一安心、ちょっと重荷から解放された

2012年02月 13日 (月) 23:27
9時に郵便局へ。先日振替できなかったので、代表の木村会長から本人確認のためのパスポートを送ってもらい、役員名簿ほか会則も直したものを持参、なんとか今日こそと思ったのだが、先日親切に対応してくれた女性が今日はいない、彼女が必要だというものを全部揃えたので、いればなんとかしてくれるのではと思っていたのだが、まさかいないとは・・・それでも若い女性が対応、前回のことはよく知っているし、すぐに上に繫いでもらえる。ここから先は待つしかない、貯金センターへ何度か電話を入れているその内容を聞くと、また今回もダメかなと思ったりもしたのだが、なんとか30分後に振替できることがわかる。いやあ、ほっとした。全国の皆さんから預かった寄付金、最悪宙に浮いたらどうしようと思ったのだが、なんとか全額無事に石巻につくられた震災土蔵メモリアル基金運営委員会に送金されることになった。ここから実際の工事費などが支払うことになる。もちろん土蔵の修理・補強工事が終わるまでは言い出しっぺの自分たちの責任であるが、まずはお金をずっと預かっていたものを、正式に工事のために使えるように送金できたのはなにより、ほんとうにほっとした。募金を初めてからおよそ8ヶ月、いろんなことが思い出される。みなさんの熱い思い、それをなんとかかたちにしてもらったもの、それが今回の寄付金ではないかと思う。
心晴々だよ、ほんとうに。
11時過ぎに出社。午前中簡単な打合せ、今回のカレ・キリューの収支も出る。よくここまででくい止めたかなというのが実感。でもみんな協力してよくやったと思う。
2時過ぎにモスクワの友人のためサプリメントを購入してから糖尿の検査。まあまあの数値だった。
ハーリックと電話でいろいろ話す。明日からのモスクワ行きのために仮払いをもらったり、今回会うメンバーにメールを送ったりする。
18時退社。神奈川芸術劇場に向かう。昨日突然面白いから見て、という連絡をもらいみることになった太宰治の「トカトントンと」を見る。かなり面白い舞台だった。シンプルな舞台装置、照明の使い方、役者さんたちの力量、非常に濃密な劇的空間が生まれていたと思う。
トカトントンというあの響きが、読んだ後もなんども耳鳴りのように聞こえたものだが、この芝居ではまさにトカトントンのポリフォニー。虚ろな虚しいところへ誘うトカトンのバリエーションが妙に面白かった。
まだやらないといけないことがあるので公演後は早めに退却。
こんな俺なのにも、バレンタインの贈りものがふたつ届いていた。ひとつは上の娘からだが・・・
ありがたい話しである。

歌川国芳展

2012年02月 13日 (月) 17:23
没後150年歌川国芳展
会場 森アーツセンター

あきれるぐらいの旺盛な創作力というか、イマジネーションというか、その絵力に圧倒されてしまった。
久しぶりに満腹以上の展覧会となった。確かに人が多くて、見るのに時間がかかったということもあるのだろうが・・・
武者絵、物語絵という最初のコーナーを見ると、この背景にある江戸末期の物語の世界の豊潤さというか、底の深さに驚かされる。忠臣蔵や源平の話だけでなく、こんなに物語があったのかということにもちょっとびっくり。
美人画の女性の腰のくねらせ方とか姿勢の艶かしさにもうっとり。猫の絵も面白かった。
風景画では、完全に絵師から画家になっている。
今回の一番の目的は、竹沢藤次の曲独楽と早竹虎吉の軽業の絵を見ることだったのだが、初めて見るものばかりで興味深いものがあった。特に竹沢藤次の曲独楽は、ひとつのスペクタクル、ショーであったことがよくわかる。いまでいえばシルクドゥソレイユのような劇性の強い公演だったのではないだろうか。
江戸文化の底の深さ、濃さを存分に見せてくれた展覧会だった。

ウメサオ・タダオ展

2012年02月 13日 (月) 16:38
展示名 ウメサオ・タダオ展
会場  日本科学未来館
http://www.miraikan.jst.go.jp/sp/umesaotadao/

