act.1 王子様−4 

March 30 [Fri], 2007, 17:10
 王都から遠い町ほど道が悪い。
 右へ左へガタガタと馬車に揺られているうちに、カヤルは段々今起きていることが夢なのではないかという気になっていた。

 クローナが慌てた様子でカヤルの元へ来たのはちょうどお昼前だった。カヤルの家に逃げ水の矢が立ったということを知らせに来たのだ。
 逃げ水の矢は次期王や王女の伴侶として選ばれた者の家に立てられる。このフォンテーゼ国の中からたった三人が候補として選ばれ王宮に行くことができるのだ。もちろん最終的に選ばれるのはただ一人のみである。
 その特殊な矢がカヤルの家に立てられたのだ。
 だが現在次の国王になるとされているのはリル王子と呼ばれる人である。王子というからには男なのだろうし、もしもそういう趣味の方なのだとしたらカヤルとしては何としてでもお断りして帰りたい気持ちでいっぱいだった。

 ともかくも、そんなカヤルをよそに馬車は進んでいく。
 もう日も落ちようとしているのに一向に止まる気配はない。それどころか馬車の速度は増していくようだった。


「休憩も取れず申し訳ありません。今日の夜には王宮に着かなくてはならないので」
 同じ馬車に乗っていた男がカヤルに声をかけた。
 青みのある髪を短く切り揃えている。町でクローナと一緒に会ったときにジオ・シビルと名乗っていた。
「それより何がどうなってるのか説明してくれ。俺が王子の結婚相手に選ばれるなんて変だろ」
 それまでぼんやりと外を見ていたカヤルは、ジオをにらむようにして問い掛けた。だが彼はただ首を横に振る。
「王宮につけば何もかもお分かりになります。それまではどうぞお聞きにならないで下さい」
 馬車に乗ってからもう何度も繰り返されたやり取りにカヤルが溜め息をついたときだ。
 突然ガタンと音を立てて馬車が止まった。続いて慌ただしく馬車の扉が開けられる。

「シビル隊長! この先の崖にかかった橋が落ちているとの報告がありました」
「何だと? 迂回路は?」
「西の街道を通れば。しかしそれでは到着日時が大幅に遅れてしまいます」
「仕方ないだろう。王宮に着けないよりはマシだ。迂回しろ」
「はっ」

 ばたばたと兵士がかけていく。それを見送ってジオは溜め息をついた。
「どうやら今日中に王宮に着くのは無理なようです」
「みたいだな。なあ、せめて敬語で話すのやめてくれないか」
「いえ、それはできません。あなたはリル王子とご結婚されるかもしれない方なのですから」
「だから、どうして俺がリル『王子』の結婚相手なんだよ」
 カヤルは今度は舌打ちをしながら尋ねる。慣れない馬車に何時間も見ず知らずの人間と詰め込まれて、元から少ない彼の忍耐力は限界に近づいていた。
 そんなカヤルを見てジオは口元に笑みを浮かべた。
「リル王子に会えばすぐにお分かりになりますよ。だからそれまで黙ってろガキ」


 外はもう薄闇に染まっている。
 いつの間にかまた動き出した馬車は、静かに王宮のリル王子の元へと向かっていた。

act.1 王子様−3 

March 21 [Wed], 2007, 18:29
 フォンテーゼ国の首都には国王たちの住む王宮がある。
 その王宮の最奥。ほんの一部の限られた者しか立ち入りを許されない場所に、一人の少女がいた。
 今年で十六になる彼女の顔には凛とした美しさがある。


「リリルナ!」

 レンガの道に沿って中庭を渡り始めた彼女の元に一人の少年が走り寄ってきた。
「ねえリリルナ。今日は僕と遊んでくれる?」
 まだ十歳にもならない幼い少年だ。彼は少女の前で立ち止まると、期待を込めた眼差しで彼女の顔を見上げた。
 幼い彼の目線に合わせようと少女が腰をかがめかけた、そのときだ。

「こら、ティト!」

 閑静な王宮内にありながら一際大きな声を張り上げて、またもや少年が走ってきた。こちらは年のころは十七、八というところだろうか。
 少年は二人の側までくると、少女に一礼してから幼い少年に向き直った。

