瞽女うた

2017年06月 28日 (水) 5:33
書名 「瞽女うた」
著者 ジェラルド・グローマー  出版社 岩波書店(岩波新書) 出版年 2014

新書という限られた字数のなかで、瞽女という芸能の社会的背景からその唄の分析、さらには明治期に入ってからの衰退の過程まで、専門書並の情報と分析が込められているのに感心した。瞽女というと雪降る中一軒一軒家を訪ねていくという風景がすぐ浮かんでくる、孤独な旅芸人ということなのだが、著者は瞽女のさまざまな権益を守るための組合のような組織があったこと、江戸時代の倹約奨励のなかで芸能ごとが禁止されていくなか、瞽女が身体障害者ということからその生活保障のようなことが行政からなされていたこと、それに比べて明治期に入ってからこうした芸能者の切り捨てが行われていたということなど、興味深い指摘のなかから、瞽女の芸能をある意味育んでいた江戸という時代の奥行きを感じもした。本書はそうした芸能を成り立たせる社会的背景だけでなく、それを受容する民衆の感性の変化、さらには芸能の常である、それにあわせる瞽女唄の変遷という本質的なところまで迫っていく。丁寧な文献案内など新書らしく案内書としての機能も十分果たしてある。

孤独の祝祭佐々木忠次 バレエとオペラで世界と闘った日本人

2017年06月 15日 (木) 18:06
書名「孤独の祝祭佐々木忠次 バレエとオペラで世界と闘った男」
著者 追分日出子 出版社 文藝春秋社 出版年 2016

バレエとオペラの招聘で名を成したNBSの創始者である佐々木忠次の評伝である。呼び屋(きっとこの呼び方は佐々木は嫌がっているだろうが)ではビートルズを呼んだ永島や内野さんと並び伝説的人である。我々のようなサーカス相手のケチな呼び屋さんとは住んでいる世界が違う。ひとつだけ言えるのは自分のタイプではない、あまり好きになれない人だなということだ。こういう人は苦手だ。
読んでいて不思議だったのは興行を実現するまでの舞台裏は、もっぱら舞台制作のことや出演者との交渉のことが披露されているが、興行としての損得部分がまったく見えてこなかったことである。莫大な経費がかかることを入場収入だけでまかなうなんてことは絶対に無理だと思う。なにかきれいごとだけの興行の世界しか見えてこない。ほんとうにそうだったのだろうか?相当気まぐれの人だったようだが、多くの人が去っていく背景にはおそらくは金銭上のこともあったのではないかと思う。目黒に自分の館をつくるほどの財力はどうやってつくられたのだろうかなというところ、下賤なことなのだが、呼び屋のひとりとしては気になったところだ。
一番の本質的なことを秘しているじゃないかなという気にも・・・・

図書私の三冊

2017年06月 15日 (木) 17:06
書名 「図書」岩波文庫創刊90周年記念私の三冊
出版社 岩波書店  出版年2017年5月

たまにはこういうのを眺めるのも悪くない。案内書のようなものなのだが、いろんなことが見えてくるし、発見もある。何冊か読みたい本があるし、読まないとまずいかなという本もでてくる。例えば多くの人たちがあげているウェーバーの「職業としての政治」は読まないといけないような気がしてきた。
ちなみにメモってしまった本は下記の通り。
メルヴィル「幽霊船」
永井荷風「断腸亭日乗」
「オシァン」
「完訳アンデルセン童話集」
「ルパイヤート」
「山家鳥虫歌」
「アイヌ神謡集」
「やし酒飲み」
「戊辰物語」
自分も恥ずかしながら岩波文庫から翻訳を出しているのだが、残念ながらこれを選んだ人はいなかった。
ちなみに自分の岩波文庫3冊は
宮本常吉「忘れられた日本人」
ベルグソン「笑い」
林芙美子「下駄で歩いた巴里」

