演劇のジャポニスム

2017年04月 25日 (火) 12:42
書名 「演劇のジャポニスム」
編者 神山彰  出版社 森話社 出版年 2017

高い本だったのでどうしようか迷い、図書館で借りて読むことにしたが、正直買わなくてよかったかな。
魅力的なテーマなのだが、意外に広がらずに同じようなテーマが並んでしまったような気がする。ダイナニズムに欠けていた。オペラもとりあげているのだから、バレエとかサーカス(川添氏が少しとりあげていたが)とかも視座に入れた展開にしたほうが良かったのではという気がした。

復興キュレーション

2017年04月 25日 (火) 11:32
書名「復興キュレーション 語りのオーナーシップで作り伝える”くじらまち”」
著者 加藤幸治  出版社 社会評論社 出版年 2017

いま制作中の「石巻学」3号は牡鹿とくじらがテーマになる。これをテーマにすることになって真っ先に会ったのがこの本の著者加藤さんであった。ここで初めて震災後加藤さんが学生さんと一緒になって鮎川に入り込み、津波のために流されたり痛んだ民具や文化財をレスキューし、さらにはそれをデーターにしたことを知った。そしてなによりすごいなと思ったのは、そのあとにそうした文化財などを被災地などを中心に移動で展示、そこで集まった地元の人たちの話しをヒアリングしていったということである。この本はそうした加藤さんをはじめとする東北学院大学の学生さんたちの6年間にわたる活動の軌跡を追いながら、震災で失われてしまった鮎川というくじらの町の記憶を紡ぎながら、未来へつないでいこうという熱い志を描いたものである。
本文中に「文化、歴史、芸術が、かけがえのないものとして過去と現在、そして未来をつないでいく」とあったが、わが「石巻学」の大きな目的はまさにそれである。加藤さんはこれをいままさに民俗学の見地から実践している、それが熱く伝わってくる。それも聞き書きということを通じて地域の人たちとの心の交流を続けながら、こうした作業が営まれているということになにより敬意を表したい。
津波はかつてあった風景を一挙に奪いとった、ただそこで営まれていた人間の生活の記憶を引き出すことで、それは伝承というかたちをとって未来につながっていく、「石巻学」はそれをめざしている。加藤さんがここで拓いていったことをひとつの羅針盤のようにして前に進みたい、そんな勇気をもらった本だった。

20世紀ロシア思想史

2017年04月 20日 (木) 11:59
書名 「20世紀ロシア思想史」 宗教・革命・言語」
著者 桑野隆  出版社 岩波書店  出版年 2017

ロシア革命100周年になる今年、桑野さんが20世紀のロシア思想史をまとめた。桑野さんらしく思想史といってもそのくくり方は、ぐっと幅広くなっている、まさに「知の歴史」を俯瞰できる。一応年代的に追ってはいるが単なる思想史ではないということを最初に表明しているのが第一章でバフチンをとりあげているところ。バフチンのようなまさに知の巨人、それこそ単なる思想史の枠からはみ出すような知識人を生み出していくロシアの知の背景のようなものが、その後の章で解きあかされている。これも本書の特色だといっていいが、芸術や文学はロシアの場合、思想や哲学のなかにしっかり入り込んでくる、そうした文学芸術をも思想史のなかに取り込んでいくことで、ロシア的な知のありかたがあざやかに浮かびあがってくる。それに自分が無知で知らなかっただけなのかもしれないが、各章で描かれる思想の流れのなかで、そうした流れとはまた違う思想の動向、ロシア・コスミズム、ユーラシア主義、異論派、余白の哲学などがとても興味深かった。
ここで取り上げられている思想家たちのことばを引用しながら紹介してくれているのもありがたかった。「学問とは集団的なものである。真の学者は自己のまわり学問を組織する」と言ったリハチョフのことばを読み、ちょっとリハチョフ読まないと思った。

