読んだ本 no.5 

June 27 [Tue], 2017, 22:28
 妙な一日だった。自分が前に進んでいるのか後ろに下がっているのか、あるいは同じところをぐるぐる回っているのか、見定めることができない。方向感覚が乱されている感覚があった。秋川笙子とまりえと、そして免色。彼ら三人が三人とも、それぞれに強い特別な磁力のようなものを発している。そしてその三人に囲まれるように、私が真ん中に置かれていた。どのような磁力をも身に帯びることなく。
 しかしどれだけくたびれてはいても、もう日曜日が終わってしまったわけではなかった。時計の針は午後三時をまわったばかりなのだから。そしてまだ日が暮れてもいないのだから。日曜日が過去のものとなり、明日という新しい一日が訪れるまでにはだっぷり時間がある。でも何もする気にもなれなかった。 


引用元:『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』/村上春樹(新潮社)より一部抜粋

 自分は一体何でできているのか、を考えた時に沢山のものを思い浮かべたけれど、小説や物語は外せない。ここで文学、と言ってしまえば良いのかもしれないけれど、「文学が好き」と語る人を見ているとつい眉をひそめてしまう。そこに特別な理由はなく、ただ感情的に受け入れられないだけで。好き嫌いというのは、そんなもの。
 以前ほどものを覚えていないので、他の作品と『騎士団長殺し』を自分で比較はできない。けれど、読んだことのある小説と同じく、主人公が幸せになるために周囲の人間は何かしらを犠牲にする、もしくは犠牲にしてきた、ことが書かれているように感じた。同じ、とは言い過ぎかもしれない。過去の作品だと、どういうふうに生きるか、という印象のものもあるので。ただ、これは今の自分が感じたこと。読む年齢が変わると捉え方が変化することを経験したので、もしかしたら何年か後に読んでみて、今だったらこういう印象だな、と解釈が違うこともあり得る。
 本の楽しみ方をまた一つ知ったので、過去に読んだことのある村上春樹の作品をまた読みたい、という気分だ。とは言え、彼の作品でも前作の文庫本は買ったものの読めていないし、他の作家の作品も買ったものの読んでいないものも感覚的ではあるが沢山ある。読みたいものを読めば良いか。
 一応、書く方もモチベーションだけは今のところ維持している。この前のブログ更新からこうやって間を開けずにこれを書いているのも、それの顕れだ。ただ、自分の語彙力や表現力のなさを痛感している。読書はそれを多少補完するような意味合いもあって、文章を書くことと読むことはどちらもモチベーションにも繋がるので、どちらかを忘れさえしなければ、良いではないかと思う。あとは手を動かすだけ・・・