ドイツとの同盟

June 12 [Wed], 2013, 16:50
それはいつの間にか、父皇帝の外交に対する痛烈な批判
文書となっていく。
一八八八年四月、パリで刊行された「オーストリア=ハ
ンガリー帝国とその同盟国」という皇帝への公開質問状の
小冊子は、その代表的なものである。ュリウス・フェリッ
クスというのがこの時のベンネームで、ルドルフとはどこ
にも書いていないが、歴史家の鑑定でルドルフの原稿であ
ることが認められている。
三十五頁にわたるこの小冊子は、歴史的な回顧から現代
政治の分析、打開策としての提言を行なっているが、祖国
愛につらぬかれた切々とした名文章である。
「私は皇帝と同じようにオーストリア人で、祖国を愛する
者―止
という書き出しで始まる皇帝への質問状は、ドイッとフ
ランスの危機、口ヽンアからの攻撃の危険性、ドイッヘの不
信感など、ドイツとの同盟の危険性を訴え、「ウィルヘル
ムニ世のドイツとの同盟はヨーロッパを廃墟とし、オース
トリアとドイツを血の海の中に沈めてしまうだろう」とま
で警告し、かつてのオーストリアの女帝マリア・テレジア
のようにプロシヤと戦うよう、政策の転換を呼びかけてい
る。第一次大戦によって、この予言は的中することになる。
質問状はパリやベルリンでは大きな反響を呼んだが、ウ
イーンでは外交当局が皇帝に見せないように押さえこんで
しまった
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