鯨を生きる

2017年04月 18日 (火) 7:01
書名 「鯨を生きる−鯨人の個人史・鯨食の同時代史」
著者 赤嶺淳 出版社 吉川弘文館  出版年 2017

いま準備中の「石巻学」3号は鯨と牡鹿を特集するということで、このところ鯨関係の本を読むことが多い。この本にも「石巻学」で聞き書きをしたいと思っていた人も入っていたのですぐに購入、読んだ。この書の面白いところは鯨への視点のなかで食の問題を重大視しているところである。鯨については大きな発言力をもっていたC.W.ニコルが最近南氷洋の捕鯨はやめた方がいいのではないかと提言、どこか行き詰まりをみせている捕鯨問題にゆさぶりをかけた。この書もある意味、捕鯨問題について食という視点から見ることで新たな問題提起をしている。戦前の銃後の食としての鯨食、戦後直後の食料難のなかでの鯨食、魚肉ソーセージやハム、さらには見えない鯨食としての食用油の問題も視座に入れることで、捕鯨を支える大きな根拠となる食をとりあげている。その意味で大阪で鯨料理屋をやっている女将の聞き書きや、北九州の旦過市場で鯨を専門に扱っている店の主人の聞き書きは興味深かった。
「石巻学」のための座談会の中で、最後の話題になったのは、捕鯨の衰退、さらには震災のためのためまさにいま存亡の危機に立っている鮎川をどうするのかということだった。やはり鯨の街だっただけに、鯨を産業の核にするしかないのではないかということなのだと思う。そのときに食の問題は大きいと思う。聞き書きに登場した鯨料理の店の女将が編集したという「徳家秘伝鯨料理の本」はそのときヒントになるのではないだろうか。

日本の「アジール」を訪ねて−漂泊民の場所

2017年04月 12日 (水) 15:28
書名 「日本の『アジール』を訪ねて−漂泊民の場所」
著者 筒井功  出版社 河出書房新社  出版年 2016

育った仙台の住まいの近くには洞窟があちこちにあった。その中のひとつに誰かが住み着いていたような記憶がおぼろげにえる。この書でとりあげられているセブリの人たちではなかったような気もするが、昭和30年代ころまで籍をもたず転々と渡りあるいていた人たちがいた、それがよくわかる。著者の本はサンガ研究の大家三角寛がいかにでたらめなサンガ研究をしたのかを実証したものを読んでいる。今回は全国各地に残る漂泊民の人たちの生きた痕跡をひとつひとつそこに現在住む人たちの証言をもとに追ったものである。つくられたサンガ像ではなく、生きた人たちの足跡を拾い上げる中、籍を持たず定住地を持たず、生きていくことができた日本のある一面も映しだしているように思えた。またセブリの人たちは箕をつくるなかで生計を立てていたわけだが、箕がいかに重要であったかということにもなろう。ロマたちも箕をつくっていたことも知られている。漂泊民と箕の関連性は実はとても深いものであるのかもしれない。

さようなら、私の嘘

2017年02月 20日 (月) 15:05
書名 「さようなら、私の嘘」
著者 ヒキタクニオ    出版社 光人社  出版年 2010

「ロシア芸術の現在U」という私が担当している大学の講義のレポートの課題が、ある作品をとりあげてサーカス学的に考察せよということだったのだが、そこで学生のひとりがとりあげたのが、この小説であった。レポート自体とてもいい出来だったということもあり、小説そのものが読みたくなり、読むことになった。その意味では学生に感謝しないといけない。タイトルに、まったくサーカスを思わせるものがないから、よほどのことがない限り、この本を知ることはなかったろう。立派なサーカス小説であった。サーカスに生きる人たちの群像も描いてはいるが、PR会社につとめていた女性が社長から疎まれ、子会社のサーカス団の社長となり、サーカス団を立て直しながらも、逆にそれがまた社長の癪の種となり、社長の謀略で他のサーカス団と吸収合併されてしまいそうになり、それをなんとか防ごうとするということがストーリーとなっている。興味深いのはサーカス経営という視点から描かれていること、企業の新製品やイベントのためにPRをしていった主人公が、一目でサーカスが好きになり、その魅力をダイレクトに伝えるためにさまざまなアイディアを提示していくというところがひとつの読み所となっている。面白かった。こういう捉え方というのもありかなということと、小さな仕掛け、外タレの空中ブランコの三人がゲイで、リトワニア出身であったところとか、団長ファミリーがかつての国際サーカスの団長さんの名前だったり、学生運動の名残であるバリケード封鎖とか、すみれnewサーカスは、いまはないキグレnewサーカスが思い出されたりと、いうところも楽しめた。
ひとつの読み方だと思うが、ここには実際のサーカスの売り出しかたとしていくつかの面白いアイディアがあった。ただのパブリシティではなく、手触りのあるPR方法でサーカスのビジネスはまだまだいくらでも可能性があるような気もしてきた。そうした意味でも楽しめた小説であった。

セカンドハンドの時代

2017年02月 14日 (火) 23:11
書名 「セカンドハンドの時代−「赤い国」を生きた人々」
著者 スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ(松本妙子訳) 出版社 岩波書店 出版年 2016

