ビルボード全米No.1ヒット 全曲レビュー 1965年 前編

March 29 [Tue], 2011, 10:48
125. Downtown - Petula Clark #1 [2] (1/23/65)

イギリス人女性として初の「Hot 100」1位に輝いたのがペトゥラ・クラーク 。フランス人の音楽業界人と結婚し、主にフランス語の作品をリリースしていた彼女にとっては久々の英語ナンバーだった。サウンドはピアノ伴奏に始まり、軽快なドラムス、盛り上がる吹奏楽のパートなど、かなりモダンな仕上がりで、キャッチーなメロディといい、典型的な60年代ポップスの名作のひとつ。

最近ではTVドラマ『Lost』の中で、ジュリエットのテーマみたいな使われ方をしていた。このドラマはどうもこの辺りの60年代女性ポップスが好みのようで、デズモンドのテーマとして元ママス&パパスのキャス・エリオット「Make Your Own Kind of Music」も使用されていた。

126. You've Lost That Lovin' Feelin' - Righteous Brothers #1 [2] (2/6/65)

それまでのフィル・スペクターといえば、もっぱらガールズ・グループ専門といった感じだったけれど、そのイメージを払拭し、しかもキャリア上もっとも成功したといえるのが、このライチャス・ブラザースとの仕事。白人デュオでありながら黒い感覚を持つ彼らは、史上最高のブルーアイド・ソウル・グループと呼ばれる。楽曲はキング&ゴフィン、バリー&グリーニッチと並ぶ、この時代最高のソングライター・デュオ、バリー・マン&シンシア・ウェイル(ちなみに先述の「Make Your Own Kind of Music」も彼らの作品)。このように最高のプロデューサー、アーティスト、ソングライターが最高の仕事をしたこの曲の完成度は素晴らしく、ロック時代の分業体制を指すいわゆる「ブリル・ビルディング・サウンド」の最高傑作のひとつと呼んでもいいだろう。

127. This Diamond Ring - Gary Lewis & The Playboys #1 [2] (2/20/65)

いかにもビートルズの二番煎じを狙ったようなグループと楽曲の出来はそれほど重要ではないけれど(せいぜいゲイリー・ルイスが『キング・オブ・コメディ』のジェリー・ルイスの息子ということくらい)、この曲の周辺にいた人たちが未来のロック界の重要人物ということで意味のあるヒット。まずソングライターのひとりにこの年ボブ・ディランとの仕事で有名になるアル・クーパー、それからスタジオで実際に演奏したプレイヤーにレオン・ラッセル(キーボード)、ハル・ブレイン(ドラムス)、コニー・ケイ(ベース)が。こうしてメンツだけみるとロックの名盤って感じ。

128. My Girl - The Temptations #1 [1] (3/6/65)

イントロは史上もっとも有名なベースラインのひとつ。スモーキー・ロビンソンによる素晴らしい楽曲と、モータウン最高のコーラス・グループ、テンプテーションズとのコラボが最高の形で結実した永遠のクラシック。女の子を褒めちぎる典型的なラブソングなのだけれど、スモーキーの作詞家としてのセンスが抜群で、決して野暮な感じではない。そしてメロディも、シンプルでいて聞けば聞くほど味の出てくるスモーキーならではのもの。もちろんデヴィッド・ラフィンの素晴らしいヴォーカルも申し分ない。

129. Eight Days A Week - The Beatles #1 [2] (3/13/65)

「A Hard Day's Night」の12弦ギターのカッティングや、「I Feel Fine」のフィードバックほどのインパクトはないけれど、「フェードイン」という形でビートルズの実験精神は継続されている。イギリスではアルバム『Beatles for Sale』に収録され、シングル化はされなかった。アルバムのテーマであるアメリカのカントリー・ミュージックを意識したレイドバック・サウンド。

