新手詐欺の先例

2016年11月 30日 (水) 14:55
5時前に起床。水族館劇場に頼まれていた原稿をチェック、問題なさそうなので送付。ほぼいつもどおりに家を出ればいいので軽く走る。あとは1週間以上走れなくなるということもある。走っているうちにサーカスフォーラムに参加する人にアートタイムスのサーカス学特集をプレゼントすることを思いつく。トランクを開けて10冊詰め込む。これで俄然重くなった。駅まではどても歩けないということでタクシーで冨岡駅まで。
電車に乗ったところで、もしかしたらと忘れ物に気づく。発表の時に使おうかとプリントアウトしていたパワポ文書と発表の時に使おうと思った資料。家に電話する。しっかり机の上にあるという。戻るわけにもいかないし、なくてもなんとかなりそうなのでそのままに。余裕もってやっているはずなのにどうしていつも忘れ物をするのだろう。
今回はネットでチェックインしておいたので、座席もとれたしすごく楽だった。しかも荷物はサンクトまで行くので、モスクワでピックアップする必要はない。
アエロフロートは機内でビールがでないことを乗ってから思い出す。一応ハイボールの缶を買っておいたのは正解だった。ずっと今度飛行機に乗り時は読もうと思っていた沢木耕太郎の「流星ひとつ」を読む。藤圭子引退前のインタビュー。いいルポだった。最初は死んでから二カ月後にこの本が出て、ずいぶんあざといことをと思ったが、読書好きで信頼できる友人がこれは面白いと言っていたのを思い出し、読んだのだが、いい本だった。
モスクワ到着。二年前機内アナウンスで1時間遅く間違った時間を聞いたために、乗り継ぎのとき大変だったことを思い出す。モスクワ定刻到着、2時間も時間があるし、今回は搭乗券もあるので余裕だろうと思ったら、入国審査に長蛇の列。8割近くは中国人。結構かかった。それでも一時間以上はあるので楽勝と思って、国内線の乗り継ぎの案内を探していたときだった。アエロフロート・トランジットという札をぶら下げた男が寄ってきて、国内線の乗り継ぎか、ここからえらく遠くだし時間もないので、いま案内をつけるからすぐについて来いという。なにか乗る便のトラブルでもあったのだろうと思い、ついていくと、外に出て車に乗せられる。地図を見せてこんなに離れているから、この車で行け、お金はルーブルだけだというところで、変だなあと思い始める。飛行機のトラブルではないの、時間はあるし、乗り継ぎは近いはずだがとロシア語で聞くと、ロシア語がわかるのか、どうでもいいけど時間ないよ、あとは自分の好きにしてという。あわてて車を出てまた空港に戻る。まあこんな手もあったのかという新手の詐欺だったことに気づく。これで時間が大幅になくなったが、なんとかセキュリティーを終えて、搭乗口へ。ちょっと時間があったのでビールでも買おうとぶらぶら。搭乗口に戻ると時間なのに人気がない、時刻表を見ると、搭乗口が変わっている。ここはロシアなのである。最後の最後までチェックしないと。あわてて変更した搭乗口へ。乗客の多くは中国人観光団。この人たちは列で待つという習慣がないから困る。
予定より1時間近く遅くサンクトの空港に到着。−3度というアナウンスだった。今年は例年になく寒いというのは出迎えに来たアリョーナの話し。
フォーラム会場のDDTから近いところのホテルかと思ったら、ずいぶん遠くのホテル。チェックインして一安心。カードキーをもらって部屋に入ったら驚いた。部屋の中に二階がある。とんでもないいい部屋。台所もあるし、応接間もあるし、前回のホテルとは雲泥の差。かえってどうつかったものか部屋の中をあちこちいったりきたり。やっとネットをつなぎ、荷物も片づけ。冷蔵庫に入っていたビールを飲んで一息。まあいろいろあった一日であった。着くだけでこれだけ疲れる、ここはロシアなのである。

急いで帰って来てみたら

2016年11月 29日 (火) 5:52
すっかり長浜公園あたりは冬の装いになっている。紅葉なんて見ることもなく冬が来たという感じである。このころになると「冬が来るたびに、もう一度あの人とめぐり合いたい」という歌詞をくちずさんでしまう。
明日からロシアということで、報告用の資料のまとめと行く前にやらないといけないことでバタバタと。
ロシアに持っていってもらいたいという荷物らしきものの不在届けの伝票があった。今日は奥さんもお仕事で夜までいない。よる19時から21時の時間帯で受け取るという手続き。会社を早退して18時40分ころ帰宅してポストをあけている時に、配達。間にあったと喜んで来た封筒を開けてみたら、、待っていたものではなく、中身は饅頭だった。小出君の公演の時に渡そうと思ったのを渡しそびれたのを送ってくれたみたい。ありがたいやら、がっくりくるやら。もうひとつの荷物は届いていたのだが・・・
明日の荷造り。なんとか全部詰めることはできた。あとは食後頼まれていた原稿を書いて、ウォッカひっかけて就寝。

