<big>近況整理など</big> 

2006年05月01日(月) 0時00分
 ……すっげぇ久々である。

 唐突ではありますが、近況を整理してみる。

 まず、
去年2月から勤めたNPO法人を、年明けすぐに退職し、
その月──つまり今年1月の下旬から、
トヨタ自動車関連の企業(下請け・自動車部品等の製造メーカー)に就職し、現在に至る。

 NPOを去った理由は、色々あるが、
まぁ、それを一言で表せといわれたならば、「貧乏暇無し」ゆえに──とでも言っとこうか。
携わってきた公共事業の、特に学童保育で触れ合った小学生たちに、もう会えないと思うと、
寂しくもある。彼らにしっかり別れを告げることもなく、こうして去ってしまったのには
正直、心残りもあるが、何て言うか、もう後戻りはできない……。
 子供たち以上に、職場の人や、そうした事業で関わった人たちには、俺があんな急に抜けたせいで
いろいろと実害をもたらしもしたと思う。

 これから、しっかりサラリーマンとして勤め生きてゆくことで、
そんな後ろ髪惹かれる思いや罪悪感を、忘れるのではなく消してゆきたい。
今まで以上にちゃんとした社会人に、俺はならなきゃ。なりたいよ。なれるんかな? いや、なるべきなんだ。

 ──さて、そうして新しい道を歩き始めて今に至るまで、色々ありました。

 今いる会社は、トヨタをはじめとする大手自動車メーカー(全部)と直に結びつきを持っている。
そのいずれかの出資会社とまでは行かず、そこまで偉くはないのだけれども、
そうしたおかげで、けっこう体制がしっかりしとるのかな。
ぶっちゃけ、稼げている。そして先輩上司はもっと稼ぎまくっている。
 そして、土日が休みだ。
今は、9連休の只中にある。今週一杯、休みでね。まさに黄金週間満喫中。

 毎日の業務に関して言うと、17時が製造の現場の定時で、
それを超えて製造の現場で働いた場合、おいしい『残業手当て』が、もらえてしまったりもする。

 俺は、製造の現場に特化した従業員ではなく、
製造にも入りつつ(現在の日中の仕事のメインだが)事務所での業務も担ってゆく者として、
現在、勉強中の身という感じ。


 そして、わりとキッチリした、規則正しい勤務形態の中で、
夜の遊びも、派手に嗜みつつある、今日この頃。

 会社が閉まると、始まるのだヮ、夜の、大人の遊びがね。
例えば、

 焼き肉 or カウンター寿司屋 ⇒ キャバクラ or スナック

こういう事を、仕事終わり次第直行で、やらかしちゃったりするという次第。

 3月頃から、そうした夜遊びにヘビーローテ・メンバーとして加えていただきつつある、わが身かな。
遊びの、主催者は、うちの一番偉い人。
ついてゆけば、カウンター寿司だろうと、キャバクラでLASTまで延々延長しようと、俺らの財布は痛まない、
((大丈夫なんか??))──とは思えど、会社持ちのクレジットカードで全ての支払いは済まされてしまうのである。

 ただ、俺は、体質的に飲めないので、焼き肉や寿司屋はともかくとして、
キャバクラだのスナックだのでは、正直、居心地が悪い部分もある。苦痛もある。
大阪にいた頃、風俗に走っていた(ヘルス専門)のは伊達じゃあない。や……関係ないか。。

 しかし、である。
自分でも意外に思っているのだけれども、キャバクラは、一回連れてかれて好きになってしまった。
(それが生まれて初めてではなかったけど。もちろんキャバも大阪で経験済み)
 その、こっちの会社で初めてキャバクラ(あろうことか俺の住む豊田市内だ…こんなトコあったんか〜)へ連れてかれた日、
上司(うちのボス)と、その日初めて顔合わせた人とで行ったということもあり、
俺はガチガチ状態で、最初のうちは、付いた女のコたちに敬語使うほどだったが、
その日の──ラストまでいたわけだが(平日だったから勿論、次の日は仕事)──最後についてくれた女のコが、
特にえぇ感じやなぁ〜〜とか俺思ってたら、帰り際に、そのコが自分のメアドと携帯番号を、
自分から俺に教えてきたンよ。

