瞬間に今では無くなる。

その時のベストを尽くす。

ボチボチ。

人間とは無限の可能性を持つ存在。

時間。

自己とのあいだ。

自分に素直に。心を澄ます。

頭はcoolに心はhotに。

流れ。流れにのる。流れをつくる。

タイミング。

恐れない。

自分に限界をつくらない。

変化。

憎しみの連鎖。

連鎖を断つ。

自己実現。

勇気。

想像力と創造力。

興味。好奇心。

感性。

共感。

反省。

人をジャッジしない。

ジレンマ。葛藤。

月。星。太陽。宇宙。

世界。世界観。

日本。日本人。アジア人。世界人。地球人。宇宙人。アイデンティティ。

常に世界を視る。意識する。

小さくまとまるな!!

失敗を恐れない。失敗で学ぶ。失敗を受け入れる、許す。

若い内に沢山失敗をしておけ!苦労をしとけ!!

歳を重ねる事は楽しく美しい。そうやって歳を取りたい。

美しさとは?本当の美しさとは。

歳を取ると云う事は関係性を重ねてゆく事。

どれだけの関係性を重ねて来れたか。

まだまだ。だな。

小さな虫にも道端の草にも命がある。

だから、色々考えたって考えなくったって生きている生命そのものが美しいんだって。

私まで、繋げてくれた命に感謝。

自然界には人間には見えない無数の色がある。

人間には聞こえない領域の音。

自然。

空気。

水。

家族。

平和。

愛。

友。

仲間。

心。

夢。

失望。

許し。

そのもの全てをそのままあるがまま受け入れる。

つながり。

宗教。文化。風習。民族。

哲学。現象学。心理学。

視えるもの、視えざるもの。

生かされていること。

生命。

ありがとうにありがとう!






いや、よく、ここまで飽きずに辿り着きましたねぇぇぇ。
いや・・・ホントに独り言に付き合ってもらって・・申し訳ないです。
いや、むしろ感謝です。
大変お疲れ様でした。(笑)
今度は、ちゃんとした文章を書きますのでこれに懲りずに今後とも
お付き合いくださいませ。
ありがとうございました。

ウズ日記 〜ウズベク不思議発見! パート1〜

May 30 [Wed], 2007, 22:44
ウズベキスタンで不思議に思ったり感心したりこれは利用できるなっと思ったり
日本とは違うなぁ〜と思ったりした発見を羅列します。


・途上国では往々にしてそうだと思うがやはりウズでも、人より車が優先!
 圧倒的に車の方が強い!!時に、邪魔だ〜!とばかりに車線を超えて人の
 方に威圧的に脅しをかけて向かってくる車もいる。
 「馬鹿かっっっ!」
 と思うけれど、これが途上国。
 交通ルールや倫理観も途上している。
 しかし万一事故にあったとしても保障はどこにもない。そもそも皆保険に入っていない。
 なので事故にあったら事故にあった損になる。つまり、人は泣き寝入りあるいは
 死に損になってしまう。
 それが、途上国。

・舗装されている道は意外に多いがほぼ穴だらけ、その穴をよける為に車は往々にして
 車線を大幅に超え反対車線を当然の如く(もちろん反対車線には車が行き交っている。
 そして暗黙の了解で反対車線の車の方が避けたりする。)走ったり、シャコタンのように
 突然右往左往し穴をよけながら奇妙な運転をしている。
 ある意味テクニシャンである。

・車だけでなく人も交通ルールが途上している。
 そもそも信号機の見方がわからない。信号機がどっちを向いて誰に対して
 青なのかが未だに理解できない。
 信号が青であろうが赤であろうが車が近くに居なければ道を横断する。
 時に車を止めてまで横断しようとする。

・この国では当然のことのように女性に年齢を聞く。
 ムスリムなので歳が自分より上であれば絶対的に敬わないといけない習慣
 というか宗教上のしきたり、教えがある。
 なので最初私は見かけがちょっとだけ若いのでナメられるが歳を聞かれて
 答えると必然的に少しだけ敬われる。
 嬉しいのかそうじゃないのか複雑な心境になる。

・特にウズ国民は「メフモン(お客さん)」「フドーホフラサー(神が望めば)」という
 フレーズにめっきり弱い。
 答え辛い事を聞かれた時、例えば「どうして結婚しないのか」等適当にあしらい
 たい質問をあびせかけられたとき「フドーホフラサー」と答えるとそれ以上は
 つっこまれない。むしろ彼らは絶句する、。ある意味重宝する。
 神を馬鹿にしているようで頻繁には使いたくないんだけどね。
 また、ボゾール(市場)等で中々まけてくれない時等現地人は「メフモンなのに!
 なんでまけてくれないんだ!!」と言い張っている。
 今度私も使ってみようと思い、「私はメフモンだから安くして!」と言ってみた。
 若干安くしてくれたような気がする。
 お客さんへのもてなし好き国民性が良く現れている言葉である。

・ムスリムは汚いものは左手を使う。だから、左手で握手をする事を嫌う。
 地方のウズトイレはトイレットペーパーが詰まってしまうのでトイレに流さないで
 便器の横のゴミ箱みたいなところに用を足して使ったトイレットペーパー(紙類)
 を捨てることが多い。
 地方の日本人の家にお邪魔した時、そのトイレのゴミ箱は右側にあった。
 しかし、ウズの家庭のトイレのゴミ箱は左側にある。

・往々にして日本以外の外国はそうだと思うが、「自分のものは自分のもの。
 他人のものも自分のもの。」が明らかに当然の如くまかり通っている。

・この国は1991年にロシア(旧ソ連)から独立した国である。10年少し前までは
 発展?国だった。
 そんな訳で自分達が途上国に住んでいるということを多くの国民は認識すら
 していないようである。
 のわりには「この国はお金がない。ミホ、日本からの基金を紹介して私達に
 お金を頂戴ッ!!」と恥ずかしげもなく言ってくる。
 全く調子がよく出来ている。まず、自分達で努力をするという事を考えも
 つかないのである。これが社会主義の結論なのだろうか。

・何かめでたい事があるととにかく踊り狂うウズベキスタン。特にめでたい事が
 なくても、例えばセミナーの合間とかに歌う人が居てその人が歌い出すと
 何人かのおばちゃんたちがスクッと立ち上がり踊り始める。それだけならば
 まだ良いが若干外国人でほんの少し目立ってしまう私を見つけるとその踊りの
 輪の中に強引に引っ張りこもうとする。そんな時は「日本国の代表」として
 しようがないと諦め、少しだけ変な踊りを踊って見せたりする。
 
・私が撮った写真を見せた時、現地人は気に入らないと「これ消して!!」と
 言って撮った人の意図は構わずに消去させようとする。
 時に、自分が写っていない写真でも「これは必要ないね。」と言って消去する
 ことを勧めてくる。「でもこの画像は私にとっては必要なの。」と説明すると、
 理解出来ないよ〜的な表情をし渋々了解する。
 私の撮った画像には私にも権利があることが理解出来ないようである。

・現地の病気や虫刺されに対して日本の医薬品を使うが一向に効く気配
 を感じない。しかし、現地の薬品を使うと一発で効果がある。
 体にとって良いのか悪いのか、若干悩む。

・ウズベキスタンでは民族の順位が1位ウズ人、2位ロシア人など等・・・。
 バザール等で外国人がロシア語ではなくウズ語を使うと珍しがられ褒め称えられ
 かなり料金をまけてくれたりする。
 ウズベキスタンでは外国人は皆ロシア語をしゃべると思っている。
 当然の如くロシア語で話かけられるが「私はロシア語は分からないので
 ウズベク語で話して。」と言うとめちゃくちゃ喜ばれる。
 こんな時はめずらしく、ウズ語が若干しゃべれて良かったかも。と思う。
 ちなみに、ウズベク語とロシア語は文法をはじめ全く異った言語である。
 ロシア語はSVO。英語系。
 ウズ語はSOV。日本語系の並び。
 若干、外来語等の単語はウズ語ではなくロシア語主流になっていたりもする。
 ウズ語は80年間の旧ソ連時代にロシア語のキリル文字に変えられたが
 それ以前はアラビア文字を使っていた。
 そして91年独立以降今はラテン文字を使うよう国が方針を立てている。
 そんな訳で文字を象徴しているようにこの国は面白いぐらい何もかもが
 ハチャメチャ滅茶苦茶である。
 さすが異文化の交差する国。シルクロードの国である。

