木靴をはいて打ち上げ

2009年03月 31日 (火) 11:29
今日もまた寒い。『木靴をはいて』を購入していただいた人たちにメール便で送付。
10時出社。気になる返事だがまだナシ。カンボジアのサーカスフェスティバルのため出張していた大野が今日から出社、いろいろ大変だったようである。またタバコを吸い出したのもわかるような気がする。
パソコンを買いたいと言っていたナージャ先生に電話、要はあわてて買わない方がいいのでは、キエフで買った方がいいのではと説得したかったのだが、いろいろ研究調査しているようで、こっちがいいくるめられてしまった。Macを買おうとしているようだ。
メルマガの編集、大野のカンボジア報告を入れた方がいいということだったので、かなりのヴォリュームになる。18時前に退社、今日は『木靴をはいて』の打ち上げ。『海を渡ったサーカス芸人』以来、何年ぶりかで結成された最強のトリオで完成までたどりついたということもあって感慨深いものが。ここまでいい本になるとは最初は思ってもいなかった。楽しい夕べとなった。22時すぎ富岡の駅に着いたころ、携帯に電話。待っていた返事だった。こちらの条件を飲んでくれるとのこと。思わず闇夜の坂道で「ヤッター!」とガッツポーズ。ということでまたうれしくなり、寝酒が進んでしまったのだ。

山場

2009年03月 30日 (月) 10:28
冨岡総合公園の桜チェックもかねて、ジョギング。やはり寒さのせいか、開花は遅れているようだ。暖かくなればいっきょにという感じだ。驚いたのは若者の集団が酔っぱらってたむろしていたこと、夜を明かしたのだろうか。寒いのにご苦労さんなことだ。
右の耳に血の固まりがあるので、とってもらおうかと思い近所の耳鼻科へ、春休みということもあって子供たちで満員、2時間ぐらい待つということなので、今日はあきらめる。出社してまずは精算。今日はなによりも、やらなければならないことがある。それに着手。メールを書いて、送付。受取人にも電話して、いまメールを送ったからすぐに読んでくれと伝える。2時間後携帯に電話が入る、確かにメールを読んだとのこと。こちらの気持ちを組んでなんとか対応してもらいたいと伝える。どんな返事が来るか・・・
これが終わって一段落。メンバーから頼まれていた、調べなくてはいけないことなどに手を着ける。
18時すぎに退社。

リトルはまだ寒い

2009年03月 29日 (日) 15:44
昨日よりは少しましになった気はするのだが、鼻水がとまらず、ホテル備えつけのティッシュをほぼ一箱使い切る。朝飯を食べてから、天気もよさそうだし、桜がどうなっているかも気になるので、犬山城まで散歩。来週土日が犬山祭りということもあるのか、今日はウォークイベントがあるようで朝から結構人が出ている。桜は先週よりは開花しているが、やはり寒さのせいでゆっくりと開花にむかっているという感じである。山車が何台か出ている。10時28分発のバスに乗ってリトルへ。ちょうどサーカスが始まるところ。今日からMがひとりで音響をすることに。トランポの時音が止まってしまう。公演後音響のところに行くと結構へこんでいた。それよりもスピーカーの音が出ていないということで、その修理。ぎりぎりまでかかる。2回目の公演音がちゃんとスピーカーから出ているのを確認し、ヨーロッパの広場へ。ゴールデンウィークのイベントのための現場検証。なんとかできるのではないかということに。
来日中のハドガーが2回目の公演を見に来る。奥さんとハナチャンと四人で遅いランチ。ハドガーも相変わらずがんばっている。
3回目の公演は、Mもノーミス。これで問題ないだろう。事務所に寄ってから、バスで犬山へ。うまいぐあいに電車の接続が良く、19時半すぎには帰宅。

