お久しぶりです^^

May 03 [Tue], 2011, 21:28
いったん終了した、このブログを久々に自分が覗きにきました

かれこれ4年ぶりくらいですね。お久しぶりです、みなさん!
ゆうこでーす

終了したブログに記事を書かかせていただくのは
内容を多少(いや大幅に)変更したことに伴い
やってきたのであります。

放置しきっていたブログですが、不育症の検索で、たくさんの方が
訪れてくださっていたようです

全てを消去してしまおうかと考えた時もありましたが
不育症の事で検索して来てくださってる方がいる
私自身も、当時は、あらゆる情報を知りたいとネットで検索したのです。

どなたかのお役に立てているのであればと、不育症、治療、
入院、帝王切開
その他、その時の精神的な面を書いた記事を残しました。

カテゴリーは、独断により!?残しております。


くだらない日常の事や、遊びの事などは必要ナシ
これまた独自の判断にて削除いたしました。

過去には、そのくだらない記事が楽しい〜と絶賛を
いただいた時もありますがご了承くださいませ。



現在も、不育症の長いトンネルの中にいらっしゃる方も
たくさんおられると思います。

必ずどういう形であれ、トンネルの出口は見えてくるものだと思います。
卒業した者が言うと、押しつけに聞こえてしまうかもしれませんが。。。

私の周りにも、それぞれ違う形で、卒業した人たちがいます。
私とは違う選択をし、夫婦だけの生活を選んだ友もいます。
その選択を決断するのも、とても長いトンネルの中にいたハズです。
でも、今ではトンネルを抜けて、輝いております

その渦中にいる時は、目の前の事で何も見えなくなると思います。

しかし、4年前くらいに書いた記事のように
後悔のない選択、決断をしてください。

という気持ちは、今でも変わりありません。
私も、今もこの通り過ごしております。

先日の東日本大震災、思いもかけない出来事です。。。。
つい先ほどまでの日常が、一瞬の出来事で全てが変わってしまうのです。
一人一人が今まで築きあげてきたことなど、ガラッと変わってしまうのです。

震災に関わらず、長く生きていく上で、色々な出来事が起こるものです。
1日、1日を大切に、その時感じたこと、自分の想い
で動くことも大切だと感じます。

4年ぶりに書いた、ゆうこ記事は、4年前とは違うかもしれませんね

それで当然なんですよ(笑) 人は日々変化する生き物ですから!
成長もしますし
退化しないように気をつけないといけないですね(汗)

それでは、またこのブログからは引きこもりになりますが
健康第一で毎日を大切に過ごしませう!

今までとこれから。。。

May 01 [Tue], 2007, 17:50
早くも5月ですね。。。娘は先日、生後2ヶ月を迎えました

私は6月からピアノレッスンの仕事を再開します。
娘を車に乗せ、実家へ(片道1時間はみないといけない)
自宅レッスンの日は、旦那の実家へ預けに。。。
実際、大変だと思うけど、私にはこういう生活パターンが合ってると思う。

忙しくても〜、大変でも〜〜!自分の世界も(たいしたことではないけど〜)
持ちつつ、娘に接していきたいのです。

今は家で、時々、生後2ヶ月の娘にピアノを弾いて聴かせています
分かっているのか、どうなのかは定かではないけど
手足を動かし、ご機嫌で喜んでいます

そして弾いている私が楽しいのです。

ここまで、長〜く書いてきたブログ。
不育症をタイトルにかかげながらも、多々違うことを書いてきましたが
こういう生活をしながら、今にいたる(笑)ということでもあり。。。

ここで、不育症をタイトルにしたこのブログは終了します。

これからは、つい育児の事も毎日の生活のメインになってくるので
そういうことを書いてしまっては、不育症で検索で来てくださった人の
気持ちがどういう風になるか。。。などなど考えました。

私の出産、育児を励みにしてくださる人もいるかもしれなけど
全ての人がそうではないと思います。
これは、あくまでも私の考えで決めたことですので。。。

これからも、検索で不育症について、このブログを訪れてくださる人も
いらっしゃると思いますので、このブログは消さずに置いておきます。

第一に、私の日記で、私の記録として自分で読み直す事も
ありますしねっ

ブログを始めて本当に良かったと思います。
これを通じて、いろんな情報を教えてもらい支えてもらいました。
これから先、一般的に言う「ママ友」なんて、そこらじゅうで
知り合おうと思えば知り合えるんです