こびとが打ち上げた小さなボール

2017年06月 07日 (水) 11:07
書名 「こびとが打ち上げた小さなボール」
著者 チョ・セヒ(齋藤真理子訳) 出版社 2016 出版社 河出書房新社

1970年代に一度は書くことをやめた著者が、思いを抱きながら書き続けた連作である。韓国の70年代という閉塞感の中で、権力に圧しつぶされていく人たちの物語はどれもみな悲しみをたたえている。それは救う余地のない哀しさである。どれも胸に突き刺さる。解説を書いた四方田犬彦が書いているが韓国文化のなかの病身という伝統のなかにある身体的異常と逸脱を象徴しているのが、小人であり、せむしであるとするならば、そうした70年代の韓国の時代状況を映し出す鏡にはそれしかなかったということなのかもしれない。
ただここで圧しつぶされていく人たちは、過去の人たちだけではないし、韓国の人たちだけではない、アベノミックスというお題目のなかで、いまつくられようとしている弱き者たち、ひとつかみの冨を分配するわずかな人々をつくるために、犠牲になるのは多くの民衆であることを忘れてはいけない。この小説のなかに何度か現代の日本がだぶって見えたこと、それはまたとても怖いことである。

歩道橋の魔術師

2017年05月 26日 (金) 10:50
書名 「歩道橋の魔術師」
著者 呉明益(天野健太郎訳) 出版社 白水社 出版年 2015年

いまはなき「中華商場」で生きた人々の記憶を紡いだ10編の短編を集めた小説集。この大きな商場は大きな歩道橋で結ばれていたが、ここでマジックを演じていた魔術師が狂言回しのようにこうした短編をつないでいく。ここに集められたお話は、みなここで少年時代を過ごした人たちが20数年後の回想とその後の生き方やいまを交錯させながら紡がれたものだ。そのひとつひとつは甘い思い出とはいえないどこか根源の悲しみをたたえたものばかりである。ふり返る人たちが中年にさしかかった人たちということもひとつのキーになっている。甘酸っぱいというよりは苦み、悲しみが浮びあがる。せつないエピソードばかりだ。そのなかで魔術師はそうし現在と過去、現実と幻想をつなぐ存在としてこの小説のなかで見事な役割を果たしている。10篇のひとつひとつはみないとおしいものばかりであった。
心に残った魔術師のことば。
「光には色がある。でも、普段、我々の目には見えない。でも、あるものを通過させれば、そして特定の条件に敵ったとき、光の色が現れる。そのとき我々はそれが本当だと思う。でも色はもともと、いつもの透明の光に隠れていただけだ。こんな簡単なことも、人間はえらく長い時間をかけて、ようやく知ったんだ」

聖愚者ラヴル

2017年05月 16日 (火) 5:46
書名 「聖愚者ラヴル」
著者 エヴゲーニー・ヴォドラスキン 出版社 作品社 出版年 2016

この本の著者が来日して東大で講演という記事をどこかで見たとき、講演のタイトルに目がとまり、著者の最新作に「聖愚者」が冠せられたことに興味をもち読むことになった。聖愚者とはロシアの瘋癲愚者ユロージヴィのこと、ロシア中世文化を語るときに欠かせないこの存在を知ったのは中村喜和先生の早稲田での授業であった。自分にとって永遠のテーマである道化に根幹で結びついているともいえる。
さてこの小説、なかなかの大著であり、久しく小説を読むことがなかった自分にとってはかなりの重荷になるのではという気がした。実際最初に読み始めたときは1頁を読み終える前に寝てしまった(もちろん疲れていたこと、ホテルのベットで横になっていたときに読んだということもあったと思う)。その次に序を読み終えたあとは読みふけってしまうことになった。久々に小説の醍醐味を味わったような気がする。最近では津島佑子の小説を読み終わったときのような読後感と似ていた。
中世ロシア「ルーシ」を舞台に祖父から薬草や医術の知恵を受け継いだ主人公が、出産を控えた女性を救うことをできず恋人と子どもを失ってしまう。それを自分の罪であると考え、一生をかけてその罪を償うことを誓った主人公が、人々の病を治癒し、ロシア各地だけでなく、エルサレムまで目指し旅を続けていく。この遍歴がさまざまな出来事や出会いを織り込みながら語られる。何よりも魅力的だったのは、旅を続けるなかで、予知能力をもった人との出会いなども通じて「時間」という観念を大きくふくらませてくれることにある。本書にはなんども時間について主人公が長老や聖者との対話野中で語っている。そこになんとも魅力的な時間論がいくつも見出すことができる。
例えばこんなことば。
「私が好きな幾何学で言えば、時間の動きは螺旋に似ている。それは繰り返しだが、何かが新しく、より高い段階においての繰り返しである。あるいは新たな体験だが、白紙からではない。かつての体験の記憶があるからだ」
時間は前に進むものではない、時間のもつ層のなかに未来も過去も現在も含まれているそんな時間論が、哲学的ということではなく、平易なかたちで説かれている。これがとても刺激的であった。