・ライオンをTVで見ているとウズ人と重なってしかたない。
 オスはいつも寝っころがって働きもせず、メスを巡りあるいはテリトリーを
 巡りごく稀に生死をかけた争いをする。
 メスは常時せわしなく働き子どもを育て家事をしなおかつ最近は自分の仕事
 を持っていたりして24時間休む間もなくフル活動している。
 ある意味、ウズ人の有様は野生、本来の動物の生き様なのかもと
 最近思ったりする。

・ムスリムなので女性の場と男性の場がきっちり分かれていたりする。
 バス等の乗り物でも女性は女性の集団の方へ導かれたりする。
 ムスリムだなぁ〜と思う。
 しかし、ムスリムも一歩中に入ると、例えば女性の集団に入るとすごくHな
 話を大爆笑しながら語っていたりする。
 また若い男女が意外にも恋人同士以外であっても抱き合ったり触りあったり
 ベタベタとくっつき合っている。
 「いいのか!それで!!ムスリムじゃないのか!?」とこちらがハラハラ
 したりする。

・ウズベキスタンでは仲の良い、関係の近い女性同士はmouth to mouth
 でチュッチュッとキスをするのが挨拶の一つである。
 私は今はまだお互いにホッペに3回チュチュッとし合う極ノーマルな挨拶しか
 していないが、いつか・・・・そうなるのだろうか。と今から若干緊張している。

・ウズベキスタンの恋人同士では例え彼女のバックが小さな小さなハンドバッグ
 であっても彼氏が持つ事が・・持ってあげる事が!ステイタスの様である。
 男は女に重たいもの=力仕事をさせない!ってのが国民性としてあるらしい。
 「日本もすっかり落ちたものだ。」と彼女の小さなバックをもつ男を見つけては
 嘆いた頃があったがあれはもしかしたらある意味国際化だったのかも!?
 と最近は思うようになった。
 もちろん、職場の男の子と歩く時は大抵彼らが私のバッグを持ってくれる(笑)。

・人口の90%はムスリムだというウズベキスタン。
 首都タシケントでは女性は酒を飲み、煙草をふかし、胸やら腹やら足やらを
 露出しまくっている。もちろん豚も食べちゃったりする。
 なんちゃってムスリムである。

・そうは言ってもウズベキスタンはムスリム国。
 夜の女の子一人での外出や一人女の子を家に置いて外出など
 論外!!だったりする。
 ステイ先のサラさんが首都タシケントで出張の際は大抵息子アジズ(8歳)は
 おばあゃん宅やお父さんの家に預けられる。
 「よし!!今日は私一人この家でのびのびと自由な空間自由な時間
 自由な食事を謳歌するぞ!!!」と思うが、
 なんと言ってもムスリム。女の子一人にはさせてくれず、少し離れた
 場所に住むマムラキャットおばさんが夜な夜なやって来ては一緒に
 寝ることに。
 あぁ、ムスリム。されどムスリム・・・・・である。

・ウズベキスタンの主食はノン(丸い形をしたパン)である。
 ウズベキスタンの伝統的な料理にオシ=プロフ(ピラフのようなご飯)がある。
 大抵プロフの時もノンは必需品。
 パンにご飯。
 炭水化物に炭水化物。
 である。

・この国はヨード不足らしく、甲状腺系の病気を持っている人が多い。
 なので冷たい食事や飲み物を好まない。
 真夏でも熱っいチョイ=チャイ(お茶)か温〜い炭酸水やコーラを飲む。
 少しでも冷たい飲み物を飲むと「トモン(ノド)オグリヤップティ(痛い)。」と
 翌日には体調を崩したりする。

・途上国のウズベキスタンでは教師や看護師、Dr.の給料が月50ドルといった世界。
 それなのにやたら流行りの携帯を持つことがステイタスで日本並みの価格
 2〜3万円の携帯電話を持っていて自慢したりする。
 「その金は一体どこから出てくるんだぁ?!」と叫びたくなる。

・女の子が結婚する際は、女の子側の両親がほぼ全ての生活に必要な物品
 を買いあてがい嫁がせることが普通であるこの国。
 子どもの多いこの国、女の子が4、5人居たりするとその全ての子どもに
 結婚する際必要物品を用意するそうだ。
 そんな訳もあって、女の子が産まれると、ある意味両親はがっかりするそうである。
 あぁ、お金がかかる・・・と。
 しかし、それよりも「その金は一体どこから出てくるんだ?!」と
 同じく疑問に思ったりする今日この頃。

・教師やDr.は給料が低いのがこの国。
 大抵タクシー運転手とかの副業を持っている。
 で、結局生活の為、以前まで教師をしていたが今はすっかり教師を辞め
 バザールで物を売っている。という人を多く知っている。

・昼間、携帯電話会社に行くと大抵若い男の子やおじさん達がごちゃごちゃと
 群がっている。 
 「一体この男の人たちはこんな真昼間からなんでこんな所に仕事もせず
 たむろっているのだろうか。」といつも疑問に思う。

・途上国なのでテクノロジー関係が遅れているのかと思いきや意外に発達して
 いて結構家庭には大きなTVやDVD、ビデオカメラ、PC、など溢れかえって
 いることに驚く。
 PC技術も意外とあり写真を現像しにPHOTO SHOP に行くと、
 アルバイトのような学生がPC ソフトイラストレーターやPHOTO SHOP等を使って
 「それ、全く別人なんじゃないの?」
 ってな修復写真を作っている。

・物価が意外に高い。
 ハミガキ粉200円とかする。
 そうかと思いきや市内のバスが何処へ行っても10円とかだったりする。
 アンバランス。

・映画や音楽が大好きな国民性。それがウズベキスタン。
 音楽も自国のみならずアメリカやヨーロッパから沢山入ってきている。
 映画も毎日色んな外国の映画がTVで見ることが出来るし、映画館でも
 日本と同時期に公開される映画も多く観る事が出来る。
 そんなウズベキスタン。
 例えば、トムクルーズだったら、1枚のDVDで8作品ぐらいトムクルーズ主演の
 映画が詰まったDVD『トムクルーズ』が町中で平気で売られていたりする。
 そう。作品でDVDを買うのではなく、俳優で買うのである。
 所謂『俳優買い』
 映画大好きな私としてはとってもお得で超〜嬉しいシステムであるが、
 ハリウッドが知ったらきっと激怒しウズベキスタン国は間違いなく
 訴えられるだろうと最近は心配でならない。

・どこの職場にも1台はパソコンがあったりする。ウズベキスタン。
 首都にあるウズベキスタン最大の国民銀行に行ってももちろん職員一人一台
 PCが机の上にある。
 しかし、お金を入金するにも出金するにも全て書類に手書き。
 「その、一人一台ずつあるPCはいつ使うんだ!?飾りか?!」と
 いつも疑問に思う。

・ウズベキスタンでは知り合いにあうと必ず
 アッサロームアレイクム(こんにちは) カンダイシス(調子はどう?)
 ヤフシミシス(良い?) チャルチャマディンギスム (疲れてない?)
 ヤフシダモーリンギズム(良く休めた?) ヤフシオフラディンギズム (よく眠れた?)
 お父さんお母さんは元気?家族は元気?お隣さんどう?元気?上手く行ってる?
 仕事は上手く行ってる?全て大丈夫?上手く行ってる?など等・・・
 とお互い聞き合う。
 しかし一向にお互いの返事は求めてはおらず、とにかくお互いが
 相手に一方的に上記挨拶の言葉を投げかけ続けるのだ。
 誰一人として相手の問いかけには答えることはない。
 地方によってはその一方的な挨拶の言葉が5〜10分程展開される
 場所もあるらしい。
 現地の人に言わせれば「結構面倒くさい。けど必要だから・・。」と
 思っているらしい。
 3、4歳の子どもも言葉を覚えるのと同時にこの「挨拶の言葉のやりとり」を
 練習させられたりしている。
 なので、最近は私も相手の返事を期待することなく、一方的に
 知っている限りの「挨拶の言葉」を相手に投げかけられるようになってきた。
 一歩、ウズ人に近づいたのではないかとちょっと自負している。

・春から秋にかけて様々な種類のフルーツや野菜等が出回るウズベキスタン。
 しかし冬場はほぼそんな豊富な食材は一気に途絶えてしまう。
 「フドーホフラサー(神が望めば)」が基本なので神が望まない冬場の厳しい
 環境での作物作りには敢えて取り掛からないのである。
 神=自然が望まないのに敢えて神=自然にそむいてまで作物を作る必要は
 ない!!という理論が根づいているようである。
 ビニールハウスを利用すればいくらでも作物作りに着手することが出来るにも
 関わらず冬は一部の農家がハウスで「トマト」と「キュウリ」を作り馬鹿高い値段で
 バザールで売る程度。なので彼らは結構大金持ちだったりする。
 もちろんよっぽどの事がないかぎりそんな馬鹿高いトマト等地元民は買うわけ
 もなく、しかも旬のめちゃ甘い美味しい野菜やフルーツの味を知っているだけに
 「うえぇ〜っ!ハウス物は美味しくない。」(贅沢な!!)
 と言って買おうともしない。ある意味自然な形で生きている。
 そして夏から秋にかけては大量の野菜や果物を瓶に詰め・・・これはもう
 ひたすら詰めに詰めるらしい・・・冬篭りに向けて女性達が保存缶詰作りを
 ヘトヘトになりながら必死でするのである。
 の割には冬から春にかけて、「ビタミンがない。体がきつい。ビタミンが
 必要だ。体が眠くて思うように動かない。」とボヤく。
 良いのか?悪いのか?「フドーホフラサー」!!!


