東日本大震災から一週間が経った。
おちまさとさんが不謹慎についてのブログを書いて話題になっていたけど、
結局"不謹慎"なんてグレーゾーンなんだと思った。
この現状で、
野球の試合を開催したら不謹慎?
パチンコ屋を経営したら不謹慎?
高級な食事をしたら不謹慎?
お酒を呑んだら不謹慎?
バラエティ番組を見たら不謹慎?
ジャンプを読んだら不謹慎?
なのかと聞かれても正直わからない。
"不謹慎"に定義はないから答えなんてないと思う。
でも現実、
被災者の中には「ラジオで野球を聞きたい!」と言っている人がいる。
でも被災者の中には「そんなことしてる暇があったら節電して!物資を運んで!不謹慎よ!」
という人もいる。
結局"不謹慎"の概要を定められないことには
ずっとグレーゾーンなのだと思う。
だから野球を見たい人は見ればいいし、
それを不謹慎だと思う人は見なければいい。
高級な食事をしたい人はすればいいし、
それを不謹慎だと思う人は一日一おむすび食べてればいい。
バラエティ番組を見たい人は見ればいいし、
それを不謹慎だと思う人はニュース番組ばかりを見てればいい。
募金して誰かのためになるならと思う人はすればいいし、
自分ひとりぐらいしたって何も変わらないと思う人はしなければいい。
各々が正しいと思うことを今はするしかない。
正解はない。
不正解もない。
自分の価値観を押し付けたりすることなく、
各々が己の価値観に従って生活し、
もし違う価値観の人がいたとしても目を瞑ること。
それが今、一番"正しいこと"だと思う。
日本中の人の価値観を統一するなんて到底不可能だから。
放射能が東京を汚染するという噂に流されて西へ逃げた子もいるし、
福岡が首都になるという噂に流されて仕事をやめて福岡へ行った子もいる。
馬鹿げていると言えば馬鹿げているし、
自分を守るためといえば正しいとも思える。
だけどそうやって仕事を休んだり辞めたりしている間に
経済は回らなくなって、後に日本はもっと苦しい状況に追い込まれる。
だから必死に働いている人がいるし、
必死に金銭を回そうと使い込んでいる人もいる。
そういう人たちは逃げた人たちからしてみれば
馬鹿げているように思えるかもしれない。
でも目の前のことだけではなく、
日本の未来のことを考えていて正しいとも思える。
現に、日本は年間一万人前後の自殺者を生み出している。
このまま経済が回らなければ生活苦によってもう一万人、
つまり計二万人の年間自殺者を生み出してしまうことが見込まれる。
自分の命を守るために逃げることも正しいし、
日本を守るために必死で働くことも正しい。
それに対してケチをつけることも文句を言うこともない。
各々が己にできる精一杯のことをすればいいだけのこと。
逃げることで頭がいっぱいな人は逃げればいい。
それも正しい。
日本の未来が心配な人は命を削って働けばいい。
それも正しい。
ひたすらボランティアに励むこと。
それも正しい。
恐怖のあまり休暇をとって家で怯えながらニュース番組を見て過ごす。
それも正しい。
ただ、私が思う不謹慎なことは"常識がないこと"
最近目の当たりにしたことでは
「地震が起こってラッキー」と口にすること。
この地震の"おかげ"で少なからず得をしている人はいる。
円高の影響で儲けることができた人もいる。
西日本で乾電池が買い占められたかと思えば単三電池四本入りが
ネットオークションで一万円で取引されていたりする。
そういった"得"をしている人が少なからずいて、
それもまた正しいか正しくないかを定めることはできない。
非常識であるとは思うけれど、
それにはひとまず目を瞑るとして
それを「ラッキー」と口にしたり
自慢したりするような人は完全に不謹慎。
不謹慎というより人間性を疑うレベル。
これを読んでいる方たちは生きている。
間違いなく震災で亡くなったりはしていない。
生きている人間には未来があって、
その未来は必ず明るくなくてはならない。
だから各々が希望を持つべきだと私は思う。
希望というと大袈裟だけど、
それはなんだっていい。
例えば毎週発売されるジャンプだったり、
これから公開予定の気になる映画だったり、
次のサッカーの試合だったり、
行ってみたいと思っていた美味しいイタリアンのお店だったり、
欲しかった春物の洋服だったり、
今度開けようと思っていたワインだったり、
近々に迫った恋人との記念日だったり、
なんだっていい。
なんだっていいから、楽しみが必要だと思う。
だからそういった楽しみすべてを全否定して
"不謹慎"と言ってしまうには問題がある。
不謹慎だと思ったって構わないから
黙っているべきなんだと思う。
各々が希望を見出して生きていけるうちは
日本はまだ大丈夫。
絶対に大丈夫。
九十年前の関東大震災の時は十四万人の人が亡くなったとされている。
それでも東京はちゃんと機能していたし
悲しみに打ちひしがれながらも人々は希望を見出して生きてきた。
だから今、私たちがここにいる。
くすぐったいことを言ってしまっているのは百も承知だが
生きていることに感謝して、
一人では生きていけないことを痛感して、
助け合って生きていけばいい。
肯定も否定も今はしなくてもいいから
各々が自分の価値観に沿って
強く生きていけばいい。
「多くの犠牲の上で素晴らしい国にする」なんて菅首相は言っていた。
そんなことは今はまだ言うべきではない、と思ったが
多くの被害が確かにあった。
それでも生きていられることに感謝して
亡くなった方々の分も強く生きていかなければいけないという点では私も同意見だ。
生きていたら辛いことも悲しいことも山ほどある。
でも死んだらそんな思いをすることもできない。
大切な人の体温に触れることも、
大切な人と一緒に笑い合うこともできない。
だからこんな混乱期でも、混乱期だからこそ、
助け合って生きていけたらいいな。
なんて真面目でくすぐったいことを考えていました。
もちろん価値観が違う方はいて当たり前だし
私の意見を押し付ける気は微塵もないので
各々自分が正しいと思うことをして、
生きて、笑ってください。
それだけで日本はちゃんとまともに機能する気がするし、
そうであると信じてます。
この震災で被害に遭われた多くの方々のご冥福をお祈りいたします。
へば、まんず〜(・ω・)ノ