600頁を越える大著、1キロ近くの重さ、通勤中に読むのに最もふさわしくない本である。しかし自分はいつもの習慣どおり、通勤中に読むことになった。読了するのに2週間以上かかってしまった。この間にぎっくり腰になったということもあり、この本を読むために、行きも帰りも極力座れるように各駅電車に乗ることにもなった。2週間、実に重かった。それは本の重さではなく、書いてある内容が伝える重みだった。読了するまでこれだけ時間がかかったのは、ここで語られるひとりひとりの話しの内容があまりにも重くて、ひとりのひと話しが終わったとき、とてもじゃないがすぐに次の人の話しを読むに気になれなかったからである。なぜかつてソ連という国に生まれた人たちは、こんな目にあわなくてはならないのか、37年にピークを迎える粛清の時代、身近な人たちから告発され収容所に送り込まれ、ドイツとの戦争でギリギリのなかで生き抜いてきた人たちにとって、ペレストロイカとはいったいなんだったのか、スターリン時代も第二次世界大戦も知らなかった人たちにとって、ペレストロイカの熱狂はなんだったのか、そしてゴルバチョフやエリツィンによって資本主義と自由の幻を見せられた民衆が、そのあとに見たものはなんだったか、そしてソ連という枠組みを失ったとき、民族や宗教や国境が立ち現れ、こうまでも人々は残酷に殺し合うことができるのか、そんな時代の渦のなかで、一度は夢を見た人たちの絶望がこれまで生々しく語られることのその重さに、読んでいる方が果てしなく落ち込んでしまうのだ。なぜこれほどまでに人間は過酷な運命に立ち向かわなければならないのか、そんな重い思いに打ちひしがれた2週間であった。ただ一度も読むのをやめようとはおもわなかった。むしろこの書は、我々ソ連やロシアを相手に仕事をしてきた、そこに多くの友人をもつ自分は絶対に読まなくてはならないものであった。
なぜアレクシェーヴィチは、このユートピアシリーズ5部作の最後に「セカンドハンド」というタイトルをつけなくてはならなかったのか。それほどまでに過酷な時代を、そのときは正義のために生きてきた人たちが目指した未来が、マヤコフスキイやメイエルホリドが「ミステリアブッフ」で見た輝かしい未来が、もろくもそして無残にもなくなり、かつての打倒しようとし知識人や民衆が目指した無情な権力が繰り返し現れてくるその虚しさがそこには投影されている。去年みたゲルマンの「ファウスト」のあのグロテスクな映像がかぶってくる。
この痛ましい現実を赤裸々に描きながら、この本がルポルタージュやノンフィクションではなく、文学にまで昇華しているのは、事実を明らかにすることだけで終わろうとしていないからである。ここに収められているたくさんの証言のひとつひとつは事実を語っているのだが、アレクシェーヴィチはそれをただ事実として書きとどめるのではなく、そこにしっかりとひとりひとりが生きた証をくみ取っている。ここには人間の生きざまが刻印されている。
未来が不在となったいま、どうやって「赤い国を生きた人たちは生きていくのか、それはわれわれの問題でもある。ここに集められている99%絶望に瀕した人たちの話しのなかに、まったく未来はないのだろうか。いまとんでもなく重苦しい読後のなか、それでもなにかかすかでも未来が見えたような気になっているのはなぜなのだろう。もしかしたらこの中で理不尽な恋のために捨てられたユーラという男がこんなことを語っているのがどこかで自分のなかでひっかかっているのかもしれない。
「これはだれにでも起きることなんです。うつうつとした気分、それはペストのように、みんなを襲う。汽車に乗って窓のそとをながめている、するとなんだかうつうつとした気分になる。まわりはうつくしい、目をそらすことができない、それなのに涙がこぼれて、自分をどうすればいいのか、わからない。そう、ロシア的なもの悲しさ・・・・。人はすべてを持っているでも、やっぱりなにかが不足していんです。それでも生きている。みんなはなんとか耐えているんです。」こんなロシア的な生への渇望がこの書の中に登場する人たちのなかにあったのではなかったのか。

デーモンの画家ミハイル・ヴルーベリ

2017年02月 08日 (水) 11:40
書名 「デーモンの画家ミハイル・ヴルーベリ その生涯と19世紀末ロシア」
著者 植田樹  出版社 彩流社  出版年 2016