130. Stop! In The Name Of Love - The Supremes #1 [2] (3/27/65)

64年に3曲を1位に送り込んだスプリームスの快進撃はこの年も続く。それまでの軽快なタッチに、やや深みを持たせたマイナー調のこの曲で、彼女達は「Hot 100」史上初の4曲連続のナンバー1ヒットを記録する。しかし、こうしてヒットを連発すればするほど、グループ内でのパワーバランスが崩れ、ダイアナの地位だけが上がって行くところが、ビートルズなどとの決定的な違いで興味深い。かなり脚色も多いけれど、その辺のグループの裏話は、彼女達が元ネタとなったミュージカル映画『ドリームガールズ』に詳しい。

131. I'm Telling You Now - Freddie & The Dreamers #1 [2] (4/10/65)

イギリスはマンチェスターのロックグループで、サウンドは多分にビートルズの影響を受けている。コロコロしたコードカッティングとギターソロ、ポップなメロディ、それに足を左右にバタバタさせるコミカルなパフォーマンスが人気だったようだ。イギリスでは63年にヒットしたナンバーで2年越しでアメリカ制覇を果たしている。

132. Game Of Love - Wayne Fontana & The Mindbenders #1 [1] (4/24/65)

同じくマンチェスター出身のウェイン・フォンタナが彼のバンド、マインドベンダーズと放ったナンバー1ヒット。前の「I'm Telling You Now」と比較するかなり硬派な仕上がりになっている。例の「Be My Baby」系のビートとベースラインに2本のギターのカッティング絡むヘヴィなパートと、ボ・ディドリー・ビートによる軽快なパートとの2部構成で、その転調する感じが曲の持ち味となっている。

133. Mrs. Brown You've Got A Lovely Daughter - Herman's Hermits #1 [3] (5/1/65)

まるでミック・ジャガーを両親に紹介出来るよう消毒したかのようなピーター・ヌーンのクリーンで素朴な感じが魅力。今でこそ特に重要なグループでもないが、当時はビートルズ、ストーンズと並ぶ数のヒットを連発する売れっ子だった。コロコロした心地よいギターのカッティングと、ピーター・ヌーンのダメダメな歌詞とヴォーカルとの相乗効果がポップでいい感じ。

ビルボード全米No.1ヒット 全曲レビュー 1964年 後編

March 24 [Thu], 2011, 10:39
118. Do Wah Diddy Diddy - Manfred Man #1 [2] (10/17/64)

オリジナルは「Tell Him」「He's Got the Power」などのヒットを持つガールズ・グループ The Exciters(男性メンバー一人を含む) 。リードシンガー Brenda Reid のパワフルなヴォーカルが魅力だった。ソングライターは Barry/Greenwich で、彼らはこの年キャリアのピークを迎えている。初期の The Beatles がそうだったように、当時のイギリスのロック・グループは「ロックンロール」「ブルース」と同じくらい、ガールズ・グループの「ポップス」にも影響を受けていたわけで、この曲などはガールズ・ポップのカヴァーがそのまま、最新のブリティッシュ・ロックとなってしまった典型的なパターンだろう。

119. Baby Love - The Supremes #1 [4] (10/31/64)

何も「Where Did Our Love Go」がまぐれ当たりというわけではないけれど、The Supremes の人気を決定づけたのはやはりこの曲だろう。モータウンが誇るソングライター・チーム Brian Holland/Lamont Dozier/Edward Holland サウンドの特徴である軽快なリズムとキャッチーなメロディとの絶妙な融合は、この曲でほぼ完成の域に達している。楽曲の構成は基本的に、打楽器的に使われるピアノのコード演奏とドラムス、パーカッションによるメインのフックが延々と繰り返されるパターン。Diana Ross のヴォーカルと自然な形で入れ替わるサックスのソロもいい。