ロング・マルシェ

2016年11月 29日 (火) 4:36
書名 「ロング・マルシェ 長く歩く アナトリア横断」
著者 ベルナール・オリヴィエ 内藤伸夫・渡辺純訳 出版社 藤原書店 出版年 2013

停年(60歳)をまじかに控えそれまで記者として活躍していた著者は、独立した子どもたちからロッキングチェアと犬一匹贈られ愕然とする。このまま隠居生活するなんて我慢ならぬという思いはあった。モーリアックの「引退、それはすばらしい。ただひとつ具合が悪いのは、それが必ず不幸に終わることだ」という言葉がひっかかる。ただなにをしたらいいのか焦る。そんなとき思い立ってスペインにある聖地サンティアゴ・デ・コンポステラまでパリから歩くことにする。2300キロを三カ月かけて歩きながら、生き続ける理由を見つけようとした。その中から生まれたこと、それがシルクロードを歩破することであった。具体的にはイスタンブールから西安まで歩くことである。
ここまで読んでむずむずが押さえることができなかった。63になって、なんとなく引退ということばちらちらしはじめ、歩くことが大好きで、イブン・バットゥータの旅行記にときめいていた自分にとってこれほどうさわしい一冊はないのではないか。
一気に読み終えることができるかと思ったが、読破するのにえらい時間がかかった。著者の足並みにあわせていたかもしれない。一日40−60キロから歩くそのペースで著者が見たもの、経験したこと、人との出会いを読んでいるうちに13ある章を一日に一章読むのが精一杯だった。それが著者のペースでもあったと思う。歩くことで治癒力を発見したという著者だが、その歩みは決してのんびりとしたものではなかった。
最初のうちはトルコの人たちに歓待を受け、バットゥータが書いていたようなイスラム教徒たちの旅する人たちを迎え入れるホスピタリティーが現在も残っているものなのだと思っていたが、後半今回の最初の目的地テヘランが近くなってくると、追剥になんどかあったり、ゲリラと対する軍隊や住民たちから弾圧を受けたりと緊張した場面が続く。しかもアララト山を目にし、イラン国境を目の前にしたところで、アメーバー性赤痢にかかり、イスタンブールまで緊急搬送されるという意外な結末まで待っていた。現代(著者が実際に歩いたのは1999年から2002年)のシルクロードを歩くことの困難さがそこにある。
なんども道行く人々に車に乗れと誘われても、著者は歩くことにこだわる。身体の具合が悪くて車に乗ることがあっても、具合が良くなると車に乗ったところまで戻り、そこから歩く。シルクロードを歩ききるということへの著者のこだわりが、自分には少し息苦しかった。それは映画「フォレスト・ガンプ」で主人公が妻を亡くし、突然走りはじめ、とにかくひたすら走りつづけたあの姿にかぶってくるものかもしれない。だからこの本にはあまり風景の描写が少ないのかもしれない。もちろん見てはいるのだろうが、彼の関心はあくまで歩くことにあり、歩く自分にあるということだろう。
「機械文明のために、われわれは歩く人類というものを忘れ去ってしまっんた。歩いて辿る小道は生命の道だ。それは比類のない錬金術によって、暑さ、雨、風、寒さのような試練を乗り越えさせてしまい、ほんとうに生きるという純粋な仕合わせに変えてくれる」と書く著者にとって歩くことが生きることなのだからそうなるのも当然かもしれない。
しかしそれだけでなく泊まる先々での人々の歓待ぶりのなかでのそこに住む人たちとの交流ぶりもしっかり書かれてあり、バットゥータの「大旅行記」を彷彿とさせてくれる。
ただこの著者がこの旅で目指すものと、おそらく自分が旅でめざすものは違うなあということもあり、あと2冊ある本は読まなくてもいいかなとは途中まで思っていた。しかし盗賊にあったり、ホスピタリティーだけでなく、旅人は危険だと判断している住民たちや軍隊によってピンチに追い込まれていくスリリングな展開、そして旅のリタイアーというところまで読んでしまうと、この先が気になってしまう。しかも次回はサマルカンドまでだという。これは読まないといけないだろう。