「ティト、リルナ様は今日はお忙しいのだと言っているだろう」
「だって……」
 少年がきつい調子で言うと、ティトは下を向いて目を背ける。その様子を見て、少女が声を上げた。
「私は構わないわ、レジアス。ねえティト、今日は何をして遊びましょうか?」
「いけません、リルナ様!」
 ティトの手を引こうとしたリルナをレジアスが慌てて引き止めた。
「今夜はリルナ様のお誕生日パーティーがあるのですよ。今お疲れになっては」
「平気ですよ。それに、パーティーは内々のものだもの。もちろんレジアスも来てくれるでしょう?」
 リルナは小首をかしげてレジアスを見上げる。対するレジアスは溜め息をついてみせた。
「俺なんかが参加できるわけないじゃないですか。今夜のパーティーには、あなたの花婿候補の方々が来るんですよ」
「わかっています。でも、だからこそあなたにいてほしいの。……私はまだ結婚なんてしたくないわ」
「リルナ様、そんなことを言って俺を困らせないで下さい」
 二人の間に沈黙がおりる。それをふりほどくようにリルナがティトを振り返った。
「ほらティト、あっちにクリスマスローズが咲いてるの。見に行きましょうか」
「うん!」
 リルナはティトの手を引いて歩き出す。それを追いかけようとしたレジアスは一歩目を踏み出そうとして立ち止まった。レンガの道を歩いていく二人を見ながら小さく呟く。

「今の俺にはあなたを引き止めてあげることはできませんよ、リルナ様」

 時刻は午後のティータイムを少し過ぎたころ。
 リルナの花婿候補となる三人のうち最後の一人が、王宮へ向かう馬車に揺られているころだった。

act.1 王子様−2 

March 18 [Sun], 2007, 15:50
 石造りの坂道を上ったところに、町を見下ろすようにして建つ一軒の家があった。
 その隣りには大きな窓枠のついた納屋がある。これは元はただの物置だったのだが、雨の日にも絵が描けるようにとクローナの父親が窓枠を取り付けてくれたのだった。
 その納屋の前に座り込んでカヤルはスケッチブックを取り出した。それを開いて、ポケットから鉛筆を引っ張り出す。クローナの父親が作ってくれたカンバスは、スケッチブックにある絵を描きあげてから使い始めるつもりだ。

 カヤルはこの場所から見える町を描くのが好きだった。王都から離れてはいるが、町にはいつも活気があふれている。
 スケッチブックには、なだらかに続いていく坂に沿って造られた町並みが何枚も描かれていた。
 カヤルがそこで描き始めてからどれくらい経っただろうか。
 何となく町の雰囲気が変わったような気がして、彼は手をとめた。
 町の中に一種の緊張が走ったような気がする。
 気のせいだろうかと首をかしげてもう一度鉛筆を持ち直した、そのときだった。


「カヤル、大変なの!!」

 大きな声を上げながら、石畳の坂道をクローナが駆け上がってきた。その声にカヤルは顔を上げる。
 彼女はカヤルの前で立ち止まると、息を整える間も惜しいとばかりに一気に話し始めた。

「あのね落ち着いて聞いてね。大変なことが起きたのよ!」
「どうしたんだよ。めずらしいな、お前がそんなに慌てるなんて」
「そんなに悠長なこと言ってる場合じゃないの! カヤル、あんたのことなのよ」

 クローナはなおも話し続ける。その話し声が聞こえたのか、家の中からクローナの母親リテアも顔を出した。

「まあ、どうしたのクローナ。学校は?」
「それどころじゃないの! カヤルの家に逃げ水の矢が立ったのよ!!」

「はあ?!」

 クローナの言葉にカヤルは思わずすっ頓狂な声を上げた。

「逃げ水の矢は王子の花嫁候補の家に立つものだろ?! どうして俺の家なんだよ」
「あたしが知るわけないでしょ! こうして知らせにきてあげただけでも感謝してよね。町の入口に王宮付きの騎士団がいるわ」

 そこまで言ってクローナは考え込むように黙り込んだ。それを受けてリテアが言葉を続ける。

「クローナの言ってることが本当なら、大変なことよ。リル王子のご趣味はこの際置いておくとしても、本当にカヤルくんが選ばれたのだとしたら……」
「そうよ、カヤル。行かなくちゃ」
 クローナは驚きと寂しさの入り交じった目でカヤルを見た。
「逃げ水の矢は絶対よ。カヤル、あんたはこれから王宮に行かなきゃいけないわ」

act.1 王子様−1 

March 18 [Sun], 2007, 15:45
 よく晴れた春の日。
 流れる雲も霞むような空の下で、王都から離れた山すその町は今日も活気にあふれていた。

「おーいカヤル。お前今日も学校さぼるのか?」
「当然だろ。こんなに天気のいい日に描かなくてどうするんだよ。悪いなシーク、言い訳は頼んだ」
「へいへい。もうみんなお前のことはあきらめてるから言い訳も楽だぞ」

