出世を目指していた私 

2004年09月04日(土) 18時51分
そもそも私は出世を目指していたのだ。
別に権力主義ではなく、役職があがった方が仕事がし易かったから・・・
ただ、わかっていたのに、いつのまか仕事をしやすくするというひとつの手段で
あった出世が、いつのまにか目的のような感じになっていたようである。

なんだかなぁ。

そこへアホな部長が登場して、ここ2−3年評価は低いは、
必死でマネジメント関連の書物を読み漁る私をせせら笑うように、
うちの会社レベルでマネジメントなんて言葉は役員になるまで必要ないなんて
言うから、私は切れたのだ。

やれやれ。

いつも前向きで本人もビックリ 

2004年09月04日(土) 13時59分
いつも前向きで、時として本人もビックリなのだか・・・・・
またまた楽しくなってきた。
昨日の送別会、かなり楽しかったもん。

ずっと喧嘩をしていたおじさんと仲直りしたり、
ずっとアホかこいつと思っていた某支店の課長と仲直りしたり・・・・
あれ?仲直りばっかり。(^_^.)

しかし、退職の原因となったM部長は、
私が別の理由で辞めてやるのに、調子に乗って最後のスピーチで
『私の最大の功績は彼女を入社させたことです』とか言いやがって。
バカヤローおめぇのせいで辞めるんだよ!

自己紹介 

2004年09月04日(土) 6時15分
はじめまして。

1960年生まれの44歳・既婚・一児の母(小学一年生)だんな有り
最終職歴は、16年勤務の食品メーカーの課長職。
女性管理職第一号として、飛ぶ鳥を落す勢いで戦ってきたが、
そんな生活にすっかりお疲れの今日この頃。
自分でも驚いたが、7月某日、次の転職先も決めずにいきなり辞表。

退職の動機
2003年11月10日、人事考課面接で直属上司に
『うちの会社レベルでマネジメントなんて言葉は役員になるまで必要ない』と
言われて以来、こんなアホの所にいたら
人生の無駄遣いだと気づき、密かにチャンスを伺う。
その後、現場仕事中に怪我をして、休職。
4ヶ月後に復帰するも、現場仕事が伴う現職に限界を感じ、退職を決意。
まぁ、とりあえず辞表って事で。

退職後の計画
無謀にも未定。本を持って温泉に行くぐらいの計画しかなし。

この自信は、どこから来るのだろう・・・・・・・・・・・・・・・・
私は、これからどのように行動し、どのような第2の人生を歩き出すのだろう。


送別会 

2004年09月03日(金) 5時06分
今日は私の送別会。
まだ暫くは出社しなれればならないが、
20年近く勤めたこの会社ともまもなくお別れである。

『送別会とは、円満退社の花道、どんなわだかまりがあっても必ずして貰いましょう。』という
笑えるフレーズがどこかの本にあったのを思い出す。
約50名のひとりひとりが、立ち上がって皆の前で私の凄さを褒め称えてくれる、
結婚式以上のまさに人生の一大イベントであった。

44歳課長、部下6名。
キャリアウーマンの走りとも言える世代で、
人より頑張らないと上へは上がれなかった、誰が見てもおおっと思うような
派手な飛び方でハードルを越えないと認められなかった。

そんな生活ともまもなくお別れ。
なんと私は次を決めずに会社を飛び出すのだ!!
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