昨日は慌てて書いたので、少し訂正・加筆しましたー。 10月20日 霧雨の中、青少年公園(淡河町野瀬)周辺の池巡り。 〜中編〜 青少年公園→与一兵衛池→野瀬大杣池→影松池→弁財天→愛宕神社 

2017年10月21日(土) 21時37分
9:04 青少年公園を出て、
すぐ近くの池めぐりに行くよ。


ヌルデの実がなんか不思議な状態になってるぞ。

白いもので表面が覆われてるように見える。
雨が降って濡れてるから
本来どういう状態のものなのかいまいちハッキリしない。

濡れた状態で見るとロウのようなもので
コーティングされているように見えるけど、
実際には白い粉なのかもしれない。

ネットで検索してみると
“月刊 杉 WEB版”というサイトの中の
「連載
いろいろな樹木とその利用/第8回 「ヌルデ」 
文/写真 岩井淳治
杉だけではなく様々な樹木を紹介し、
樹木と人との関わりを探るコラム」
という詳細な文章の中に、分かりやすく説明されてたので
一部引用してみるよ。
 
「別名シオノキといいますが、これは写真のように、果実が白い塩のような物質で覆われるからです。撮影時には少し湿っていました。
この塩のようなものを昔の人や戦時中の困窮時代には本当に塩代わりに利用していたそうです。
この粉の正体はリンゴ酸カルシウムという物質で、実際になめてみると酸味に少し塩味があるという感じがします。これを無塩醤油と同様に腎炎患者に用いるとされています。
実際塩を取るつもりで採取してみましたが、どうやって取り出すか良くわからず(大きな鍋で煮出せばよいのでしょうが、実験できませんでした。)、水の中に入れたままにしていたところ発酵してきたので断念しました。ヌルデには蝋物質もあるので、うまく分けて取り出す工夫を考えなければなりません。

なるほど、本来やっぱり粉っぽいのね。
でも蝋物質もあるって書いてあるから
あたしが感じたこともあながち間違ってなかったのかも。


実の周りが白く覆われてるのを見た時は
どんな感触か触ってみたかったんだけど、
ヌルデ(白膠木)はウルシ科の植物だから
かぶれる人もいるし(あたしは大丈夫のはずなんだけど)
一応我慢したんだけど、
触るどころか口に含んでも大丈夫とは意外だったな。

花や実は大丈夫ってことなのかな。
それとも実だけが大丈夫なのか。


それじゃ、池を見に行ってみよう。



5分ほどで道の両サイドに与一兵衛池。

こっちは右手に見える方の与一兵衛池で、
いつも水がたっぷりある。

左手に見える与一兵衛池は
どういうわけかここのところいつ来ても
すっごく水が少ない。

こっちは道からだと木々にはばまれて
少し遠い感じでよく見えないので、
脇道に入って池まで降りてみる。

初めてラムちゃんとここに来たときは
こっちの池も反対側と同じように
しっかり水があったんだけどなー。


ラムちゃん「今日も水、少ないね。」

水辺まで行ってみた。

あれ?
もしかしてこの水草、
ジュンサイの葉っぱだったりする??
スイレンみたいに丸くなくて
楕円形の小さめの葉っぱだ。

水辺まで行くとなんか奇妙な音がする。
コボゴボとかじゃなくて
なんかシュゴー?みたいな?
ちょっと不気味。
そういえば前に来た時もこの音聴いたな。

もしかしてどっかから水が流れ出てる音?
でもそんなにずっと流れ出てたら
こんなちょっとの水、
あっという間に全部涸れちゃいそうだよね・・・。
やっぱ違うかぁ。
うーん、謎。

意図的に池の水抜いてる??
ってわけでもなさそうな・・・。

東京・横浜で育ったあたしは
ため池には縁が無かったので知識も無い。
で、ちょっと調べてみたら
池の水を抜くことを「かいぼり」って言うんだってね。
初めて聞いた・・・。

