new GSA のHPが完成しました 

2011年04月03日(日) 12時09分
new GSA のHPが完成しましたので一度覗いて下さいね。
逆転の発想
http://newgsa.com/

70歳でグローバルなNewビジネスを始めました 

2010年08月22日(日) 8時13分
70歳でグローバルなNewビジネスを始めました
http://8929ya.com/gsa.html

旅行 

2007年05月23日(水) 12時49分
毎度おおきにー 大寅の吉田です。

毎月送ってくる旅行のパンフレットで、「旨い漁師宿」
日帰り@¥9800のキャッチコピーに反応し、嫁ハンと友達と
3人で鳥羽まで、あわびや刺身の舟盛を食べに行きました。

帰りは、美杉火の谷温泉の露天風呂に浸かって来ました。

まーまー良かったです。

闘病中又は闘病された著名人の方 

2006年02月21日(火) 11時40分
身近な存在で癌を学ぼうと実弟の事に関係なく考えてみて
調べてみた結果かなり多くの著名人の方が闘病経験をお持ちである。

白血病     本田 美奈子さん     大腸癌  大山 のぶ代さん
    吉井 怜さん              中原 ひとみさん
    渡辺 謙さん        
直腸癌 渡   哲也さん
賠償 三津子さん
悪性リンパ腫 青島 幸夫さん
                         胃癌   藤村 俊二さん

子宮癌     仁科 亜希子さん     乳癌   泉 アキさん
          三田 佳子さん            島倉 千代子さん
          向井 亜紀さん            平松 愛理さん
          和田 アキ子さん           綾戸 千絵さん
                               塩沢 トキさん
                               奈美 悦子さん

精巣癌     梅宮 辰男さん      肺癌   平 幹二郎さん

ざっと見ただけでもこれだけ颯爽とした面子が癌と闘ってこられた
しかもこの方々は克服された方が殆どです、若い人々から
年配の方々年齢や部位を問わずかかる現代病の癌
もう少し掘り下げて考えてみようと思います。                       
         

オリックス前監督の仰木彬さんが死去 70歳 

2005年12月16日(金) 16時12分
プロ野球、近鉄とオリックスで監督を務めた仰木彬(おおぎ・あきら)さんが15日午後4時10分、福岡市の病院で呼吸不全のため死去した。70歳。告別式は近親者だけで行う。

仰木前監督は、前回にオリックス監督を辞めた翌二〇〇二年に肺がんを患い、手術し、免疫力を高める治療などが奏功して復活したが、今季も風邪のような症状が長く続くなどしており、来シーズンの監督就任要請は、体調不安を理由に固辞していた。

やはり最近亡くなられた方々は癌などの、3大生活習慣病患者が多い模様です。

がんは治らないといわれてます。私も11年前に実弟が ガンで(末期の大腸癌から胃癌-肝臓癌-食道癌に転移)43歳の若さで亡くなり、10歳も若い妻と3人の幼い子供を残して天国に行ってしまいました。

親族、友人の方の介護,健康回復で、
日々ご苦労されておられる皆様の ご負担を少しでも緩和できればとの思いで,
このホームページをボランティアで立ち上げました。.

ガン戦記〜末期癌になった医師からの遺言〜 

2005年12月03日(土) 16時30分
こんな本が出ました。

「がん難民」をゼロにせよ!
元がん治療医として、患者代表として、「患者の生存権」を求めて医療制度の壁に挑み続ける2000日の全記録!
なぜ、目の前の有効な薬を使えないのか?
なぜ、ベストの治療が受けられないのか?
割れんばかりの拍手。みんなの一体感が熱い塊となったと実感する。壇上にボランティア諸氏も駆け上がり、手をつなぎあって一列に並んだ。この波はやがて全国の癌患者に伝わるだろう。そう確信しながら、佐藤均さんと私も固く手をつないだ。予定の午後5時を大きく超過し、大集会は無事終了した。だが、「これが最後の檜舞台」という思いが、いつの間にかどこかへ消え失せている。(中略)日本人の2人に1人は癌にかかり、3人に1人は癌によって命を失っている。にもかかわらず、進行癌に対する医療は先進諸国に大きく後れをとっている。そして多くの患者は情報から取り残され、さまよっている。初めての癌患者大集会はたしかに成功した。しかし、日本の癌医療の改革という大命題からすれば、ほんのプロローグにすぎないのである。??<本書より>