 ……何て言うか、そこで俺の価値観は変わったと思う。
どういうことか、簡単に言うと、キャバ否定派から肯定派へ移ったくらいの感じのノリですヮ。
次の日から、そのキャバ嬢──きょーこチャン(26)とのメール交換が始まり、
それから何週間も経たぬうち、またその店へ連れてかれたときには、
ちゃっかり俺はそのコを『指名』したのでありました。
 「…お前、やるのぅ」と言い、その指名料も払って下すった先輩上司のご厚情に感謝。

 以来、俺がそのキャバ嬢にご執心なのが、ボスを始め夜遊び同行メンバーに知れることとなり、
以降、店へ行くたび、俺とキョーコちゃんのやり取りは、
一緒に行った人からは冷やかされたり恋路(?)を邪魔されたりしつつ、
そうでない人にも(翌日談で)なんか注目を浴びるようになりつつも、
そんな中で俺は、なかなかイイ感じに彼女とのひと時を楽しんだ。

 きょーこチャンが、俺に一人で店へ遊びに来て欲しがったので、
俺は、それも成し遂げた。無論、生まれて初めて、である。先月のことだ。
週末、仕事終わって帰宅してから、本当に一人で、そのキャバクラへ行き、
「きょーこチャン指名」で入店したというワケである。
 これが、そのキャバクラへの通算四度目の来店だったわけだが、
自腹を切ってキャバクラで遊んだことも、そのときが生まれて初めてだったということになる。

 ……んで、今現在、そのキョーコちゃんと、いよいよというべきか、
「店以外で会って遊べそうな雰囲気」に、もってこれつつある。 
うまくすれば、この連休中に結果は出せるだろう。無論、俺の腹はそれを狙っとる。
 なんたって俺は、大阪ひとり暮らし時代、「ヘルス嬢を自宅にお持ち帰りした男」やけんね!
今度は時間と金を武器に、キャバ嬢と遊んだろうというカンジなわけよ。

 まぁしかし、ここで忘れんどきたいのが、「あくまで『遊び』ってコト」ね。
貢ぐのもアリかもしらん。騙され騙されてみるのもアリかもしれんが、限度がある。
ほどほどに、というこっちゃ。
 仕事ももちろんだけど、遊びもデキる男に、なりたいのですヮ。
……そのために、おれをより高いところへ引き上げてってくれ、
そのキッカケをくれッ、きょーこチャン!!──ってな感じなワケ。

 大胆かつ細心に。
時に優しく、時にアツく。んでもってCOOLに。
あくまでイイ男であり、そしてあくまで遊び心の精神でもって──。
キャバ嬢とも遊んでみんでー、俺は!

 
 あ゙〜〜、後半からキャバクラ・トーク炸裂してんな。。
アリ…なのか、これは!?正直…ねぇ。
いや、自分で書きたくっといて何を今さら……??
まぁ……、そういうこっちゃ。月日は君だけじゃなく俺をも変える──ってコト。

 ね。そうさ。きっと。

 まぁ、その、なんだ、、キャバ談義はさておき。
 こと今の仕事において、
悪い面、いやな面、etc. アゲ連ね出してもやっぱ、キリない気ィするけど、
言ってもしゃぁないし、言っても良くならんし。
そのへんは自力で変える・変えれる方向へ持っていかんと。
それしかなく、そうするべきでしょう、断然ね!!

 ──とにかく。

 まだ続く、続いてくれる、連休、
自分なり楽しみましょ♪
皆さんも……ネ! d(^.゚*)

[untitled] 

2006年01月11日(水) 19時15分

<big>俺と小学生</big> 

2006年01月04日(水) 18時38分
今年初出勤。

まずオフィスに届いてる年賀状をあさったら、俺宛のもあるではないか!
しかも小5の女の子からだった。安城で関わりのある、ね。
写真つきだった。宛名とかは手書き。……これは本当に嬉しいぞ!!