Wikipediaから引用してみるよ。

「掻い掘り(かいぼり)は、池や沼の水をくみ出して泥をさらい、魚などの生物を獲り、天日に干すことである。換え掘り(かえぼり)、換え乾し(かえぼし)、池干し、泥流しなどのよび方もある。井戸の水をくみ出してたまった土砂を取り除く井戸浚え(いどさらえ)を指すこともある。
農業用のため池を維持するために行われてきた、日本の伝統的な管理方法である。稲作が終わる晩秋から早春にかけての農閑期に、池の水を抜き天日に干し、堆積したヘドロや土砂を取り除いて肥料にし、獲った魚を利用してきた。
栄養塩類を含んだ泥や水を排出し、また池の底を空気にさらして微生物による分解を促進することで、水質を浄化する効果がある。
農業目的の他に、水質改善や外来生物駆除のための掻い掘りが各地で行われている。
映画『種まく旅人 くにうみの郷』(2015年)では淡路島のため池の掻い掘りを行うことで、山(池底)に堆積した養分を海へ放出することで海の滋養を高め水産物の収穫量を上げるとともに、ミネラル豊富な潮風が陸地へ吹き土地を潤し農作物も育む循環作用に焦点を当て、伝統的な技術が持続可能な農業に与える影響を示唆している。」

ふーん・・・。
でも、近所のため池で水抜きしてるのって
今のところ見たことない気がする・・・。
ほったらかされてる??

そういえばさ、
こないだテレビで兵庫県のため池の数は全国一多い
って言ってた気がするんだよな。

農林水産省のHPを見るとやっぱりそうだった。
1位 兵庫県 43,245
2位 広島県 19,609
と、ため池の数はダントツで、
2位の倍以上の数がある。

どうりで神戸に来てから
あっちこっちでため池を目にするはずだ。
北区、西区は特に多そうだもんね。

で、確か兵庫県のため池は多いけど
実際に使われなくなってもそのまま放置されたりして
それが問題だって言ってた気がする。

最近増えてる集中豪雨とか
大震災みたいなときに、
ため池が決壊して被害があるかもしれないから。


あー、なんか話がすごいそれてきた。
(いつものことだけど)



ラムちゃん「もう次、行くわよ!」
月「待ってー。」

ため池とため池をつなぐように続く
この広い林道は散歩にもってこい。

今日は雨が降ってるから
かなりぬかるんでるけど、
そのぬかるみの中にハッキリと
車のタイヤの痕が深く刻み込まれていた。
つい最近のものみたい。

軽トラぐらいなら通れるもんね。
でもさー。
こんなとこ軽トラで通ってどーすんの?
田んぼや畑があるわけでもないし。
何か作業するってほどのことがあるんだろうか???

抜け道っていっても、
ここをわざわざ抜ける理由が無いし。
全然想像がつかない・・・。


9:23 野瀬大杣池

ラムちゃん「水少なっ!!!( ゚Д゚)」

へー!
中山大杣池よりこっちの方が水の減り方が凄いかも。

てことは、
前回 中山大杣池の水位が下がりまくって
カエルだらけだった時は、
こっちはいったいどうなってたんだろうか???
あー、あの時も来ておくべきだった!!
後悔先に立たず。
ガックリ・・・。

池の周囲、すり鉢状に茶色く土が見えてる部分は
普段すべて水の中のはず。
手前、水辺まで歩いて行ける状態になってるけど、
あそこも全部ふだんは水の底。


それにしてももう9時半だというのに
雨があがる気配がナッシングなんですが・・・。


北側の眺望。
淡河のまちや遠くの山々は雨に煙っている。


水辺まで降りてみたよ。

それにしてもラムちゃん、ドロドロ。
帰りは服脱がせた方が良さそうだなー。
濡れた服着てる方がかえって冷えて寒そう。

そうそう。
野瀬大杣池には
大きな石碑があって、
前から何だろう?何だろう?って思ってて、
でもその石碑の近くに行くと
いつも何とも言えない気持ちになってて
あまり近づくことが出来なかった。
怖いっていうかなんていうか・・・。
上手く言えないけど、その近くに長居できない。

今日も、写真撮ろうかと思ったんだけど
怖くて石碑まで近づけなくて撮影断念。

去年のちょうど今頃(2016年10月26日)にも
ここに来ていて、
その時は写真も撮って帰宅後ネットで検索して
軽く調べていた。
(“Web Magazine 淡河”というサイト内の観光情報)

もう丸1年経つので、
同じものをもう一度引用してみよう。

それと、去年はがんばって撮っていた写真も
載せておくね。


「淡河の自然
野瀬大杣池と中山大杣池周辺
淡河町は全域が市街化調整区域に指定されおり、まだまだ豊かな自然が広がり、農村風景が残されていますが、一方では全集落でほ場整備が実施されたため、小さなため池や沼地、原野が減少し、生態系も少しずつ変化してきています。その中で、野瀬の大杣池は、野瀬地区の山上に広がる高原の中にあり、年中青紺の水をたたえています。この池は、飛鳥時代にその起源があるともいわれていますが、たびたび堤防の決壊に見舞われています。池の堤の東端には、築堤のときに生贄となった赤牛の碑があります。池周辺は、高原の自然が満喫できます。」