 シークと呼ばれた少年はにやりと笑ってそう言い残すと、町の中心を通る坂道をかけおりていく。カヤルはシークが走り出すのを見ると、同じ坂道を山の上に向かって歩き出した。

 坂を上って町を抜けると、山のすぐそばに一軒の家がある。家の裏手は一面ツタに覆われているが、屋根にある煙突からは白い煙が上がっていた。中では母親らしき人がぱたぱたと動き回っている。
 カヤルがその家の窓をコツコツと叩くと、中にいた少女が振り返った。

「カヤル。どうしたの、こんなに朝早くから」
 ちょうど髪を梳いていた少女は、その手をとめて窓を開けた。その瞬間、家の中から朝食の匂いが漂い出る。

「今日は天気いいだろ? だから、さ」
 カヤルは笑いながら空を指差す。
「てことは、今日も学校さぼるつもりね?」
「ま、そういうことになるかな。そんなに睨むなよ、クローナ」
「別に睨んでなんていませんよ。誰かさんが毎日毎日学校に行かないのは場所を提供してるあたしにも責任がある、ってメビス先生からいっつもお小言言われるあたしの身にもなって欲しいなと思っただけ」
「いや、だから……悪いとは思ってるぜ?」

クローナはぷいと横を向いたまま、また髪を梳きはじめた。赤みがかった金色の髪は下にいくほど好き勝手な方向を目指してはねている。

「―― 昨日あたしのお父さんが新しいカンバス作ってくれたわよ。次は油絵やるんでしょ?」
 あちこちにはねる髪を押さえつけながらクローナが言った。その言葉を聞いて、カヤルの顔色が瞬時に明るくなる。
「本当か?! やったぜ。ありがとうな、クローナ!」
「だから、作ったのはあたしじゃなくてあたしのお父さんだってば」
「でもクローナが言ってくれたんだろ?」
「あ、あたしは何も言ってない!」
 クローナは慌てて顔を上げる。その拍子にやっと収まってきた髪がまた外にはねた。

「何してるの、クローナ。急がないと遅刻するわよ」
「はーい、わかってる」
 家の奥からクローナの母親の声がした。それに返事をするとクローナはカヤルを見る。
「今度あたしの絵も描いてくれるって言ったの、覚えてる?」
「ああ、ちゃんと覚えてるぜ。約束しただろ?」
「うん。破ったら許さないからね」

「こらクローナ! もう時間よ」
 奥からもう一度声がした。その声にクローナはばたばたと窓辺を離れる。結局まとまらなかった髪をふたつに結ってカバンを掴んだ。

「じゃあお母さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 慌ただしくドアを開けて、クローナが駆け出す。町への坂道を下る途中で一度振り返ってカヤルに手を振ると、今度こそ本当に走り出した。


「まったく、あの子はいつも慌ただしいんだから。今日くらいはおしとやかにしてくれてもいいのにねぇ」
 クローナの母親はエプロンで手を拭いながらカヤルのいる窓辺に近づいてきた。
「リテアおばさん。今日くらいは、ってどういうことだ?」
「だってほら、今日はリル王子のお誕生日でしょう。今年で十六におなりだから、今年の誕生日には花嫁候補の家に逃げ水の矢が立てられるそうよ」

 リル王子というのはこのフォンテーゼ国の第一王子だ。王子の母親は彼を産んで以来体調が優れないらしく、彼に兄弟はいない。したがって、リル王子が次の国王となることは確定していた。
 王室では王子や王女の伴侶を決める際、国中の人間の中から彼または彼女にふさわしいと思われる三人の若者を選び出す。選ばれた三人は特別な理由のない限り王宮に行き、そこで一年間を過ごさなくてはならなかった。その間に王子または王女に認められたものだけが、生涯の伴侶の地位を得ることができるのだ。
 選ばれた者の家には白い大きな羽のついた矢が立てられる。その矢のことを逃げ水の矢といった。逃げ水の幻想のように掴めない存在である王子たちの心を誰が掴むのだろうかという思いを込めてそう呼ぶようになったらしい。


「まさかあの子に逃げ水の矢が立てられるとは思えないけど、あの子は本当にそそっかしいから」
 そう言いながらリテアはほうと溜め息をつく。
「もうこうなったらクローナを頼めるのはカヤルくんしかいないわ。これからも仲良くしてやってね」
 満面の笑みでそう言うとリテアは家のドアのほうを指差した。
「どうぞ入って。今日も朝食まだなんでしょう? パンとミルクくらいならご馳走するわ」
P R
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