そういや家に来てる年賀状も、ちゃんとチェックしてないから、見とこう。
されに、実は俺の方から特に小学生へは、既にかなり出しているゆえ、
それを見て返事をくれるような子も、いるはずだ。だとしたら嬉しい。

今年はどれくらい、小学生たちと触れ合う時間を持てるのか、
何とも分からんけど、より多くのこと仲良くなれたらいいやね。
今年もそういう気持ちを素直に前面に出して、交流に励もうと思う。
ロリ度には間違いなく拍車がかかると思うが……。

そういや、大人が子供を殺す事件が、昨今しばしば起きているよね。
最近もそういうのあったよね、大学生が小学生を。
俺も、まがりなりにも仕事で小学生(不特定と特定が混じっている)と
過ごす時間を定期的に持つ立場ゆえ、
彼らの純粋さやパワー、そのすぐ隣り合わせにある残酷さ、純粋な敵意なんかを、
身を持って感じている、知っている。
“純粋”って、一歩間違うと恐ろしいんだよ。分かる?
事件は、その、子供の危険(大人からして)な面と、大人の狂った面が正面衝突したときに、
起きてしまうものなのだろう。

俺は、まがりなりにも、こうして子供たちを預かる立場にある大人だから、
彼らとはなるべく、常に真正面から向き合い、たとえ交流の中で何か問題が起きても
その場その場で解決していきたい。
(ほとんど子供同士のトラブルだが。まぁ普通の子供と普通の大人が真っ向から衝突してまうなんてあり得ないわな、本来)
そして、まかりまちがっても、彼らの良い意味での純真・純粋さを、大人が、俺がキズ付けてしまうことのないよう──。

純粋、純真、純心。
子供らのソレは、時にうらやましく、時にまぶしく、時として感心や感動させられ、
また時に儚く脆く、時として危うく、そして時にはおそろしい。
──そんな感じ。アナタに分かるかな?

俺もいつかは自分の子供持ったりするのかな〜。

今これを読んでるアナタは、子供はいますか? 好きですか??

<big>060103</big> 

2006年01月03日(火) 18時35分
不慮の事故で、差し歯を飲み込んでしまった。

なくなっちまった前歯。しかも差し歯を飲んじまったから、病院行って代わりのを作ってもらう手間も発生する。
さらに、飲み込んだ腹も心配なんだが…、案外もう輩出されてるかもしれんし、どっかに残留してるかもしれん。
そう思うと……||||(´・ω・`)||||

