仙台学Vol.8 特集岩手・宮城内陸地震 山へ還る

2009年07月 02日 (木) 11:52
書名 「仙台学Vol.8 特集岩手・宮城内陸地震 山へ還る」
発行 別冊東北学編集質 出版年 2009年 

毎回ぞんぶんに楽しませてもらっている『仙台学』であるが、今回の編集内容については、大げさかもしれないが感動した。よくぞやったと心底思う。
特集はふたつあり、ひとつは「仙台<食>散歩」。千葉由香が故郷登米を訪ねて、人が集まると餅をつくるというレポート「食の記憶 登米・南方町」などは、自分の田舎ではそんな習慣がなかったので、とても興味深かったし、いまもそうした食文化・風習というものが残っていることがうれしくもあった。ただ今号「仙台学」の最大の成果は、特集2の「山へ還る」である。岩手・宮城内陸地震から一年経ったいま、「仙台学」でしかできない特集をやりとげたことに本当に敬意を表したい。冒頭のカラーグラビア写真にまず息を呑まされる。地震の残した傷跡の深さ、山川徹がレポートしているが、山が消えてしまったというその凄さに思い知らされる。この特集の5本のレポート、ひとつひとつ大変読みごたえがあるし、なにより地震災害を忘れてしまってはならないという、書き手の強い意志を感じた。地震当時河北新報栗原支局に勤務していた古関良行が、本社に戻ってからも、被災地になんども足を運んで記事を書く。そんなとき被災者の人たちから「仮設住宅の暮らしって本当に辛いんです。精神的に参っています。全国の新聞が震災記事に飽きちゃっても、地元の河北新報は被災者の声、ちゃんと聞いてね。世に届けてね」と声をかけられる。こうした言葉に支えられ、襟を正ながら、復興の記事を書き続けようという意志に、ジャーナリストのひとつの生きる様があるようにも読めた。
滝沢真喜子の「開拓地<耕英>被災者たちの昭和史」を読むことで、被災地のひとつ栗原市栗駒沼倉耕英が、昭和22年に入植が始まった戦後開拓地であったこと、ここからこの特集はまち違う側面から山・農で生きる人たちの足跡を照らすことになるのである。その意味で白眉ともいえるのは、「聞き書き被災地<耕英>の昭和」である。満洲に土地を求めてた農家の次男や三男たちが、満洲崩壊と共に大陸から追われ、まさにすがるような思いでたどり着いた開拓地が<耕英>だった。そこで生きている10人三世代にわたる聞き書きを読みながら、なんどか目頭が熱くなってしまった。第一世代はまさに自分の両親と同じ世代、したがって第二世代は自分と同じになる。開拓地というなにもないところから農産品をつくりだすというのは大変だったに違いない。炭焼き、イワナの養殖、ナメコ、イチゴと工夫を重ねながら、ここで生を営むものたちがたがいに手を携えて生きていく、それも大変な苦労があったはずなのに、皆さん一様に明るく振り返る、その姿がなんとまぶしいことか。そして去年の地震である。どん底に落とされても、ここで語る人たちは、前を向いているのである。三代目にあたる熊谷さんは、イワナの養殖を生業にしていたが、そのほとんど失う。住む場所と仕事を一緒に失って、再開とか、やり直すとかいわれても、言葉に詰まったという。それがいろんなイベントでイワナの串焼きの出店を出す中で、少しずつ前向きになっていく。そして最後にこう〆る。「地震からひと冬を越して、祖父さんたちが開拓した耕英で生きていくという気持ちが強くなりました」と。
人間っていいなあと、本当に熱くなってしまった。「山に還る」というこの特集の表題の意味が浮かび上がってくる聞き書きであった。久しくこんな勇気をもらえた聞き書きに出会ったことはなかった。
ちょうどこれを読み終えた日に、駒ノ湯で行方不明になっていたふたりの従業員の方の遺体がみつかったというニュースが流れた。地震の被害のことも、亡くなった方のことも、いまも被災者が苦しんでいることも、自然の恐ろしさも、そして生きなくてはいけないということも忘れてはならない。