完璧に風邪ひきに

2009年03月 28日 (土) 15:20
6時前に起床、喉が完全にいかれている、フロントでこれから行くところの道を聞く時に、声も完全にしゃがれていることに気づく。ウォッカをあれだけ飲んだのに・・・。タクシーで現場へ。約束した時間より10分ぐらい前に着いたので、コンビニで買ってきたサンドウィッチを食べる。7時にスタッフさんソルソラさん全員揃う。まずは搬入。自立式のトラスはこっちは手を出せず、組み立てるのを見るだけ。しかしよく考えてつくってある。開店前の9時すぎに仕込み終了、楽屋に案内され一休み。完全に風邪の自分は咳は出てとまらなくなるは、鼻水はでるわで、とても一緒の楽屋にいるわけにもいかず、別の部屋で待機。昼過ぎにMCさんと簡単な進行上の打ち合わせのあと弁当を食べる。13時半一回目の公演。ショッピングセンターの中でこうした空中芸ができるというのはかなりのインパクトを与えたようだ。ショー自体は初めて見たが、よく構成されている。今回が初めてというワークショップもなかなか楽しいものになった。16時半のショーを写真に撮る。撤収も早かった、1時間もかからず撤収、搬出。浜松駅まで車で乗せてもらう。新幹線よりも、豊橋から名鉄に乗った方がはるかに安いので、そのルートで犬山へ。ローマに電話、風邪がひどくなったので今日はまっすぐホテル入することを伝える。21時半すぎに犬山着。ホテル近くで食事をとり、チェックイン。何もする気Uなれず、そのままベットに横になりそのまま就寝。

リトルへ

2009年03月 27日 (金) 14:43
8時40分の新横浜発ののぞみに乗る予定で、横浜線に乗ったはいいが、大口で電車が止まり焦る。なんでもどこかの駅で人が線路内に入ったとのこと。なんとか電車に間に合う。今日からリトルに入る通訳のMにメール。無事この電車に乗っているとのこと。名古屋駅からは、これからリトルに行く知人の車に乗る。一時間ほどでリトルへ。とりあえずメンバーに紹介をと思って、楽屋に行ったらトランポ組とクラウンがパンツ姿。恥ずかしがるようなやつらではない。とりあえず一回目は客席から見てもらう。事務所で打ち合わせ。二回目の公演では、Mに音響室に入ってもらう。公演後少し練習してもらう。まったくの初めてというわけではないので、あとは馴れだろう。メンバーの関心は北朝鮮のテポドン。とりあえず新聞に書いてある程度のことは説明してあげる。ローマがとにかく部屋で待ってるからと先に帰る。事務所に寄って打ち合わせ。結構時間がかかってしまった。ローマから携帯に何度も着信。結局17時のバスで犬山へ。明日の件で担当の人から電話、入りの確認と音響のことを聞かれる、といっても音響のことは答えられず明日現場でやりましょうと言ったら笑っていた。まあなんとかなるでしょう。
ローマたちの部屋ではオーリャとアーニャもお腹をすかして待っていたみたいだ。申し訳ないことした。すぐに乾杯。自分が少し風邪気味なのを知って、ウォッカを飲めば直るからなんて、何杯も飲ませられる。ここでも北朝鮮のテポドンが話題に。もう8時すぎ。8時半の名古屋方面行きに乗らないといけない。皆とお別れ。また明日の夜戻ることを約す。
電車のなかでは気持ちよく熟睡、よく寝過ごさなかった。名古屋で新幹線に乗り換え、22時すぎに浜松着。駅前のホテルにチェックイン。明日もまた朝が早いので今日はこのまま寝る。夜中何度か目が覚める、口の中がカラカラ、ウォッカのせいもあったかもしれないが、部屋がかなり乾燥していたこともあったと思う。