弁護人

2016年11月 28日 (月) 12:01
朝から新聞テレビでは、お世話になっているスペースワールドの話題でもちきり。ここまで叩かれることはないと思うのだが・・・昨今のネット炎上というやつが、ひとつのブームのようになってしまっているようだ。ここまで騒ぐようなことではないはずなのに。
久々に朝の打ち合わせ。なんとうれしいことに今年の冬休みは23日から9日まで。例年冬は仕事もないのでいつも休みは多いのだが、カレンダーの関係もあって今年はこうなった。どこかに行けそうだな・・・・
サンクトで報告することをパワポにしているのだが、その詰めの作業。
ひとつ提案していた案件がダメになってしまったので、その旨アーティストに伝える。とても気に入っていたのでこのままリリースのはもったいないので、今度モスクワに行ったら会えないかと連絡。
5時半に会社を出て、新宿のシネマカリテへ。奥さんお薦めの韓国映画「弁護人」を見る。
主演のソン・ガンホの熱演に圧倒された。国家保安法により不当に逮捕された学生を弁護しながら、映画の世界を乗りこえて、いま生きる人たちへの呼びかけていた。見終わって涙が流れてきたのは、そのメッセージを必死に伝えようとするその姿のためだったと思う。軍事政権時代の話しだが、国家保安法を楯に、なんでもやっていいとうそぶく輩は、過去の遺物ではないのだ、いまでも韓国だけでなく、日本にもいる。国家を守るという名のもとに、主権者たる国民の生きる権利をないがしろにする、そんな時代は過去の話しではない、いまの話しでもあるということを、ソン・ガンホは必死に伝えていたように思える。

語る力と物語の力

2016年11月 27日 (日) 14:45
『ダメじゃん小出の堀出し歴史探訪−若宮丸漂流物語〜日本人で初めて世界一周した男たちの物語〜』
出演・作 ダメじゃん小出
会場 文化座アトリエ
日時 2016年11月26日午後6時

いままでシベリアにたどり着くまでと、クロンテュタットを出発するまでの2回にわけて演じていたこの作品を、今回は一気に通しでやろうということになった。この若宮丸漂流民の物語が、いまひとつ日本で知られていないのは、あまりにも波瀾万丈すぎて、例えばツィッターでは説明仕切れないところにあるのかもしれない。大黒屋光太夫の話しは、ロシアに漂流した男たちが、望郷にかられ、幾多の困難を克服しながら、皇帝に直訴、ついに帰国したと言い切れるのに対して、若宮丸の漂流は、世界一周してしまったことで、ぐっと話しが壮大なものになってしまう。しかも内部でも帰化組と帰国組との対立があったり、ロシア側でも内部対立があったりと説明がいろいろ入り組んでしまう。なんとかこの壮大な話しをわかりやすくできないかというのがひとつの課題になっている。小出のいままで2回にわけてきた語りは、こうした対立にもめくばせしながら、濃密に演じてきた。おもわず話しに引き込まれていくだけの物語の魅力と語りのうまさがあった。それを今度は1時間半で全編を語り通すという。一番心配だったのは、あまりにもおさめようとすることに気をとられ、この壮大な物語の粗筋をなぞるだけになってしまうことだった。平兵衛の死や、善六の帰化、吉郎次の死、クロンシュタットでの別れをいままでこってり語ってきたのに、全編通しにしたことでなぞるだけでおわり、真情までは見えてこなくなる。そうした危険性はあったかと思う。
しかしこの危険性を乗り越えて、1時間40分に見事にまとめ、しかもめりはりをつけたかたちで、吉郎次の死やふたりの帰国断念、善六の下船の決断などは、真情あふれる語りになっていた。随所に小出らしい小技で笑いをとることも忘れていなかった。壮大な物語の力を全部受け止めずに、ちょっとかわしたり、押し返したりするなかで、自分の世界をつくろうとしたのは語りの力だったと言えないだろうか。
これを語りでやらないという話しを持ちかけた方としては、よくここまでかたちになったと思う。そして通しをやってもらうことで、ひとつ欲が出てきた。
この作品を小出のレパートリーとして大事に育ててもらいたいということである。
たぶん出来ると思う、その手応えを感じた公演でもあった。
小出のトークの面白さは、ひとつの事柄を見る視線のズレみたいなところ、独自な視点、こだわり、それを掘り下げることで生まれるおかしさ、それとアレゴリーをふくらましていく物語構成を軽妙な語りでつないでいくところにある。ふつうだったら講談や浪曲のネタになるような話しを、小出風にアレンジすることで、新たな語りの芸能ができるのではないかという期待がある。今回もプロジェクターをテーブルのパソコンをつかいながら地図や人間関係図を見せたり、漂流する若宮丸をマジックのフライングテーブルのような手法で見せたりしていたが、こうしたことは講談や浪曲ではできない、小出がいままで鉄道シリーズや選挙ものなどのライブでよく見せる手法だが、こういうことを取り入れながら、壮大な物語を立体的にわかりやすく見せることができるのではないだろうか。
津太夫が石巻に戻り、船主の平之丞に報告に行き、乗組員の家族たちを前に自らの体験を語り始めるところ、あるいは終えるところで、やはり演出がほしくなってきた、そういうことをいろいろ試しながら、ぜひこの作品をつづけて上演していってもらい、磨きあげてもらいたい。その中で語る力と物語の力がしっかりと結びつき、そこで新たな語りの芸が生まれていくのだと思う。