120. Leader Of The Pack - The Shangri-Las #1 [1] (11/28/64)

Barry/Greenwich によるこの年3曲目の#1ヒット。The Shangri-Las を手がけていた Greenwich の旧友 Shadow Morton と共同で仕上げている。少女がキャンディストアで暴走族の少年と出会い恋に落ちる。しかし両親からは猛反対を受け、彼に別れを告げるよう言われてしまう。そしてその少女の言葉を聞いた少年は雨道でバイクを滑らせ命を落とす。ドラマチックなストーリーがこの曲の最大の売りとなっていて、物語を盛り上げる効果音の挿入が当時としては斬新で、この曲をクラシックたらしめている。

121. Ringo - Lorne Greene #1 [1] (12/5/64)

開拓時代のガンマンとシェリフの物語の朗読に、カントリーのインストルメンタルをつけたナンバー。 Lorne Greene はその渋い声が買われた俳優で、本職のシンガーではない。こうしたストーリーありきのカントリーヒットはこれまでにもあったわけで、特に珍しいわけでもないが、The Beatles 旋風のこの年に「Ringo」というタイトルの#1ヒット。単なる偶然なのだろうか。

122. Mr. Lonely - Bobby Vinton #1 [1] (12/12/64)

Bobby Vinton の通算4曲目の#1ヒットで、自身がソングライトにも関わった初の#1ヒット。センチメンタルだけれど、この曲などは60年代を代表するクラシックと呼んでもよいのではないか。21世紀に入ってからは Akon がサンプリングで取り上げたことでも有名。

123. Come See About Me - The Supremes #1 [2] (12/19/64)

The Supremes この年3曲目の#1ヒット。これで彼女達は文句なしにモータウンの看板アーティストとなった。傑作だった前2作と比較すると、いかにもクリスマス時期に間に合わせたシングルっぽくて弱いけれど、しっかりと#1を取れるところに当時の彼女達の勢いを感じる。サックス以外はすべて打楽器的に使われるところなどは彼女達ならではだけれど、メロディはどことなく The Ronettes 「Be My Baby」からの引用をうかがわせる。

124. I Feel Fine - The Beatles #1 [3] (12/26/64)

The Beatles の年だった64年を締めるのもまた彼らで、これで年間6曲目の#1という前代未聞の記録を達成している。この曲で有名なのはなんと言ってもイントロのフィードバック。未だに確定的な意見がないので、確かめようがないというのが実態なのだろうけれど、恐らくもっとも最初に使われたギターのフィードバックだろうというのが定説。サウンドもそれまでのアイドルっぽいものから、クールなギターリフを軸にした大人っぽいものへと変化している。

ビルボード全米No.1ヒット 全曲レビュー 1964年 中編

March 22 [Tue], 2011, 21:56
110. A World Without Love - Peter & Gordon #1 [1] (6/27/64)

The Beatles で口火が切られたブリティッシュ・インベイジョン。そこから The Beatles 以外で始めての全米#1ヒットを記録したのがこの Peter & Gordon 。ただし、この曲を書いているのは Paul McCartney(いかにもこの時代の Paul らしい楽曲) 。メンバーの Peter Asher の妹 Jane Asher が Paul McCartney の恋人だったため 、当時誰もが欲しがっていた Lennon/McCartney の楽曲を優先的に回してもらえた。Paul と Jane とが別れた後も、Peter Asher は The Beatles 周辺にいて、James Taylor を手がけ、その縁でアメリカのウエストコースト系 SSW と近しくなり、今では Linda Ronstadt のプロデューサーとしての方が有名。

111. I Get Around - The Beach Boys #1 [2] (7/4/64)

当時アメリカで唯一 The Beatles に対抗出来たと言われている The Beach Boys 初の全米 #1 ヒット。サウンドそのものも、これまでの「カリフォルニア・ローカル」「若者限定」といった感じから、もっと万人向けのポップミュージックへと進化を遂げている。この変化は The Beatles に刺激を受け、覚醒した Brian Wilson の成長によるところが大きい。実際、この曲のレコーディング現場では、(「売れ線の曲」だけをひたすら要求し続けた)父親 + マネージャーの Murry Wilson を首にし、音楽作りの主導権をものにしている。