そんなこんなのウズベキスタン。
ほら、やっぱ、面白いでしょ。(笑)

ウズ日記 〜『日本文化紹介展』!そして沢山の感謝!!・その3〜

May 25 [Fri], 2007, 4:29
 幸いな事に以前『日本紹介巡回展』でマリさんが残してくれた多くのグッズとノウハウ
『巡回展』に協力経験のある先輩隊員の知恵と支援があったからこそこの企画を
実行しようという勇気と力を与えてくれたのです。感謝感謝です。

 そして、同時に岡病院で行ってきた地域市民向け、Dr.向けの多くの行事やセミナー
企画運営経験、ノウハウが私の自信にもなりました。「大丈夫。あれらが出来たん
だから今回のこれが出来ないはずがない!経験を活かせる!!」と。看護部長
をはじめ院長や先生方、事務長、連携課の皆、典ちゃんや多くのスタッフの顔が
常に浮かんできて支えて励ましてくれました。これも感謝!
特に看護部長にはいつも指導していただき上から引っ張ってもらい下から持ち上
げてもらい育ててもらったので今の私の存在はやっぱり看護部長との出逢いが
大きいと・・ウズに来てまたまた実感しました。ホントに有難うございますぅ〜。
ウズの空から感謝ですぅ〜。(笑)
今回はとにかくウズ人を全面的に前に建て、私は常時裏方に徹しました!!(笑)

 また、企画の段階や見積もりなど相談に乗ってくれ当日のスピーチも快く引き受けて
くれた調整員の馬田さん、そして寿司飯のアイデアから食品購入アドバイス
当日はマイクロバスをチャーターして奥様隊を連れ立って協力をしてくださった
千夏さん! お二人にも感謝しきれません。
もちろんお忙しい中、時間をさいて応援に来てくださった奥様隊の皆様JICAスタッフ
の皆様にも感謝の気持ちでいっぱいです。

そしてそして、緊急要請で抹茶や浴衣、スタッフへの手土産等色々と郵送して
くれたお母さん、ありがとね〜!!

 始まりへ向けてギアを入れました。アクセルを踏んで今からが本当の出発です。
道に迷ったり、エンストしたりガス欠したり様々な困難はあるでしょうが私は
一人じゃない。支えられて前に進めて行けているんだと感謝する気持ちを
忘れずにこれからも一歩一歩を確実に。
私は自分の能力以上のことをしようとして追い込んでしまう傾向があるので
頑張りすぎずがんばりますぅ〜(笑)。

そして、楽しむことを忘れずに!!





園山さんも応援に駆けつけてくれましたぁ〜。
奥様隊各々が自宅(首都タシケント)から炊いて持ち寄ってくれた
48合分の酢飯!!
前夜仕込んでおいた具を会場横のスペースで酢飯と混ぜ合わせます。
この『酢飯炊いて現地に持って行っちゃおう案』は千夏さん案です!
やっぱすごいね。違うね。発想が。



奥様隊の皆様方。
忙しい中を本当に有難うございました。
会場前の道路と公園を挟んで向かいにある
シルダリヤ州庁(日本で云う県庁みたいな所)の食堂で
当日揚げた鶏唐揚げを運んで来てちらし寿司の横に
盛り付けてます。
現地スタッフ(ボランティア)が何度も食堂と会場ホールを往復して物資(?!)
を運んでくれました。
暑い中ホントにありがとね〜。



山崎さんご夫妻。素敵です。
当日の画像の多くを提供してくれました。
感謝します。



朝ちゃん撮影協力によるちらし寿司、唐揚げ。
150食分!!!
美味しかったぁ。
現地ウズ人にも大好評でしたっ!!



今回参加協力をしてくれた日本人スタッフ全員と。
手に持っている黒い物は、
配属先:イスティックボリアフロド青少年センターの
活動の一つである人身売買撲滅をテーマにしたTシャツです。
ディレクトール、ムカッダスから日本人スタッフへ当日の
お礼としてプレゼントしました。



はい。このTシャツです。
当日は浴衣を来てお客様をおもてなししようと思っていましたが・・・
実際はこのTシャツで走り回ってましたぁ〜(笑)。



日本大使館広報の高橋さんより今回のイベントの為に
ノートやペン、鉛筆など様々な日本グッズを子ども達用に
プレゼントしていただきました。
大使館に連絡を入れてくださった馬田さんに感謝です。
そのプレゼントを「日本についてのQ&A」にして子ども達に
クイズを出して正解していった子達に次々とプレゼントしました。



「日本の首都はどこ?」「日本の伝統的な料理は?」等など・・
ん?!誰だ?やたらと手を挙げて答えたがっている
おじさんは!!
小さい子にしかあげないんだからね〜(笑)



「今回、初めて日本のJICAからグリスタンにやってきた
ボランティアは誰?」
「はい! ミホ!!」って大きな声で答えてくれて
ありがとうね〜!!!
奮発して一番可愛いポケモンのノートあげちゃうよ〜(笑)



全てが終わって。
達成感と充実感と疲労と安堵と反省と喜びと
そしていっぱいのありがとうと一緒に。






SPECIAL THANKS TO

育美さん
笙子さん
ゆうこさん
みさとさん
香織さん
匡恵さん
真帆さん
田中さん
ファルモンくん
章子さん
未央ちゃん
朝ちゃん
由紀さん
泰子さん
ロヒ〜ラ〜
牧さん

そして、まなちゃん

ウズ日記 〜『日本文化紹介展』!そして沢山の感謝!!・その2〜

May 25 [Fri], 2007, 4:17
 この『日本紹介展』を企画したきっかけは、ディレクトール、ムカッダスの
「ここでtea ceremonyをして貰いたいの。私達NGOに協力をしてくれている、して
くれるであろう人たちを招いてPRをしたい。」という提案からでした。

 であるならばと、私なりの目的を挙げ企画を練りました。

@赴任先NGOだけでなくJICAも巻き込みその両方を内外問わずPRしたい。
 資金も必要だし。 JICA、JOCVメンバーにも出張という形でグリスタンの町と人
そして当NGOを見て感じて楽しんでもらいたい。
Aグリスタンに初めてJICAボランティアが赴任してきた事をアピールしグリスタン
 市民への認知度を高め少しでも私の活動つまりは私達団体の活動がし易い
 環境を作り出したい。(もちろん私達の活動の目的は常にウ国国民の利益)
BPRが上手く行けば今後大きな組織、役所等の公の機関(この国ではこの
 憎っくき公機関との折り合いを上手くつけて行かないとやっかいだし、上手く
 利用、笑、出来ればこれほど心強いものは無い。)
 からの今後の大きな協力が期待できる。何せ小さなNGOですからぁ〜。(笑)
C子どもの日に絡めて子ども達に異文化を体験させてあげたい。そして自分の
 国以外に「世界」と云う存在を認識させるきっかけ作りにしたい。
 何よりも単純に楽しませたい!「面白かった〜」と小さくても良いので大人になった
 時にも思い出せてもらえるような一生涯の内の「キラキラ」になれば・・。
D小さな、全てがマンネリ化しているグリスタンという町に一石を投じたい。
 人々に新しい風を吹かせたい。
 もちろん日本、日本人にも「おしん」だけでなく興味を持ってもらいたいし、子ども
 達だけでなく大人にも「世界」に目を向けるそして自身の「世界観」を拡げる
 きっかけになる事が出来たら嬉しい。
E今まで大きな規模でイベントをしたことの無いこのNGOスタッフ、ボランティア
 の皆に一つの目標に向かって皆で協力し力を合わせることの素晴らしさ、楽しさ
 また目的が達成された後の表現しようのない喜び、感動、達成感を味わわせて
 あげたい。一人ひとりが努力すれば必ず報われる。結果は出ると信じる力を
 学んでもらいたい。経験させてあげたい。そして経験は間違いなく彼らの今後の
 大きな力になる!!