この特殊なジャンルにおいて、どこを見渡しても知り合えなかった人と
たくさんお話できて、救われました

なので、せっかくお知り合いになれた人達は
大切なご縁と思ってるので、これからもみなさんのブログに
おじゃましますので、これからもよろしくお願いしますね

そして。。。今現在も不育症と戦っている人へ。。。

私は、4回目にして娘を出産することができました。
これはもちろん全てにおいて、諦めずに頑張ってきたから。。。でもありますが。

でも。。。でも。。。

だからと言って。。。私が出産できたからと言って
「頑張って」とは決して言えません。

精神的にツラくなる時があり、頑張れない時があるのも
一番分かっているんです。それは人それぞれです。

今回、たまたま4回目にして恵まれた状態で、出産することができました。

私の精神力では4回目が限度だったのかもしれません。

よく神様は、その人の耐えられるまでの試練をこれでもか、これでもかと
与えてくると聞いたことがあります。

もしかしたら、今回がダメだったとしても
5回目にチャレンジできたかは分かりません

ただ、今まで、後悔を残す行動だけはしたくない。。。
その結果がここまできただけなのです。

この先も、何事があっても、自分で決めて行動した事に
後悔は残しません

今、頑張っている人も、どういう決断にしても
「後悔」だけは残してほしくないです。
本当にそれだけです。


それでは、長くなりましたが。。。
これからも、育児オンリーにならず(気持ちの上でも)
色んな事に目を向け、生活していけるようにします

時間が出来たら、またどこかで
新しく日記書くかもしれませ〜〜ん

お宮参り

April 15 [Sun], 2007, 9:01
不育ブログとして、娘の写真を載せるのは
最初で最後にしますので、この記事の写真につきましては
私の中の節目としてご了承ください。



生後50日目

お宮参りに行ってきました。
お天気も心配でしたが、良い天気に恵まれ

2週間前ごろから、娘が熱や下痢、そして私も体調を崩し
熱を出したり。。。
でも無事お宮参りを終えることができ、ホッとしています。

   

娘、両家の両親、夫、私、との7人でのお宮参り。

まずは着物の着付け、そして写真スタジオで写真を撮り
神社へお参りに。
その間、何があっても娘は眠り続け(助かったのですが)

お参りの後は、みんなで料亭へ会食へ。

  

私の両親と共に。。。

娘を授かる事ができ、こうして両親に喜んでもらえて
それが何より私にとって嬉しい事でもあります。

結婚してから、何度も流産するたび
結婚して新しい環境でのギャップなど
書ききれないほど、その他もろもろ。。。
精神的な面でも支えてもらいました。

そのことで、たくさん迷惑もかけました。
この支えがなければ、途中でくじけていたに違いありません。

母が一番の私の理解者でした。

もちろん夫の理解があったからこそ、ここまでこれたのですが。。


娘を出産した時に両親から
「ここまでよく頑張ったね」
この言葉が、なにより嬉しい言葉でした。

小さい頃から、強くなりなさい!頑張りなさい!と
厳しい両親でした。
その両親からのその言葉。。。

全てにおいて、尊敬すべき両親に感謝をこめて
この写真を載せさせていただきます。

   

この日を迎える事ができた事は夢のようです。
この寝顔をいつまでも守れますように。

そしてお空にいる3人のお兄ちゃん、お姉ちゃんのことも
一生忘れず、この子にも伝えていきます。

絶不調(×_×)

April 04 [Wed], 2007, 15:13
生後1ヶ月の娘が、先週に8度以上の熱と下痢で、病院に連れて行き。

その数日前の1ヶ月検診の時、他の子供からの風邪をもらったのだろうとのこと。

今は熱は下がったけど下痢がスッキリせず。

そうこうしてる間に、ついに私がダウンです。゜(>д<)゜。

疲れもピークで、昨日昼過ぎから、寒気がしてきて8度以上の発熱。

他にも皮膚はボロボロ。悪露は続いてるわで。
昨日とりあえず近くの内科へ。

そして今朝、お尻まで汚れるほどの出血した〜〜!!!

