購入予定の本のうち、何を既に持ってて何をまだ買ってないのかの記憶が曖昧
確認しようにも、無秩序に堆積した本山の中から有るんだか無いんだか分からないものを探すのは腰が重い
その対策としてブクログやらサイドバーやらあるが
これらに有用性を発揮させられるほどコツコツ記録をつける甲斐性というものが
案の定あたしにはなかった。
そういうわけでまたしても、持っている本を買ってしまったわー
なんというリピーター。ああいやだおおいやだ。
ところで、コンスタントに本を買う生活が何十年にも及んだ場合
本の嵩や重さはかなり深刻な問題となる。
保管しようと思ったらひと部屋いるし、本マジ重いし邪魔だし
地震の国では背の高い本棚が怖い。
(西洋の図書館って天井まで本詰めててかわいいけど、あれ地震ないからだよな)
そういった観点で考えれば、電子書籍は蔵書家にこそ真に有用であると言える。
書庫をひとつのメモリに収容して持ち歩き管理できるわけで、実際ほんとすごい話だ。
がしかし、持ち歩き管理するべき書庫を持っているひと、
つまり蔵書してる人って、iPadとか好まなそうなんだな。年齢層高いしさ。
一方で、「このブックひとつになんギガバイト分の本が入るんだぜ!」とか
もっぱら何ギガバイトも読むわけがない人が言う。世の中。
相変わらずうまくいかんな。
まあでも、資源節約面ではうまくいくはずだ。と思う。
例えばセカチュー。
特に恨みは無いけど、典型的なのでセカチュー。
セカチューは何万部売れたのかしらんが、ずいぶんな紙の無駄であったと言える。
あのような根も葉もないブームによる森林伐採被害が軽減されるのはいいことだ。
しかも、使い捨てタイプの読書はやはり若年層に多いと思われるが、
iPadもわりと若年が使うことになるだろうので、そこはわりとかぶってる。
ついでに話ずれるけど、セカチューって、今考えるとなんか気の毒だなあ。
あの作家がもし今後、すごい精進して力をつけていい本を書いても
「セカチューの」の接頭語とそれに伴う文壇からの蔑みは免れないであろう。
下手にヒットしてしまったばかりに文学キャリアが断絶。
個人的にはお金があるから万事OK!だと思うけど
もし本人あれでなにげに志高かったりして、悩んでたりしたらかわいそう。
彼が金で満足できる人であることを願う。
名前ど忘れしたけど、うん。願う。