そう。つまりはグリスタン市民の為にとどのつまりはウズベキスタン国の為に!
(大げさだけど私はそう信じて、考えて企画運営しました。笑)
を何よりも大きな目標にこの『日本文化紹介展』への準備を進めて行きました。





日本の紙ふうせんってなかなか破れないんだよ。
楽しいね〜
「ほら、見てて!こうやって遊ぶんだよ。
今からそっちに打つからね〜!!」
紙ふうせんと一緒に気持ちや心もトスしてパスして
キャッチして!!!



会場のホールとは別のお部屋を折り紙用に用意しました。
ゆっくりと腰かけて「日本の心」を折りましょ。
難しいけど完成したらとっても嬉しい!!
平たい1枚の色紙から3Dの作品に。不思議だよね。



「ここをこうやってこう折って。ポイントはきちんと角を
合わせて折る事! そう!上手上手!!」
自分で作り上げた作品は人のより数倍美しく可愛く感じるよね。



書道はとても難しい。
でも大丈夫。一緒に手を添えてお手伝いするからね!!
「日本」って上手く書けるかな?!



本職、日本語教師まほさんによる日本語講座〜。
ひらがな、カタカナに漢字・・・日本語って本当に複雑。
「僕の名前は日本語でどうやって書くの?」



「書は心」
筆の持ち方、角度に姿勢・・・・
ただ字を書けば良いってものではありませぬぅ〜。
「上手上手。頑張って〜!!」

ちなみに背景にあるポスター等の展示物は「広島・長崎の原爆」
についてや日本の歴史、文化、食べ物、戦後の復興の様子等
様々な資料です。
マリさんや先輩隊員が昨年日本紹介巡回展で集め、作って
そして残して行ってくれた貴重なものです。
素晴らしい〜!!ありがたいです。



小さな小さな紙相撲。
ハッケヨォーイ、ノコッタ、ノコッタ。
どっちのお相撲さんが強いかな?!
本物のお相撲とりさんは大きいんだけどね〜。



一通り日本の遊びを楽しんだ後は浴衣のお姉さんと
「パチリ」記念撮影。
思い出に残ったかな?!











その3へ続く→

ウズ日記 〜『日本文化紹介展』!そして沢山の感謝!!・その1.〜

May 25 [Fri], 2007, 4:00
 5月5日、日本では子どもの日。そしてG.W.真っ只中?!(笑)

企画した『日本文化紹介展』が任地グリスタンで多くの来場者を迎え、
盛況の内に終了することが出来ました。

ご協力いただきました全ての皆様、お一人お一人に本当に感謝の言葉を
申し上げたいと存じます。

誠に有難うございました。

本当に皆様に支えられ最初の山を乗り越える事が出来たと痛感。
もちろん多くの問題点、反省点も・・・今後に必ず活かします!

 でもまだこれは序章にすぎません。始まりです。
本当の目的は・・・・本格的な私達の活動は・・つまり、これからが幕開きです。


 今日(5月12日)で丁度紹介展が終了して1週間経ちました。(upしたのは5月25日)
いやはや準備から何から・・・本当にヘトヘトに疲れましたぁ。Exhausted!って感じです。
暫く思い出したくない(笑)と『紹介展』のこの報告も実は、書けずにいました。(笑)
丁度ここ暫くグリスタンでインターネットが出来ない状況だったので・・それも
重なって。
しかも、終わった後2、3日は本当に一人っきりになりたかったぁ。(笑)
ウズ人とも関わりたくない!しばらく現地スタッフの顔も見たくない!!(笑)って!
若干バランスを崩しました。(笑)
 腹の立つことも多々ありましたッ!!(笑)
 悔しくてしかたがない事も沢山ありましたッ!!!(笑)
そんな時は常に「3A=あせらない、あわてない、あきらめない」を頭において
クールダウンさせてました。(ありがとうございます。地元大分のJOCV、OB・OG
の皆様〜!私は忘れてません〜!!むしろ最近は良いのか悪いのかしょっちゅう
この3Aを念頭に置いて自分を見つめてますぅ〜。)

 逆に日本人の熱意や技術、頭の良さ、献身的な協力、努力する力、継続する力
集中力、智慧、想像力、創造力の素晴らしさは世界に誇れる!!と豪語しちゃう
くらい日本人ってすごい!と今回の『紹介展』を運営するにあたり改めて実感しました。
アメリカに居た時もアイデンティティ、自分が日本人であることを強く認識したし
日本文化、歴史を誇りに思う事が多々ありましたが今回はそれ以上!でした。
もっと日本を知りたい!もっと勉強したい!もっと日本を身につけたい!と云う
気持ちにもさせてくれました。(何故だか若干焦りを伴って。)

とは言っても当日は現地スタッフには本当に素晴らしい頑張りを見せてくれたと
感謝の気持ちでいっぱいになりましたよぉ〜。(笑)


ある意味この企画を通して私は様々なことを学ばせて貰えました。感謝です。
やっぱり私はこのNGOで働けることを喜びと感じることが出来たし、なんだかんだ
あっても最終的にここの人たちはキャラ的に憎めない。
彼らへの愛情はやっぱり変わらない。かな!?(笑)







お茶会。みんな興味津々。
シルダリア州知事さんと馬田さんへのおもてなし中。



オープニングセレモニー。シルダリヤ州知事さんがご挨拶を
してくださいました。隣りは着物を着たディレクトールと馬田さん。





前日は寿司具の調理、煮込みから
40kgの鶏モモをさばいて下味付けを。
当日は40kg分の鶏唐揚げと錦糸玉子作り・・・。
みんな暫く鶏肉は見たくない症候群に。
みんなの陰の努力があったからこそ!



70個分の玉子をひたすら割って・・・。
SVの育美さん。ありがとうございます。


当日はSVの奥様の御協力による手巻き寿司実演も!




現地ウズの学生ボランティアに浴衣を着てもらいました。
かわいいでしょ。
すっかり馴染んでますが左から2番目はJOCVあやこさん。


着付け中。




茶道やお寿司についての説明を「ロシア語」と「ウズベク語」に訳し
それを現地スタッフ(学生ボランティア)が読んで、来場のお客様に
説明をするようにしました。
もちろん実演は全て日本人ボランティアが行いました。
当日朝の打ち合わせ中。
真剣な表情がいいね。


準備はOK!
本番は自信を持って!!!
日本について随分詳しくなったよね。
異文化を体験できるって素敵な事だね。


その2へ続く→

ウズ日記 〜疑い〜

May 17 [Thu], 2007, 1:45
 最近、ウズ人に対してマイナスの面を見ることが多く、もしかして利用されてる?!
甘やかせ過ぎたかな?ちょっと調子に乗らせすぎたかな(笑)?!とか思ってしまい、
(多分、世界中の皆も3ケ月前後経ったあたりから、暫く現地人の顔を見たくない
とか嫌いになった時期があったんじゃないのでしょうか?!)
ついつい、「まず疑ってしまう。」という思考傾向になってしまっていた自分が居た。

全くもって悲劇的な事実だ。

 今日もある出来事があり、もちろん言葉の壁もあったのだが
最初から私の気持ちは「NO」だった為、要求されている内容の本質を
見抜く事が出来なかった。
「NO」の気持ちを思考の一部にあるいは心の一部に持っていると本当に
言いたい事、伝えたいと相手が思っている事の「本当」が入ってこないんだなぁと
実感、同時にとても反省した。
 もちろん、大した内容では無いのだが、よくよく後で詳細を聞いてみると
「そんなことであれば・・。彼女の為だったのであれば、いくらでも協力
できたのに。」的出来事だった。

 この時期に、改めて気づいてホントによかった。

 もう一度、心をゼロに戻そう。

 今一度、心を澄まそう。

 努力がいるね。

 常にバランスの人であること。常に全体を視ること。常に傾聴すること。
そして誰が、何が中心なのか何が必要なのか的確に冷静に判断する事。
そして熱いハートで(笑)アクションを起こす!!
ソーシャルワーカーの基本中の基本だよね。

 五感をフル活用して時に六感を働かせ?!(笑)ゆっくりじっくり
人の話を聴くよう、再度、意識しよう。

 その為にはやっぱり自分自身の心身の健康が必要だな。私的には特に!!
最近嫌になるくらい体調が乱れまくっていて、『病気のデパート』(笑)状態!

