興道 

November 16 [Thu], 2017, 22:36
コードギアス 反逆のルルーシュT興道の感想です。アウトプットする場のない苦しみがすごい

劇場版総集編、ということでTV版を何度も観ている私としては特典目当てで一〜二回映画館へ足を運ぶくらいかなあと考えていましたが、まあ甘かったですね初日に行ったらめちゃくちゃに面白くてもう三回観てしまった!これは笑うとこなんですけど!徒歩圏内に映画館あるのこんなに感謝したことないよ。

・全て新規アフレコ(テレビ版は声優さんたちが先のことを知らされずに演じている)
・新規カットあり(大画面想定でナイトメア戦がメインかと思ってた)

ということで、声優にもロボにもあんまり興味ない私はそんなに良さがないかなって・・・違うな間違っているぞ

まず一回目は新規カットに興奮し、二回目は構成の意図に感動し、三回目は漸く冷静に観れるようになったレベル。

構成についてはまさに再構築で。
初めて観る人向けに作られているようでいて、テレビ版のファンには切り取り方によってあちら側の”見せたいもの”を知る面白さがある。
無印とR2って繰り返しの形を取ることでシーンを重ね合わせて観ることができるんだけど、今回は三部構成なのでそれをやる必要がない分コードギアスの主軸をより鋭く見せられてるんじゃないかな。
初見の人にどういった印象なのかとっても気になるー!
初見ギアスは人生に一度しかご用意されていないので・・・。人は平等・・・

潔くエピソードごとばっさり切られてるものも多かったけど削ったシーンに学園生活や生徒会メンバーとの関わりが多いことも含め、彼が失敗したり葛藤したりという所謂「人間らしさ」という部分はスザクに対するエピソードに集約されているように感じた。
映画ではルルーシュの狡猾で無慈悲な部分をクローズアップして見せようとしているのでは?正真正銘のダークヒーローなのでは?
「なんだ貴族か」「使えないテロリストだな」「パイロットごときが」と上からルルーシュ全開なのとてもよかった。

特に新宿事変は、ここが全ての始まりでルルーシュとスザクの関係性の縮図なんだなあと。
ルルーシュがギアスという力を手に入れ、スザクはランスロットという力を手に入れる。
ルルーシュはブリタニアにスザクが殺された怒りを胸にサザーランドへ、スザクはルルーシュを助けたい一心でランスロットへ乗り込みナイトメア越しの再開を果たす。
この混乱を収めたいという目的は同じなのに、ナイトメア越しに戦うシーンは本当に皮肉。
(お前がテロリストか!の場面では生身、お前が指揮官か!のところはナイトメアに変わるけど同じ構図でスザクに回し蹴りを食らうルルーシュ・・・)
敵機全てを止め、可能性の低い停戦を目指すスザクを尻目にルルーシュは全権を握るクロヴィスに辿り着き、確実に停戦の目的を達成する。
過程を重んじるスザクと結果が全てと言い切るルルーシュの決定的な違いがここに。
目的を同じくして何故ここまですれ違ってしまうの!


新規シーンはやっぱりオープニングが素晴らしくて、目がいくつあっても足りない。
ルルーシュの廃嫡の経緯と日本に渡った後のスザクとの邂逅を冒頭にまとめてきたの素晴らしかった!これDVD特典の内容も入ってるんだけど知らないと普通にもったいない内容だと思ってたから。
コードギアスは最終話まで観てからがスタート地点だと思っているのだけど、ブリタニアのお見送りシーンは最後まで観た人には布石ということがわかる内容なの。
声をかけようと一歩踏み出すユフィとそれを止めるコーネリアもそうなんだけど、不甲斐なさに唇を噛み締めるジェレミアがいたのにぐっときましたね。辺境伯まで上り詰めたオレンジ君にルルーシュがした仕打ちw
あと多分ジノがいたと思うんだよね。一時停止機能どこ。
枢木神社の石段シーンは桐原公と神楽耶もいたのがね・・・ルルーシュはスザクと神楽耶のファムファタルなので・・・