一般的に、これから10年くらいをロックの最盛期と呼ぶ事が多いが、その要因のひとつに(このBrian Wilson のように) アーティストがマネージャーやレコード会社から音楽作りの主導権を獲得したことが挙げられる。この新しいロックムーブメントがあまりの大爆発だったため、古い世代には若い世代の求めるものが本質的には理解出来ておらず、基本的には支持を得ているアーティストを信用するしかなかった。またアーティスト側にとっても Dylan や The Beatles 、そして Brian Wilson らが発見した新しい方法論によって広がった音楽的可能性を試す余地がいくらでもあった。こうした偶然の重なりによって、アーティストは自分たちの本能の赴くまま好きに音楽を作り、リスナーはそれまでに聞いた事のない刺激的な音楽に酔いしれ、レコード会社にはしっかりとお金が入ってくるという、幸福な時代がやってくるのである。

112. Rag Doll - The Four Seasons #1 [2] (7/18/64)

当時流行していた、The Ronettes 「Be My Baby」系のビートを使ったミディアム・ナンバー。貧乏な女の子のことを歌った社会派ソングで、能天気な彼らの楽曲群の中では説得力がある。3年連続で#1ヒットを放った彼らの最後の#1ソング。

113. A Hard Day's Night - The Beatles #1 [2] (8/1/64)

世界規模となった The Beatles 旋風。基本的に公演の誘いは断らず、どこへでも出かけていたようだが、とてもじゃないが回りきれない。そこで考えられたのが映画での効果的な巡業。「超ハードな一日の夜」。文法的におかしいタイトルそのものの映画の中身もシュールで最高。

「She Loves You」→「I Want to Hold Your Hand」→「A Hard Day's Night」、まるで二段飛ばしで階段を駆け上がっているような彼らの著しい進化が凄い。12弦ギターの残響音だけを使ったあまりに有名なイントロ、John によるコーラスよりもキャッチーなヴァース + つなぎ的に使われるコーラス、そして John のメイン・メロディとがっぷり四つに組む Paul の哀愁を帯びたブリッジ(短いけれど印象的)、John のかっこ良いシャウトに続いてはGeorge によるよく計算されたギターソロ、最後はイントロと対比的に使われているギターのアルペジオ。完璧な2分半! 突然ガバチョ。

114. Everybody Loves Somebody - Dean Martin #1 [1] (8/15/64)

この曲もこの年の特色である The Beatles への反動的ヒット。この50年代的なスタンダードを歌うのは、Frank Sinatra 率いる Rat Pack のメンバーである Dean Martin 。この曲の大ヒットによって彼は翌年自分の冠バラエティーショーを持ち、そこでゲストで招いた The Rolling Stones らイギリス勢をこき下ろしたりしている。Sinatra をもっとのんびりと雄大にした感じの彼のスタイルには独特の味があって、個人的にもこの曲は好きだったりする。加山雄三は Dean のスタイルに影響を受けてるはず。

115. Where Did Our Go - The Supremes #1 [2] (8/22/64)

The Beatles と並ぶ、60年代を代表するスーパースター、The Supremes 初の#1ヒット。この曲が元々は The Marvelettes の為に書かれ、彼女達に断られたため、当時レーベルのお荷物状態だった The Supremes の元に回ってきたのは有名な話。あまりに稚拙な歌というのがその理由だと思われるが、Diana Ross は下手をするとお粗末な結果になりかねないこの曲を見事に歌いこなしている。この時代には The Ronettes という The Supremes に成り代わっていても不思議ではないアーティストがいたわけだが、この曲を冷静に聞くと Diana Ross のヴォーカルが、抑制された上での計算されたイノセントさ、なのだということがよく分かる。(楽曲、演奏、他の要素ももちろんあるけれど)数年単位の人気者と10年単位ではやはり素質がまったく異なるのだ。