大丈夫なんだろうか。。

とりあえず、通ってる歯医者が開くのが6日から。そこめがけて行くしかない。それまで何の不具合も起きませんよう、これ以上に…。

年明け相当、受難である。そして続くのか……!?いつまで?
ま、悪いことばかりも続かんさ。くさらない事だ。

本日、単独で実家へ戻ってきた。列車はかなりな乗車率。席確保のためトイレも我慢。雪でいくらか遅れていた。
そして明日からまた、仕事だ──。

<big>元旦の悲しい別れ</big> 

2006年01月01日(日) 17時42分
明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

……更新、しなきゃな。時間が取れんからどうにも、というのが現状なれど。


ところで。

今年も例によって、母方の実家(北陸)で、両親と弟と、そちらの家族と共に正月を迎えたわけだが、

年が明けたその朝の、実家(父方の祖父母が在宅)からの訃報に、心は沈むこととなってしまった。

わが家の愛犬が、亡くなってしまった。

16歳まで生きた。天寿を全うしたとは言え、それだけ長い時間を生きた、生きてくれていたからこそ、家族同然だった。

家に帰れば当然のように毎日、いた。

そんなアイツが、もう、この世から居なくなっちゃった。

頭をなでてやったり、飯やお菓子をやったり、一緒に走った思い出が、次々と現れて頭をよぎる。

あぁ……元気なうちに、もっと遊んでやればよかった。

もう二度と、遊ぶどころか姿を眺めることすら叶わなくなってから、こんなふうに思い悔やんでもダメかな。

もう、どう思い悩もうと、アイツは戻らない。

アイツの代わりなど、いやしない。

せめて最期を看取ってやることも、叶わなかったのが残念だ。

もう少し、その命が持ってくれれば……とも思えてならない。

だが、遅かれ早かれ、それが定めであったことも確かだ。

せめてもの救いは、俺以上にずっと近くに寄り添い生きていた、祖父母に看取られながら

息を引き取ったことだ、と思う。


今までいてくれて、本当にありがとう。

ゆっくり、眠ってくれ──。

<big>051225</big> 

2005年12月25日(日) 18時09分
昨日・今日と休みが取れたんだよ。
で、何をしたかと言うと、
家で、実に6年ぶりくらいに、『年賀状』を書きましたとさ。
お世話になっている講師の先生方や、ボランティアの方々、そして小学生たちにも出したろうと思い、
特に小学生用は多めにイラストやカット、飾り文字などを入れて、いっちょまえにデザインし、印刷した。
大人用は、ほとんど買ってきた絵入りのやつに、一筆入れて下部に署名を刷り足して、完成。

あとは何をやっていたか。
矢野絢子さんのアルバム『窓の日』をかけて、クリスマスソングをいつもよりもしみじみと聴いたくらいかな、
それ以外は、もう記憶がないや。つまり、まぁほとんど食って寝てだけ──というこった。

今これを読んでるアナタは、たのしいクリスマス過ごせましたか〜??

<big>051015</big> 

2005年10月15日(土) 23時59分
今日も安城へ行ってきましたよ。

今日も人手がおらず(運営側で終日いたのは俺だけ…)
だが子供達は期待に漏れず集まってくれたので、
当たり前といえばそうなのだけど、手が絶対的に足りず、
監督の目を行き届かすこともできなかった。

それでも一日、俺以外のボランティアの方が一応、
1名はいる状況だったから、誰もいないよりはマシだった。
だが、せめてもう少し、あと一人二人の人手があれば、どれだけ……とも
思うが、無いものねだりは俺の悪い癖。腐らずに頑張るしかない。今までもこれからも。
こんな行政委託の公共事業に腐りながら携わるなんて、ありえん事でしょう!?


こちらがやることは、まぁ基本的には毎回同じ。
早起きして現地直行して、会場入りして、
黙々と会場準備(講座教室や受付セッティング)して、参加者受け入れ体制を作る。

今日も、顔見知りの子も、初めて顔あわせる子も、大勢来た。
今じゃ、すっかり増えた顔見知りメンバーと、ここでこうして会えることは嬉しい。
彼ら・彼女らが、俺に対し、話し相手または遊び相手として、
こちらから特に何もしなくても積極的に働きかけてきてくれるのは
本当に幸せなことと思う。この関係を大事にしたいと、本気で思う。


だがしかし、ここでも良い事・楽しいことばかりじゃあない。
きょう自分がしてしまった、参加児童との交流面における最大の失敗は、
講座中にこちらに絡んできてくれた女の子の一人に対し、
ちゃんと相手をしてやりきることができずに、泣かせてしまったことだ。

それは誰かというと、最も頻繁に「おんぶ」等を
せがんでくる一人の、ゆみちゃん(二年生)だった。
俺は彼女の涙を拭いて背に乗せたが、そのとき既に彼女には、
参加してた講座(3B体操)に戻ろうという意志は無くなってしまっていた。

もっと早くに俺がきちんとした対応をして、彼女と向き合えていたら、
彼女を泣かせずにも済んだろうし、講座に積極的に参加する意欲も
持続できてたと思う。俺のせいだ、ごめん!!