あとダーツをするルーシュが最高に調子乗ってて笑ってしまいました。
確かに映画だとルルーシュってあそこまで躓かずに来ていて、だからこそどうしてもスザクという駒だけが手に入らないという部分が強調されているように見える。
ナナリーのためなら俺は影でいいと言うルルーシュに、「ならば光はどうする?」とC.Cが問いかけた瞬間ダーツの矢が弾かれるのはきっとそういうことなんですよね赤だけが足りないんだよねわかる。
ルルーシュはナナリーをスザクに任せて自分が傍にいられない未来をすでに思い描いているのが悲しいし、「ナナリーの騎士も選んだし(自己中)」条件はクリア!なタイミングでランスロットのパイロットの正体がスザクだと判明してしまうの可哀想なんだよね。いつだってルルーシュの計画を壊すのはスザクなんですよ。
知らないうちに大切な友人を殺してたかもしれないと思うとルルーシュの動揺っぷりも頷けるんだけど、それを甘えだと切り捨てるC.Cは今回ルルーシュの迷いを断ち切る剣としての役割を与えられているのかも。
ルルーシュの弱さを突くのがC.Cの役目ならスザクにとってそれははロイドだと思うんだけど、今回スザク視点はほぼなしなのでそこが次回組み込まれていることに期待。
ロイドのセリフは本当に核心を突くものが多くて、天国に行きそびれちゃったねとかめっちゃエスパー。
自分のガスマスクをルルーシュに譲るし上官に逆らうし、誰かの役に立って死にたい気持ちフルスロットルなんだけど死ねないのがスザク。父の形見によって助かったのを本人は呪いと捉えているという。

『ふたりのルル』要素は出来る限り描いて欲しいな。彼らはお互いが選ばなかった道、選べなかった道の象徴。
二人とも父親という呪縛から逃れられないという共通点を持ちつつ、初めての友達でアンチテーゼなのめちゃめちゃ重要でしょ・・・ルルーシュの一人称が僕→俺になったのと対照的にスザクが俺→僕になってるの重要でしょ・・・

叛道は興した行動の反動、というつくりかなって思ってるけど、ルルーシュとスザクの愛憎劇がすごいらしいと聞いて気が気じゃない。2月とは。

自分はもう立ち止まるわけにはいかない、だから!からのエンドロールがとてもコードギアスらしくて好きです。この曲で引くのテンション上がる。

それと大画面で観るランスロットと紅蓮弐式の戦闘シーンはかっこよかったので今後も楽しみ。

あと普通にブリタニアの人々顔がよいなってキューエル卿ジェレミア卿ヴィレッタの並びを見てしみじみ思うなどした。

予告に仄かなる絶望とあったけど多分仄かでも何でもないので心していくね。
特典目当てにホイホイ行くには内容が重いんだよなあ。
もう立ち止まれない 希む心振り返らない・・・。


本当全人類コードギアス履修して・・・お願いだから盛り上がった状態で復活のルルーシュして・・・

埋葬する少年。 

July 11 [Mon], 2016, 23:59
思考一時停止することを選んで突っ走ってきた4ヶ月、涙は流し切ってしまったんだなーと思っていたこの4ヶ月。
時間差で瘡蓋を思いっきり剥がしてしまったのが今。
悲しいとか辛いとかでもない気がするし、よくわかんないけどamber grisのことを思い出すとただただ涙が溢れてくるよ。

という書き出しで2015年10月にブログを書こうと思ったけど、纏まらなくて放置したらしい文章が残っていたので、今になって上書き保存をしてみるよ。

(5/28から9/21までの期間をあまり何も考えず駆け抜けることは割と私に必要だったのだと思う。
その時にしか書けない感情もあるし、時間が経ってからしか書けないもものもあるよ。というのが1年以上かかって思うことです。)






本来私はライブで泣くなんてことはあまりない人間なんだけど、2/8は自分でも信じられないくらい涙が止まらないままライブをみていた。最後はやっぱり終わりを告げる挨拶だった。