若宮丸漂流民物語

2016年11月 26日 (土) 14:14
小出君と組んでの仕事の日にしてはいい天気になった。朝軽く走る。久々に磯子スポーツセンターの方まで。小川というか堀のそばを走っていたら、カワセミが飛んできた。こんなに近くで見るのは初めて。あらためてきれいだなと思う。
11時現場集合なので、朝飯を食べて、石巻学と北漂記を背負って家を出る。毎度のこととはいえ、行商の荷物は重たい。
11時会場に行ったら、すべて準備完了。椅子まで並べてあった。やることはほとんどなし。文化座の舞監の人が全部やってくれていた。二回で100も入ればいいということで席は50席強並べる。
小出君の制作で受付の人が来て、ここ2−3日結構伸びてきたことを知る。
14時の公演は結局70人近くの人が来る。開演前に急遽追加の椅子を出す。椅子を追加で出すなんて久しぶり。途中迷子になっている人が多いようだ。5分ほど押して開演。通しでやるのは初めて、ここでやるのも初めて、場数を踏んでいるとはいえ緊張しているのは明らか。通しでやって1時間半で終わる。さすがである。見た人たちもみんな面白かったと声をかけてくる。
2回目もほぼ同じくらいの人が入る。今回は会場案内を文化座の劇団の方がやってくれるので、大助かり。物販がなかなか売れないのはしかたがないか。出来立てホヤホヤの自分が書いた概説書の方はすぐに売れたが、これは印税がないのであまり売る気はせず。「北漂記」は3冊売れた。
2回目はさすがに落ちついたようで、ずいぶんよくなっていた。
撤収も文化座の皆さんが手伝ってくれるので助かる。
代表の佐々木さんと一緒に近くの満州の中華屋さんで食事。いい店だった。こんどアトリエ公演があるときはここにしよう。
公演が終わってひとつ峠を越えたかな・・・ずいぶん気持ちが楽になった。いい公演だったということもあると思うが・・・

サーカス学ゼミ

2016年11月 25日 (金) 12:33
朝も冷え込むので凍結に注意なんてラジオで言っていたが、こっちはそんなことないだろうなんと思っていたら、朝ベイサイドまで走っている途中ですべって危うく転倒するところ。デッキの部分や橋の下りのところはかなり凍っているところがあった。日の出の時間とそろそろシンクロしてきている。今日も富士山がきれい、霜も・・・。もう完全に冬だな・・・
明日は小出君の若宮丸漂流民物語の公演。午後から小出君は会場へ。ツイッターで会場の準備がすっかり出来上がっているのを知る。
今日はサーカス学ゼミの日。その前にしんのすけ君から劇場ジャグリングのスタートとなった「堀の外のジャグリング」の話しを聞かせてもらう。サンクトのサーカスフォーラムでの発表のため。
今日のゼミは、上島さんの「見世物大博覧会」についての報告、芦沢さんは今度の出す予定のインドの見世物小屋の写真集と前に出した写真集を見せてくれた。
今日のメイン報告は武内君の枕返しとシガーボックスの話し、実に詳細に文献を点検しながら、枕という日本古来から使われてきた演芸の道具についてせまる実にスリリングな報告であった。
次回は1月末になる。どうやらサーカス学ゼミも軌道にのってきたかな。
帰りは試しで池袋まで出てから副都心線で横浜までというコースをとる。かなり時間がかかる。王子から京浜東北線で横浜にでるというのが一番早いだろうな・・・

