進学校の長として 

April 28 [Mon], 2008, 7:54

Nikon COOLPIX P5100
(大阪府枚方市)


県内ではけっこう名門の、
進学校(中学校)の行事を撮影した。

新1年生として入学してきて、
これからその中学校の生徒として、
恥ずかしくない人になるための訓練という様な、
意識改革のための合宿であった。

生徒たちは附属する小学校からの持ち上がりと、
厳しい受験戦争を勝ち抜いてきた子とが半々。
まあ、持ち上がり組も小学校入学の時点で、
厳しい受験をくぐり抜けて来た子たちなのだけれど。

やはり生徒たちの雰囲気も、
普通の公立中学校とは全然違って、
先生たちの言うことも違って、独特な雰囲気。

でも、少し懐かしさを感じるのは、
僕自身が(決して当時は名門でもなんでもなかったけれど)
受験戦争を経て、お勉強ばっかりするための
私立進学校の出身だからだろうか。

何度もここで書いてきたように、
僕の中学時代はいわば「黒歴史」である。
積極的に語りたいなんて思わなかったし、
今考えても思い出したくない出来事がたくさんあった。

でも、こうやって書いてしまうことがぼちぼち出てきたこと、
折に触れ当時を思い出すことが多くなって来たこと。
それは、僕が歳をとったからではなく、
きっと僕の中で、当時の僕が、
解放されたいと願っているからなんだと思う。

さて、話を撮影してきた進学校の行事に戻そう。

その中で、校長先生の講話というプログラムがあり、
「この学校の生徒として生活するために」というのが
そのテーマであった。

他の先生たちの話が勉強の仕方一辺倒だったり、
軍隊じみた理不尽な厳しさの話ばかりだったので、
(そう。それは僕らが中学時代に、
先生たちに言われていたこととほぼ同じだった)
きっと校長先生の話もそれを煮詰めたような
話になるんだろうと思ってうんざりしながら聞いていたし、
実際、途中まではそうだった。

「最後に」
40分ほどの講話が終わりに近づいた頃に、
校長先生が仰ったこと。

「皆さんは今、ものすごいプレッシャーの中にいると思います。
ここでこうやって先生から、○○中生としての心構えの
厳しい話を聞かされ、ご家族やまわりからの期待を一心に集め、
自分を見失ってしまうこともあるでしょう。

また、皆さんはこの学校の入試を勝ち抜いてきたわけですから、
小学校時代はきっと皆、トップクラスの成績であったと思います。
それゆえのプライドや自信もあると思います。

でも、ここはそういう生徒ばかりが集まる学校です。
そんな人たちの中でも、どうしても順位は付いてしまうし、
思うように点数が取れないとき、周りの期待に応えられてないな…
と感じるときがきっと出て来る。」

校長先生の話は続きます。

「そこで、皆さんの真価が問われます。
どうか、まわりの引いたレールの上を走らないで下さい。
そうやって行き詰ったとき、重荷を感じたときに、
方向転換して、自分のレールを自分で引きなおせる、
見つけられる人を育てるのが、我々の使命であるし、
そういう人になるのが、、皆さんの使命であると考えます。」

涙が出た。

今考えれば、至極当たり前のことを言っているだけだし、
僕だってそうやって自分のレールを見つけてやってきた。
誰かにアドバイスを求められたら、
きっと同じようなことを言うだろうとも思う。

でも、それを、こんな進学校の校長先生が、
入学して間もない、正直、この話の意義も
まだ本当に感じることのできる子は
少ないであろう生徒たちに話すことの強さ、大切さ。
そういう先生がひとりでもそばに居るということ。
(もしかしたらこの辺は、普通の公立学校ばかりを
出てきた方には、伝わらないかもなぁ…)