昼休み、まゆこちゃん(4年生)から、
「ねぇふみー、ウザいやつがおる」
と、言われる。

聞くと、先週初めてここへ参加し、そのときも俺とも
顔を合わせている、三年生の男の子のことだった。
…おれも、その子はニガ手だった。
確かに、俺の主観としても多分に、接しにくい部分がある子だった。
ウザいと言ってしまえば身もフタもなくなるかもしれんけど、
俺や他の子に対し、かなり自発的に絡んでくるので、余計やりにくかった。

その子は先週、すぐに俺のことを「ふみー」と呼んで(名札にそう書いてあるからね)、
何やかやとことらへ働きかけてきた。
最初のうちは「ずいぶん人なつっこい子なんだな、結構なことだ」
と思ったが、ごめん、すぐにやりづらくなった。
同世代の子が「ウザい」と連発するのも俺的にはうなずける気分だった。

「ウザい」だけならまだしも、その男の子が、
のちほど暴力沙汰を起こしてしまってね。
同学年の男の子を、転ばせて蹴りをれまくったのだ。
俺はその時ちょうど、ゆみちゃんをおぶって泣き止ませるのに必死だったので、
その乱暴を数m目前にしながら反応が遅れてしまい、
飛び込んで引き剥がすことができなかった。なんたる不覚…!!

彼はしたたかで、ひとしきり蹴りを入れた後、反応遅れて飛び込んだ俺からスグに距離をおいた。
だがそこは、こちらは大人。強引ではあったが彼を捕まえた。
でも、そのような凶行に何故に及んだのかを彼の口から
説明させて理解・納得することはできなかった。
もっとちゃんと聞けば、それもできたかもしれん。二つ目の不覚といえそう。

そして俺は、彼が「帰る」と興奮していたのに対し、
「ここは本当に遊びたい子が集まって来る場だから、決まりが守れない子・友達に迷惑かける子は
来なくていい。だから帰ってもいい」
と彼に告げ、彼はやはり「帰る」と言い、高らかにそう宣言しながら会場内と出入口付近を往復したり、
かと思えば奥の部屋のほうへ走っていったり、かなり滅裂な行動をとっていたが、
やはり本当に帰るだけの精神力はなかった。予想通りだった。
それからいつ本当に帰って行ったのかは俺も、他の誰も気づかなかった。

もしかしたら俺は、彼を追い込んでしまったかもしれない。
最後に「(帰りたいなら)帰っていい」という言葉をはっきり伝えたわけだが、
そこまでの経緯として言葉を選びながらであったにせよ、
「帰っていい」とは、大人として主催者として、言ってはいかん一言だったかもしれない。

でも、それが俺の本心だったから、あえてそう伝えた。
「帰る」と捨てゼリフを吐き始めなくても、あれだけの暴挙に走った子には俺は迷わず
「帰っていい」と言ったと思うし、これからもそう言って諭すと思う。
だが止められなかった俺の責任は、それより何より重いのではないか。

うーん……もう少し悩ましてください。


ところで、先の、まゆこちゃんから帰り際、
「ねぇ、ふみー、今度から、もう名札に『ふみー』って書かないでおいて。
あたしたちだけが、ふみーって呼んでたいもん。
他の変なヤツにもふみーって呼んでほしくないもん。
今日のうざいヤツみたいにさぁ……」
と、少し改まった態度で言われた。

まゆこちゃん……キミの気持ち、よく分かったよ。

「うん、俺も正直それでいいと思ってるから、今度からそうするよ」
と、約束した。

確かに、俺は、ここでの公式ニックネーム(子供たちに覚えて呼んでほしい名)として、
ふみーを名乗って(=名札に書いて身につけて)
いたが、このように懇意にしている子からこんな意見が出たからには、
もうふみー名義は封印しちまっていい、別にもったいなくもないと思ってる。

過ぎしこの夏『まちの学校キャンプ』を企画して出かけた時、
俺はスタッフ用手作り名札に、自分の本名を書いてその下に
『(ふみー)』と書いたのがキッカケで、
まゆこちゃん、その妹せんりちゃん(1年生)たちと、
出かけた先でスグにそう呼んでもらえ、信じられないくらい仲良くなり、夢のような時間を過ごし、
思えば参加児童との直接的な交流は俺にとってほとんど、そこからスタートした。

