ドイツのティッシュの話

February 15 [Fri], 2013, 18:25
 ドイツでは、ホームステイ先の方が、部屋にポケットティッシュやチョコレートを置いていてくれた。そのポケットティッシュは日本のそれの倍以上の厚みがあったため、始めはそれがティッシュだとは分らず、紙製ランチョンマットかと思う程だった。帰国してからドイツに詳しい教授に訊けば、ドイツ人はそのティッシュで三度は鼻をかむそうだ。しかし、鼻をかむ時と言えば風邪を引いている時が主であり、鼻水で湿っているティッシュを持ち歩きたいとは私は全く思えない。

 私が見たティッシュ袋の側面には4 ply tissue(四層ティッシュ)と書かれていた。なるほど分厚いのも納得である。よって、今回の話題はベルギーワッフルではなくティッシュの話だ。我々が通常鼻紙として使用しているアレを、使用目的を主軸に考察して行きたい。

 何故、日本のティッシュとドイツのティッシュはこれほど違うのか。それは、元々の文化が理由ではないだろうか。ドイツやヨーロッパでは、ティッシュが生まれる前はハンカチで鼻をかむのが普通だった。現代でも、ハンカチで鼻をかむシーンを映画などで見かける。またドイツ語でティッシュはPapiertaschentuchと言い、紙製(Papier)ハンカチ(taschentuch)という意味である。それに対して、ティッシュが日本に導入される以前から、日本には鼻紙があった。つまり、鼻紙の持つ役割や概念が、そのままティッシュに適用されたのではないか。鼻紙は懐紙とも呼ばれ、薄く漉かれた和紙である。

 ハンカチで鼻をかむ文化であれば、繰り返し使うことを前提としているのだから、同じものを何度も使うことは当然だ。しかし、鼻紙は使い捨てのものとして漉かれたものだ。分厚い必要も繰り返し使う必要もない。

 よって、ドイツのティッシュは紙製ハンカチであり、日本のティッシュは洋風鼻紙なのだろうと考えられる。

 ちなみに、ティッシュ袋の側面にはMade in EUと書かれていた。EU諸国ではこのような分厚いティッシュがメジャーなのだろうか? 隣国フランスでは薄手のティッシュがメジャー……とか、そう言った違いがあるのではないかと私は踏んでいる。外国のティッシュは日本ではそう手に入らないものであるし、少々かさばることに目を瞑れば愉快な土産になると思う。





 追記。日本で言うティッシュペーパーは英語でFacial tissueと言う。しかしgoogleでFacing tissueと検索すると何故かロールティッシュの画像が出てくる。トイレットペーパーかキッチンペーパーにしか見えない。また、イギリスのスーパーでティッシュペーパーはどこでしょうかと訊ねればトレーシングペーパーの置かれているコーナーに連れて行ってもらえるので、知らなければ困惑すること間違いなしである。

 元々ティッシュというのは絹織物などの薄い織物のことを指しており、織物の繊維同士が擦れないようにと布と布の間に挟んだ紙のことをティッシュペーパーと呼んだそうだ。つまり『ティッシュペーパー』は和製英語である。サラリーマンやナイターは有名な和製英語であるが、ティッシュペーパーもそうだったのだ。全く紛らわしい奴だ。

 次回は市役所にあったエレベーターの話をしようと思う。前回と同じく予定は未定。ベルギーワッフルの話は文字数がどうにも稼げなかったのだ……。

ドイツの古城

January 15 [Tue], 2013, 23:34
 ドイツに行った時に遠足で古城へ行った。ヨーロッパは日本とは違い城全体が石造りのため元の姿を現代まで残しているものが多い。遠足で行った城は原型を留めており、敵に乗りこまれた際に篭城できる塔や、城壁から外へ矢を射るのに便利な穴を見た。

 当地の先生による解説はとても興味深かった。始め、ドイツは北海道とほぼ同じ緯度であるため、石造りの部屋はとても寒いだろうにと私は思っていた。夏場だったが城の中はひんやりとしていて、冬場であれば凍死しそうだ。しかし、石造りの建物なりの防寒がされていると先生の解説で分った。

 私は、タペストリーは壁にかける単なる芸術品だと思っていた。しかし、タペストリーは防寒具だったのだ。石の壁から伝わる冷気を遮り、また室内の熱気を外に逃さないために壁にかけられていた。ヨーロッパの家屋は冬向きではないが、冬のための設備が揃えられていると分った。

 しかし、防寒具になるような厚手のタペストリーは作るには手間がかかり過ぎるし、高価なこれを買うのはただの村人には無理だったのではないか。城にしかタペストリーがないなら、村人たちは凍死してしまう。私はそう心配になったが、先生が続けた解説ですぐにその疑問は解決した。冬は近隣の村人たちが集まり、城で過ごしたという。何十人という人の熱気と暖炉の熱とタペストリーがあれば、寒い冬を安全で暖かく越せたのだろう。