そう、僕も当時は、プレッシャーと、上手くいかない自信喪失と、
でもそれを周りに悟られたくないがための
積み重ねた嘘の山の中で押しつぶされてしまったのだ。

もちろん、それが今の自分につながっていて、
こうやって好きなことをして生活していることを考えると、
あの時期は必要なことだったのだろうなとも思えるけれど、
やはり30を過ぎても辛い思い出はリアルに蘇って来るし、
中学生の小さな心では、受け止めきれないことも、絶対にある。

当時、こういった先生が一人でもいれば、
その痛みをただ聞いてくれる、
理解してくれる先生がひとりでもいれば、
少なくとも僕の中学校時代は、
黒歴史になんてならなかったんじゃないか。

長い講話から解放され、眠たそうな顔で
カメラにポーズをとる生徒たち。

うん。きっとまだ上手には理解できない話だろうけど、
今日のこの、校長先生の話を
頭のどこかにおいておいてくれよと、切に願う。
君たちはとても恵まれているよ、と。

この学校に入ってよかったね、みんな。

広く浅くじゃ勿体ない 

April 18 [Fri], 2008, 17:03

Nikon COOLPIX P5100
(兵庫県神戸市)


今シーズン最初の修学旅行撮影で、地元兵庫に。

福岡での生活は今年でもう14年目。
もう少しで、地元で過ごした期間をも越えてしまう。

普段は地元の言葉やアクセントが
口をついて出ることもすっかり少なくなってしまったのに、
地元に帰ってきて、その空気を吸うと、
途端にスイッチが入るから不思議だ。

生徒たちも、「あれ?写真やさん関西の人だったの?」
みたいな、不思議な反応になってしまう。

昔のように、いつかこの場所に
戻って来たいと思うこともなくなったけれど、
やはり地元というのは特別な場所だ。

それにしても、修学旅行、2泊3日で、
奈良、京都、神戸を全部観て回るのは欲張りすぎだと思う。

そういう僕も誰かに観察されてるんだ、きっと。 

April 17 [Thu], 2008, 17:20

Finepix S5pro+AF-S 18-200/3.5-5.6VR
(京都府京都市)


最近、関西への修学旅行は、
「京都班別研修」というのが主流。

昔のように団体でぞろぞろと観光するのではなく、
自分たちで見学地を決めて、班毎にあちこち観て回る、というもの。
学校によっては班に1台ジャンボタクシーをチャーターして、
運転手さんがガイドをしながら見学するところもあります。

班によって、見学する順番も、場所も違うから、
出来るだけ最大公約数に近いポイントを選んで、
そこで班写真を撮ってやることになる。

…となると、まあ普通に考えて、金閣寺か清水寺に
一日貼りついていて、来た班来た班を撮影することになるわけです。

正直ね、結構大変なんですよ。
だいたい朝9時〜夕方16時頃までずっと同じところにいて、
いつ来るかもわからない生徒をを探さないといけない。

いや、一応はしおりや行動予定表に、
だいたいのスケジュールは書かれているんだけどね。
まあ、その時間通りに来ることはほとんどない。

バスは混んでるし、渋滞はひどいし、
他の観光客も多いし、田舎から来た中学生が生徒だけで
思い通りに動けるほど修学旅行シーズンの京都は甘くありません。

そこで、まあ僕らも、待っている間の楽しみをいろいろと探します。
知り合いのカメラマンさんがいれば話しつつ待ってられるんだけどね。
ひとりだとかなり暇です。

僕はまあ、だいたい人間観察してます。
世界中から観光客が集まる場所だから、
それはもういろんな人がいて面白い。

ちなみに、何日か前の「ニセ丸尾シゲオ」の写真も、
そうやって担当校の生徒を待っている間に撮影したものです。
だから使用機材が仕事カメラ(苦笑)

神の遣いのすることではないわな。 

April 16 [Wed], 2008, 17:16

Nikon COOLPIX P5100
(奈良県奈良市)


鹿せんべいなんぞもう喰い飽きた。
団子が食べたいんよ、団子が。

Airport 

April 13 [Sun], 2008, 10:15

Nikon COOLPIX P5100
(福岡市博多区)


