コナユキ
December 27 [Tue], 2005, 0:29
はい、こんばんは、、琥珀です
冬季ドラマでは野ブタばかり宣伝(?)してきましたが、今回はジャンルの違うものをお送りしたいと思います
それは・・・1Lのナミダ
私自身あまりからだが強くないので結構医療ドラマが好きで・・・(例:救命病棟24時、神様もう少しだけetc)
ドラマについての詳細は興味が出た人自身に調べてもらうとして・・・
脊髄小脳変性症 について少し調べてみました
この病気を簡単に説明するならば・・・
脊髄小脳変性症とは、運動失調を主症状とし、小脳、脊髄に病変の主座をもつ原因不明の変性
疾患の総称である。
難しいことは重々承知です、これをさらにわかりやすくするとパーキンソン症と非常ににたものになります
ではパーキンソン症とは・・・・パーキンソン病は四肢が震え、筋肉が硬直になる病症で、その病因に関しては今日になっても医学ではまだはっきり確定されていないが、体質と年齢に関連があり、患者は通常、60歳 以降に発病すると一般的に認められている。
これもムズカシイデスネ
まぁ私自身が噛み砕いて一言で表すと・・・脳神経系列の機能不全により運動障害がおこり、最終的にはそれが全身に及ぶ、というものに帰結すると思います
身体が少しずつ自分の意思で動かなくなっていく、想像するだけで恐怖です
そして私がこのドラマに最も共感してしまった理由は・・・
冬季ドラマでは野ブタばかり宣伝(?)してきましたが、今回はジャンルの違うものをお送りしたいと思います
それは・・・1Lのナミダ
私自身あまりからだが強くないので結構医療ドラマが好きで・・・(例:救命病棟24時、神様もう少しだけetc)
ドラマについての詳細は興味が出た人自身に調べてもらうとして・・・
脊髄小脳変性症 について少し調べてみました
この病気を簡単に説明するならば・・・
脊髄小脳変性症とは、運動失調を主症状とし、小脳、脊髄に病変の主座をもつ原因不明の変性
疾患の総称である。
難しいことは重々承知です、これをさらにわかりやすくするとパーキンソン症と非常ににたものになります
ではパーキンソン症とは・・・・パーキンソン病は四肢が震え、筋肉が硬直になる病症で、その病因に関しては今日になっても医学ではまだはっきり確定されていないが、体質と年齢に関連があり、患者は通常、60歳 以降に発病すると一般的に認められている。
これもムズカシイデスネ
まぁ私自身が噛み砕いて一言で表すと・・・脳神経系列の機能不全により運動障害がおこり、最終的にはそれが全身に及ぶ、というものに帰結すると思います
身体が少しずつ自分の意思で動かなくなっていく、想像するだけで恐怖です
そして私がこのドラマに最も共感してしまった理由は・・・
日記を書いていた、ということです
人は誰かに何かを残したい、残りたい
私にはまだいま暫くの時間があります、もしかしたら明日不慮の事故にあって死んでしまうかもしれません、しかしそれはいまだ確定しきっていない未来です
では、未来の予想がついてしまった場合はどうでしょうか?
この病気(脊髄小脳変性症)を発症した人は少しずつ筋肉が自由に動かなくなっていきます
しかし、勿論それだけは死にません(もしかしたらそれで死ぬと思っていた人もいるかもしれません)
うまくご飯が食べれなくなり、寝返りすらできなくなり、最終的には免疫機能が落ちて肺炎になったりして死んでしまいます
そしてそれは避けられない、ほど確定し、それを少しずつ実感していくのは・・・なんと恐ろしいことでしょうか
だからこそ何かを残そうと思うんではないでしょうか
もしかしたら私がこうやってブログを書いているのも、今自分が何を考えているか残したい、というのもありますが、誰かに自分の考えをしってホシイ、という思いもあるのかもしれません
文章が支離滅裂になってますが・・・このスレには返信しないでください、自分のための書き込みなので・・・
ギリシャ神話でパンドラが神から賜った箱にはこの世の全ての災厄が詰まっていた、パンドラは好奇心に負けてその箱を開けてしまい、世には不幸が蔓延した
しかしパンドラは驚いて箱を閉じたが、箱の中の災厄はもうほとんどが外に溢れ出てしまった、パンドラが閉じたとき、その箱の中に希望が残っていた
この希望とはなんだったんだろう
そして人にとっての絶望とは・・・
それは未来を知ること、であると何かで聞いたことがアル
知らないから希望が持てた・・・それが希望
人は誰かに何かを残したい、残りたい
私にはまだいま暫くの時間があります、もしかしたら明日不慮の事故にあって死んでしまうかもしれません、しかしそれはいまだ確定しきっていない未来です
では、未来の予想がついてしまった場合はどうでしょうか?
この病気(脊髄小脳変性症)を発症した人は少しずつ筋肉が自由に動かなくなっていきます
しかし、勿論それだけは死にません(もしかしたらそれで死ぬと思っていた人もいるかもしれません)
うまくご飯が食べれなくなり、寝返りすらできなくなり、最終的には免疫機能が落ちて肺炎になったりして死んでしまいます
そしてそれは避けられない、ほど確定し、それを少しずつ実感していくのは・・・なんと恐ろしいことでしょうか
だからこそ何かを残そうと思うんではないでしょうか
もしかしたら私がこうやってブログを書いているのも、今自分が何を考えているか残したい、というのもありますが、誰かに自分の考えをしってホシイ、という思いもあるのかもしれません
文章が支離滅裂になってますが・・・このスレには返信しないでください、自分のための書き込みなので・・・
ギリシャ神話でパンドラが神から賜った箱にはこの世の全ての災厄が詰まっていた、パンドラは好奇心に負けてその箱を開けてしまい、世には不幸が蔓延した
しかしパンドラは驚いて箱を閉じたが、箱の中の災厄はもうほとんどが外に溢れ出てしまった、パンドラが閉じたとき、その箱の中に希望が残っていた
この希望とはなんだったんだろう
そして人にとっての絶望とは・・・
それは未来を知ること、であると何かで聞いたことがアル
知らないから希望が持てた・・・それが希望
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