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夢たちのターミナル その1 / 2005年05月13日(金)
 ある日、信じられない夢を見ました。一夜の夢の中に、0歳から当時までの間に見た夢たちが、見事に一つの町を形成していたのです。勿論全部ではありませんが、相当量の夢たちが入っていました。とりたてて夢に興味があるわけでもなかったのですが、この日からたて続いた不思議な夢たちのおかげで、すっかりその認識を改められることになりました。

 井の頭線で終点の渋谷に向かっていました。トンネルを抜けると、景色がおかしいのです。進行方向右は木々の生い茂る崖山、左は海。車両も見たことのない車両になっていました。窓から乗り出してみると、渋谷駅とは全く違う終着駅に到着しようとしていました。

駅舎はまるで昔のヨーロッパの駅のようで、天井からは日光が差し込んでいました。人はとても少なく、片田舎のようです。改札も一つしかありません。見たこともない駅でしたが、なぜかどことなく懐かしく感じました。兎にも角にも、駅舎を出てみることにしました。

 
   
Posted at 20:37/ この記事のURL
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夢たちのターミナル その2 / 2005年05月14日(土)
 駅舎を出ると、石畳のロータリーがあり、地味な古い噴水がありました。そこを中心にして海の方に放射状にいくつか道が延びています。そこに立った瞬間、なぜかこれは夢だと気付きました。ただの夢ではない。それぞれの道の向こうに、かつて見た夢の景色たちがあると、心の声が告げるのです。それはどれも、繰り返し見た夢ではなく、覚えてもいない1度限りの夢たちばかり。なのに、当時のままの姿でそこにあるのです。

 早速、散策に出ることにしました。

 
   
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夢たちのターミナル その3 / 2005年05月15日(日)
 噴水広場を左に行くと、建物の下をいくつかくぐって、まず中学の頃に夢で見た楽器職人の店があり、その向こうには高校の頃に見た、建物に囲まれた小さな広場、更に行けば左手に線路、右手に海を見ながら古い石畳の道が続いています。そこは大学の頃に夢で見ました。

 まだ一本の道しか歩いていませんが、少なくとも3つの夢をおさらいしました。バラバラに見た夢たちが見事に位置関係正しく説明されてゆくようで、一種の感動がありました。不思議だったのは、いつ見たかが判ることでした。

 
   
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夢たちのターミナル その4 / 2005年05月16日(月)
 噴水広場から右斜め前の道は、海に向かってカーブしながら下る坂でした。その先を右に曲がると小さな神社があり、かつて夜に出店や若者で賑わうお祭りを見たことがあります。神社の手前には、粗末な木の小屋があり、たくさんの工具や何かの部品が中の壁にかかっているのが、薄明るいライトに映し出されていて、そこに若者たちが集まって、小屋の人と何やら専門的なことを話していました。今回は朝なので、神社も小屋も静まり返っています。

 当時は日本とばかり思っていましたが、何か違うように見えました。

 
   
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夢たちのターミナル その5 / 2005年05月16日(月)
 左斜め前の道をゆくと、道が二手に分かれますが、左をゆくと広大な平地になっており、全貌は判りませんが、住宅街になっています。かつてここに来た時は恐ろしい出来事の後でした。どこか遠い場所で、核のような巨大な破壊力が炸裂したです。

 この力の使用は攻撃対象だけでなく、自分を含めた全世界にも不利だということは世間常識だったにも関わらず、権力者が愚かな都合から使用してしまったのです。僕は直後、ここで親しいご夫婦にお会いしたのですが、当時お二人は事後処理でお出かけになるところでした。昼間だったと思うのですが、空が何とも異様だったのを覚えています。

 ここも以前は日本人街だと思っていましたが、見てみるとどうも違うように感じました。そして巨大な破壊力も、以前は核だと思っていたのですが、何やら違うように感じました。

 
   
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夢たちのターミナル その6 / 2005年05月16日(月)
 二手に分かれたところまで戻り、右の方に行くと、今度はベニスのような川の町に着きました。川の水は紺碧で、驚くほどに澄んでいます。かつて僕はこの川をキレイな船に乗って“凱旋”したのを思い出しました。何か人々が喜ぶようなことをしたらしく、建物の窓や橋の上からたくさんの人が手を振っていました。

 ふと、自分のいる橋の下を覗き込むと、驚くべき構造をしていました。川が橋の下で下水道と十字に交わっているのです。実はこの下水道、別の夢で見たことがありました。下水道内には歩道があって、ずっと山の上まで続いているのですが、この下水もまた、飲めるほどに澄んでいるのです。しかも川との十字路、つまり橋の下には、下水道にも拘らず、高級なカフェがあるのです!

