仕事の始め 

2007年03月05日(月) 20時05分
今年から勤め始めたFという老人施設では二ヶ月を過ぎた現在、在宅介護で一対一しか経験していない自分にとって、まったくもって未知の世界だった。
施設への戸を叩くにはあらん限りの勇気を振り絞った気がする。
自宅で寝たきりの姑を診て、子供も19才・15才とまだまだ親を頼っているため日勤しか出来ないが子供達がもう少し自立してくれたら夜勤は無理にしても早番や遅番など出来るかもしれない。
でもそうすると入浴介助を一人でこなさなければならない。
日勤は入浴介助のお手伝い程度なので気が楽である。
何故躊躇しているかというと、車椅子ごと入浴出来るものもあれば、リフト式のもあり扱いがなかなかどうして難しいのである。
もともと機械音痴の自分にはそうやすやすといかないのだ。人命を預かっているのだから責任重大な訳です。
自分の勤務場所は3さくと言う。スタッフはNリ−ダ−を頭にEくんUさん、Kさん、Sさん、自分を入れて6名。
Sさんと自分は非常勤務だがSさんは他の施設での経験があり日勤のみは自分だけである。
スタッフの中でも気が合うか合わないがあるものです。
自分は・・・・色々思う処はあるけれど、相手がたとえ年下であろうと(殆どが年下である)常に謙虚でいる。
それが上手くやって行くコツかもしれない。
自分が勤務して以来3さくでは2名の入居者さんが亡くなった。
他の方も90才前後の老人で介護を必要とする方ばかりなので(死)というものを避けては通れない事だと思う。
家族の代わりに四六時中世話をして、暴言をはかれたり、機嫌をとったり、頭の上からつま先までも介護の目を光らせているにもかかわらず、たまに会いに来る家族の方はその時の状態しか見ない故、好き勝手な事を言う方も居れば、ひたすら感謝される方もいる。
それでも自分たちは介護のプロとしてすべてを受け止めなければならない。
その割には勤労支給金は低い。
一家を背負っている人は暮らしていけるのだろうか?と聞きたくなる。
最近、聞いたのだが、自分以外のスタッフはそれぞれ他の施設での経験があるとの事。
それでは自分には太刀打ち出来る訳がないが、この施設は開設してたかが一年ちょっとだ。
スタッフの足並みもまだまだ揃うわけがない。
それでもNリーダーはしゃかりきになって頑張りすぎる程で、いつか過労で倒れるのではないかと、思っていところ、Nリーダーはこの施設に働き出してまもなくの頃に鬱病で二ヶ月程休職されていたらしい。やはりネックは人間関係だ。
十人十色で色々な人がいるものだ。
もし、自分と同じような人が後から入ってきたスタッフには、優しく接してあげようと思う。
こればっかりは突き放されてしまったら覚えようがない。
たとえ面倒でも手取り足取りの気持ちが必要だ。
今まで日勤とはいっても9:30〜18:30での契約だったがSさんが正規の時間でないとやりにくいと言ったので半ば悔しさもあって4月度からは正規の時間(10:00〜19:00)に変更するつもりだ。
これで文句は言わせないって感じだ。

胃カメラ体験!! 

2007年03月12日(月) 20時12分
最近、胃カメラを体験した。
バリュウムもいただけないが胃カメラはもっといただけない。
二度とごめんだ
帰り際に(もしかしたらやり直しかもしれない)なんて看護士さんが言ってたけれど、
絶対に断る胃カメラなんてものを進んでやりたいと言う人の気が知れない