上海杭州6日間の旅。 

2005年12月01日(木) 18時38分
先日upしたように上海にいってきました。

ツアーで行ったのですが、

1日目は蘭亭に行きました。そこから紹興酒工場の見学。

2日目は無錫鼈頭渚公園太湖遊覧をしました。
その後、淡水真珠見学。
世界遺産の留園ってとこにいきました。

3日目は蘇州市内の寒山寺に行き、バスで同里へ世界遺産古典庭園・退思園に行き。上海へ戻りました。

4日目は朱家角へ行き、その後豫園へで、上海新天地外灘へ。

5日目は西湖遊覧、周辺散策。西冷印社へ。

6日目は六和塔観覧後に帰国致しました。

22日~上海へ。。。 

2005年11月19日(土) 17時25分
11月22日〜27日まで上海へ行ってまいります!!
http://guide.travel.goo.ne.jp/e/goo/ab/asia/china/shanghai/

天仙液。 

2005年11月19日(土) 17時23分

★中国政府に正式に承認され世界的に有名になった「天仙液」の
中国国内における現在の正式名称は「活力源口服液」です。

※天仙液は、今ではブランド名として親しまれておりますので、
当サイトでは、活力源口服液を主に「天仙液(中国現名:活力源口服液)」として
ご紹介しております。

★中国国内向けのの緑のパッケージの「濃縮型、改良型、強効型天仙液」と言う製品は、
2年前に製造中止になっており、現在は、すべて「活力源口服液」に統一されています。

白血病とは。 

2005年11月19日(土) 17時19分
白血病は血液のがんです。血液は赤血球、白血球と血小板の3種の血球と、これらが浮遊している液体である血漿より成っています。血球は骨の中にある骨髄の中で作られます。白血病は正確には血液のがんではなく血球のがんです。血球を作る細胞すなわち造血幹細胞が骨髄の中でがん化して無制限に自律性の増殖をする病気です。

 19世紀後半にウイルヒョウというドイツの有名な病理学者がこの病気を初めて見つけました。この時代には治療法もなく、白血病細胞がどんどん増え続けて血液が白くなったために、白い血の病気すなわち白血病と命名されたのです。傷口が化膿したときやや緑色のかかった白色の膿が出ますね。あれは白血球の塊であり、元々白色なのです。しかし、白血病は現在では骨髄中での造血幹細胞のがんと定義されており、がん細胞の末梢血液中への出現の有無に関係ありません。早期に診断されますと、白血球数が正常であったり、あるいは、むしろ減少していることが普通です。

白血病細胞は正常の造血細胞よりも早く分裂増殖すると思われているかも知れませんが、実際はそうでなく、細胞分裂してから次の細胞分裂までの世代時間は、正常造血細胞よりも2-3倍も長いことが判っています。他のがん細胞も同様です。実は、我々の正常細胞は成熟分化すると、計画細胞死(アポトーシスとも言います)という機構により死ぬ運命にプログラムされているのです。ところが、がん細胞では遺伝子に異常が発生してこの計画細胞死がおこらず、そのために細胞が増え続けてがん組織になるのです。別の言い方をすれば、計画細胞死がおこらず死ににくくなった細胞が、がん細胞なのです。

 ところで、漢字の「癌」と仮名で書く「がん」あるいは「ガン」は同じものと思われているかも知れませんが、正確には違っています。「癌」は上皮細胞、たとえば胃の粘膜上皮細胞や肺の気管支上皮細胞の悪性腫瘍であり、「がん」はこれらも含めたもっと広い意味での悪性腫瘍を言います。英語では前者はcarcinoma 、後者はcancerと使い分けています。ですから、胃癌や肺癌と書き、愛知県がんセンターと書くわけです。医者の間でも混同している人もいますが、血液の癌と書いたら笑われます。

P R
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