ここ最近、顕著に見られるようになった変化がある。それは中国人の増加現象である。
つい先日まで池袋西武の婦人服売り場でバイトをしていた。若者からご婦人まで実に様々な年齢層の方々が訪れる。接客をしていると、必ずといっていいほど、サービスカウンターやら抽選会場の場所などを聞かれたりする。別にそこまではよくあることなのだが、なぜか質問にくる人達の日本語がたどたどしい。
「スミマセン、抽選会場ハドコデスカ?」と。
自分が案内した後、「アリガトウゴザイマス」と言って、友人などと話している言葉を聞いてみると大抵は中国語である。ここ何日かの仕事の中で少なくとも10組以上は中国人の接客をしたと思う。西武側も中国人が多く訪れることを知ってか、館内放送は日本語、中国語、英語の順番で流していた。
「なーにたったの10組くらいじゃん」と思うかも知れないが、自分が彼らを目撃したところはかなり細部にまでわたる。横断歩道で信号待ちをしながらいちゃついてるカップル、ユニクロの商品を大きく広げ満足そうな表情で店を出て行くオバちゃん、さらには回転寿司チェーン店の「大江戸」の店員はほとんどが中国人である。中国人の兄ちゃんが「ヘイオマチー」なんて言って、マグロを握ってるんだからどうしても「何だかおかしいぞ?」と違和感を感じてしまう。
とは言え、彼らが握っている寿司は旨かったし、威勢だっていい。仮に日本人が握ったとしてもそこまで目に見える形で差は生まれないだろう。唯一文句をつけるならば「ヘイ、マグロ」という発音がおかしいくらいだ。出てくる物は立派だが、日本の文化的な象徴である寿司を中国人の兄ちゃんが目の前で握っている光景に、単一民族として育ってきた自分達としてはどうしても文化的なズレを感じてしまう。
海外へ行けば、外人がいて当たり前。どんな国でも人種の複合化がある程度は進んでいたし、国民もそれを日常として受け入れていた。それゆえ、日本人の自分が多様な人種が存在している外国に行っても違和感を感じることはほとんどなかった。例えば、同じように中国人の兄ちゃんが日本系寿司店で働いていても、それがマレーシアのような諸外国であれば、また我々の受ける印象は変わってくることだろう。
けれども土俵が我々の国、日本となるとまだ免疫力がついていないのか、どうも首を傾げてしまう。
別に国土と人種から受ける印象論などについて述べるつもりはない。ただ、気になったのは、いよいよ安価な労働力として扱われている彼らが自分達の目に付くところまできているのだ、ということである。
企業はつねに競争の波にさらされている。特に多大な労働力を必要とする企業(工場内作業や飲食業など、誰がやっても大して差が出ないようなところにおいて)にとって人件費など悩みの種であろう。もし1円でも安い労働力を使えるのなら、そちらを使いたいと思う人々も数多くいることだろう。
企業が中国人を雇うことによってコストパフォーマンスを生み出し、より良き商品が我々のもとに安価な値段で返ってくることはこの上なく喜ばしいことである。ただ、それと同時に労働力の移行が始まり、いわゆるブルーワーカー的な仕事は我々日本人から外国人労働者へと代替していくのではないかという懸念がある。事実、もうすでに自分が池袋で目に付くほど彼らの存在は大きなものとなってきている。
外国人労働者抜きには成り立たない日本がいずれ訪れ、日本もアメリカと同様に多民族化していくのかもしれない。その時、我々日本はどこへ向かっていくのだろうか。思想も宗教も文化も違う人々が共に団結力を育んでいくことは並大抵のことではない。
日本人から労働力を奪ってまで競争力を高めなければならなくなった時代に多少の悲しさを感じるのは俺だけだろうか。