ピーターはいいやつだ。そんなことは誰でも知ってる。
試しに、キノの酒場でピーターを知ってるか、と尋ねてみたらいい。
誰もが言うはずだ。
あいつはいいやつだ、と。
結婚するらしい、とダグが言った。
「誰が?」
ポールが口を挟んだ。
「ピーターが、さ。」
「だって、あいつ・・・」
それきり、どう続けていいかわからなかった。
皆、言葉を濁して何かを考えているようだった。
トマスが一人、ダーツを投げ続けていたが、不意に「便所行ってくるよ」と部屋から出て行って、その夜はそのまま帰って来なかった。
■■■
翌日、ダマスカスへ向かう列車の中、窓から外を見ていたピーターが立ち上がって口を開いた。
誰一人、目を合わせることはできなかったけれど、ピーターが何を話そうとしているのか皆知っていた。
いい笑顔だった。
「みんなちょっといいか?俺さ、この任務が終わったら…」
「俺がボブのお母さんとキスしたときの話、してもいいか?」
バズが唐突に神妙な顔で切り出した。
「…今じゃないとダメか?」
ピーターが戸惑いながら尋ねる。
「まあいいが、次に話したくなるのは、5年後だ。」
「じゃあバズだな。」
ダグが笑いながら答え、みんなが頷いた。
ピーターは渋々腰を下ろす。
バズがゆっくりと話し始める。
「俺がボブの母さんと初めてキスをしたのは、実はボブが…」
「おい、待て。」
割り込んで来たのはジミーだった。
「話の順序からすると、俺がバズとキスしたときの話から始めた方がよさそうだ。」
「…一応、教えてもらおうか?」
「次に話したくなるのは5年4ヶ月後ってとこだな。」
「…いいだろう。」
バズが座り、ジミーがなぜか前屈みに立ち上がる。
「俺はあの日、思い出が欲しくてバズの部屋のドアを叩いたんだ…」
「なあ…」
話は再度、出だしで遮られる。
ポールだった。
「なんだ?」
「その話の前に、俺がクリスマスにロブスターにパンティーを履かせたときの話を聞いとく必要があるんじゃないか?」
「次に話したくなるのは?」
「7年後だ。」
みんなの視線がダグに集まる。
ダグが肩をすくめる。
「仕方ねえ。」
ポールは咳ばらいをすると、妙に強張った声で話し始めた。
「まあ、俺もロブスターにそういう気持ちが芽生えるなんて想像もしてなかったさ、ロブ美が俺のところにくるまでは…」
「ちょっと待てよ。」
最前列の通路側で香川から来た日本人が手を挙げていた。
「…美味しいうどんの茹で方を聞きたくないか?」
「あとにしてくれないか。」
香川県民はおとなしく座った。
「ロブ美とは、その、街で会った。…いや、俺はロブ美を街で買ったんだ…」
「なあ…。」
ピーターが再度立ち上がっていた。
「なあ、俺のは長い話じゃないんだ。だから、先に話させてくれないか。あの、俺さ、俺、この任務が終わったら、け…」
「いま思い出したんだけど、俺、デッキブラシがケツに刺さったまんまだわ。」
みんなの顔色が変わった。
声がした方向に視線が集まる。
そこにトマスがいた。
「…トマス?……何年だ?」
「…30年。」
「…聞こう。」
トマスは血だまりの中から立ち上がると、ゆっくりと微笑んだ。
■■■
「お前の番はまだ当分先だな。」
トマスの臀部からデッキブラシが引き出される光景を見守りながら、ボブはピーターに声をかけた。
「俺の話はほんの5分もあれば終わるんだけど…トマスがあんな状況じゃな。」
そう言いながらピーターが笑った。
「じゃあ、うどんでも茹でるか?」
香川県から来た日本人も笑った。
「ま、帰ってからでもいいさ。みんな驚くと思うよ。」
ピーターはいいやつだ。そんなことは誰でも知ってる。
ピーターが今回の任務から無事に帰還して結婚できるといい。
みんながそう思っていた。
みんな、多少身体を張ってもピーターにあの一言を言わせない気だった。
でも、最後に文字通り身体を張ってあの台詞を止めたのは、トマスだった。
いま考えると、僕らはどこかでトマスをあてにしていたのかもしれない。
実際、このあと、トマスは『デッキブラシ』という異名とともに、数々の難任務をこなして、この国の英雄へと登りつめるんだが…まあ、それはまた別の話だ。