演劇のジャポニスム

2017年04月 25日 (火) 12:42
書名 「演劇のジャポニスム」
編者 神山彰  出版社 森話社 出版年 2017

高い本だったのでどうしようか迷い、図書館で借りて読むことにしたが、正直買わなくてよかったかな。
魅力的なテーマなのだが、意外に広がらずに同じようなテーマが並んでしまったような気がする。ダイナニズムに欠けていた。オペラもとりあげているのだから、バレエとかサーカス(川添氏が少しとりあげていたが)とかも視座に入れた展開にしたほうが良かったのではという気がした。

復興キュレーション

2017年04月 25日 (火) 11:32
書名「復興キュレーション 語りのオーナーシップで作り伝える”くじらまち”」
著者 加藤幸治  出版社 社会評論社 出版年 2017

いま制作中の「石巻学」3号は牡鹿とくじらがテーマになる。これをテーマにすることになって真っ先に会ったのがこの本の著者加藤さんであった。ここで初めて震災後加藤さんが学生さんと一緒になって鮎川に入り込み、津波のために流されたり痛んだ民具や文化財をレスキューし、さらにはそれをデーターにしたことを知った。そしてなによりすごいなと思ったのは、そのあとにそうした文化財などを被災地などを中心に移動で展示、そこで集まった地元の人たちの話しをヒアリングしていったということである。この本はそうした加藤さんをはじめとする東北学院大学の学生さんたちの6年間にわたる活動の軌跡を追いながら、震災で失われてしまった鮎川というくじらの町の記憶を紡ぎながら、未来へつないでいこうという熱い志を描いたものである。
本文中に「文化、歴史、芸術が、かけがえのないものとして過去と現在、そして未来をつないでいく」とあったが、わが「石巻学」の大きな目的はまさにそれである。加藤さんはこれをいままさに民俗学の見地から実践している、それが熱く伝わってくる。それも聞き書きということを通じて地域の人たちとの心の交流を続けながら、こうした作業が営まれているということになにより敬意を表したい。
津波はかつてあった風景を一挙に奪いとった、ただそこで営まれていた人間の生活の記憶を引き出すことで、それは伝承というかたちをとって未来につながっていく、「石巻学」はそれをめざしている。加藤さんがここで拓いていったことをひとつの羅針盤のようにして前に進みたい、そんな勇気をもらった本だった。