116. House Of The Rising Sun - The Animals #1 [2] (9/5/64)

史上初の「ロックナンバー」による#1ヒットと言えるかもしれない。オリジナルは作者不明のトラディショナル・フォーク。モダン・フォーク・ブームによって再評価され、NY グリニッチ・ヴィレッジのフォーク・シーンでは、Dave Van Ronk の歌として有名だった。彼の弟子的存在だった Bob Dylan が デビュー作で Dave のアレンジそのままで取り上げ、そのヴァージョンを聞いたイギリスのロックグループ、The Animals が、エレクトリック・ギターと電子オルガンを加え、ロック・ヴァージョンへとアレンジし直した。当時のイギリスではロックンロール・リバイバル・ブームがブルース・ブームへと変わっていた頃。よりヘヴィなものを求める耳が Dylan の曲をブルースと捉え、彼のフォーク・ヴァージョンを電子化することで、「フォーク・ロック」というまったく新しい音楽が生まれた。

「娼館」とも「刑務所」とも「世の中のあらゆる罪を背負った場所」ともとれる「朝日の昇る家」を歌ったこの曲には、そのヘヴィな歌詞と同じくらいヘヴィなメロディがあり、まさに今で言われる「ロック」の要素すべてが内包されている。また、この曲の電子オルガンをフィーチュアしたスタイルはそのまま The Doors へと受け継がれるなど、後に与えた影響も計り知れない。最近でもこの曲は「American Idol」で候補者が好んで歌う人気曲である。こうした記念碑のような曲がアメリカでしっかりと#1になっていた時代に羨ましさを感じる。

117. Oh, Pretty Woman - Roy Orbison #1 [3] (9/26/64)

この年、50年代出身のアーティストでありながら、ノスタルジーとしてではなく、最新の音楽として唯一#1ヒットを放ったのが、このRoy Orbison 。この何年かで最盛期を迎えていた彼のピークを示す、そして最大のヒットである。軽快なドラムスと印象的なギターリフによるイントロはモダンで、当時 The Beatles らとツアーをしていた彼が、しっかりと新しい感覚を吸収していたことがうかがえる。メロドラマ調な彼の楽曲群の中では、ストレートに女性への賛歌を示したナンバーで(妻の Claudette に捧げたもの)、Van Halen のような意外なアーティストを含む数多くのカヴァーを生み出し、90年にはシンデレラ映画のクラシック『Pretty Woman』まで作られている。

ビルボード全米No.1ヒット 全曲レビュー 1964年 前編

March 11 [Fri], 2011, 3:43
102. There! I've Said It Again - Bobby Vinton #1 [4] (1/4/64)

ソフトなサウンドに、ソフトなヴォーカル。あまりに前時代的で、今では、次の The Beatles 登場の衝撃を高めるためだけに存在しているような曲。ただ実際には、ここまで見てきたように、次の The Beatles へのシフトはそれほど急進的というわけでもない。Carole King ら新しい世代のソングライターの登場によって、ポップミュージックは既にモダンになっていたし、63年暮れから64年の始めにかけては、アメリカのロックバンド、The Kingsmen の「Louie Louie」(The Kinks の 「You Really Got Me」や The Who の 「My Generation」はこの曲に影響を受けたもの)が#2のヒットになっていたりと、その兆しはすでにあった。この64年は The Beatles の快進撃、ブリティッシュ・インベイジョン、"Motown" の躍進という、60年代を決定づけるムーブメントが次々と起こる一方で、まるで60年代以前に戻ったかのようなサウンドもまた人気を集めていく。