慌てて出産した病院の婦人科へ父の運転で連れてもらう。
絶対感染症を起こしたと思ったので。

内診してもらい、多分生理が早くに来たようだけど、血液検査の結果少しの感染も認められた。

医師は私の様子と経過で
かなりの疲れがたまっているようです!との診断。

今週末に実家から自宅に戻る予定にしていたけど、一週間ほど延期した方がよいとの医師からの指示が出る。

抗生剤を処方される。

出産した病院までは実家から、車で片道1時間近く。

それをここ10日ほどの間、数日おきに通った。

出産後1ヶ月間。実家で何かと諸事情により!?夜中の授乳以外にお昼も寝れない日々だったので…。

今から寝ます。
自宅に帰るまでに、休養して回復しなければ。
おやすみなさい。

退院の日に

March 31 [Sat], 2007, 14:30
術後の次の日に部屋まで来てくれた大阪の主治医。

退院の日に、たまたまナースステーションにいらっしゃったので
挨拶に行きました。

出産、退院を本当に喜んでくださり。
『本当に無事出産できて良かったね。これがゴールでなく、スタートで
この先も色々と大変なこともあるかもしれないけど、
元気に生まれてくれたんだから、本当に良かった』

と、主治医が涙目でウルウル(;_;)

この主治医だったからここまで着いてこれたのです。
そんな主治医の言葉と涙に
私もこみ上げてくるものをグッとこらえました。

だって一つ線が切れるとナースステーションで号泣しそうだったし
何より今まで何度も何度も主治医の前では
号泣してきたんです。
この日ばかりは満面の笑顔で挨拶したかったのです。

この五年の間に、心療内科にもかかり
安定剤を毎日欠かせない日が
2年は続きました。
表向きは元気で、まさかそんな状態だとは
そのことを知らない人には全く分からないように
振る舞っていました。
不育から一年まるまる離れる時
治療に戻れた日も『元気になったね』と
主治医に声をかけてもらうだけで号泣していた。

母が私を出産した時の主治医が
私の主治医のお父様。
何かのご縁であったと信じています。

名古屋行きも気持ちよく承諾してくださり
私の不育治療を長年診てくださった
主治医の退院の日の言葉と涙は
一生忘れないです。

帝王切開4

March 27 [Tue], 2007, 12:28
手術の次の日から歩行練習。

まずはベッドを徐々に起こすところから始める。

直角に起こすと麻酔のせいでクラクラして気分が悪くなる。また戻してみたりの繰り返し。

まずはベッドサイドを少し歩く。
さっさと歩けないので導尿はしたまま。
ほどほどに歩けないと、トイレに行きたくても間にあわん(>_<)

この日から個室が空いたので移してもらう。トイレが部屋内なので近いぜ(≧∀≦)

夕方に導尿を外してもらう。
ここからトイレまでの道のりが一仕事!

ベッドから起き上がるのに時間がかかり
トイレまでヨタヨタ。またベッドに横になれるまで小一時間(×_×)
それの繰り返し。

こんな私に『明日から母子同室しますか?』だとさ〜。
きっぱりお断りしました(笑)
我のトイレすら、まともにこなせない母親に子供の世話までしろってか〜||ヾ(_ _*)

抱っこしたら落としてまうっちゅーねん!

しかし術後三日目には部屋にベビがやってきたのである(T_T)

私は割と傷の痛みには強い方だと思う。
傷が痛くても歩きたい。

帝王切開は産後にズルズル引きずるようだ。

昨日、産後1ヶ月検診だった。
いったん悪露も落ち着き終わりかけていたけど、ここ数日また少し増えており(赤い)未だ続いてる。

お腹もシクシク痛い。
帝王切開の場合、悪露も長引く傾向があるみたい。

お腹が痛くて熱があれば感染症の疑いがあるけど、熱がないようなら心配ないでしょうとのこと。

なので、まだシャワーのみの指示。
二週間後、また診察に行くことになった。

こんな調子なので、貧血などを調べるため血液検査をして帰ってきた。
貧血の検査…。またかいな(-。-;)

帝王切開3

March 23 [Fri], 2007, 10:45
手術が終わり部屋に戻ったのは、11時半頃だったと思う。

異様な眠気がやってくる。
↑この時は眠気と思っていたが、後々麻酔だったと分かる。
もうろうとした意識の中だが眠れない。

手術中に酸素が少なくなっていたらしく
部屋に戻ってからも酸素吸入を3時間続けられるが、
それが余計に苦しく自分で勝手に外してばかり(^_^;)
看護士が来たらまたつけられる。

この日一日微熱が続く。
なので暑くてたまらん。

下半身が麻痺して動かせないので、空気の圧縮機のような物を
両足にはめてある。

血栓や浮腫防止なのだろう。
まずは足の指先の感覚が戻って、徐々に動くようになる。
その間、この圧縮機のおかげですごくラクだった。

今の医療はいろんな機器が揃ってるのね〜。
麻酔が効いている間は、傷の痛みも子宮収縮の痛みも感じない。

何よりツライのが喉の渇き(>_<)
水くれ、水〜〜!!
次の日の朝まで飲めないなんて!