まゆこちゃんは、今や俺にとって、もっとも対等に自然体で話し合える児童である。

それだけ大切な存在でもある。
幅広い子達から「ふみー」と呼ばれるようになるのも、
それはそれで面白いというか楽しみとも感じてたが、
最も親しくしてもらってる子が、そういうふうに考えて俺に言った、
その気持ちを、俺は俺なりに大事にしたい。

定連さんは大事だ。
正直、まゆこちゃんやせんりちゃんが来た日は、
ずっと彼女らの相手だけして一日過ごせたら、
どんだけか楽しいかと思う。
だがこれは仕事でやってるので、それではいかんのである。

先週、「講師がえこひいきする」というクレームが、
参加児童に同伴した保護者から出た。
その保護者はキレまくった挙句に自分の子供を置いて帰ってしまった
(幸い迎えには来たが。しかもその時差し入れを持ってきたので、
ご自分なりに反省等されたようだ)
という重めな事態があった。

が、その親御さんの言う「えこひいき」を、
俺ふみーも行なっているであろうことは事実だ。
いつ同じクレームが、俺個人に来てもおかしくない。
悲しいが、例えば今後、まゆこちゃんやせんりちゃんに
気を取られすぎた場合、同じ事態が起こりうるわけだ。

参加児童との交流は、楽しみで俺の中で輝いているが、
そう考えるとドス黒い気分になる。心に暗雲が立ち込める。

まぁしかし、うまくやりようもあるでしょう。
顔見知りの子たちと仲良くなってこれたのは、相応の交流をしてこれたから。
これからだって、どんどんその幅を、対象を広げていけばいいんだよ。
そうした上で、スキな子ともっと仲良くなれるチャンスだってあるさ、きっとこれからだって。

そういや、今日はじめて、
この「ふみー」というニックネームが「キモい」とも、一人の子から言われた。
まゆちゃんという三年生の子だった。
まゆこちゃんとは歳が1コ違えど学校が同じで面識も持っていたのだが、
まゆちゃんのほうにはお気に召さなかったらしい。

俺の持ってる携帯(FOMA)とか、ストラップ(バーバリー)とか、
腕時計(G-SHOCK"TheG")を、「何これ」と興味示したので、
「かっこいいだろ!?」と返したところ「ダサい」とバッサリ。食えんが可愛い娘だのぅ。

そしてこのコも只者ではなかった。体操をやってるそうで、宙返りとかができるのだ。
格闘技経験はないそうだ(本人確認済み)が、ボディーブローも放ってこられた。
思い切りよく打ち抜くいいパンチだった。体操やってる足腰の土台なしには打てん代物だった。
同世代に放てば暴力でしかないわな……俺は腹筋固めて足踏ん張って、真っ向勝負を挑んだが、
それでも跳ね返すなんてとんでもなく、がっつり食べたあとの胃にもらってたらヤバかったかもしれん。
(ここにいる時なかなか昼ごはんは食べれんのだ。
まゆこちゃんはそんな俺をいつも気遣ってくれる。ねぇふみーお昼食べた?と。泣けるよ。)

せんりちゃんも、「立ったままブリッジ」とかできるし、一年生離れしてないか?
並外れた柔軟性やバネ+自重を支える各所の筋力・持久力なしには有り得ない離れ業だ。
それに、今日「ウザい」男の子にしばかれてしまった、こうへい君という男の子も、
そのあとで平気で、逆立ちしながら歩いていた。
(彼とも顔も知りなのだが、報復をしなかったのでエライ。
元々どちらに原因があったかは分からずじまいだが)

どうやらこの会場には、何て言うか、小さな天才たちが多数集まってきているようだ。
彼らが講座に参加して作り上げた作品とか見てても、そう感じんだよ俺は。間違いない。
そして着々と、のびのびと、その才能を伸ばしつつあるかもしれない。