 この夢を見なければ永久に忘れていたはずのたくさんの夢が甦りました。そしてなぜか忘れなくなりました。内容が下らなくても、思い出すキッカケが無くても、夢はすべて保存されているようです。そして夢についてのすべては、夢の中の自分が直感的に知っているようです。僕はこの経験で、夢をバカにしなくなりました。

 
   
Posted at 10:46/ この記事のURL
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中国3夜 その1 / 2005年05月22日(日)
 赤い城の城内、差し込む真っ赤な夕陽、王子らしき衣装を纏った8歳前後の少年。彼は何かを恐怖していました。鐘の音が間近でしました。見てはいませんが、不思議なことに僕はその鐘のことを詳しく判りました。その鐘は銅鐸、大中小とある内の小さいもの、葬儀の際に使われ、色は金色。今日はこの少年の母、女帝の葬儀。国はとても小さく、戦乱の中にありました。少年の恐怖は、母の死という衝撃と、戦乱の小国を若くして継がなければならない不安と、大人たちの繰り広げる殺戮という惨さへの恐怖。少年のそうした思いが一つになって僕に迫り、僕自身となってしまった瞬間、あの鐘の音は減衰を止めて鳴り止まなくなり、耳元で波を打ち始めました。

 目が覚めてやっと鐘の音がおさまり、起き上がろうとした瞬間、僕の体が動かないことに気づきました。時間にしてどれほどが過ぎた頃でしょうか、腹に力を入れることだけは叶うことを知り、その込めた力でなんとか呪縛を解こうと、体を横に振る挑戦をしてみると、どうにかその状況を脱しました。こんな体験は勿論初めてでした。


 
   
Posted at 16:48/ この記事のURL
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中国3夜 その2 / 2005年05月22日(日)
 その翌日も、中国の夢はやって来ました。国が滅ぼされ、学者の姿に身を包んで山野を追われる、青年となったあの王子の姿でした。いつの時代の何という国だったのかは知らされず、劉覇仁という彼の名と、彼がその後数奇な運命を辿ったということだけが僕に告げられました。勿論その名を調べてみましたが、発見は一切出来ませんでした。彼の国が相当小国だったのか、それとも、この夢自体が全くの戯言なのか、僕には知る由もありませんでした。

 
   
Posted at 17:16/ この記事のURL
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中国3夜 その3 / 2005年05月22日(日)
 友人と公園で遊んでいる夢を見ていました。その内、「声が来る!」という変な予感がしました。声は来ました。遊んでいる友人の声ではありません。姿なき子供の声が7度、何語か判らない言葉で聞こえました。しかもそれは7度とも正確に同じ言葉でした。7度も聞いたので、なんとなく発音を覚えました。アルファベットにすると「yi-gerjendeshinshen...」というような感じでした。

 後にそれが、中国語で“一个人的新生”、「今一人の人間として新たな旅立ちの時を迎えている」という内容のものであると知った時は、身の毛が弥立ちました。やはりこの日も、中国にまつわる夢だったのです。なぜまじめに調べたかというと、起き上がってもう一度、「yi-gerjendeshinshen...」と聞こえたからでした。あの時は心臓が止まるかと思いました。夢の不思議は夢の範囲と思い込んでいた自分にとって、それは衝撃でした。そして、何よりも衝撃だったのは、後から知ったことですが、このメッセージが初仕事を数日後に控えた自分に訪れたことでした。

 
   
Posted at 17:33/ この記事のURL
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遥か古代 その1 / 2005年05月27日(金)
 夢だと気づく夢でした。感覚は異様に鮮明です。壁や柱が白いシンプルな家。朝です。僕は二階から玄関の階段を降りているところでした。ドアや窓には扉も何もなく、風が吹き抜けていました。僕はここを知っていました。かつて住んでいた我が家です。自分のそうした感覚に驚く間もなく、「5万年前」と告げられました。夢の成せる技か、僕はそのSF的な数字に納得していました。

 結婚したばかりの妻が一階のフロアに来て、面倒くさそうに「留置所から面会の連絡が来てるけど、どうする?」と言いました。なぜかそれが何のことなのか判りました。前日、妻は海岸で暴漢に襲われかけたのです。今の僕にはショックなことですが、当時の僕と妻には大したことではありませんでした。当時の僕が、「別にいいよ。丁度ショッピングモールにも行きたかったところだし。」と言いました。暴漢に襲われたのになぜ2人とも平気なのか、それは後に明らかになりました。

 
   
Posted at 09:48/ この記事のURL
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