空港という場所が好きです。

飛行機は好きじゃない。
なんであんなのが飛ぶのか、未だによくわからない。
やはり、地面に接していたいです。

でも、空港という場所は好きなのです。

行き交う、とどまる人、出会い、別れ。
遠い街の名前を告げるアナウンス。

そんないろいろが渾然一体となっているのが、たまらなくいい。

出張で飛行機に乗って遠くへ行くときは、
だいたいかなり早めに空港に行きます。

展望デッキで写真を撮ったり、
無駄に高いとわかっていながらご飯を食べたり、
機内で読む本を物色したりしながら、
空港という空間と、そこにいる時間を楽しむのです。

でもね、あの金属探知機は嫌いです。
なんでいつも僕だけ鳴るんだ??

はい、近況報告 

April 12 [Sat], 2008, 19:19

Nikon COOLPIX P5100
(福岡市西区)


僕がここを放ったらかしにしている間、
いったい何をしていたかというと、
そりゃあまあ、ほとんど仕事仕事の毎日ではあったんだけど、
それでもね、ライフワーク的にと言うか、
ぼちぼちと活動はしていたんですよ、実は。

Hot-Air-Balloonさんのサイトで連載中の
フォトエッセイ『半径2km』は人知れずもう第8回までUP済み。

前にここで告知をしたのが第4回の時だったから、
いかにここを放置していたかがわかりますね。ゴメン。

それから、2002年の二人展の時から続けてきた、
山梨県甲府市のVayuさんでの作品展も、
これまた人知れずやっちゃってまして。はい。

告知まったくしてません。

3年続けての個展でした。
でもね、今年はちょっと、既存の作品でお茶を濁してしまって…

いつもどおりの2月〜3月。
「モノクロームの見る夢」展に出した、
「トーキョーバックスタイル」をちょっと枚数増やして、
サイズ大きく焼きなおして。

忙しいからと言ってそれはどうなん?ってのが自分の中にあって、
結局会場にも行けず、どうもすっきりしない感じで。
いつもお世話になっているVayuの方にも、見に来てくれた方にも、
どうにもこうにも申し訳なくて。

次の作品展示展開はいつになるやら。

ちょっとね、ここのところずっとそんなテンションになれていなくて。
先日、大阪に行ったときに久しぶりにOne Plus 1 Galleryに行って、
だいぶ刺激を受けてきたので、ちょっとは持ち直した感じはあるけど。

まあ、リハビリ中みたいなもんです。

きっとまた、どこかのグループ展に参加するとかになるのかなって、
自分ではそう思ってます。

おひさしブーリン。 

April 10 [Thu], 2008, 18:56

Nikon COOLPIX P5100
(大阪府枚方市)


さて…と。

前回更新から、もう半年近くが経ってしまった今では、
誰かここをチェックしてくれている人が居るのかさえも怪しいけれど。

(…と思ってアクセスログを見てみる。
毎日30アクセスぐらい?全盛期の20分の1くらい。
でも、それでも、半年も更新してないブログに、
毎日30人もの人が来てくれていたなんて!)

なんとなく自分が以前に書いたものを読み返したくなって、
なんとなくここに来たら、また書き始めたくなってしまった。

更新が停まった頃に書いた文章は、
ちょっとばかりいろいろなことを難しく考えすぎているというか、
まあ、ひとことで言ってしまうと、気負って疲れてしまってたんだろうと思う。

忙しさは相変わらずで、それはとても嬉しいことで。
やらなきゃいけないことはたくさんだけど、
仕事に忙殺される毎日の中にも、自分のリズムが出来てきたような。

きっと、昔みたいに毎日更新!とかは絶対に出来ないけれど。
書きたいときに、写真貼りたいときに、少しずつまた綴って行こうかな。

ここは僕がただ、「写真と、カメラのある日常」を、
誰のためでなく書く場所だもんね。

とりあえず、ときどきでも見に来てくれてたみんなに。

どーも、スミマセン。

ニセ丸尾シゲオ(敬称略) 