 城には権力者とその部下だけが住んでいた、というイメージが私の頭にはあった。だが、私が見たあの城は、地域にとって必要不可欠な越冬の施設でもあったと知った。

 城というと大きなものを私は想像していたが、ドイツで見た古城は小規模なものだった。日本で有名な外国の城といえばノイシュヴァンシュタイン城やウィンザー城などの大きなもので、また日本に残る城のほとんども大きなものばかりだ。そのため、私の中では、上記のように、「城は大規模なもので、その土地を支配している権力者の住処」という思い込みがあったのだ。

 もし私がツアーでしかドイツを訪れなければ、城に対する思い込みは解消しないままだっただろう。一カ月という短い期間ながらドイツで暮らせたことは、すぐ目に見えて分る範囲外の異文化を私に教えてくれた。ホームステイを認めてくれた親と、受け入れて下さったガストファミーリエ夫妻には言葉にならないほど有難いことをしてもらった。もう両親はこのブログを見ていないだろうので、こっそりここで言わせて欲しい。




 次回はベルギーワッフルについて書こうかなと思っていますが、予定は未定です。

最終日

October 06 [Sat], 2012, 0:06
 朝早くに起こされて起床、普段通りの朝食を急いで食べ、奥さんとあまり感動的ではない別れを告げた。こういう場面では互いに滂沱の涙を流し別れを惜しむものというイメージがあったが、お世話になったことはもちろんお世話になったものの、私たちの関係は凄くドライだった。旦那さんは地下室でプレステに夢中だし、奥さんは入院したり寝込んだり……。
 旦那さんの運転する車に乗せてもらって空港へ。数分と待たず合流してきた他のメンバーと集まり、彼女らにキャリーの番をお願いしてDuty Freeのブルーなんたらへ。先ずレシートと免税書類を見せる場所があり、そこで初めて免税書類はレシートと一緒でなければならぬと知った。旅のしおりにそんなの書いてなかったよ。
 €5.00返ってくるはずだったレシートがどこに入れたか分らず、手元に返って来たのは€6.00だった。ああ、私の€5.00が!! きっとキャリーに詰めたリュックに入ってただろうに! 悔し涙を流しながら皆がたむろしている場所へ戻り、しばらくして預け入れ荷物の受け付けへ並んだ。私に対して「サブリーダーこわーい」と言っていた一人であるHさんが「重量超過するかも、どうしよう」と言っていたのを大丈夫だろうかと思いつつ、私は22.7sと13.0s(ルフトハンザの日―独ラインでは、預け入れ手荷物は二つまで可能)だったため余裕で通った。Hさんもどうやら問題なくスルーしたのだが……二人、リーダーとSさんがアウトを食らった。リーダーはまさかの六キロオーバー、確か€100.00ほど超過料金を支払っていた。€50.00くらいのキャリーをもう一つ買えば良かっただろうに、もったいない。「ここで買ったら負けかなって思ったんで」と言っていたが、ううむ、もったいない……そんなにお金があるならくれと言いたい。私の財布の中には€5.08しか存在しないのだから。と、思っていたら。
 ソースの代金とカードで使った代金を合わせて€1.88のWさんとソース代のみで€0.33のMさんに、小銭がないから釣りはいらねぇぜ、と江戸っ子のごとく二人で€3.00渡された。ありゃ。
 それから身体検査を受けてパス。女性は下着の金具でもピーピー鳴られるので、男子がスルーパスなのに対し女子が頻繁に引っかかっていた。私ももちろん引っかかった。
 身体検査の後、二時間と少しの自由時間となった。こんなに待たされるくらいならもう二時間ゆっくりしていたかったと思わなくもないが、免税店でお土産を買おうという人には十分な時間が取れたことだろう。私の財布には€8.08しか入っていないので、ただ出発までぽつねんと待っていた。が、あまりに空腹なので€4.60のサンドを買った。美味しかったが高すぎた。日本では380円はしそうなボリュームと味だが、ドイツでは€2.50くらいが妥当だろう。
 小型の飛行機に乗り、一時間程度で国際空港へ。乗り換え時は国内便と国際便の違いがあるためパスポートに出国のスタンプを押してもらうなどしなければならなかった。その空港内でも一時間と少しの自由時間が設けられており、土産など買えるわけもない私は€1.00の水と、ハーゲンダッツの店で€3.90のチョコケーキを購入。そしてこれは全く許しがたいことなのだが、ハーゲンダッツの店で€0.10余計に取られた。もう二度とハーゲンダッツなど買わない。レディーボーゲンの売り上げに貢献してやると心に決めた。
 機内では後ろの席の子に「席を倒しても良い?」と訊ねたら「ちょっとしか駄目」とまさかの回答をもらいちょっとだけ席を倒した。こういうのってさ、普通なら「良いよ」って言わないか?
 機内で寝るつもりだったのだが、体を横に出来ない苦しさと、前の席の人間が一声かけることもなく席をギリギリまで倒してくれたことによる圧迫感で眠れなかった。前の席の奴、せめて一声かけろよと思う。
 機内ではメン・イン・ブラック3を見たり目を瞑って(しかし眠れず)いたりと時間を潰すものの、席は倒せないし前は圧迫してくるし、全く嫌がらせの様な十一時間だった。
 喉が渇いたので水をもらおうと暗幕の向こうへ入ってみれば、そこには桃源郷ではないが席に座っているよりはマシな環境が広がっていた。空腹の人用のおにぎりにスナック、パンケーキ。水やジュースも自由にどうぞとある。おにぎりはお米からして残念な味だったが、日本らしくて少し胸がほっこりした。水を何度もお代わりしに席を立った私は機内では少数派だっただろう。ほとんどの人が座ったまま十一時間を過ごすと言うのに、私は頻繁に席を立っては水を、お茶を、おにぎりを手に席へ戻っていたのだから。
 日本時間で八時頃に関西国際空港へ到着した。なかなか来ない機内預け入れ荷物をやっとこさゲットし、解散の合図を待って、出口で待っていてくれた母と合流し帰宅の途に着いた。
 機内で眠れなかったためもちろん時差ぼけで苦しんだし、すぐに学校が始まったので泣きそうになったし、風邪まで引いた。くそう、恨むぞ前後の二人。