学生の時に読んだ「知的生産の技術」は衝撃的だった。すぐにでも京大式カードを買って、メモを書き留めたくなった。その頃大学生協でバイトしていたので、コープのB6カードをすぐに購入した。それも梅棹さんが、箱で購入すればいいというので、一箱購入したと思う。本からの抜き書きが多かったが、ずいぶん利用したものである。そしてこのカードを保管するために、これ専用のキャビネットファイルまで購入した。
「サーカスと革命」という私の最初の本は、ここで書き込んだカードを組み合わせてできたものである。
そんな梅棹氏の知的技法の一部も見れるのだが、それ以上にたくさんの見どころがあり、とても刺激を受けた。
最初のコーナーで探検したときのフィールドノートが見れるのだが、その中に鳥の鳴き声を音符にとっていたカードがあった。みんなこういうことをするのかもしれないが、自分からすれば目からうろこであった。
そしてもっと興味深かったのが、白頭山と興安山嶺を戦争の真っ只中に敢行した今西錦司のチームに梅棹氏も参加していたこと。この探検については本田靖春の今西錦司の評伝を読んだときにも気になったのだが、ますます興味が湧いてきた。
そんなこんなで、これ以外のたくさんのコーナー、博物館つくり、比較文明史の研究、そして情報を活用するためのさまざまな技法の開拓など、そのひとつひとつが実に魅惑的、刺激的である。学生の頃カードを買ってわくわくしたときの同じような、なにか調べたくなるとか、どこかに取材行きたくなるとか、そういう興奮がある。
そしてもうひとつの見どころは、詳細な年譜である。おざなりな年譜ではなく、氏のダイナミックな活動をあますことなく伝えるばかりか、随所に引用される氏の回想も効果的である。
失明したときの一文には、学問、研究に対する執念のものが、まわりの人の協力がひつようだがお願いしてみようということばの中に込められている。ほんとうに涙がでてきてしまった。
情報を収集、操作するだけでなく、それを生き生きとしたものにするのはそれを集めた本人の力なのであり、そこにこそ活路があるのではないかと思う。
刺激を猛烈に感じた展示会であった。

一週間

2012年02月 12日 (日) 23:37
書名 「一週間」
著者 井上ひさし  出版社 新潮社 出版年 2010

井上さんの最後の長編小説。しかも死後出された他の小説が未刊だったが、こちら少なくても連載は終わったもので、最後まで書かれていたものとしては文字通り最後の長編小説と言っていいかもしれない。ただあくまでも雑誌での連載が終わったということだけで、単行本として出版するさいには、いろいろ手直し加筆する予定であったのではないかという気がする。あそこまでひっぱっておいて最後の日曜日がわずか一行で結果だけを知らせるだけでは、どうにもこうにもおさまりがつかないような気がした。
戦後のハバロフスクの日本新聞をつくっているところが舞台、ここにソ連によって駆り出された男が、単身ソ連と関東軍の将校たちに闘いを挑むという、自分にとってはめちゃめちゃ興味深い舞台設定のため、そこそこ重い本ではあったが、これを読めるという通勤時間がとても楽しく、待ち遠しいものとまでなってしまった。さすが井上ワールドである。
以前テレビ東京の名物番組「お宝鑑定団」に、東京裁判にロシア側の通訳として出席したロシア人の教え子が、先生からもらったという当時、井上さんのこの小説にも登場してくる溥儀が書いたスケッチとノートを出して、何百万という高額な鑑定を受けたことをふと思い出した。
おそらく最初井上さんは、主人公を罠に落し込んだ官憲が共産党に送り込んだスパイMとか、収容所で兵士たちをこき使い自分たちはなんにもせず生き延びていた元関東軍の将校連中を軸にしたいと思っていたのではないかと思う。そこに突然収容所から脱走したひとりの日本人捕虜が、手に入れたレーニンの手紙をめぐっての話しが出てきてから、そっちの方にあたまがいってしまったのではないだろうか。
ひとりソ連に対して、そして収容所でも自分たちだけ生き延びようとしている元関東軍の将校たちに闘い挑む中年の兵士(元共産党員でもある)のスーパースターぶりは見事である。そこに絡んでくるかつての共産党の仲間とか、少数民族の監視役とか、店の妖しげな客とかの人物像も生き生きとしている。
最終的に仕上げる前の段階のものを読むと、未完のものよりははるかにどう決着をつけるつもりだったのかがしなり気になってくる。Mは満洲に生き延びたのだろうか。脱走した日本兵医師のその後は・・・気になることがたくさんでてくる。
いちばん気になるのは、この主人公を最後にどう料理するつもりだったのかということだ。
もっとしたたかに生き延びて欲しかったと思うのは、甘いのかな・・・・でもそうして欲しかったな。
井上さんが存命であれば、きっと最後になにかどんでん返しを考えていたのではなかったか・・・やはり気になるな。

