部下を持つ 

2005年05月11日(水) 11時18分
助教授になって変わったこと、それは「部下」ができたことだ。そう、部下として若い助手がいる。しかも東大卒!。当然博士。

今までの人生の中で、「東大」はほとんど無縁だった。何年か前の学術講演会で本郷の赤門をくぐったことはあるが、それだけ。社会人(民間企業勤務)時代も、東大卒の部下を持ったことはない。

大学の教員になってからも「自分のことは自分でやれ」的なポストだった。時々事務のお姉さんが手伝ってくれるぐらいのもので、研究業務上のほとんどのことは自分で。今度からは『指示一発』でOKだ。

教育と研究に邁進できる。ホント、感謝感激。

ライバルと対面!? 

2005年04月14日(木) 15時47分
学会支部での研究会の打ち合わせがあった。

私はそんなわけで職場が変わったので、メンバーの皆さんとはほぼ初対面。そこで、パソコンで急ごしらえの名刺(大学も意外とせこくて名刺を作ってくれない、自費らしい)を皆さんに配ってご挨拶。

そんななか、交換中に背筋が凍りつく名刺を頂いた。

□□大学工学部工業化学系助教授

これは、私が助教授公募に応じたところのポストではないか。しかも先方の先生はじゅうぶんに若く、「赴任してきたばかり」と自己紹介している。

こいつだ!こいつのおかげで私は落ちたのだ!!

先方は何も知らないわけだが、やけにライバル意識が湧いてきた。専門が同じだから所属学会も一緒。これは良い。どっちが早く教授になるか競争だ!

若い者には負けないぞ(←心理的にもう負けている!?)
ではそういうことで。



表ブログの悲劇 

2005年04月11日(月) 16時37分


このブログとペアを組んでいる、いわゆる表ブログの「アメブロ」が危機を迎えている。
ブログの生命線である「TB」と「PING」が不通になっているのだ。しかも、それは週末を挟んで2日間にもわたっている。

PINGは手動でもできる。しかしTBは無理だ。
なんとかこの危機を脱して欲しいと願う。

ということで、表ブログの記事にTBしてみるテスト、っす。
ではそういうことで。

東大 

2005年04月11日(月) 9時41分
学生時代(も)出来が悪かった私には「東京大学」というのはまことに縁の無い存在。実際物理的に本郷の赤門をくぐったのは何年か前の学会発表の時のただ一回。

当然今だって出来が悪いので、センター試験を受けて学部1年からやり直そうにも無理っぽい。しかし、「東京大学のセンセ」というスタンスだったら何とかなるかもしれない。

東京大学HPの研究者・職員公募サイトを丹念にチェック中。今は自分の専門の求人はないが、マッチングするセクションののがあれば即応募だな。その際は「目指せ教授!」ではなくても構わない?かも。しかしこの歳で「助手」から再出発するのは厳しいかも。

読者の皆さんならどうします?
無名大学でも良いから教授」を選択するか
ポジションが低くても有名大学」か。

ではそういうことで。

論文査読 

2005年04月07日(木) 9時30分
3月一杯までお世話になっていた大学の事務から自宅宛に書類が回ってきた。開封すると某学会誌から英語論文の査読依頼だった。

論文の査読というのは一般に無報酬のボランティア。ギブアンドテイクで仕方が無いとは思うが、「審査し掲載の適否を判断する」という行為はギャラとかに関係なく責任が大きく、気が引き締まる。

表ブログ(TB参照)にも書いたが、この某学会はなかなかアットホームでユニークな人が多いが、学会誌のほうはシリアスで審査が厳しい。私も何回か跳ねられた事がある。審査の基準は特に「新規性」に重点を置いているので『どこかで見たことがあるなあ』って論文は基本的に査読にまわされること無くボツることがあるらしい(だからまねしっこが多い私のはなかなか通らなかったりする)。

タイトルを読む限り当方の守備範囲だがアブストラクトを斜め読みすると「なんか私の専門とは違うよな」という感じがしてきた。何と言っても使われている専門用語が私のボキャボラリに無いものがあったりして思わず蒼白。

今週は、この査読で潰れそうな予感。
ではそういうこいとで。

公募情報 

2005年04月02日(土) 1時40分
 
 私が大学教員の道を歩き始めたのは当然学位取得後ですが、教員としてのスキルとしては社会人大学院生になる前の何年間、県立工業高校等で非常勤をやっていました。もともと教員免許があったので。ということで、最初から興味やご縁があったわけです。

 大学教員になったのはラッキーな偶然が重なったのがきっかけですが、その最初のトリガーを引いたのがホームページで見つけた「公募情報」です。当時大学の教員というのは半分「世襲制度」みたいなのがあって、教授の弟子が助手になりやがて恩師の定年と入れ替えに出世していくというのが一般的だったわけです。そんな中で、子弟関係も学閥も一切関係なく教員を公募で探す、ということが始まったのです、画期的な構造改革ですよね。