 お待たせいたしました。これにて私のドイツ研修旅行日誌の〆と致します。最後までお付き合いくださり有難うございました!

二十五日目

September 19 [Wed], 2012, 18:33
 日数がどうもどこかから誤っている気がしないでもないが、気にしない。今朝はだるい体を引きずって大学へ行き、そして知った。今日の一時間目はパーティをするのだと。どうやら私が昨日の一時間目に不在の間に通知があったようで、私以外の全員が知っていた。少し切ない。少しぼんやりとする頭を抱えてパーティを過していたが、残り三十分と言ったあたりから頭痛がどうしようもなくなってきた。錠剤のノーシンを一粒流し込んで抑えたが、これは日本に帰ってから倒れるかもしれない。だが十六日は私の愛をお届けに友人宅を直撃する(決定)ので、その後で倒れるだろう。少なくとも二日は興奮が持続し風邪を忘れるに違いない。今のうちに風邪薬を服用しておこう。
 二時間目は〜略〜
 お昼は豚肉のステーキに焼きマッシュルーム添え、普通のザラート、ザウアーザラートの乗った普通のザラート、カローテのズッペ、ポムフリを食べた。かなりの量だが、カードの中にお金が残るのは困るので太ること覚悟で貪った。そのお陰で、食後のカードの残高は五ユーロほどだった。
 三時間目は〜省略〜
 四時間目のコーァを受け、明日のフェステで発表する歌を練習した。第九やアメイジンググレイス(ドイツ語版)などを歌うのだが、アルトの音程が未だいまいち理解しきれていないうえ、先生の書きこまれた文字が読めず、毎回困っている。
 授業後は州都へ行き、前回セーラームーンを買った本屋へ。今日はドイツ人の男性が店番をしておられた――彼の趣味で本を集めたのだとしたら……言葉が見つからないので想像したくない。セーラームーンの六巻まで買うつもりで行ったのだが、九巻と十巻が増えていた。あれ。
 実を言うと物凄く欲しい。どのくらい欲しいかと言えば凄く欲しい。だが、食費にかなり金を使ったりしているし、無駄遣いはできない。もしこれを買うにしても、残金が少ないし……。またドイツに来る日があるとして、それが一体いつになるのか。ううむ、欲しい。後ろ髪を引かれながら六巻までを買って帰宅。
 Mさんは博物館に行ったので何時に帰ってくるか分らない。夕食は彼女を待つよと奥さんに言って部屋へ引っ込み荷物の整理をした。
 そして服をあっちへ入れたりこっちへ入れたりとしているうちに、迷いが出てきた。永遠に十八だとぬかす店で買った服についてだ。国外へ出て気が大きくなり、いらないものを買ってしまったのではないだろうか? 確かにこれからの秋冬に使える暖かい服だが、果たして私が日常的に着るかどうか。返品すべきか否か。迷う。
 Mさんを待ちくたびれ、先に夕飯を頂くことにした。スパゲティを茹でて、奥さんが先に作り置きされていたボロネーゼソースと絡ませるのだ。奥さんがボロネーゼをして下さったので私が麺を茹で、我が家で良く使うそれよりも太いなぁと思いつつ硬さを確かめるために食べたりした。
 食べている最中にMさんが帰宅。奥さんがボロネーゼを温め、Mさんは皿にスパゲティを盛って待った。――今日はボロネーゼスパゲティのためにパルメザンチーズを削ったのだが、削りたては本当に美味だ。削り器も憧れる。というか削り器が欲しい。
 そして色々と飛ばして今に至る。そろそろ寝て、明日のテストに備えるつもりである。

荷物整理中

September 14 [Fri], 2012, 15:35
今日は授業を受け、その後最終試験。――帰宅したら、再び荷物の総ざらいが待っている。
日本円を入れた財布が見つからない。終わった。
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 ドイツ語学研修で、一ヶ月ホームステイしました。家族にその様子を伝えられるように日誌を付けていたのですが、一部を削れば載せられるような気がしたのでブログを立てて載せた物がこれです。楽しく読んで頂ければ幸いです。
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