健康管理、ホント気をつけよう!!っと。

ウズ日記 〜面白すぎ・ウクライナ交流〜

April 23 [Mon], 2007, 4:29
今週末は5月5日に企画している『日本文化紹介展』の準備の為
3泊4日(予定では日帰りだった)で首都タシケントに滞在してました。

まなちゃん!〜美味しい手料理と宿、ありがとうねぇ〜


 そして、現地語学訓練時ホテルステイしていた時に知り合った
ウクライナ人の人たちと日曜日に2時間ほど遊んで愛する任地グリスタンへ
帰って来ました。

 で、そのウクライナの人たちがとにかく面白い。
面白すぎ。
笑えます。

 仲良くなったきっかけは、ホテルでの朝の挨拶。かな。
首都タシケントはロシア人・ロシア語率が圧倒的に高く、つまり、
すれ違っても挨拶なんてする人はほぼ皆無。こちらが「ドーブリィエ・ウートラ
(おはよう)」「ズドラーストヴィーチェ(こんにちは)」と挨拶しても返事が
返ってこないこともある程。
でも、彼らは違いました。
ってゆうかむしろ朝とかメチャメチャ眠そうなのにゴリラみたいな格好で(笑)
ボソボソって小声で彼の方から「ドーブリィエ・ウートラ」って挨拶をしてくれていた
のです。すごく体格も良くって一見強面なので最初は「??何?今、何か言った?
あたしに?」って感じだったのが毎日顔を合わせる(大体同じ時間に朝食を取りに
フロント横のレストランへ行く為)毎に笑顔で距離も近くなって行きました。
ウズ人と仲良くなろうとは計画していたけどウクライナ人と仲良くなるとは・・・。(笑)

 週末、ホテルのビジネスセンターにインターネットをしに行っていたら
またゴリラみたいに(笑。猫背だからかな?)ひょっこり顔をだして、「山に遊びに
行こうよ!」「週末まで仕事したらだめだよぉ〜体に悪い!」と誘って来たのです。
悪い人ではないのは分かっているけど彼の事は何一つ知らないから、ちょっと戸惑い
ましたがノリで(危険?!) O.K.を出し同期のまなちゃんを誘って行く事にしました。
で、約束の時間に待っていたら、来るわ来るわウクライナ人達・・(笑)。
彼らはBBHと云う企業の人でウズのビール工場に技術を教えに来ている団体でした。
で、みんなで地下鉄に乗って(案の定、地下鉄で彼らは警察に職務質問を受ける羽目に!
だって、もろ、外国人の集団なんだもの。職務質問後、「テロリストか?って言われたよ。
あははは。俺らはウクライナのテロリスト。君達は日本のテロリスト!」って大うけ!!」)
途中からバン型のタクシーを貸しきって出発!
まなちゃん「?ねぇ・・どこに行くの?」
私「さぁ?山って言ってたけど。タシケントから2時間ぐらい先の。」
まなちゃん「?ねぇ・・たしか私達ってフェルガナとかアンディジョンとかキルギス
国境地帯とかアフガニスタン国境地帯って行ったらいけないよね。(危険地帯なので
JICA的に許可を降ろさない)」
私「うん。確か・・・。山ってキルギスの国境地帯とかなのかなぁ?」
まなちゃん「え!?どうする!!行っちゃいけないとこだったら」
私「・・・・・。どうしようっか。」
まなちゃん「ちょっと。彼らに聞いてみる!」「今からどこに行くの?あの山?あの山って
向こうはキルギスなの?危険なところ?」
彼ら「あぁ?!キルギス?あぁそうだよ。キルギスだよぉ〜山の向こうはねぇ〜(常に陽気)。
大丈夫大丈夫。全然危険じゃないからぁ〜(ホントに陽気。しかも既にお酒が入り始めた)。」
まなちゃん「ちょっとぉ〜ホントぉ?ホントに危険じゃない?今2時だけど何時に着いて
何時にホテルに帰れる?6時までには帰りたいのあたし達!宿題しなくちゃ
いけないの!!(プチパニックまなみさん。言ってる事が若干支離滅裂。)」
彼ら「あぁ〜宿題?!あははは宿題だって!(一同大爆笑)2時間ぐらいで着くよ。
帰りは6時少し過ぎるかもしれないけどなるべく早く帰るよ。」

まなちゃん・私「・・・・・・。(暫く沈黙)」
まなちゃん「大丈夫かなぁ。」
私「うん・・・・・。でも、悪い人たちじゃないと思うよ。」
まなちゃん「そうだね。悪い人たちじゃないね。」

と、何を基準に悪い人なのか悪い人たちじゃないのか段々自分達も訳がわからなくなり
時折、
「どうしよう。このままどこか知らない国に売り飛ばされたりしたら。」
「どうしよう。このままどこか連れて行かれてレイプとかされて殺されたら。」
「どうしよう。このまま事件か事故になって日本にニュースで流れるような惨劇になったら。」
とか様々な悪い事柄が頭に浮かび、うっかり軽はずみな事をまたまたしてしまったと
後悔。

 しかし車内は常に陽気!

彼ら「MIHO〜みかん食べなぁ〜!」


 結局到着したところがチムガンというチルチック地方のウズ人憧れの超リゾート地!
(これは、随分後で知りました。)

ウクライナ御一行様

行きも帰りもチムガンも珍道中!


激写しようとしているところを激写!雪山が綺麗。


まぁ自己反省はいっぱいしたけど楽しいエクスクルーシア(課外活動)でした。
よかった。殺されなくて(笑)。
次こんな事があった時は軽はずみな行動は慎もう。
自己責任。自己責任。
危機管理。危機管理。


まなちゃんと。



馬にも乗せてもらいました。




 そんな彼らと今日は少しだけ会って遊ぶ約束をしました。
もともとはそのチムガンツアーの時撮った画像をCDで渡す事が目的だったのです。
(彼らは定期的に3〜4ケ月ホテルに滞在し仕事をし一旦ウクライナに帰りビザを
切り替えまたまたウズにやって来ては3〜4ケ月滞在し・・・を繰り返している
ようです。)

 今日はホテルの近くの独立公園をグルグル回って散歩して途中PICNICだと言って
ワインとチョコを買いベンチに座って食べたりアイスを買ってくれたり。
そして何だか話す内容がめちゃくちゃ面白い。
別に取り立ててこちらを笑わせてやろうとか一切感じないのですが何だか面白い。
私ははっきり言ってロシア語がほぼわかりません。
彼らは英語も日本語ももちろんウズ語もわかりません。ロシア語only。
唯一ロシア語を理解するまなちゃん(あっぱれロシア語隊員!)もそうは言っても
まだ完璧でないので彼らの言っている事全ては分かりません。
でもなんだか彼らは言動が面白い!で、めちゃくちゃ陽気!!


左がヴァジン、右がセルゲイ


そう。とにかく彼らは面白すぎるのです。
そして一緒にいるとすごく心が軽くなるし明るくなります。
彼らは人を不快にさせるようなドギつい事や汚い事、すごくいやらしい事、
思いつめるような暗い事など一切口に出さないからだと思います。
ヨーロッパ人らしく女性に優しいし。


なんか、面白いでしょ!?


そんなこんなで国際交流もヨーロッパへとしだいに拡がりを見せています。(笑)

ウズ日記 〜がんばらなくてもいいからさ〜

April 08 [Sun], 2007, 19:56
 まど・みちお
と云う詩人をご存知でしょうか?
私は彼の作品がとても好きです。
有名どころでは「ぞうさん」「くろやぎさん・しろやぎさん(だったかな?お互いの
手紙を食べちゃって、で、御用はなぁに?ってやつです。)」等は誰しもが
知る作品だと思います。

 相田みつを
と云う詩人(?)は有名すぎて知らない人はいないでしょう。
私は彼の作品はとても立派すぎて『にんげんだもの』なんかが流行っていた頃
からあまり傾倒することはありませんでした。
でもこの人の言葉はその状況に直面した時本当に人の心を打つ。そう実感しました。
彼の作品の素晴らしさは、リアリティがあって、誰しもが共感できる心情を適切な
言葉で的確な表現が出来る事、そしてそれは常に人をポジティブに癒してくれる
点でしょうね。
JICAウズベキスタン事務所のボランティアルームには彼の数点の作品が剥がれ
落ちた壁の内部が剥き出しになった一部のコンクリートの壁の上に無造作に
貼られています。


こんな感じ。




 アノネ

がんばんなくても
 いいからさ
 具体的に
 動くことだね





 K君へ

 ともかく具体的に動くことだね
 いま、ここ、を
 具体的に動くー
 それしかないね
 具体的に動けば
 具体的な答えが出るから
 自分の期待通りの答えが
 出るかどうか
 それは別として
 具体的に動けば
 必ず具体的な答えが出るよ
 そしてー
 動くのは自分