この文章だと
「池の堤の東端には、
築堤のときに生贄となった赤牛の碑がある」
としか書かれていない。

築堤と牛の生贄の関係がわからない。
どうして生贄が必要なの?って。

なんだかわかったようなわからないような、
宙ぶらりんでいまいち納得できない気持ちのまま
「でもやっぱりここ怖い」
って状態で今に至っていた。

喉の奥に魚の小骨がひっかかったまま
みたいな気持ち悪い状態で今まで引っ張って来ちゃってるので、
もう少し具体的に書かれているものは無いのか?
と、今回もう一度検索してみたら・・・


意外や、意外。
超どメジャーなところ、
神戸市のHP(えええ???!!!笑)の中の
“市民のグラフ こうべ”(119 昭和57年8月)
「特集 こうべの池」にこんな記述があった。
(以下、引用。)

「池と伝説
野瀬ノ大杣(おおそま)池と赤牛

 淡河の野瀬から南の山に登ると、山の中に大杣池がある。この池のおかげで、ふもとの野瀬や神田はゆたかな村であった。
しかし、大雨が降りつづいて、いったん山に水が出ると、しばしば池の土手が切れて人々は大きな被害をうけた。田畑はごっそり洗いけずられ、住む家も水につかり、数年の間はひどい幕らしがつづくのである。
池の堤が切れないようにする方法はないものだろうか。村人たちは何度も集まって相談した。
「一つだけ方法はある。じゃが、そんなむごいことはできぬ」
村の老人は、その方法を知っていた。切れた堤の底に赤牛を生きうめにして土をかけ、土手を築きなおせば、二度と土手はくずれることがない、といい伝えられてきたのだ。
そのいい伝えはなかなか実行されなかった。
ある大水のあと、たびたびの災害にうちひしがれていた人々は、ついに赤牛をいけにえにする決心をした。
くじ引きで生き埋めにされることになった牛は、きれいに洗われ、飾りたてられて、最後においしいえさを与えられた。
牛は、かい主や村人にひかれて大杣池まで登った。くずれた個所に太いクイが打ちこまれ、赤牛は、しっかりとそのクイにゆわえつけられた。
牛は「モーウ、モーウ」と鳴くだけだった。背なかまで土に埋まった赤牛は、最後に首を高くあげて、力いっぱい「モーウ」と叫んだ。
土手は再建された。けれども、人々の耳の奥には、最後の牛の叫び声が長く残ってひびいていた。」


あああああぁぁぁぁ・・・。
やっぱりそうかぁ・・・。
そうだよねぇ・・・。

昔は自然災害が続いたりすると、
動物を生贄にしたり、
場合によっては女性とか子供とかを人柱にしたりして、
神さまの怒りを鎮める、みたいなこと
あったみたいだもんなー。

その可哀想な赤牛のお陰で
この池の今の平和があるのかもしれない。

そう思ったら、
その石碑を気持ち悪いとか怖いとかいうのは
ずいぶん失礼な話だな、と反省。
むしろ感謝。
うん、そう。感謝だよね。



野瀬大杣池の周囲には
赤牛の碑のすぐ後ろからも
その近くからも、細い道があって、
前に一度探検した「新溝」という
ちょっと謎な名前の道とか、
人里に降りられるらしい(?)道とかが幾つかある。

まだ全部歩けてないんだけど、
それはまた雨が降ってない日にしよう。

9:29 その中のひとつ。
赤牛の碑から少し離れてた場所だけど
前から気になってる道がある。
一度だけ歩いてみたことあるんだけど、
途中の倒木とブッシュでくじけて
引き返してきた道がここ。↓

手書きの案内には「弁財天」と書いてある。
もう殆ど消えてて読めないね。
あたしは前に見て知ってるから読めるけど。

今日はここを
もう少し根性出して進んでみようと思う。


すぐに道はすり鉢状になって
歩けるスペースは凄く狭くなる。

前に一度歩いた「新溝」もそうだったけど、
ここらへんの脇道は細い!
単に狭い道というより、ほんとすり鉢状なんだよなー。
平均台の上を歩くような感じ。

なんだこれ?キノコ?

初めて見るけどすごく変わってる。
真ん中が赤い。
1個の直径は1pぐらいで小さいの。


9:36 あれ???

なーんだ。
5分ちょいでもとの林道に出ちゃったよ。
なんで?
弁財天はどこ??