モスクワのトレチャコフ美術館でなによりも圧倒されたのはヴルーベリの絵であった。圧倒的な色彩の迫力と描かれた人物たちのなんとも悲しげな目に心を奪われた。絵には圧倒されたが、この画家がどんな生涯をたどったかということまでには思いが及ばなかった。セロフやスジェイキンやフィローノフにつながっていくシンボリズムの画家なのだろうと思っていた。今回この評伝を読んで、彼が描いた絵をシンボリズムという流れに置くことがまったく無意味であることを思い知った。彼は心のプリズムを通していかに描くだけに一生を絵に賭けた男であった。そんな彼のいままで知ることがなかった生涯を、彼の描いた絵への著者の思いを交えた解説によってたどった非常に読みごたえのある評伝であった。移動派の絵が大きな潮流をなしていた時代に、独自の解釈から見出した美の世界の表現のために、心のプリズムを通した絵を描き続けたヴルーベリは、美術界からも世間からもまったく評価されることはなかった。晩年象徴主義が主流となって初めてまともに評価されるまでは、非難され続けていた彼の孤高の生涯は、彼が描き続けたデーモンの絵とかぶってくる。その意味で晩年に描かれた斃れたデーモンという絵は彼の人生というか、美を求め、生きようとしていた彼の生そのものを描いたものかもしれない。
この本にも彼の絵はたくさん収められているのだが、やはり画集でもいいからきちんと見てみたいと思った。
そしていい話しだなと思ったのは、彼がイタリアのサーカス一座に魅せられて、それまで暮らしていたキエフを離れ、一緒についてモスクワまで来たというエピソード。このエピソードだけで、私の世界でヴルーベリは、間違いなくツイルカッチとなってしまった。

北陸朝市紀行

2017年01月 17日 (火) 15:08
書名 「北陸朝市紀行」
著者 池田進一  出版社 こぶし書房  出版年 2016

前作は東北の朝市をめぐる旅だったが、今回は北陸。しばらく北陸に行っていないこともあるのだろうが、汽車や路線バスに揺られながら旅をしてみたいという気にさせられた。まだ辛うじて残っている各地の朝市に店を出すおばちゃん、おばあちゃんの知恵の蓄えに驚かされる。21世紀になってこれだけまだ食や生活の知恵が生きているということは奇跡と言ってもいいのではないだろうか。なんどうなづき、感嘆のため息をあげたことか、こうした知恵のひとつひとつがもしもこのおばあちゃんたちと一緒に消えていくのかと思うと、ほんとうに虚しくなる。だからこそこうした一冊の本が大事な意味をもつのかもしれない。インターネットではおさまりきれない知恵の数々を大事にしないといけない。
いま四季がなくなっていくなか、この朝市のおばあちゃんのところにはちゃんと四季が訪れている。これも知恵なのでばないだろうか。
年は北陸を旅してみよう。

五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

2017年01月 16日 (月) 15:31
書名 「五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後」
著者 三浦英之  出版社 集英社 出版年 2015

満洲を舞台にしたノンフィクションを書いた一人として、建国大学の卒業生を追ったこの本はずっと気になっていた。しかも開高健ノンフィクション大賞を受賞した作品、気にならないわけがない。著者は朝日新聞の現役記者、企画連載の取材のため、海外で暮らす卒業生から直接話しを聞けた(聞けない時もあったが・・・・・)のは大きい。しかもその中には元首相などという大物もいる。新聞での連載記事がなければ出来なかった本だと言える。ここに登場してくる人たちの戦後は、ひとつひとつが重く、それだけでひとつのノンフィクションとして読めるものばかりだ。それをこのようにまとめるなかで、著者にはいろいろな葛藤があったのではないかと思っている。上手にまとめているし、取材もしっかりとしている、ある意味破綻のない本で読みごたえもあった。おそらくこのタイミングで取材しなければ、話しを聞くのは無理だろうというかなりギリギリのところで出た本である。ただなにかもの足りないような気がするのは何故なのだろう。満洲というキメラの象徴ともいえる建国大学が舞台なのに、妙に収まっている、キメラのもつ暗黒の部分をあっさりと通過しているからなのかもしれない。
自分がとりあげた長谷川濬は、満洲の地方で働く官吏を養成するための大同学院であった。建国大学の国際性と表現の自由とはまた対局の理念のもとで、若者たちは学んでいた。いったいどういう国をつくろうとしていたのか、それを支える理念はなんだったのか、そこが闇というか暗黒の部分と通底してくるところに、満洲という幻の国家の本質につながっていくところがあるような気がするのだが・・・・ただそこは、入ったらもう出てこれないような闇の世界でもある。
クマのイチオシ
今度の桑野塾は、ロシアバレエ幻の展覧会!
第43回桑野塾

ほとんど誰も観られなかった《マリインスキー劇場初来日100周年展》

●報告者:沼辺 信一

2017年5月20日(土)
@早稲田大学16号館820号室

★詳細は桑野塾Webサイトで!


「石巻学」第2号!

「石巻学」Vol.2 港町シネマパラダイス

8月30日発売!
石巻と映画をテーマに、映画をつくっている人、映画を見せていた人、映画を見ていた人たちが集い、石巻・港町シネマパラダイスを浮き彫りにします!


アートタイムズ最新号!

アートタイムズ11号
『タキエさんがいた!』

デラシネ通信社 / 2014年4月25日発売
ドイツの肝っ玉母さん
ルジチカ多喜枝の生き方

ちょっと信じられないような、愛と豪快さに満ちた人生!


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