 この作品はウズベキスタンにやって来たとき初めて目にして目から鱗でした。
世界中で活躍するみんなへ、そして日本の愛するみんなへ贈ります。






 以下の作品は昔から私が常日頃、意識している内容です。あぁ相田みつをも同じ
ことを考えているんだぁ。と共感した作品。

 出逢い

 その時の出逢いが
 その人の人生を
 根底から変えることがある
 出逢いが
 人間を感動させ
 感動が人間を動かす
 人間を動かすものは
 むずかしい理論や
 理屈じゃない
 人間を根底から変えてゆくもの
 人間を本当に動かしてゆくもの
 それは人と人との出逢い
 そのときの出逢いー



 感動いっぱい

 人間が生きるということは
 毎日何かに感動し、感激して
 ゆくことだと私は思います
 昨日は気がつかなかったものに
 今日は新たな発見をして感動する
 年と共に顔にしわはできますが
 心の中にしわは作りたくありません
 心の中にしわができたとき
 人間は感動しなくなるのでは
 ないでしょうかー
 感動・感激にかねはかかりません
 一生悟らなくてもいいから
 感動いっぱい、感激いっぱい
 いのちを生きたいと思います



 やわらかいこころ

 木の芽がのびるのは
 やわらかいから
 若葉がのびるのは
 やわらかいから
 かすかな風にも
 竹がそよぐのは
 竹がやわらかいから
 年を取って困るのは
 足腰ばかりではなくて
 頭が固くなることです
 心が固くなることです
 やわらかいこころを
 持ちたいものです
 いつまでも心の若さを
 保つために


 セトモノと
 セトモノと
 ぶつかりッこすると
 すぐこわれちゃう
 どっちか
 やわらかければ
 だいじょうぶ
 やわらかいこころを
 もちましょう
 そういうわたしは
 いつもセトモノ

ウズ日記 〜絵本〜

April 08 [Sun], 2007, 19:52
私は、絵本が好きです。

絵がとても好き、特に自分で描くのが好き。
本もとても好き、本は著者のつまり偉人の脳細胞を見ることが出来るような
気がして本当に面白い。
そしてこの二つはものすごい刺激を与えてくれ私自身そこから様々な物事を、
イマジネーションをクリエイトする力を与えてくれる。

絵本はその二つが一つになって神様がプレゼントしてくれた物だと感じます。
とても平易な文章でも実はとても奥が深い。

だから・・・と云うよりも、理屈抜きに私は絵本が好き。

日本に置いてきた絵本たちが恋しい今日この頃です。

(こちらでも絵本を品定めしているところです。日本語で持っている絵本の
ロシア語バージョンとかあって結構うれしい!)

ウズ日記 〜出頭要請〜

April 01 [Sun], 2007, 2:52
 またまた警察がらみ。
ここウズは先述いたしました様に異様な程に国家や警察の権力が強いです。
警察の横暴ぶりには正直、辟易します。


 任地グリスタンでは職務質問はまだ経験していませんが首都タシケントの
地下鉄では何度も何度も呼び止められては職務質問を経験しました。
終いには前の日に呼び止めた警察官が「あらら〜君、日本の先生でしょ。
いいよ、いいよ、行って。」って今日呼び止めた同僚の警察に逆に説明
してくれちゃうぐらい・・・・顔見知りになったりして。
おじちゃんたちさぁ、横の連携も良くしてよ〜!とか思っちゃう。

 私がそんなに目立つのか?!
確かに周りは真っ黒いコートの人ばかりの中に一人真っ白いコートでしかも
全くメガネをかけない民族の中に一人メガネをかけているぐらいで・・・・
・・・そりゃぁちょっとばかり皆さんより凹凸がないけど!
あなた達と顔も姿も大して変わりないじゃん!


 ここ数日体調を崩し昨日は初めて仕事をお休みしました。
職場の皆からは「大丈夫か?」「何か悪いものでも食べた?」「僕の風邪が
移ったんじゃないの?」「薬ある?病院に連れて行こうか?」とか温かい電話を
いただいて朦朧とする中でもホンワカとした気持ちになっていた矢先、
サラさんが職場から帰ってくるなり
「今日ずっとあなたのことで警察に呼ばれていたの。書類持ってる?見せて!」
と顔面蒼白!
「今ダイレクターのムカッダスとも話をしたところよ。明日一緒に警察に行く
ことになったから。JICAのセキュリティオフィサー・オタベックとも連絡を
取っているところよ。」と・・・。

「げぇ〜またそんな話かぃ?!」
と思い、急いで調整員の馬田さんに連絡すると、
「まだオタベックからは何も聞いていないけれど、良くあるんだよね。この国は。
外国人が住んでいることに異様に警戒して、レジストレーションを届けるよう
大家に指導が入ったんだと思うよ。外務省を通してビザもアクレディテーション
カードも正式にウ国側からディプロマとして取れているから何も問題は無いから
心配しなくて良いよ。でも警察は内務省管轄だからこの国では内務省と
外務省の連携が取れていないから良くそういったレジストレーションの件で
もめるんだよねぇ。でも大丈夫だから。」と何度も心配しなくてよいと連発。
「本当か?!でも明日私は警察へ出頭させられるんだよ〜」と心の中で
叫びながらも「わかりました。」と電話を切り今度はムカッダスへ連絡。
彼女もまた「大丈夫大丈夫。何も心配する事ないから。サラがけっこう
心配してしまっているだけ。明日私も一緒に行くから。彼らはあなたの顔を
(どんな日本人がやってきたのか)見たいだけなのよ。」との返事。

こんなんじゃ明日までに絶対!気力で体調を治さなくては!と午後8時過ぎには
就寝。(21時間は寝たね。この日・・・)
翌朝、ちょっと熱っぽいけど何とか起き上がりJICAの制服に着替えサラと一緒に
職場へ行きムカッダスをピックアップして警察へ・・・というか地元グリスタンの
入国審査官(でも警察)に会いに。
ムカッダスが書類を昨夜緊急で作成してくれていてそれを提出。
・・・・でも同じ事を同じ人に昨日電話で話しその内容を書類にしなおかつ
今日また同じ人に同じ話をし・・・・・「この国の警察は普通じゃないのよ。」
とムカッダス。頭が良く、世界を知る彼女には彼がさぞお粗末に見えたことだろう!
(本当はもっと違う表現をしたけれど、正直に書いて、もしこれがこの国の警察に
届いたら彼女は危険人物あるは非国民として何か特別な罰か逮捕か・・・
されてしまう可能性もなきにしもあらず・・なのであえて記載しません。
そんな国なのです。この国は。かつての軍事国家の日本やドイツを髣髴させます。
なんといっても、旧ソ連ですからぁ。『スパイ』容疑かけられちゃう。)
一番信用できない=警察。つまり国家・・・・の図式が出来ちゃいます。これホント。
(・・・あぁ・・でもこれって日本も一緒だぁ。よその国の事はとやかく言えないなぁ。)

少しでも海外に出て外の世界を知る人には本当に住みにくい国だと痛感します。
本当の意味での自由がない。国家からの情報コントロールが頻繁で開示される
情報の信用性が非常に低い。一体何が本当か不明。
頑張っても結果が戻って来ない。戻ってきても個人に収益が行かないよう莫大
な税金をかけ国がとりあげてしまう。
1991年の独立以降様々な国から企業がやってきたけれど結局殆どがサジを投げ
撤退してしまったし、逆にアメリカを始めむしろウ国側から入国を拒絶する国も多い。

 嘆かわしい事に人口の半数以上を占めるこの国の若者には現状でははっきり
言って未来がない。
外国人からみて多くの可能性を持つ国だと云う事は明らかなのに〜!
将来国を担う若者へ可能性を与えないこの国は正直自分で自分の首を絞めて
いるとしか言いようが無い。
その事実に何故気づかないのか。気づいている人は一部なのか。
いや、気づいていないわけがない。
単純に物やお金やノウハウがない途上国ならば援助の方法もアイデア次第だと
感じるが、この国は物やお金が無いわけではないし壮大な歴史や文化、資源を
持つだけにプライドも高い。そして国家・警察の強大な権力、圧力。

 ただ、理由も分からないわけではない。
今まで様々な国からの侵略、戦いの歴史を持つこの国では家族以外信用しない!
がDNAに刻み込まれている。(といっても過言ではないのです。なので家族同様
仲良くなるとめちゃくちゃ心を許し、信頼し合える関係にはなれる。そうじゃないと
中々関係を築くのが困難。陽気な建前と本音がある。日本と一緒だけどね〜。)
現在も数カ国と国境を有し、中でもタジキスタン、アフガニスタンは注意を要す。
何が運び込まれてくるか分からない。外国人には気をつけろ!異文化を容易く
受け入れるな!信用するな!
少しでも怪しいと思われる人や物事は全て抹殺しろ!・・みたいな。(笑)