ここでふと思った。
この先、影松池という小さな池があって
それで池は最後なんだけど、
そのすぐ先に何か石の祠があってお祀りしてある。
特にどこかに何か書いてあるわけでもなく
いったい何が祀られてるのか分からずにいたけど、
もしかしてそれが弁財天なのかなー?

雨のせいかぬめぬめ光るようなキノコ。

写真では分からないと思うけどかなり大きい。
直径15p以上あったんじゃないか。

9:39 林道に出てから3分弱で影松池。

もしかしてこの水草もジュンサイの葉っぱだったりする?

この池には
鰻ノ手池や鎌ヶ谷池でピャーッ!って鳴いて
(どういう擬音語で表現したらいいのか分からない。
少なくともケロケロとかそんな声ではない。)
すぐ池に飛び込んじゃって
全然姿を見ることが出来ないカエルと
同じ種類のカエルが棲んでる。

今日もピャーッ!って鳴いて飛び込んだ。
やっぱり姿は見ることが出来なかった。
(鳴き声を聞いてから探したんじゃ、もう遅い)

ここは前にラムちゃんが
池のほとりで落ちてる竹をかじって
口の中のどっかを竹で切って大出血して、
帰り道、泣きそうになりながら
ラムちゃんを抱っこして歩いたりしたという、
大変な思い出のある場所。

ここに来ると思い出しちゃってドキドキするから、
それで前回は寄らなかったっていうのも事実。

結果、口の中は凄く血が出るけど
血が止まるのも早い(治るのも早い)、
ってことで大事には至らなかったんだけど、
帰り道の30分間ぐらいは生きた心地がしなかったから
苦い思い出。

出来れば思い出したくない。

ここでもオオウラジロノキを見つけた。

実がなってるのをこんな至近距離で
観察できたのは初めて。
だいたい背が高い木が多いから。

来年はあちこちで少しずつ実をもらってきて
また果実酒を漬けようと思うよ。

まだ今年漬けたぶんも出来てないのに
ずいぶん気が早い話だけど。笑

林道のつきあたり、
何がお祀りしてあるのかずっと分からなかったところ。


可愛らしい。

石積みなどは崩れたりせずしっかりしてる。


「維時嘉永六年六月建之」
維時は「これとき」と読むらしい。

ぐるっと一周回って見てみたけど
他には特に文字は彫られていないみたい。

石灯篭が台座からすっごい斜めにズレてる。笑

ラムちゃん「これ、ちょっとおかしいのよさ。」

こんなだもん。

ここにも嘉永六年とか彫ってあるみたい。

落ちないか心配。笑

他の文字は風化して読めなかった。

穴掘り始めちゃいましたー。

ラムちゃん「だって雨降ってて
    ゴロゴロできないんだもんっ!」
月「いちおうそういうこと考えてるんだ?」
ラムちゃん「あたりまえ!」

掘った穴は
あたしが責任をもって埋めて帰りましたので
ご心配なく・・・。

ほんとに弁財天かどうかは別にして、
石の祠の広場のすぐ横から
細い道で下り坂がある。
たぶん人里まで降りれそうだよね。
直接ここまでお参りに来れる参道じゃないかな?

影松池のすぐ近くからも
下に降りれそうな坂道があった。

9:46 影松池のほとりに咲いていた
鮮やかな黄色の花。

今の時期、この手の色の花は珍しいかも。
セイタカアワダチソウは別として。

可愛いねー。


9:51 愛宕神社にも挨拶して帰ろう。

火伏せ・防火に霊験のある神社

可愛らしい神さま。


愛宕神社のすぐ脇からも
下界に降りられそうな道がある。
これも参道ってことだろう。


帰宅後にゆっくり地図を見ていたら
淡河町から八多屛風にかけて
大歳神社
天満神社
竹森神社
雨宮神社
毘沙門堂
鳴川薬師堂
泰蔵寺
など、ちょっと足をのばせばいろいろあるみたい。
ラムちゃんも一緒に入れるような所かどうかが問題だけど。

八多屛風の金毘羅山の横を通る
太陽と緑の道・北方道までも
ほぼ1本道でのどかなところだけ歩いて行けそうなことも確認。

こんどはそっちから帰る手もあるな。


長くなったので、続きは後編に書きます。
お楽しみに(^_-)-☆

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縁あって里子として迎えた愛犬ラムちゃん(2012/11/30生まれ♀;母:ラブラドール・レトリーバー×父:スタンダード・プードル;ラブラドゥードル・オリジン1=LO1)の成長記録と、日々歩いている山々の記録です。
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