マラソンも駅伝もない日曜日

2012年02月 12日 (日) 12:42
起き出したのが9時半。久々の朝寝坊である。
のんびり朝飯食べて、切り抜きの整理をしたりして午前中を過ごす。
神戸の知人からいま神奈川芸術劇場でやっている芝居がいいからぜひ見てというメール。問い合わせると明日のチケットが5枚しかないという、予約を入れる。
今日は駅伝もマラソンもないので、ラジオを聞きながらモスクワ行きの荷造り。毛皮の帽子の紐が切れていたのを奥さんに直してもらう。
やることはたくさんあるのだが、こうなると手がつけられないことがたくさん。
しかたがないか・・・・
チケットを買いにセブンイレブンへ、帰りに出来たばかりのマルエツへ。そんなに品揃えはよくないかも・・・
先週録画したトンイを見てから、今週のトンイを見る。まあすごいスピードで話が展開していった回だった。宮殿から追放される前に、子どもが病死するわ、追放先で懐妊して、出産。番組の最後ではこの子どもが6歳になっていた。
どうやらいよいよ次回からは最終章となるようだ。
モスクワに連絡したり、メールをしたりしているうちに24時。またしばらく休日がなくなるので、貴重なお休みだったかな。

やっと見た!

2012年02月 11日 (土) 22:45
お台場でやっているウメサオタダオ展を見るために、早めに家を出る。久しぶりに副都心地区とやらに来たが、いやな感じだね、ここは。なんか気持ち悪い。
日本未来館というところでウメサオタダオ展はやっていた。そんな大きな展示コーナーではないが、ひとつひとつのコーナーが実に細かい工夫がなされていおり、見応えがある。京大式カードにはずいぶんお世話になった。このカードを収納するためのキャビネットもまで買ってしまった。でもこのカードをとりながら、ずいぶん勉強させてもらった。まあいい、きちんと観覧記をあとで書こう。
ただひとつだけ。彼の生涯も実に細かく紹介されているのだが、その中で66才に突然失明したあとに書いた一文を見て、思わず目頭が熱くなってしまった。
「目がみえないまでも、この仕事はやれるのではないかとおもった。それにはもちろん、たくさんの友人たちのたすけにたよらなければならないが、みんなにたのんでみよう。わたしは決心した」
大崎経由で、鶴瀬へ。パン屋でパンとコーヒーのかんたんな昼食をとって会場へ。
昨日の西田さんのトークショーとても良かったとのこと。主催者の館長さんもとても喜んでいた。
やっと今日初めて見れるということでなんとなくウキウキ、切符をもらって10分前には席につく。
これもきちんと感想書きたいので多くはここで語らないが、ラストシーン、4人が次々に現れるところでなぜか涙がこみあげてきた。ほんとうに素晴らしい公演だった、よく若者4人が、そしてスタッフたちがこの公演をつくりあげたものだと思う。心の底から拍手を送りたい。
ロビーには東京公演で見かけて人たちの顔も何人かみかける。うれしいのは見終わった子どもたちの幸福そうな笑顔、紙飛行機を一生懸命に飛ばしているひとたちもいた、そしてロビーに出演者が現れると、みんな駆け寄り人の渦。いいなあ、こういう雰囲気。
近くの沖縄料理屋で打ち上げ。10時半すぎにお開き。かなりきわどいタイミングではあるが、なんとか品川から杉田までは行けそうな感じ。品川で電車が遅れて、最終の大船行きには楽勝で乗れた。
杉田からタクシーで帰宅。いやいや、やはり遠いなあ、富士見からは・・・・

富士見へ

2012年02月 10日 (金) 0:09
今日もベイサイドまで走る、シャッキとした日の出はなかなか見えない。がんばれと思わず太陽に叫びたくなる。そんなこと言ってもな・・・・
ロシア大使館に直行、ビザを受け取る。当たり前に申請しているのだから、当たり前に受理できることなのだが、何故かどきどきする、ソ連・ロシアのなんでもないことが普通にできることが、わりと普通じゃないという習慣に慣れてしまっているのかな・・・でも大丈夫、ビザは下りた。
12時過ぎに出社。そのモスクワ行きであちこちに連絡。そして持っていくものを準備。
15時過ぎに会社を出て、富士見へ。明日の公演ではなく7月のイベントについて打合せ。打合せというよりは意見交換をしているという感じ、こうしたことを何度も何度もくり返すなかで、指針が見えてくるということなのかもしれない。
18時50分のバスで鶴瀬へ。鶴瀬の前にも食べたそば屋で食事をとってから帰宅。
21時半に到着。