試しに、キノの酒場でピーターを知ってるか、と尋ねてみたらいい。
誰もが言うはずだ。
あいつはいいやつだ、と。
結婚するらしい、とダグが言った。
「誰が?」
ポールが口を挟んだ。
「ピーターが、さ。」
「だって、あいつ・・・」
それきり、どう続けていいかわからなかった。
皆、言葉を濁して何かを考えているようだった。
トマスが一人、ダーツを投げ続けていたが、不意に「便所行ってくるよ」と部屋から出て行って、その夜はそのまま帰って来なかった。
■■■
翌日、ダマスカスへ向かう列車の中、窓から外を見ていたピーターが立ち上がって口を開いた。
誰一人、目を合わせることはできなかったけれど、ピーターが何を話そうとしているのか皆知っていた。
いい笑顔だった。
「みんなちょっといいか?俺さ、この任務が終わったら…」
「俺がボブのお母さんとキスしたときの話、してもいいか?」
バズが唐突に神妙な顔で切り出した。
「…今じゃないとダメか?」
ピーターが戸惑いながら尋ねる。
「まあいいが、次に話したくなるのは、5年後だ。」
「じゃあバズだな。」
ダグが笑いながら答え、みんなが頷いた。
ピーターは渋々腰を下ろす。
バズがゆっくりと話し始める。
「俺がボブの母さんと初めてキスをしたのは、実はボブが…」
「おい、待て。」
割り込んで来たのはジミーだった。
「話の順序からすると、俺がバズとキスしたときの話から始めた方がよさそうだ。」
「…一応、教えてもらおうか?」
「次に話したくなるのは5年4ヶ月後ってとこだな。」
「…いいだろう。」
バズが座り、ジミーがなぜか前屈みに立ち上がる。
「俺はあの日、思い出が欲しくてバズの部屋のドアを叩いたんだ…」
「なあ…」
話は再度、出だしで遮られる。
ポールだった。
「なんだ?」
「その話の前に、俺がクリスマスにロブスターにパンティーを履かせたときの話を聞いとく必要があるんじゃないか?」
「次に話したくなるのは?」
「7年後だ。」
みんなの視線がダグに集まる。
ダグが肩をすくめる。
「仕方ねえ。」
ポールは咳ばらいをすると、妙に強張った声で話し始めた。
「まあ、俺もロブスターにそういう気持ちが芽生えるなんて想像もしてなかったさ、ロブ美が俺のところにくるまでは…」
「ちょっと待てよ。」
最前列の通路側で香川から来た日本人が手を挙げていた。
「…美味しいうどんの茹で方を聞きたくないか?」
「あとにしてくれないか。」
香川県民はおとなしく座った。
「ロブ美とは、その、街で会った。…いや、俺はロブ美を街で買ったんだ…」
「なあ…。」
ピーターが再度立ち上がっていた。
「なあ、俺のは長い話じゃないんだ。だから、先に話させてくれないか。あの、俺さ、俺、この任務が終わったら、け…」
「いま思い出したんだけど、俺、デッキブラシがケツに刺さったまんまだわ。」
みんなの顔色が変わった。
声がした方向に視線が集まる。
そこにトマスがいた。
「…トマス?……何年だ?」
「…30年。」
「…聞こう。」
トマスは血だまりの中から立ち上がると、ゆっくりと微笑んだ。
■■■
「お前の番はまだ当分先だな。」
トマスの臀部からデッキブラシが引き出される光景を見守りながら、ボブはピーターに声をかけた。
「俺の話はほんの5分もあれば終わるんだけど…トマスがあんな状況じゃな。」
そう言いながらピーターが笑った。
「じゃあ、うどんでも茹でるか?」
香川県から来た日本人も笑った。
「ま、帰ってからでもいいさ。みんな驚くと思うよ。」
ピーターはいいやつだ。そんなことは誰でも知ってる。
ピーターが今回の任務から無事に帰還して結婚できるといい。
みんながそう思っていた。
みんな、多少身体を張ってもピーターにあの一言を言わせない気だった。
でも、最後に文字通り身体を張ってあの台詞を止めたのは、トマスだった。
いま考えると、僕らはどこかでトマスをあてにしていたのかもしれない。
実際、このあと、トマスは『デッキブラシ』という異名とともに、数々の難任務をこなして、この国の英雄へと登りつめるんだが…まあ、それはまた別の話だ。
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