帰宅してから数日間は、便秘になったり始終お腹がゴロゴロで
空腹でもないのにお腹が鳴ったり体調がすごく悪くなった。(死んだって二度とやるもんか。)というのが本音。

入浴介助** 

2007年03月19日(月) 20時14分
とうとう日勤も入浴介助をするはめになった。
まずはYAさん。
つかまり立ちをするので介助はしやすいが自分の思うようにならないとヒステリーを起こし目をひんむいて睨み総入れ歯で歯軋りをする。
気分が乗らないと話しかけてもシカトするし衣服の脱着時には抵抗するし中途半端に動けるので、ほとほと手を妬く。
細心の注意をはらいながらもなるべく目が合わないようにしている。
次にSAさん。
認知症があり普段は何度も(お風呂へ入る)と言いながら所かまわず勝手に服を脱ぐくせに、いざ入浴となると(入らない)と駄々をこねる始末。
おまけに「寒い寒い〜寒い〜」とそれしか言わない。
入浴後30分もすると入浴したのをすっかり忘れて(風呂に入る)と訴える。
さもすると「助けてー助けてー」と合掌して拝まれる。
不穏状態の差が激しい。
食欲旺盛すぎて皿まで食べてしまうのではないかと思う程舐めるし90才過ぎているとは思えないくらいの勢いだ。
次にOOさん。
認知症で3〜4日に一度は深い眠りに入ってしまう人で、たまたま入浴時に眠りから覚醒したばかりで、まだモウロウとしていた。
体を洗い終わって浴槽に湯を溜めた途端排便してしまい、えらい事になってしまった。
シャワーで流し即座に上がって、Nリーダーが浴槽の消毒をしてくれた。
でも、これは不可抗力で悪気があった訳ではないのだから仕方ない。
そんな事もあるね。

なんだかんだと機会の操作は数をこなすしかない事を実感した。
入居者のENさんからも、「だいぶ慣れたじゃない」とのお褒めの言葉を頂いた。

喜んで良いのか複雑な気分だった。

−努力家− 

2007年03月26日(月) 20時20分
今回の入浴介助はENさんとTSさん。
お二人は一般浴と言って大風呂に入る。
入浴時の衣服の脱着や体洗いに手の届かない所を手伝うぐらいで、ほぼ自立されているが、ENさんは入浴時にベッドのシーツ交換をしてもらいたいと訴える。
部屋は物でいっぱいなうえベッド周りも物であふれているので時間がかかる。
TSさんは、認知症で入浴するまでが大変で(明日は家へ帰るから入らない)とかなんかしら理由をつけて駄々をこねる。
着替えもほっといたら毎回同じものを着るので、あとからこっそりと新しい着替えを置くのである。
時々着替えが違っているのに気が付いて、これまた駄々をこねるので言いさとすのが大変だ。
この方は毎日きちんとお化粧をする方で、お風呂の後もお化粧をしてからでないと自分の部屋から出られない。
貴重品を(といっても施設では金品の持込は禁止である)黒いバッグに入れいつも肩から斜めに掛けて持ち歩いているのだ。
何が入っているのやら、である。
次にMIさんは個浴と言って家庭にあるのと同じ一人で入るお風呂だ。
この方も認知症で入るまでに時間がかかる。
ようやく入ったかと思えば浴槽には入らず出てしまう。
どうも一度たっぷりお湯が入った浴槽で溺れかけたらしい。

そういうことは覚えているんだなあーと感心。

今週のシフトをよく見たら6勤になっていた。
日勤しか出来ない弱みと申し訳ない気持ちがあって休みを返上して水曜日から翌月曜日までシフトを入れてしまった。
これは自分の体が持つかな?って後から失敗したなーと後悔する。

今回の入浴介助はTEさん。
TEさんは右半身麻痺で体も右側に傾いている。
右足には装具を使用している。
つかまり立ちを一生懸命に協力してくれる。
真っ白な頭髪はサラサラして柔らかい。

言葉も毎日練習して本当に努力家である。

50才の自分;; 

2007年04月02日(月) 20時24分
F施設に勤務して早いもので三ヶ月が経つ。
入浴介助もITさん以外は一通りやったので、なんとかかんとか出来そうだ。
6勤の後はやはり非常に疲れた。
帰宅すれば姑の介護や家族の夕食やペットたち(犬の華と猫のみい)の食事、洗濯・・・掃除まで時間と手が回らない。
それを知ってか夫はあまり不満を言わない。
あんまり部屋が汚いと温和な夫も爆発するが・・・何を言われても自分は主婦のプロでもあるわけだしー反論出来ないし自業自得だ。
今週のシフトは一日置きの勤務なので楽チンかもしれない。
それでも休日となると私用がたんまりと自分の肩に襲ってくる。
週一のバイトも夏までということでお断りした。
自給2000円と美味しい仕事だが、なにせ50才の自分の体には勝てそうにない。
この頃は施設での人間関係も少しずつ見えてきた。
女性達はNリーダーをあまり良くは言わない。
確かに物事に細かい、応用が利かない、介護の現場に携わっているにも関わらず指示はまるでデスク上だ。
勿論基本は大事だ。
しかし現場となると話は変わってくる。
人間だもの、基本どうりには行かないこともある。
そこの妥協がどこまで出来るか・・・。
また、介護のプロとして、どこまで妥協してよいものか・・・も問われる。
今度、ユニットで親睦会があるので色々な方の考えを聞いてみたいと思う。
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» 50才の自分;; (2007年04月04日)
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