親はなくとも子は育つ……か。
そうかもしれんし、よほど親御さんの教育が素晴らしいのかも。両方かな。
願わくば、この子たちの自由な成長を何者も、なんぴとたりとも妨げつことのないよう──。
そして、せめて間違った方向には進まぬよう、少しでも手本見せれたり、
能力伸ばす手助けを、こちらがやる事ができたら、それは素晴らしいと思うね。

単なる遊び場、『居場所づくり』としての機能を超えて、
集まったあらゆる人同士の交流で、それぞれが何か大きなものを得られる、
そんな場として、ここが発展していってくれたら素晴らしいよね。
言ってみれば慈善事業だから有志つまりボランティアの
協力を体制化してく必要とか色々あるけど。

俺は、小さかった頃(今でも色んな意味で小さいが…ここでは児童ね)、
外界と接するような機会なんぞなかった。
家では、親からは怒鳴られ、殴られ蹴られて育った。
家に戻ってきた今も、親から怒鳴られたり殴られたり蹴られてるけど、
そしていつの間にか大人になった今でも親の暴力には屈服する以外ないけど、
まかり間違ってもソレを子どもたちにやったり、やらすわけにはいかん。
なんていうか、ありきたりな表現だけど、
誰でもみんな子どもだったんだよ。やっぱ。
育ち方には千差万別あれどね。

俺は、子供たちとふれあう、ここでは、
彼ら・彼女らの「すべてを受け入れる」ことを
最大のテーマにして活動している。
走り回る子も、甘えてくる子も、
はたまたこちらを拒絶するような子も、
俺は受け入れて対等に接したい。
俺には人の好き嫌いがあるから、
平等に接すのは無理っぽいが、
せめて全てを受け入れたい。
だが、不正や迷惑行為や、暴力は、
俺が止めたい。
見てみぬふりなんか、するもんかよ、だ。
そこんとこは、俺は真剣だよ。
仕事はできんけど、そのへんだけは
きっちり自分が納得いく態度でやりたい。

……あとは、甘えてきてくれる特に女子には、
体を張ってスキンシップ。これ。
この仕事やってて自分が急速に「ロリ化」してくのが自覚としてあるのだよ。
やべぇかな〜、と思いつつも、すげぇ甘えてくるコがいると
正直、鼻の下伸びまくってしまうのでね。

まだまだ俺も、彼らほどじゃないにせよ、
ここで成長していける可能性ありそうだ。
それ以上に、その必要性もあるし。
ま、つらくなりすぎず悩みすぎない程度に、何事もガンガレってことだ!!

<big>051009</big> 

2005年10月09日(日) 0時00分
≪土岐プレミアムアウトレット≫へ、行ってきた。オシャレでしょ!?

どんなブランドの店があるとか、予備知識や下調べもなしに出かけたけど、
予想以上に規模が大きく、賑わってもいて、楽しく見て回れた。
非常に熱いスポットを開拓できたと言えそう。

かなりスキなブランドのひとつである『TOMMY HILFIGER』の店で、ジャンパーとTシャツを購入した。
両方とも希望小売価格の半額(!)になっており、お値打ち感も抜群だった。
サイズもちゃんとSがあったし、良かった。
(TOMMYはいわゆるアメリカンサイズなので、俺の身長だとSが無かったら諦めねばならない)

他に重点的に見て回った店は、
『BEAMS』『Eddie Bauer』『EDWIN』『LEVI'S』『BOBSON』『ADIDAS』『NIKE』『G-SHOCK専門店』あたり。
季節物のアウター・トップスはもちろん、ジーンズ・スニーカー・腕時計など、
日常使い回したい定番品も、買い足したいときは是非ここで選びたいね。品揃えの充実度に相当満足。

アウトレットというと、もっと「安いだけ」ってイメージがあったが、
ここは必ずしもそうではなく、安くなってはないけど最新のアイテムとかも充実してたし、
確かに良くて安い品もたくさん揃ってると感じた。