昼下がりの冗事vol.2

2009年07月 02日 (木) 11:45
昼下がりの冗事 Vol.2
                  2009年6月28日正午開演(終演13時20分)
                             渋谷O-nest
前説  こんと・ん座
  梅田和佐と胡文恵のデュオ「こんとん座」が復活。人形に扮した梅田と胡の掛け合いで、昼時のまだ固い客をほぐしてくれた。
映像コント  VJコミックカット+濱田轟天
  久々にVJの映像を見た。いつものようにパロディーものなのだが、今回は客席の前でその加工プロセスを三分クッキング風に見せているのがみそとなった。名付けて「コミカ3分クッキング/稲川淳二のHIPHOP風味」。ちょっと長い感じもしたが、切り口は斬新、相変わらず切れ味があった。
コント       らっぱら・こん
  ちょっと全体の尺が足らんかなということで、急遽前日にやることが決まったネタは、ゲストに梅田和佐を加えてのもの。らっぱらぱんの作風といっていいだろう、言葉のもつ不条理性にこだわったコント。今回は接続詞の「も」にこだわった。かなりひねったもので、一回はまるとかなり受けると思うが・・・・
マジック      Kraken 
  ステージで見るのは初めてだが、立ち姿がきれい。これは結構マジシャンの場合大事だと思う。今回はロープをつかったマジックを演じた。
クラウンニング   ふくろこうじ
  巻き尺をつかったクラウンニング。使い方としては『出口あり』と同じようにモノとの絡み合いを演じた。正直言うと、完全形ではなかったと思うが、巻き尺の使い方は面白いと思う。あと2つか3つ遊んでくれると良かったのだが。    
コント       らっぱらぱん
  新幹線の中で、窓際の席に座るおたく系の青年と、通路側に座るやくざとのやりとり。用もないの何度も何度も席を離れる若者とその度に避けなければならないヤクザのやりとりがおかしい。やくざ演じる胡の芸達者ぶりには驚かされる。
クラウンニング   道化師の びり
  楽器(バンジョーらしきもの)を演奏するというところから、クラウニングの定番で進行させ、バンジョーが壊れ、それをタンバリンにして客席とやりとりをしていく。非常に可能性をもった作品だと思う。やりようによっては20分ぐらいの作品ができるのではないか。楽器をすぐに壊さずに、もう少しルーティンのクラウニングを並べていった方が良かったかな。
コント       らっぱらぱん
  今日はまさにフル稼働のふたり。ここではアフロヘアーの兄弟に扮して、マジックを演じ、ボケと突っ込みを演じる。ダメな弟を演じるのが胡。ヘマするたびにちからがバツとしてホーミーを歌うのがナンセンスでおかしい。もしかしてこのネタはマジックのあとにやった方がよかったかも。
歌手       梅田和佐
  トリは前回は、「翼をください」を熱唱した梅田和佐が、着流しで、自作のド演歌を披露する。「おさめてください」というフレーズがおかしい。

今回は旧こんとん座の梅田和佐・胡文恵が大活躍。さまざまなユニットで演じわけてくれた。映像も入って、またいろんな引き出しができたように思う。もう少しいろんなパフォーマーが参加することによって、また変わってくるだろう。次回はかなりメンバーが代わると思うので、また新たな展開が見れると思う。

明日から出張

2009年07月 02日 (木) 5:44
今日も5時に目が覚める。こんなことが習慣になったらえらいことである。とにかく軽くジョグして時間を潰す。通勤の電車で、「仙台学」の8号を読了。大きな被災地のひとつ耕英という開拓地で生きている三代にわたる人々の聞き書きを読んで、思わず涙が。圧巻の聞き書き記録であった。
出社して明日からの出張の準備。ギャラ、領収書、仮払い等々。サハに長文のメール。すぐに返事、団長のセルゲイが今晩には出張から戻ってくるので、必ず返事させますとのこと。レ・クザンのジュロに、いま来日中の姪ッ子からバルテバスの「シャーマン」のDVDをもらったので、そのお礼。あとで返事が来たら、彼は姪ッ子が来日していることも知らなかった。いまブラジルでクザンとしてではなく、ポールアクトで公演しているらしい。相変わらず元気にやっているようだ。とても楽しく仕事をしているらしい。
パソコンほか荷物をリックに詰め込んで、帰宅。帰りの電車で帰りの友藤沢周平の「闇の傀儡師」を読み終える。今回の小説は伝奇ロマン風、最後の甲州街道を刺客たちに追われる八嶽党を救うため甲州まず旅するシーンは見事であった。大満足。
クマのイチオシ公演
ダメじゃん小出「初めて世界一周した日本人 若宮丸 漂流」
2009年07月
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
プロフィール
  • ニックネーム:クマ
読者になる
しばらくコメントとトラックバックはお休みします。
メールフォーム
タイトル

内容
最新コメント
めぐ
希望はつくりだすもの (2011年05月13日)
おみゆ
ダレンシャン (2011年01月06日)
ミミ
名古屋ライブ情報 (2010年08月17日)
ちゃ〜
西宮神社へ (2009年11月25日)
浅草雑芸団
猿回し復活・考 (2008年07月06日)
Yapme!一覧
読者になる
P R
デラシネ通信
デラシネ通信 最新記事

石巻若宮丸漂流民の会
桑野塾
雑誌「アートタイムズ」

月別アーカイブ