103. I Want To Hold Your Hand - The Beatles #1 [7] (2/1/64)

イギリスでの凄い人気を知りながら、未だ彼らに対して懐疑的だったアメリカのレコード会社に本格的なプロモーションを決意させた一曲。骨太で黒っぽいサウンドは、明らかにアメリカ・マーケットを意識したもの。ハンドクラップで強調された歯切れのいいリズム、分厚いギターのトーン、ゴスペルを意識したコーラスワークなど、従来の、単にスタジオライブを録音しただけのサウンドから、スタジオワークを駆使した「作品」へと飛躍的な進化を遂げている。

一方曲作りの面では、John Lennon と Paul McCartney というタイプの異なる偉大なソングライター二人が、対等に楽曲に関わっている部分が大きい。メインのメロディを書いた John に、ブリッジ部分を書いた Paul 。これが、ふたつの優れた曲がひとつの曲を成しているような、The Beatles 特有の贅沢なメロディの源となっている。こうした曲作りは King/Goffin などもやっていて、特に真新しいものではないけれど、「同等の能力と、異なった個性を持った二人が」という点では、Lennon/McCartneyに勝るものはないのだろう(未だに)。

104. She Loves You - The Beatles #1 [2] (3/21/64)

「#1になるまではアメリカには行かない」などと彼らは強気な事も言っていたようだが、同じくまだ人気が決定的なものではなかったフランス遠征の最中、彼らの元に「I Want To Hold Your Hand」の全米#1ヒットのニュースが届く。そして、翌週2月7日、彼らは熱狂のアメリカへと旅立つのである。NY の JFK 空港で大歓迎を受けた彼らは、2月9日にあの有名な『Ed Sullivan Show』に出演、番組は記録的な視聴率を記録する。彼らの出演中に犯罪率が大幅に下がったのは有名な話。またアメリカ中の未来のミュージシャン達が、この時の彼らを見て楽器を手にしたと、後に語っている。

順番的には、「She Loves You」は「I Want To Hold Your Hand」の前のシングル。この曲のリリース権を持っていたマイナーレーベルがビートルズ旋風を受け、再リリースしたため(最初にリリースしたときにはヒットしなかった)、#1ヒットとなった。この後、こうした後追いシングルが乱発し、それぞれが例外なく大ヒットしたため、「Hot 100」が The Beatles で埋め尽くされるという 「ビートルマニア現象」が起こる。

とにかく「Yeah! Yeah! Yeah!」を実に効果的に使ったシングルで、これまでの数多くのライブによって、どうすれば人々が興奮するか、既に知り尽くしていた彼らならではのアイデアが生かされている。確かに中身という点では、(三人称を使ったということ以外)薄っぺらいけれど、「Yeah! Yeah! Yeah!」の後、急にテンポとヴォリュームが上がっていく部分など、人々の理性ではなく、本能に直接的に訴えかけ、ひたすら「興奮」を作り出して行く作風は、間違いなく傑作と呼べる。

105. Can't Buy Me Love - The Beatles #1 [5] (4/4/64)

「I Want To Hold Your Hand」に次ぐ、正式なシングルがこれ。黒っぽかった「I Want To Hold Your Hand」に対し、彼らのもうひとつのアメリカ音楽の嗜好、カントリーテイストの作品となっている。作ったのはリードヴォーカルを取っているPaul McCartney で、こうした軽快なカントリーはこれから彼の十八番となっていく。一方、ロカビリーそのままのギターソロを聞かせてくれるのは George Harrison 。確かにオリジナリティという点では乏しいけれど、タメの効いた素晴らしい演奏は耳に残る。

106. Hello Dolly! - Louis Armstrong #1 [1] (5/9/64)

14週間、約3ヶ月にも渡る The Beatles の#1独占を(一時的にではあるにせよ)ストップさせたのが、1900年生まれ、当時64歳のジャズ界の巨人 Louis Armstrong (「Hot 100」の最年長#1記録 + 最も古い年生まれの#1)。イギリスからの新しい世代の侵略を、アメリカでもっとも古い世代が食い止めたというところが、偶然から来る歴史のいたずらであるにせよ興味深い。彼のキャリアは20-30年代の文字通り「ジャズエイジ」と呼ばれたアメリカの黄金時代まで遡る。50年代半ば以降、しばらくチャートから離れていた彼にとって、この曲はカムバック・ヒットとなった。