神弓

2016年11月 24日 (木) 11:10
予報どおり都内は雪のようでテレビの中継は積雪をはじめた八王子や箱根の映像がばんばん流れる。こっちはまだ雨。ただ寒い。明後日の小出君の公演の件で、そろそろ当日の準備ということでいろいろやりとり。伸びがもうひとつ、もう一声かけていかないといかんね。
サンクト行きの準備も。結局サンクトからモスクワへは汽車の移動となった。
報告のための資料も作成していく。
今日は奥さんがベタ誉めしていた韓国映画「神弓」を見に、韓国文化院へ。
弓での闘いが中心なのだが、2時間のなかで1時間半は闘いのシーン、それも弓によるバトル。これがめちゃ迫力がある。西部劇より迫力がある。後半は追走バトルで、まさにサバイバルで息もつかせぬ展開。お決まりの展開なのだが、これがひとつひとつのバトルが巧みに描かれているから迫力がある、しかも追手の満州軍隊がこわいから、見ている方の身体がこわばってしまう。いやいやすごい迫力であった。
家に着いたのか22時半、映画の疲れで酒も飲まずにすぐに就寝。

早慶戦

2016年11月 23日 (水) 12:00
地震のあとは雪らしい。朝から曇天、走っていると若干だが息が白くなっている。
サンクトの報告用の資料をつくりはじめる。今日はこれに集中。パワポが使えるかどうかわからないが、自分の整理にもなるのでこれでつくってみる。なんとか骨子はできあがる。
昼飯のあとラグビーの早慶戦を見る。ノーサイド寸前まで勝敗の行方がわからない、面白い試合ではあったが、個人のスキルはかなり落ちている。これでは帝京の天下がしばらく続くだろう。早稲田の攻撃のパターンはなかなか面白いとは思ったが、肝心なところでターンオーバされたりしていたし、とにかくレベルが落ちている。大学選手権まではいくみたいだが、正月はないだろう。ハーフの一年生ふたりはかなりいいとは思うのだが・・・・
夕食後今週終わった衛星の韓ドラ「三銃士」のDVDを見る。最後には話しが破綻してしまっていた。これじゃなあ・・・
明日の朝は雨か雪になるのは確実なようなので、今日はハイボールを飲みながら夜更かし。寝る前に外を見ると、雨が降り始めていた。

津波

2016年11月 22日 (火) 12:55
朝起きて、ラジオをつけると、ラジオ深夜便のインタビューシリーズ。津村節子さんが吉村さんのことを語っていた。興味深く聞く。最後は三陸大津波の話しになる。それから30分後ぐらい経ってからだと思う。あのまた嫌な緊急地震情報が流れたのは。福島沖が震源地と告げたところで、揺れ始める。長く嫌な揺れだ。これからラジオはずっと津波の危険を絶叫しながら、避難を呼びかける。テレビを見ると実家のある泉区は震度3で心配はないのだが、問題は津波である。あとはテレビの映像に釘付け。画面は小名浜港なのだが、時折白い波が立ち、潮が激しく流れることもある。怖い。鮎川に80センチの津波。会社に行くために家を出るとき鮎川にはさらに高い津波が到達、そして宮城には注意報ではなく警報が出されたことを知る。
会社に着くころにはとりあえず警報も注意報も解除されていた。大きな被害はないようだ。
ただ問題は福島原発でまたトラブルがあったこと。この程度の地震でトラブルがおこるのだ。やはり日本列島すべて災害列島になっている、どこが安全ということはない、すべての原発を停止させないとダメだ。事故が起こってからではもう遅い。それをなぜ忘れてしまったのだろう。
津波はやはり怖い。それをまた思い起こさせてくれた。
クマのイチオシ
「石巻学」第2号!

「石巻学」Vol.2 港町シネマパラダイス

8月30日発売!
石巻と映画をテーマに、映画をつくっている人、映画を見せていた人、映画を見ていた人たちが集い、石巻・港町シネマパラダイスを浮き彫りにします!


ダメじゃん小出の若宮丸漂流物語 決定版!

ダメじゃん小出の掘出し歴史探訪
若宮丸漂流物語
〜日本人で初めて世界一周した男たちの物語〜

2016年11月26日(土)
@東京・駒込 文化座アトリエ


今度の桑野塾は、南ロシアを掘る!
第41回 桑野塾

南ロシアのステップに魅了されて・・・
●報告者:鴨川和子

2016年11月19日(土)
@早稲田大学 16号館8階820号室


アートタイムズ最新号!

アートタイムズ11号
『タキエさんがいた!』

デラシネ通信社 / 2014年4月25日発売
ドイツの肝っ玉母さん
ルジチカ多喜枝の生き方

ちょっと信じられないような、愛と豪快さに満ちた人生!


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