しかも今まで社会主義だった為に努力しなくても最低限言われたことさえして
いれば生活費はもらえたし公共物は全て国が管理をしていたのでクリエイトする
ことやそれ以上努力するということを考えない習慣が根強い。

いっそ何も無ければ良いのに・・・・。全てが中途半端。

素晴らしい人々は皆国外に去ってしまい、現在、若者を教育する教育者でさえ
まともな人物が居ないのが現状。

 と、色々書いてしまったけれど、(いっぱい毒吐いちゃった。たまには・・ね。
ってゆうかこんな事書いちゃったら私自身、国外退去させられちゃうかも・・・。)

それでも私はこの国を嫌いにはなれない。

将来、ウズベキスタンと云う国自体が無くなってしまうかもしれないけれど・・・
この国の未来がどうなるか予測を立てるのが非常に難しいと実感するけれど・・・
やっぱり今、接している大好きな人たちが生まれ育った国を嫌いにはなれない。

実際、この国は面白いしぃぃ。

 この国の若者の可能性を何とか微力でも!無力でも?(笑)拡げるお手伝いを
したい。

 私に出来る事を具体的に少しずつ。
 そして継続すること。


 で、おかげさまで出頭は無事に滞りなく終了致しました。(笑)

ウズ日記 〜登場人物紹介 ・ その1〜

March 25 [Sun], 2007, 3:23
 登場人物紹介。

 と、・・・・・その前に。
 MIXIにメッセージを下さっている皆様。ここウズでは何故だか知りませんが
(シールドかかってる?ウズ国家の陰謀?!笑)最近MIXIを開く事が出来ません。
出来ましたらHotmailの方かblogにコメント下さいましたら幸甚です。
申し訳ありませんがよろしくお願い致します。

 改めて、職場NGOイスティックボリ・アフロドセンターの同僚を紹介致します。


カウンターパートのウルグベック(22歳)


ナウルーズという国をあげてのお祭りの日に子ども達に買ってあげた
バルーンを持たせてみた。カワイイねぇ。

所属するイスティックボリのリーダー的ボランティアです。
大学生ですがそろそろ卒業です。卒業後は日本の大学かアメリカの大学に
留学を希望しています。偶然にも彼が希望している日本の大学は私の地元別府
にあるAPU(立命館アジア太平洋大学)というところで最初会った時その大学と
地元とイルカ話(彼もイルカ好き)で盛り上がりました!
でも留学にはお金がかかるので奨学金がもらえないようだったらそのまま地元
に残って大学院へ行くとのことです。
ここグリスタン市は2年前まで10年近くアメリカのピースコーがずっと構えていた
場所だった為意外に英語を勉強する学生が多いです。彼はそのピースコーの
申し子と言うべきか・・・・ピースコーに育てられているものだから思考から行動
までまさにアメリカ人! 彼と話をするときはいつもウズベク人と話しているという
よりはアメリカ人と話しているのかと錯覚してしまうくらいです。
英語も堪能です。ネイティヴ並みに発音もきれいだし聞き取り易い。
ダイレクターのムカッダスの家に皆でお泊りした晩、怖い話大会になり
私たち2人だけがビビリーで怖がりの為二人で手を握り合って怖い話をビクビク
しながら聞きました。
そんな彼はとても聡明で賢くイスティックボリの「口」(おしゃべり担当=よくしゃべる)
です。

テレフォンアポインター担当のディリャ(28歳)
(ここは人身売買のホットラインが常時入ってくる。)

右側の女性がディリャです。

ご覧の通り超美人です。性格も可愛くてみんなからイジられ役。
このNGOでは有給のスタッフで所謂ボランティアではありません。
彼女とは結構仲良しで職場ではいつも一緒に居ます。
彼女の会話はロシア語が中心です。ずっとロシア語の環境で育ったのでウズ語
は殆どしゃべりません。ってゆうか不得意なようです。英語はしゃべれません。
私はロシア語はほぼ全くしゃべれませんので職場では英語かウズ語。
ムカッダスから「あなた達2人は一方はロシア語がしゃべれなくて一方は英語が
しゃべれないのにどうして仲良しなのか良く分からないわ。どうやって
コミュニケーションを取っているの?」と言われます。
・・・そうなのです。どうやってって言われると自分でも不思議ですが、きっと
彼女が賢いので私の拙いウズ語でもその先の展開を理解してくれるからだと
思います。
で、やっぱりなんだかお互いタイプが似てるから考えている事や話したい事が
結構わかってしまうのです。
うん。やっぱり不思議ぃ〜。
イスティックボリの「耳」です。


フェルーザ(32歳)


フェルーザのお誕生日に。

彼女はムカッダスと同級生。イスティックボリに引き抜かれる前は地元新聞の
ジャーナリストでした。
彼女も数少ない有給スタッフです。
落ち着いていて思慮深く、彼女もまた賢い女性です。
いつも私を気遣ってくれます。その気遣い方がとても上手。相手に負担を感じ
させない気遣いが出来る人です。素晴らしい。
彼女はロシア語を理解し話す事も出来ますがほぼウズ語で会話します。
ディリャがロシア語で話しかけても彼女はウズ語で応える。
ウズベキスタンはロシア語とウズ語と場所によってはタジク語とか・・多言語が
ミックスされて人々は会話します。いまウズ語で話していたのに途中から
皆でロシア語を使って会話していたりそうかと思えば一つの話題で一方はウズ語
で話し一方はロシア語で話をする。
超面白い。
そしてロシア語もウズ語も今一な私がそんな中に入ってきたものだから部屋では
ロシア語とウズ語と英語が飛び交っている環境です。
これまた面白い。
「今度は日本語を使おうよ!」と皆で片言の日本語を話しては
「この小さな部屋は何てインターナショナルなんだ!!」と喜んではしゃいで
います。 楽しい〜!!
 彼女から「最初に馬田さんがあなたを連れてきた時、印象が良くて、あなたで
本当に良かったと思ったのよぉ〜。」と言ってもらえたことはすごく嬉しかった。
ここも初めて日本のJICAからボランティアを受け入れるという事で私と同じように
どんな人なんだろう・・と不安に思っていたようです。国は違えどやはり
同じ人間なんだなぁと感じました。お互いの印象が良くて何より!!
で、彼女はイスティックボリの「ペン(腕?)」であり「お母さん的存在」でもあります。

ディルショッド(22歳)


ナウルーズのお祭りの日、ステージで歌うディルショッド。

彼はウルグベックと同級生で今は2人で部屋を借りて一緒に住んでいます。
大学生でボランティアです。
冗談ばかり言って超話が面白くていつも私や皆を笑わせているムードメーカー。
歌が上手で大物(笑)歌手、アーティストを目指しています。
ミッリーアシュラチ(日本では・・・なんだろう演歌歌手かなぁ?!ウズ国昔からの
伝統的な歌を歌う人)です。
スタジオにCDを吹き込みに行ったりステージで歌ったり色々と活動しています。
とにかく人気者で一緒に居ると楽しくてしかたないです。
地元の有名人でバザールに行くと色んな人が彼に声をかけてきます。
「みんな、僕のこと愛しているから。」とか冗談か?平気で言っちゃう人です。(笑)
(私のバザール好きは職場では有名で誰かがバザールに用があると必ず
「MIHO、バザールに行くけど一緒に行く?」って声をかけてくれます。すぐに着いて
行っちゃう私も私だけど・・・。)
彼はカメレオン(って自分で言ってた)で七色の声を持つ男です。(笑)
相手に合わせて対応の仕方を変えて行くって。
他人をすごく気遣う人でもあります。
私や気の合う女の子にはすごく優しくしてくれて・・最初、「この人ゲイかしら?」
と思うくらいに。そうかと思うと男同士ではすごく低い声で話をし始めます。
でも優しいかと思うと「おすぎとピーコ」並に毒舌を吐いて茶化したりするので
この人もまた不思議な人です。きっと頭がいいんだろうなぁと思います。
いつも「ミッホ〜。こっちに来なさい。」と呼ばれてはいじめられてます。(笑)
で、彼はイスティックボリの「声」かなぁ。


アジザ(19歳)


アジザのお誕生日の日に。かわいい。

彼女はしっかりしていて料理上手(特にスウィーツは最高!)で優しい。
先日誕生日を迎えました。

彼女もまた可愛らしい子でとても良い子です。
3月8日の「女性の日」(国の休日)には色々と手作りプレゼントを作ってくれたり。
ウズベクの人らしくおもてなし好きです。
毎日職場に顔をきちんと出すボランティアの一人です。
若いのに随分年上の私にも配慮してくれる面倒見好きの女の子です。
ホラズム地方の踊りが上手で私は彼女が踊る姿がとても大好きです。
で、彼女はイステックボリの「ダンサー」かしら・・・。