そのあとの対バン2つは只々傍観するしかなかった。あー私何してるんだろ、何も考えず新幹線に飛び乗って、ここに立ってるのは見届けるためなのかな、この人たちのこと見届けるんだな、義務感なのかな、悲しいのかもわからないな、何も頭に入ってこないなって。
パーフェクトパフュームなんてかっこよく銘打たれていて、私には初めて見る衣装で、私あんまり対バンって行かなかったなあなんて思いながら内容は殆ど覚えてない。他のは行けなかったけど、リフリッチなんか全曲アンバーセトリなんてやってのけて、本当に周囲から愛されているバンドだなあと感じながら、自分の抱えてるものの正体がわからないまま時間だけ過ぎてった。傍観している、という実感のみがある。彼らの仲間だったりファンだったり、誰かがアンバーへの思いを語るのを見れば見るだけ自分がからっぽな気がしてしまってどうしようもなかった。考えると涙が出るくらいなのに、ライブを見ているときは思考が停止してるみたいな、頭の中に靄がかかってしまったみたいな感じだった。
だから最後の対バン、もらんばーのもらんという存在には本当に救われた。まだそこに居る存在として、依存対象としての存在。この詩に救いなどなく、でもこの詩がその時本当に必要だったのだと思う。

その後のワンマンは私は本当にボロボロで、ぐしゃぐしゃで、どうしようもなくて、名古屋のフラ限なんかメンバートークタイムで笑い話してんのに涙止まんなくて、本当恥ずかしい思いをした。仙台と新潟はもう涙腺ぶっ壊れて死ぬんじゃないってくらいだったから。
でも地方に少しずつそういうの置いてこれたのか、逆に積み重なって何かが出来上がったのか。新潟のライブの途中、ふとああこの人たちは終わりに向かっていってるんだなあ今がいちばん美しいのだなあと思った瞬間が確かにあったんだよね。自分に言い聞かせるとかでなく。研ぎ澄まされて限りなく透明なものというか、純度の高いものになっていく過程をみているような感じというのかな、上に上に昇っていく感覚があったと思う。

私は新潟に行く予定はなかったのだけど。仙台公演の後、自分に残されているのが1本というのに全く納得がいかなかった。足掻く必要があった。でも新潟公演を見た後は全然別の感情しか残ってなかったんだよね。勿論私が足掻いたところで残り本数が変えられないというのもあったけど、すうっと次が最後って受け入れられた。降りた幕に向かって長い拍手をしながら、最後にいちばん美しい終わりを見せてくれるという確信みたいなものが会場全体に漂っていた。
だから私は5/27がいちばんまともに見ていられたんだよ。泣く余裕も無いくらいかっこよかったしね。語彙の乏しさの所為で全く伝えられる気がしないのでこんな表現になってしまうのだけど、"素敵な夜"でした。終わった直後はほぼありがとうしか残らないくらい。

この先への予感とか、悲しみとかの感情が勝ってしまって全然聴けてなかった最後のミニアルバムとシングルの曲。全て終わって落ち着いた今やっとちゃんと聴けているんだけど、最後までリリースを追うごとにどんどんかっこよくなっていくので、最高です。

意味だとか理由だとか、美しく死ぬために終わらせるだとか、きっと色々あるんだろうけどとりあえず今も私の中で最高にかっこいいし美しいし好きだからそういうのはどうでもいいなと思える。



感想だとか自己表現とかそんなものから逃げ続けてきた私が何か書かなきゃと思う、そして語彙の貧しさを責めても責めても責めたりないくらい好きなバンドです。


なんかツイッターって私にとってどうしても見る為のツールという意識が抜けなくて、アウトプット恐怖症なので人に見られているところに何かを書くっていうのが難しいみたい。これはここに書けない、これも書けない、ってやってって結局おはようおやすみレベルのどうでもいいことしか残らない。玉ねぎのいちばん外側ぐらいの薄っぺらいことしか書けない(笑)
ブログも根本的には同じなのわかってるんだけど、違うみたい。ここは誰にも見られていない、自分のためだけの場所と仮定して書けるのかも。確かにそういう場所が必要でブログ書きはじめたかもしれないなあ。


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» ついに! (2008年10月18日)