本の国の王様

2009年03月 27日 (金) 0:08
書名 「本の国の王様」
著者 リチャード・ブース 翻訳 東眞理子  出版社 創元社  出版年 2002

犬山にいた時、イトーヨーカドの一角にあったしょぼい古本市の中で見つけた一冊。タイトルに惹かれた。ほとんど期待していなかったが実に面白い本だった。ウェールズにあるヘイ・オン・ワイという小さな田舎町を、世界一の古書の町にしたリチャード・ブース自らが、自分の生い立ちや家族を語りながら、いかにしてこのような古書の町にしてしまったかを、饒舌にふり返ったのが本書である。まず古本屋で町づくりをしようという発想に呆れてしまう。日本で考えればもっともあり得ない町づくりの発想だろう。しかしリチャードは、持ち前の反骨精神、反権威主義、反官僚主義で、やり抜いてしまう。これはイングランドへの反撥ということもあるだろう。なにより本が好きで、田舎が好きということだけはぶれていない。これだけを頼りにまさに突っ走るのである。それも彼が青春時代を送った時代のせいもあるのかもしれないが、面白可笑しくやり遂げるのである。ヘイ・オン・ワイを勝手にウェールズから独立して王国にして、自ら王様になるなんてことを半ば真剣にやってしまうところがいい。ウェールズという土地柄、ウェールズスピリットとでもいうようなものが背景にはあるのだろう。パブユーモアと著者は呼んでいたが、パブで男たちが集まりパイントビアーを飲みながら、くだらないことを真剣にやり合う、そんな姿が見えてくるし、そこから生まれた冗談を実現させるところに、古書の町などというとんでもない発想が生まれてくるのだろう。こんな時代だからこの町はさびれているのではないかと思って、ネットで引いてみたら、立派に古書を看板にした観光都市として存在していた。いい本をたくさん置いていけば世界中から人は本を買いに来るという信念、これも揺るぎない。所謂イベントにするのではなく、古本の町をつくるという信念が強固だからこそこうした町ができたのだろう。酒を愛し、そのため早死にしても悔いないリチャードの仲間たちがたくさんでてくるが、これもこの本の町誕生のかげで、なくてはならない人たちであった。
日本にも古本の町なんかつくれるだろうか?まず行政は見向きもしないだろう。リチャードも一時的行政の力を借りてはいるが、最初から独力で手がけ、とにかく自分のやりかた、住民たちが何を言おうが一切無視して、それをやり尽くしたからこそ、この町は古書の町として世界中の読書家たちの憧れの町となったのである。
行きたい町が久しぶりにひとつ増えた。
満足度 ★★★

DVDを見る

2009年03月 26日 (木) 23:51
4日連続で開花チェックジョギング。昨日より寒い、手袋をしなかったのだが、冷たくてしかたがなかった。したがって桜の花の開花も足踏み状態、なんか萎んだみたい。
10時出社。メルマガの原稿を作成。本当は今週中に出したかったのだが、出張から戻りバタバタしてしまった。大体出来上がったので、あとは校正をしてもらい、先日メンバーから預かったビデオをパッーと見てしまう。もらった時に見ないと、本当に見なくなるので見ておいた方がいい。そのあとクライアントに提出するためのビデオを編集しながらダビング。生の公演の時にもワーワー言いながら見たもんだが、映像見てもまた騒いでしまった。
今日青山円形劇場に、もと「水と油」の小野寺がつくったダンス公演を見に行くことになっている。会社から歩いて劇場まで。客層がやはり違う。我々のお客さんとは確実に違っている。水と油のメンバーがふたり出ていたが、彼らはマイム出身。ダンスにした方が、アートになり、いろいろ客層を広げられ、なによりいまはダンスには助成金も甘そう。マイムとダンスの違いってなんなのだろう。きっと見に来ていたお客さんは、みんな公演の出来に満足していたと思うが、自分には退屈だった。何故マイムじゃいけないのだろう。新聞の紹介記事見て、行く気になってしまい、toRmansionと重なっていたのに、こっちの方を先に予約してしまったことが悔やまれる。toRmansionに行けば良かった。
品川駅常磐軒の立ち蕎麦が夕食。いつのまにか天そばが420円になっていた。300円代にしてくれよな。

