相撲と日本人移民、今後の課題

April 05 [Sun], 2009, 12:05


相撲と日本人移民 [編集]
相撲は、日本移民とともにブラジルに渡り、南アメリカにも持ち込まれた。

ブラジルでの最初の相撲大会は1914年8月31日、天長節を祝してサンパウロ州グアダバラ耕地で、開催された。福岡県、熊本県出身の30人余の若者が参加し、日本の本式の土俵で行われた。

1962年、アマチュアの普及発展を目的に、伯国相撲連盟が結成。1966年にはブラジル政府公認のスポーツ団体となった。相撲推定人口は約4000人、本部はサンパウロ市にある。
1983年、日本とブラジルの両相撲連盟が発起人となり国際相撲協議会を発足。
1985年にはパラグアイ、アルゼンチンの相撲連盟が同協議会に加盟する。
1986年、パラグアイへの日本人移民50周年記念事業として、全パ相撲大会が開催される。日本、ブラジル、アルゼンチン、パラグアイの4か国から選手が参加した。
日本からの遠征は1951年、全伯青年連盟の招聘による秀の山一行の渡伯を皮切りに、大相撲からアマチュア相撲の選抜選手が現在も遠征が続けられている。


大相撲 [編集]
詳細は大相撲を参照


行司家 [編集]
相撲司家の宗家吉田司家以外に、全国には行司家というものがあった。行司家は、五条家をはじめ、吉岡家、服部家、尺子家、一式家、岩井家、式守家、木村家、木瀬家、鏡山家、長瀬家など、その他多数存在した。
現在では、木村家と式守家のみが残っている。(行司も参照のこと。)
一般的に、吉田司家は五条家の目代と言われているが、一切そのようなことは無く、関係あるのは二条家のみである。

事実、吉田家の19世、吉田追風が寛政年間に徳川幕府に提出した故実書に「五条家は家業牢人の輩の道中絵符人馬宿駅の帳面免許す」とあり、又、「木村庄之助の先祖書きにも旅行の節御由緒これあり、京都五条家より御絵符頂戴いたしきたり候」と記されているように、相撲の宗家とは云い難い。


相撲の今後の課題 [編集]
大相撲に関しては、→大相撲を参照のこと。
相撲司家である「吉田家」や「五条家」に伝わる故実、伝書などの調査、研究。
各行司家に伝わる故実、伝書などの調査、研究。
吉田司家の相撲界への復帰。
相撲の指導者および後継者の更なる育成。
学校教育への相撲の導入。
防犯。
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