熱があるから余計喉カラカラだし。
砂漠のラクダ状態よ。
この時の5分、10分の時間が経つのが遅いのなんのって…。

これで24時間待て!は拷問です。゜(>д<)゜。

前記事にも書いたように、コウマク外麻酔が切れてからも
その延長で背中に管をつないだまま
緩い麻酔か痛み止めを継続して3日間流し続けるので
術後の痛みは想像するより大したことなかった。

痛みがひどくなってくると、自分で手元のボタンの様なもので
背中に痛み止めの追加が出来る。
すごいでしょ〜。

だからと言って余裕シャクシャクのワケではない(笑)

一晩中、痛みが来る度何十回とボタンを押して自分で追加をしながら
痛みをのがした。

それでも我慢できなければ座薬も足しますよ、と言われたけど座薬までは使わずに乗り切れた。

そして一睡も出来ずに朝を迎えた。

座薬は背中の管を抜いた後に一度入れてもらった。

帝王切開2

March 19 [Mon], 2007, 10:39
麻酔が完了していよいよ開腹!

今回は麻酔の効きが良く、痛くない。
麻酔科医の腕がいいのだろう…。

手術室にはBGMが流れている。

メスなどの器具がカチャカチャと音をたてる。
手術台のライトが
お腹を反射して赤にかわったのですでに開腹したのだと分かる。

お腹を開けられながら、今まで不育の色々な事を思い出す。

もうすぐ赤ちゃん出ますよ〜!
さすがにお腹をグイグイ引っ張られる感覚がある。
早く無事に出してくれ〜〜!

10時20分誕生。

喜びより先に、泣き声はするか?早い出産だったので体重はちゃんとあるか?ばかりが気になる。

5日前の検診ではまだ2500グラムに達していなかった。
推定体重なので、誤差があるのでNICU行きは覚悟していた。

元気な泣き声が聞こえた。
しばらくして生まれたての娘を顔の元に連れて来てくれた。

まだ全体に白い。でも頬にふれた娘は温かかった。

体重ばかりを医師に聞く私(>_<)
まだはかってないので分からない。
結局部屋に戻って2680グラムあったのが分かった。

子宮とお腹を縫い付けていく。
安心したのか一気に眠気がくる。
でも眠れない。
ホッチキスでバチンバチンとめる音が聞こえる。

帝王切開1

March 17 [Sat], 2007, 11:36
出産時の帝王切開の術前、術後について、覚えている事を少しリポートします。

夜中の破水で病院に入ったため、運よく絶食状態になっていた。

術前にすでにお腹が減ってたまらない(>_<)
どんな時でも食欲第一なのが我ながら恐ろしい(-。-;)

導尿もすませ午前9時半、車椅子で手術室に向かう。
いよいよかとちょっとドキドキ。

手術室には産科医、麻酔科の医師、小児科の医師、助産士、看護士などスタッフは総勢10人くらい。

おおー!万全の体制だ!

流産手術の時に麻酔の効きが悪く、激痛におそわれたので
麻酔科医にしつこいほど麻酔の効きが悪い事をアピールする。

心電図装置や、酸素吸入やらいろんな装置をつけられる。

少しずつ様子を見ながら腰から麻酔を入れる。
触られている感覚はありながら、冷たさを感じる感触を確かめられる。

全ての麻酔が完了するまで30分くらいかかったと思う。

この間看護士が安心するために手を握っててくれた。
すでに下半身の感覚はない。

次々と

March 15 [Thu], 2007, 21:50
城西入院仲間が次々と無事出産しています\(^◇^)/

始まりから一緒に頑張ってきた仲間の報告は嬉しい限りです!

不安を抱えながらの入院生活だったけど
みんなすごく前向きでした。

全国いろんな所から名古屋に集まってきたみんな。

凹みそうな時も、みんなと一緒だから頑張れました。

何度も何度もツライ想いをしてきただけに
喜びも人一倍。

中には悲しい結果になって退院してしまった仲間もいました。

みんながいつかこの手に我が子を抱ける日がきますように…。
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不育症で3回流産し4回目にて無事
2007年2月に出産

この記録が少しでも誰かのお役に立てればと 思っています。

大阪在住
ピアノ講師してます。
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