笑撃!これが小人プロレスだ

2009年03月 25日 (水) 14:32
書名 「笑撃! これが小人プロレスだ」
著者 高部雨市  出版社 現代書館  出版年 2009年

小人プロレスをあつかった前作の「異端の笑国−小人プロレスの世界」もなかなか刺激的なルポだったが、本作は小人プロレスのレスラーを追いながら、さらに突っ込んで小人全体に足をふみ入れ、差別される小人という社会の暗部に立ち迫る。実に重たい読み物だった。それだけ著者の目は妥協を許さず、差別という闇の世界へ踏み込んでいったからだと思う。著者の頭のなかでは整理されているのだろうが、時制がはっきりしないところがあったのが読みづらかった。小人レスラーたちが活躍し、観客をわかせたのは、いわいるアイドルレスラーが登場する前だった。ある女子プロレスラーは当時は、お客は小人プロレスを見に来ていたと語る。それがアイドルが次々に誕生、会場に若い女の子たちが集まってくるようになると、小人プロレスラーは白い目で見られるようになる。著者は思い入れたっぷりに、この小人レスラーたちの盛衰を、彼らとの交流を描きながら、愛惜こめて書いていく。この思い入れがたっぷりすぎてついて行けないところもあった。取材している時の、相手だけではなく、自分の心情を事細かく書くところが正直自分にはついていけなかった。ただ著者はそこを書かないと、その時の空気は描けないという思いがあったのかもしれない。そこに著者の誠実さがしのばれる。小人レスラーがリングを去ってからも、執拗に彼らに会いにいき、白木みのりや小人俳優に会いに行き、さらには小人のため自殺した女の子の両親を訪ねるという著者の執念は、差別という闇の実体に目をそむけないぞという明確な意志が働いている。凄い情念である。
この本でとても印象に残り、そして小人プロレスといういまは滅びたショーを歴史化したと思われるのは、かつて自分もアイドルレスラーとして一世を風靡した長与千種のコメントだった。女子プロレスを支えていたのは小人さんだった、彼らはそこじゃなきゃ、自分を表現する場がなかった、そのために大衆に媚びるという暗黙の了解があった、リングの上を頭で滑るっていうのはまさしくそういうこと、でもあのリングの上っていうのは、ジャリジャリしてるんですよ、彼らの頭は実際切れていました。でもそれで楽しまれるっていうのは、その笑い声が彼らにとっては最高だったからですよ、こうしたコメントの中に、小人プロレスの真実が明らかにされたといえる。
付録に1980年の小樽での公演のDVDがついている。全盛期の小人プロレスを堪能することができた。
満足度 ★★★

また寒くなったぞ

2009年03月 25日 (水) 10:53
今日もまた桜チェックをかねてジョギング。冨岡総合公園の桜で開花している木は昨日より増えた気もするが、ポツポツという感じ。それにしても寒い。上の娘は今日が大学の卒業式。早いものである。
10時出社。リトルに来ているメンバーからプロモーションのDVDをたくさん預かっているのだが、見れていない。明後日リトルに行くので感想を聞かれるはず、今日は作成しなければならない文書がいくつかあるのでこれが終わってからにしたい。
サーカス学校のナージャ先生から「続・運命の皮肉」のDVDとサマゴンのお土産をもらっていたので、お礼の電話。なんでも先生はノートブックを買いたいという。機械に疎そうだから、買ったら買ったでいっぱい電話がきそう。確かにひとり田舎で暮らしているとネットとか見れば退屈しないし、スカイプを使えば息子さんや娘さんとも話ができる。便利といえば便利になるのだが・・・
メルマガの原稿の作成にとりかかる、一区切りついたところで、退社。

お見事でした

2009年03月 24日 (火) 10:28
朝また冨岡総合公園の桜をチェックに。ほとんどの木に花が咲き始めている。そして昨日はなかった屋台が出ている、今週末天気が良ければかなりの人出になるのでは。朝の楽しみな日課のひとつは「ののちゃん」を読むことなのだが、今日のののちゃんはかなりシュールというか無気味、石井ひさいちどうしたのだろう。
今日はWBCの決勝戦。出社してすぐにテレビをつける。点けっぱなしにしておく。弁当を食べながら見たのだが、ここからテレビの前を離れなくなってしまった。韓国もしぶとい、日本も必死。ペナントレースでは見れないこの必死さが胸を打つ。それにしても決勝点がイチローの一打というのは、彼自身も言っていたが、神様が降りてきたのだろうし、彼にはそれを呼び込むなにかがあったということなのだろう。みんないい笑顔だった。
今日はメンバーはお休み、どうしているのだろう。来日からずっと休むことができなかったわけで、いい休日になってくれればと思う。
今日はおやじの検診の日。細胞検査の結果がでる日。夕方家に電話、結果は転移は認められず、第2ステージということで、定期的に通院しながら状況を見るということだ。すでに進行性ガンで、第2ステージ以上ですよといわれていたので、この結果は最良のものと言っていいだろう。ずっといままで心にひっかかっていたものが、これでずいぶんすっきり楽な気持ちになった。
帰宅してからも結局またWBCの決勝戦ダイジェスト版を見てしまう。優勝パーティーの模様も写し出されていたが、イチローがほんとうにいい顔をしていた。
クマのイチオシ公演
ダメじゃん小出「初めて世界一周した日本人 若宮丸 漂流」
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