日経新聞

2012年02月 09日 (木) 13:52
日の出が6時半ぐらいになり、ちょっと日の出のタイミングには間に合わなくなりつつある。でも気のせいか確実に暖かくなっているような・・・
モスクワ行きにそなえてもっていく書類をとにかくまずは作成すること。
モスクワでいまシルクドゥソレイユをやっているみたいなので、パリでコルテオに出ている知り合いに招待券の手配を頼む。
眼鏡のツルがかなりやばそうなので、代わりの眼鏡をしてきたのだが近視用で遠近両用ではなく、仕事にならない。本は眼鏡を外せば読めるが、パソコンの画面の字はかなりつらい。
久々に気功。治療中に完璧にオチル。
帰って来て隣の家から日経の朝刊をもらう。桑野塾で二度報告、今回のアートタイムスにも書いてもらった島田さんが大きく文化欄で紹介されている。
地道な研究をしていた島田さんの研究がこうして日の目を見るのはなによりもうれしい。
「アートタイムス」のおかげということもあるかもしれない。
今日は久々にアルコールを抜き、そして早めに就寝。

孤独な噴水

2012年02月 08日 (水) 16:29
書名 「孤独な噴水」
著者 吉村昭    出版社 講談社(講談社文庫)  出版年 1986

吉村さんの初期の小説にボクシングをテーマにしたものがあるというので、ずっと気になっていた。この「孤独な噴水」は、京成沿線のジムに通う若者の屈折した青春を描いた作品。「あしたのジョー」の舞台となった泪橋を思わせるような下町のごみごみした路地やガード下の風景が目に浮かんでくるよう。そうした情景を背景にして、暗い情念の世界が淡々と描かれる。とにかく暗く、救いを見いだすのがとても難しい小説であった。リングにのされてしまった敗者が、おぼろげにみえる照明や、勝者の姿の残像が点滅するような感じが漂う。敗者の匂いが染み渡る小説ともいえるかもしれない。
もう少し他の吉村さんのボクシング小説を読んでみたくなった。

まて郵便局でひと騒動

2012年02月 08日 (水) 10:30
土蔵メモリアル基金は、すべて漂流民の会の口座に振り込まれている。石巻の方で土蔵メモリアル基金の口座をつくってもらったので、ここに振替することで、いままで当会が果たしていたことがある意味完結することになる。ということで口座のある郵便局でその手続き。金額が200万円を超える場合は、会の規約とか必要になるというので、また家に戻り、規約と役員名簿を持ってくる。その上で振替ができるのかどうか上の方に聞いてもらう。お昼近くまでかかって結局、規約に不備があること、さらに代表者である会長の身分証明する書類がないことで、今日の振替は出来なくなった。いろいろな犯罪があるため特に任意団体の送金、引き下ろしについてはかなり身元確認ということでやかましくなってきた、それはわかるのだが、そのためにいままでなかった手続きが増えることはなんとなく腑に落ちない。ただ今回は全国の皆さんから寄せられた大事な基金・寄付である、きれいに送金したい、一番やっかいなのは会長の身分証明のオリジナルをお借りしなくてはいけないことなのだが、それはなんとかしないといけない。あとで連絡がつき、パスポートを送ってもらうことにする。窓口の女性がきちんと説明してくれたから、切れずに落ち着いて対処できた。とにかく送金するまではきちんとやらないと・・・
でやっと会社に行こうということになり、富岡の改札で定期をだそうとしたら、定期がない!真っ先に思い出したのが、以前乗り過ごして精算したとき、定期をそのまま精算機に入れっぱなしにしていたこと。すぐに駅員さんに能見台に定期をないかどうか確認してもらう。やはりあった!良かった! 能見台で定期を受け取り、やっと会社へ。
なんかこれですっかり消耗してしまった・・・モスクワから嫌な電話もあったし・・・
また今日も一千代へ。ふぐの半額セールということで、昨日は自分たちの他に一組しか客がいなかったのに、今日はふぐの客が自分たちをふくめて5組、途中福田さんも顔を出す。
締めに今日は空いていた「みなと」でハイボールを一杯飲んで、帰宅。
クマのイチオシ公演
ダメじゃん小出「初めて世界一周した日本人 若宮丸 漂流」
2012年02月
« 前の月    |    次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29
プロフィール
  • ニックネーム:クマ
読者になる
しばらくコメントとトラックバックはお休みします。
メールフォーム
タイトル

内容
最新コメント
めぐ
希望はつくりだすもの (2011年05月13日)
おみゆ
ダレンシャン (2011年01月06日)
ミミ
名古屋ライブ情報 (2010年08月17日)
ちゃ〜
西宮神社へ (2009年11月25日)
浅草雑芸団
猿回し復活・考 (2008年07月06日)
Yapme!一覧
読者になる
P R
デラシネ通信
デラシネ通信 最新記事

石巻若宮丸漂流民の会
桑野塾
雑誌「アートタイムズ」

月別アーカイブ