最後に、
ムカッダス(31歳)

彼女は正統なムスリムなので家族の誰かが亡くなると1年間ぐらい
その方を悼んで頭にスカーフみたいなものを巻いています。
普段はショートカットで金髪に髪を染めたアクティブな人です。

私が赴任する少し前の1月にお母様を亡くし暫く落ち込んでいて見るに耐えら
れない状態でしたが最近少し元気になってきました。
このNGOのダイレクトール(=ディレクトール)所謂トップです。
彼女は同時にUnited Nation のボランティアでもあります。
よく「私はアフガニスタンに行ってボランティア活動がしたいの。」と言っています。
ロシア語とウズ語と英語とタジク語とトルコ語と・・・何カ国語かを話せる才女で
とてもアグレッシブな女性です。
そしてやっぱり他人を配慮できる女性でもあります。
貫禄もあるしぃ〜。
皆を家に招いては美味しい料理を食べさせてくれてそして泊まらせてくれます。
ムカッダスの家は皆の家であり合宿所状態です。
少し前に「どうしてこのNGOを始めたのか」理由を聞いた時、彼女は
「この国の人の為に、この国を背負って立つ若者の為に何かをしたかった。」
そして若者中心のボランティアを使う理由については「彼らはお金のことを
とやかく言わないから。希望を持って仕事に取り組んでくれるから好きなのよ。」
って言っていた。

まさに彼女はこのイステッィクボリの「顔」であります。


 ここで、この職場で働くことが出来てとても幸せに思います。
この国の人の為何かを・・・・と云うようりも以前にこの人たち(職場)の為に
何かしたい、単純に役に立てることはないかと日々考える毎日であります。

出逢いに・・・本当に感謝です。

ウズ日記 〜バスガスバクハツ〜

March 23 [Fri], 2007, 3:12
バスガスバクハツ シマシタ。

はい。もう一度。

バス(お風呂場)でガスが(中)爆発しました。

いやぁ〜一瞬死ぬかと思いました。

こっちのガスは臭わないんですねぇ〜。ってゆうか日本のガスは
臭いをつけているんでしたねぇ。そういえば何かそんな事聞いたことがある。

夜、お風呂に(っていっても浴槽やシャワーはないのでお湯浴び)入ろうかと
外のお風呂場(小屋)に行った所、ガスが落ちていて(ここのお風呂は外に
ガスの元栓がありそこにマッチで火をつけて中にある釜・・・ラーメン屋さんの
スープ用の大釜みたいな・・・・をたぎらせ、それを溜め水で薄めながら体を
洗います。)


お風呂の小屋です。


ガスの元栓。


青い炎・・・見えるかな?


BAHHA(バーニャ)=浴室です。
サウナみたいな感じでいつも温かい。
私は結構ここが好き。




困った事に家主サラさんが外出をしていた為、残っていたアジズ(9歳)には
頼めず自分で元栓を開けて火をつけようとしたところ中々上手くつかず元栓を
大きく緩めたとたん、

『ボンッッ!!』
・・!!!・・・ぎゃぁ〜手に、手に火(しかも青い炎)が絡んでるぅ〜っ!!!!!

・・・火傷。
しました。左手。大切な嫁入り前の薬指を中心にして。(涙)

ガスに火が上手くつかなかっただけで元栓からはガスが出ていたようです。
臭わないから全然分からなかったよぉ〜。ってゆうか臭いつけてよ〜。
日本は親切だよねぇ。

火をつける穴が小さいだけにその小さい管から充満したガスが外に出ようと
物凄い勢いで炎が外に、つまり私に向かって噴出しました。
自分のことながらまるで映画を見ているようでした。
しかも、ガスの火って怖いですね〜。体に絡むんですね〜。
いやはやホント後から恐ろしくなりました。
不幸中の幸いで火傷が手だけで済んである意味良かったです。
体中火達磨になったりしなくて済んで、しかも運悪く大爆発したら私の命どころか
アジズやご近所さんも殺すところでした。あぁぁ怖い怖い。

でも、火傷はやっぱり痛くて、大学生の時にも右手を大火傷し(友人宅でラーメン
を食べようとして沸騰したヤカンからお湯をカップ麺に注いでいたらヤカンの蓋が
転がり落ち沸騰直後の蒸気で大火傷。皮膚がベロベロになりました。)その時
の激しい痛みとケロイドの悲惨な映像が脳裏から離れませんでした。
・・・あぁ またやってしまった・・・と。



私も悪運が強いのか、これまた幸いな事に丁度外の水道から水が出ていた
時間だった為暫く寒さに体を震わせながら水で手を冷やしていたらサラさんが
帰ってきて(アジズが彼女に電話をして連絡をとったようです。「MIHOが大変
な事になった!」と。火が落ちていたのはどうやら悪ガキアジズの仕業の様。)
「早くハミガキ粉を塗りなさい。」とコルゲート(ハミガキ粉のメーカー)を
たっぷり塗ってくれました。
最初、「?!ハミガキ粉??」と驚きましたが、これがなかなかヒンヤリとして
気持ちがいい。少しだけど痛みも和らぐのです。
暫くするとそのハミガキ粉も乾燥してカピカピになるのでそうしたら「もう一度
塗りなおしなさい。」とサラさん。
一晩、痛みで苦しみましたぁ。

翌朝、大分痛みも落ち着き「次は卵を塗るといい。」とサラさん。
流石に、ゲンタシンを持っていたので「クリームを日本から持ってきているから。」
と丁重に卵は断りました。(笑)
そして「日本ではガスはあるの?どうやってつけているの?」とサラさん。
「日本ではスイッチを押せばお風呂も台所もガスが出て火がつくの。」と応えたら
あぁそれでね。全くこれだから素人は。みたいな顔をされました。
日本の方がはるかに先進しているけどナンカちょっと悔しかったです。(笑)


職場に行って事情を話したら、「ハミガキ粉は塗った?」とやっぱり確認され
ました。(笑)
どうやら、この国では火傷=ハミガキ粉が民間療法のようです。
日本でいうアロエみたいなもんですか。
ハミガキ粉は消炎や殺菌効果もあるのかしら?


何はともあれ左手も幾分改善傾向にあります。

バスガスバクハツ。

には十分気をつけましょう。

ウズ日記 〜ありがとうマリさん!!・マリさんへの個人的手紙 編〜

March 23 [Fri], 2007, 2:55
ありがとうマリさん。
そしてお疲れ様でした。
現職参加教師なので4/1から日本社会へ無事復帰できることを
心から祈ってそして応援しています。
どうかこれ以上日本社会復帰の悪夢を見ませんように。(笑)

サマルカンドの旅とても楽しかったです。


サマルのタイルと青空


あつかましく2泊3日も居候させていただき美味しい手料理や手作り納豆まで
いただき感謝感激です。


マリさん特製団子。美味かったです!!


そして伸びるお墓。18m。笑わせていただきました。
でも実際はとても厳粛な場所でしたね。
願い事の布が風で落ちてマリさんの願い事「世界中が平和で幸せに
なりますように。」がどうか叶いますように!!

グリスタンにも遊びに来てくれて本当にありがとうございました。
とても良いところだったでしょう?私はここが既に大好きです。
バザールめぐりもとても楽しかったです。


グリスタンのバザールにて。
香辛料売り場のおばちゃんとマリさん。


1枚で32映画のDVD、どうか全ての映画が最後まで入っていますように。(笑)
職場の皆に「この子をどうかよろしくお願いします。助けてあげてくださいね。」と
言って歩いてくれたこと一生忘れません。本当に本当にありがとうございました。

子ども達への面白グッズ。ちびっ子への最高のプレゼントになります。
これからガンガン活動に使わせていただきますっ!!
平和活動のウズの渦巻き。少しだけど参加できて嬉しかったです。
若干、形が違う物になりましたが・・・。
平和教育活動もどういう形になるか今はまだ分かりませんがなんとか引き継いで
行けたらと案を練っているところです。現地の人たちと一緒に。

マリさんが地道に創ってくれた軌跡を大切に守りながらそして私たちなりの
新しい何かをそこから育んでいきます。

2年後、マリさんの山形弁+面白トークを聞きに山形に遊びに行きます。
勝手に!!(笑)
どうか体には気をつけて日本の湿度の高い梅雨と夏を迎えてください。(笑)
マリさんの今後のご健勝とご活躍お祈り申し上げます。
ありがとうございました。



マリさんともうすこしここウズで一緒に過ごしたかったなぁと残念でならない
新隊員より大好きなマリさんへ。
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