敷地内に、なかなか豊富に「食べる店」も入っていたのも、ポイント高かったね。
開店とほぼ同時に到着して『ドトール』でコーヒーとサンドを食してから店巡りへ出陣し、
昼は『ポムの樹』でオムライス食べた。

やっぱ、せっかくの休日は、何かしら外へ出たりして、
気分転換、したいね。
想い出、作りたいね。

<big>050913</big> 

2005年09月13日(火) 22時31分
 今月に入ってから、新しい職員の方が、
ほぼ同時に3人も入ってきた(全員女性)のだが、
今日、一人が早くも辞めてってしまわれたよ。

 やっぱり、ちょっとやってみたところ、殊の外過酷だったから、
これは続かない──と感じて、辞めてしまわれたのかな。

 俺も少なからず関わっており、今回の新人さん方がが同時に配属されもした部署は、
幣団体が発足(約5年前)以来やっている事業なのに、
人の定着率が0%という、やばい状態にある。
去年の業務に携わった人すら1人も残ってない。

 主導できる人間が、絶対的に、いない。
今のままでは、後進の育てようがない、育ちようがない。
ここはやはり、俺が変えてくしか道はないってことでしょう!??

 ま、軽い冗談はさておき、俺とほぼ同時(すこし前)に入ってきて、この事業の主担当になった人も、
7月そこそこで辞めちゃったしね。言ってしまえば、あっけなかった。
一昨年以来、1年以上もった人が、おらんそうな。
 ……俺の前の会社より、やばくねーか?!
似た条件下で、またも孤独で難しく厳しい戦いを
強いられることを余儀なくされている、今日この頃。

 また、求人を再開するんだろうな。ガンガレご都合主義人事。
来た人はすかさず入れるべし、穴の開いた部署へ。
それが即ち適材適所、深くは考えるな・・というか誰も考えてなかろう?
……次の人はすぐ来るかな、そして何日もつのかな。
 前職でもイヤと言うほど味わったものだが、
入ってきたと思ったら辞めていく人を連続で間近で見ていると、
モチベーションが下がり、なんか仕事とかどーでも良くなってくる。弱い証拠だが。

 俺は大丈夫なのかな。ぶっちゃけ、いつまで続くだろう。
もう、そんなこと考えてる、この時点で俺は、
もうケツ割っちまいてぇと考えてるんじゃあないのか、少なからず?
そんな俺に対し、“救い”はどこにある?
なんか辛いときは最近、かわいい子たちとのふれ合いを思い出したり、
実際にそういう機会を持てることによって癒されてる部分とかあるけど、
まぁとにかく、そういうのを気分転換や励みに、やっぱ、頑張るしかない・・のでしょう!!

<big>050829</big> 

2005年08月29日(月) 23時59分
 昨夜、寝る前に『はじめの一歩』を読んで、
筋トレをしたら、今日、速攻で筋肉痛になっている……。
ほんの少し、動いただけなのに、衰えたな。。

 今この仕事に筋力はほぼ要らないので、困らないが、
自分の肉体の衰えは感じる。
風呂に入って体を洗うときとか、実感するんだよ、
筋肉がオチて脂肪が目立ってきてんのが。
肩の周りなんか筋肉が削げ落ちて、
貧弱になってもうたなーと感じざるをえない。
腹なんかゼイ肉つきまくりだ。つまむ気にもなれん。
『軽くヤバい』とかいうレベルじゃあないかもね!!

 …このままでは、いけない。
それでも今はまだ、できる「片手指立て伏せ」も、
このままでは、できなくなってしまう日が、
かならずや、来てしまうだろう……。

 手にしたものを失うのは、悲しいものです。
実家に戻ってきたおかげで、こと寝食において
「安定した生活」が手に入ったのは、有難いことだ。
しかし、それと引き換えに、失ったものもある。
失うことは、悲しい──。

 でも、失ったもののうち、
取り戻せるないものもあれば、そうでないのもある。
それは自分次第、かな。

 なまって腐ってくのはイヤだ。
そのために何ができる?自分で自分のために。
何事においても、そうかもしれんね。
2006年05月
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