曲は、同名タイトルの新作ミュージカル用に書かれたもので、Louis Armstorong の、トランペットとまったく同じ効果を持ったメリハリの効いたヴォーカルがもはや世界遺産級。当時は、ミュージカル・ブームで、ブロードウェイのような劇場だけでなく、映画でも数多くのミュージカル・クラシックが作られていた時代。彼のこの曲もそうしたブームを背景に、The Beatles 旋風に面食らっていたアダルト層を中心に支持されていったのだろう。

ジャズ史上最高の天才と評される彼は、ここから何度目かの黄金期を迎え、#1ヒットではないが、「What A Wonderful World」のようなクラシックを残していく。60歳を過ぎても、まったく衰えを知らない、彼はまさにジャズそのものだったのである。

107. My Guy - Mary Wells #1 [2] (5/16/64)

"Motown" 初の女性ソロシンガーによる#1ヒットであり、レーベルの重要な幹部 + アーティスト + ソングライターだった Smokey Robinson 初の#1ヒット。この曲のアンサーソングである 「My Girl」ほど明快ではないが、重厚なベースラインと浮遊感のあるメロディラインが効果的に解け合う、Smokey Robinson ならではの楽曲で、(彼の曲の多くがそうであるように)聞き込めば聞き込むほど味が出てくる。またMary Wells の歌い方も、 Smokey Robinson そのもので、両者の相性が抜群だったことがうかがえる。この曲の大ヒットで、一瞬だけ "Motown" の看板スターになった彼女だが、この後すぐにレーベルを離れ、その後はヒットを出せずに終わっている。

108. Love Me Do - The Beatles #1 [1] (5/30/64)

The Beatles のイギリスでのデビュー曲。非凡さは感じるものの、まだここから未来の彼らの華々しい活躍を想像することは不可能。62年の10月5日にリリースされ、当初は思ったほどのヒットにならなかった曲である。主に曲を書いたのは Paul McCartney だけれど、これまでライブでリードを取っていたのは John Lennon 。しかし、この曲にもうひとつキャッチーさが欲しいと考えた彼らは、Bruce Channel 「Hey Baby」もどきのハーモニカのイントロを挿入、それではタイミング的に " Love me do " の部分と被るので、Paul McCartney メインのヴォーカルへと変更された。

109. Chapel Of Love - The Dixie Chicks #1 [3] (6/6/64)

久々にアメリカから現代的な#1ヒットが登場したような気がする。63年までのアメリカのポップミュージックのトレンド、ガールズ・グループ・ブームの流れからのヒットで、当時 King/Goffin のライバルだった、Jeff Barry/Ellie Greenwich の作品(当初は The Ronettes のために書かれたものだったので Phil Spector の名前もクレジットされている)。そして実質的なプロデュースも彼らが担当、それにエクゼクティブ・プロデューサーとして、ソングライター界の大御所、Leiber/Stoller の名前も刻まれている。

彼女達は翌年、ニューオリンズ R&B のクラシック「Iko Iko」もヒットさせているが、彼女達をより可愛く、洗練させ、(The Ronettesのように)より明快なヴォーカリストを擁した The Supremes の登場によってその座を奪われていく。

ビルボード全米No.1ヒット 全曲レビュー 1963年 後編 

March 06 [Sun], 2011, 17:03
92. Easier Said Than Done - The Essex #1 [2] (7/6/63)

この時代によくありがちな、元気な女の子ヴォーカルによるアップテンポでキャッチーなナンバーだが、メンバー全員が現役アメリカ軍兵士だったことが異例。「周りの友達は皆、意中の彼に告白しろと言うけれど、口で言うほどたやすくはないのよ("Easier said than done")」という歌。