 今は公募が凄く増えましたので、ちょっと探せばすぐ見つかると思いますよ。

 例えばこんな感じのやつ↓。
青山学院大学理工学部電気電子工学科教授募集

 で、この青山学院大学の例でもわかるように、既に「来年4月着任」のやつが始まっているのですね。

 着任時期の問題もそうですが、注意しなければならないのは、「応募要件」。大学側がどのような人材を求めているのかを把握しなければなりません。上の例では、

1) 着任時に博士の学位を有し、学生の教育と研究に熱意を持ち、キリスト教に理解のある45歳〜60歳の電気系学科出身者 であって
2) 履歴書、これまでの研究経過、研究業績リスト、主要論文5編の別刷、着任後の教育・研究に対する抱負、推薦者(2名以上)の氏名と連絡先、が用意できること 

 私の経験では、結局は「2)の条件」のうちの「研究経過、研究業績リスト」で採用が決まると考えています。ここの部分が採否に大きく影響すると思います。

 これから大学教員を公募の応募で目指す(実力はあるがコネが無い)方は、研究業績を磨くことが第一歩でしょう。

 面白いことに、助教授とか講師とかだったらハードルが低くなります。35歳未満、というような年齢条件もあったりします。色々な大学の公募条件を見ていくだけでかなり遊べますよ。

 ではまた時々続きを書きますからお楽しみに。

助教授昇進 

2005年03月31日(木) 8時46分
 
当地はやっと桜が咲きました。

昨年末から「転職大作戦」をしていた私も、いよいよ明日から「国立大学法人助教授」となります。つまり私自身も「桜咲く」のです(既に枯れかかっているが・・・)。

講師職なら重要な会議とかからはずれていて気楽で良いのですが、それでも長いこと大学に出入りしていて昇進が無いってのは自分の能力が不足しているみたいで(確かに不足ではあるが)嫌でした。そんなこんなで一念発起して他大学の求人に応募してみたわけです。

挑戦した公募案件は、
○○大学教育学部技術科工業科教員課程助教授
△△工業高専教授
□□大学工学部工業化学系助教授
◎◎大学産学連携センター(知的財産本部付)助教授
でしたので、1勝3敗。ま、1勝でもすれば良いわけで、最後の奴を射止めたわけです。

大学教員の採用は最近非常に狭き門になっていて、都心の大学とか超有名大学では競争率が3桁になることはザラな様子。幸いなことに私が出願した大学は微妙に地方都市のそれでしたので2桁だったっと思います。上記受験大学リストのうち下の二つは出願者数を公表していました。前者が25倍、後者が19倍だったようです。

この春までお世話になった現職大学の教授のお言葉では、「田舎のほうの大学だったら人気が無いから願書を出せば無投票で当選することも有るかもよ。実際年に何回かは『希望者がいなかったため再募集する、候補者を紹介して頂戴』っていうオフレが出たりするよ」ということなので、選り好みをしなければ「拾う神あり」かもしれません。

最近、「どうやったら大学のセンセになれるのか」というご質問をよく耳にするようになりました。特に私のように修士修了後20年以上民間企業にいてその間アルバイト的に非常勤講師をしていたような奴が、独立法人化したとはいえ旧国立大学の助教授とかになってしまうと『そんなことができるのかい?』って思われても不思議じゃない。

ということで、このブログに質問とかのりアクションが全然無い場合を除いて、このカテで少しご披露させていただこうか、と思っている次第。っていうか、助教授になってすぐにこんなことを言ってはいけないかもしれないけれど「私の最終目標は教授ですから!残念」で、間違いない!!

ではそういうことで。

赴任 

2005年03月29日(火) 8時31分
この4月から勤務する大学が変わる。

今までの大学は自宅のすぐ横、途中電柱が三本で通用門だった。もちろん徒歩でも数分。
咥えタバコはよろしくないが、自宅を出るときに火をつけたタバコが吸い終わらない内にキャンパスに到着した。

4月からは片道30km、約40分ほどのドライブをすることになる。

前の任地には8年もお世話になった。「社会人学生プラス」「助手の助手」?、最初は厳しかった。

新任地は先方の強い希望でいわば引き抜かれる形。長い人生の中でヘッドハンティングされたのは初めてだ。国立大学法人法が施行され各国立大学が独自性を持つことが一層求められ、人事が規制緩和された証だろう。

これからどんなワクワクすることが待っているのだろうか。研究にも教育にも一層精進したい、今日この頃。

ではそういうことで。

研究室を新規開設 

2005年03月28日(月) 10時10分
 ただいまご紹介いただきました
「doctorsuzuki」です。

 水道屋が本業ですが、副業で大学のセンセをやっています。専攻は環境科学、専門は知的所有権。 学位は工学(甲種)で、元社会人大学院生。

 ここは私の研究室のヤプログ分室となります。裏研究室、という位置付けです。

 以上簡単ではありますが研究室新規開設のご挨拶とさせていただきます。
 ではそういうことで。
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