April 01 [Tue], 2008, 10:26

Finepix S5pro+AF-S 18-200/3.5-5.6VR
(京都府京都市)


もう今さら、更新をお休みしていた間の
日付を全部埋めようだなんて思わないけれど、
誰も気づかないであろう、過去の記事を、
こっそりと書くのも悪くないような気がして、更新。

エイプリルフールの日付の記事だしね。
日付が嘘だって、別に罪にならないでしょ。

そう言えば、以前、「橙色写真日記」がまだブログになる前、
好きな写真家の作風に似た写真が撮れてしまったら、
よく、ニセ写真家シリーズとしてUPしていたっけ。

ニセ片岡義男とか、ニセ赤瀬川原平とか。

今日の写真は、僕の師匠であり、
大好きな写真家である、丸尾シゲオ先生へのオマージュ。
ニセ丸尾シゲオです。

もうね、この光景に出会った瞬間に、
先生の写真が頭に浮かんで、ニセシリーズで行ける!と
とっさにカメラを構えたわけです。

ちなみに、元ネタはコチラ

いつだって大切なことは言えないまま 

October 30 [Tue], 2007, 8:07

Finepix S5pro+AF-S 18-200/3.5-5.6VR
(長崎県長崎市)


一昨日の撮影中、一緒に撮影していた
いつもお世話になっている大先輩のカメラマンさんに
その方の高校時代の同級生が亡くなったという連絡が入った。

で、昨日。

四国の大学時代の友人で、わりに親しくしていた
女の子(…と言っても彼女も僕と同じ32歳なんだけど)が
癌で亡くなったという連絡が入った。

夏の終わりに体の不調を訴えて入院して、
わずか3ヶ月足らずで亡くなってしまったということだった。

先輩カメラマンさんのお友達と、
とても似たような話で驚いたのだけれど、
僕らももう、いつそういうことが起こってもおかしくない年齢に
差し掛かったということだろう。

僕はその知らせを聞いたあとでとても動揺し、
その時に手がけていた画像処理の仕事はちっとも上手くいかなかった。

そう思うと、現場で動揺も見せず、
しっかりと仕事をこなしていた先輩カメラマンさんの姿は、
プロとはなんであるかを思い知らされたようだった。

その子のことを思い返してみる。

大きな地震と、その頃僕が抱えていた問題のせいで、
四国時代の友人とはほとんど疎遠になってしまっている。
僕が逃げるように四国をあとにするとき、
彼女は友達数人と見送りに来てくれた。

その時の、20歳の姿が僕の知っている彼女の最後の姿で、
だから僕が今、病院のベッドで横たわっている彼女を、
家族を残して冷たくなってしまった彼女を思い起こそうとしても、
(早くに結婚した彼女には、確かもう小学生になる子供がいたはずだ)
彼女は20歳の若々しい姿のままだった。

それが僕をいっそう、悲しい気持ちにさせる。

話が、僕の気持ちが飛び飛びになってしまってるね。
でも、これが僕の動揺で、僕のリアルなんだ。

あの時、いろいろと理由があって悪者になっていた僕を
見送りに来てくれたお礼を言えないままだったな。
それから12年もの月日が流れて、時間は十分にあったのに。

なんて言葉をかければいいかわからないけれど。
やっぱり僕は、お葬式にも行けないけれど、
安らかにねむってください。

あのときは、ほんとに、ありがとう。さよなら。

タッチ 

July 06 [Fri], 2007, 22:39

Finepix S5pro+AF-S 18-200/3.5-5.6VR
(長崎県長崎市)


昔こんなナゾナゾがあったよね。

問:「犬が立ってごはんを食べていました。
さて、何を食べていたでしょう?」

答:「グリコワンタッチカレー」

今思えば。なんというしょうもない駄洒落か!
ってな感じだけど、これ、意味が通じるのは、
ある一定以上の年代の人だよね?

ワンタッチカレーって、いつの間になくなったの?
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