20世紀ロシア思想史

2017年04月 20日 (木) 11:59
書名 「20世紀ロシア思想史」 宗教・革命・言語」
著者 桑野隆  出版社 岩波書店  出版年 2017

ロシア革命100周年になる今年、桑野さんが20世紀のロシア思想史をまとめた。桑野さんらしく思想史といってもそのくくり方は、ぐっと幅広くなっている、まさに「知の歴史」を俯瞰できる。一応年代的に追ってはいるが単なる思想史ではないということを最初に表明しているのが第一章でバフチンをとりあげているところ。バフチンのようなまさに知の巨人、それこそ単なる思想史の枠からはみ出すような知識人を生み出していくロシアの知の背景のようなものが、その後の章で解きあかされている。これも本書の特色だといっていいが、芸術や文学はロシアの場合、思想や哲学のなかにしっかり入り込んでくる、そうした文学芸術をも思想史のなかに取り込んでいくことで、ロシア的な知のありかたがあざやかに浮かびあがってくる。それに自分が無知で知らなかっただけなのかもしれないが、各章で描かれる思想の流れのなかで、そうした流れとはまた違う思想の動向、ロシア・コスミズム、ユーラシア主義、異論派、余白の哲学などがとても興味深かった。
ここで取り上げられている思想家たちのことばを引用しながら紹介してくれているのもありがたかった。「学問とは集団的なものである。真の学者は自己のまわり学問を組織する」と言ったリハチョフのことばを読み、ちょっとリハチョフ読まないと思った。

鯨を生きる

2017年04月 18日 (火) 7:01
書名 「鯨を生きる−鯨人の個人史・鯨食の同時代史」
著者 赤嶺淳 出版社 吉川弘文館  出版年 2017

いま準備中の「石巻学」3号は鯨と牡鹿を特集するということで、このところ鯨関係の本を読むことが多い。この本にも「石巻学」で聞き書きをしたいと思っていた人も入っていたのですぐに購入、読んだ。この書の面白いところは鯨への視点のなかで食の問題を重大視しているところである。鯨については大きな発言力をもっていたC.W.ニコルが最近南氷洋の捕鯨はやめた方がいいのではないかと提言、どこか行き詰まりをみせている捕鯨問題にゆさぶりをかけた。この書もある意味、捕鯨問題について食という視点から見ることで新たな問題提起をしている。戦前の銃後の食としての鯨食、戦後直後の食料難のなかでの鯨食、魚肉ソーセージやハム、さらには見えない鯨食としての食用油の問題も視座に入れることで、捕鯨を支える大きな根拠となる食をとりあげている。その意味で大阪で鯨料理屋をやっている女将の聞き書きや、北九州の旦過市場で鯨を専門に扱っている店の主人の聞き書きは興味深かった。
「石巻学」のための座談会の中で、最後の話題になったのは、捕鯨の衰退、さらには震災のためのためまさにいま存亡の危機に立っている鮎川をどうするのかということだった。やはり鯨の街だっただけに、鯨を産業の核にするしかないのではないかということなのだと思う。そのときに食の問題は大きいと思う。聞き書きに登場した鯨料理の店の女将が編集したという「徳家秘伝鯨料理の本」はそのときヒントになるのではないだろうか。
クマのイチオシ
今度の桑野塾は、ロシアのモダニズム音楽とバレエ!
第44回桑野塾

ロシア・モダニズム音楽におけるジャポニスム〜ストラヴィンスキーとルリエーの和歌歌曲を例に〜

●報告者:高橋 健一郎
バレエ《魔法の鏡》と1900年代ロシア帝室劇場における変化
●報告者:平野 恵美子

2017年6月17日(土)
@早稲田大学16号館820号室

★詳細は桑野塾Webサイトで!


エッセイを書きました!

『かまくら春秋』5月号「ぼんぼり祭と娘の結婚」というエッセイを書いています。
サーカスでもなく、漂流民でもない、娘の結婚を知ったおやじがあたふたした話を、自分の恥ずかしいエピソードを交えながら書いたものです。
上の『かまくら春秋』表紙画像をクリックするとPDFでお読みいただけます。


「石巻学」第2号!

「石巻学」Vol.2 港町シネマパラダイス

8月30日発売!
石巻と映画をテーマに、映画をつくっている人、映画を見せていた人、映画を見ていた人たちが集い、石巻・港町シネマパラダイスを浮き彫りにします!


アートタイムズ最新号!

アートタイムズ11号
『タキエさんがいた!』

デラシネ通信社 / 2014年4月25日発売
ドイツの肝っ玉母さん
ルジチカ多喜枝の生き方

ちょっと信じられないような、愛と豪快さに満ちた人生!


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