93. Surf City - Jan & Dean #1 [2] (7/20/63)

歌っている Jan & Dean はともかく、ソングライターである Brian Wilson 初の#1ヒットということで重要な曲。50年代末のエレクトリック・ギターによるインストルメンタル・ブームあたりから、ホッドロッドやサーフィンといった当時の若者のBGMとなるような曲がヒットしていくことになるが、そこに The Brothers Four のコーラスと Phil Spector の歌詞や音響を取り入れ、新しい若者音楽を作ったのが Brian Wilson 率いる The Beach Boys 。Jan & Dean は The Beach Boys と一緒にツアーをしたことがきっかけで、Brian Wilson にこの曲を書いてもらい、そこに Jan が歌詞をつけ、The Beach Boys が達成するよりも先に全米#1を記録した。

94. So Much In Love - The Tymes #1 [1] (8/3/63)

黒人コーラスグループによるこの年2曲目の#1ヒット。「Sukiyaki」と並びこの曲も、後世までメロディが愛され、多くのカヴァーが生まれ、しかもチャートヒットしたこの時代の名曲。僕ら世代では美しいアカペラを、ほぼそのままコピーした All4One のナンバーがお馴染み。

95. Fingertips (Part 2) - Stevie Wonder #1 [3] (8/10/63)

"Motown" 2曲目の#1ヒット。男性シンガー初の#1ヒットが Stevie Wonder だったのはちょっと意外。Stevie は当時まだ12歳で、(同じく盲目の)Ray Charles の再来として、「天才少年」と騒がれた。また「Hot 100」史上初のライブ録音による#1ヒットでもある。「Part 2」とつけられたからには当然「Part 1」もあって、当初はそちらがA面だったが、演奏が佳境に入って行く「Part 2」の方が好まれた。とにかくライブの盛り上がりを楽しむ曲で、歌と言われると少し違和感を感じるかもしれない。同じくこの年、熱狂のライブをアルバムとしてリリースした James Brown の 『Live At The Apollo』が、R&Bアルバムとしては初となるミリオンセラーを記録しているが、ここにきてやっと白人マーケットに、黒人の体臭までを感じさせる、ソウルミュージックを受け入れて行く土壌が出来てきたということなのだろう。

96. My Boyfriend's Back - The Angels #1 [3] (8/31/63)

一連のガールズ・グループ・ブームの曲にあって、とりわけ白人的なのがこれ。リズムは後の Tony Basil「Micky」や Aviril Lavigne「Girlfriend」などのチアリーディング・ビートを先どったもの。ボーイフレンドの留守中に、自分にちょかいを出し続けていた鬱陶しい男に「さあ、私の彼氏が帰ってくるわ。あなたちょっと困ったことになるんじゃないの?」という歌。

97. Blue Velvet - Bobby Vinton #1 [3] (9/21/63)

ソフトなポップスを歌うイケメンシンガーとして前年大ブレイクし、この年も引き続きスーパースターだった Bobby Vinton の#1ヒット。楽曲自体は50年代に Tony Bennett らも歌ったことがある古い曲だが、この手のソフトで甘い曲への需要が、この時代にもまだあったようで大ヒットした。

映画『American Graffiti』は63年の夏休み最後の一日を描いた物語。そしてこの年の暮れには、ケネディ大統領が遊説中のダラスで暗殺されてしまう。アメリカのイノセントな時代が終わりを迎えつつあったことを考えると、この曲に対しても感慨深いものがある。また当時17歳だった映画監督 David Lynch は、86年にこの曲からインスピレーションを受けた同名タイトルの映画を作った。

98. Sugar Shack - Jimmy Gilmer & The Fireballs #1 [5] (10/12/63)

この年最大のヒット。個人名 + バンド名に時代を感じさせるが、サウンド的には後のブリティッシュ・ロック到来を予感させる。この年の暮れには、彼らと同じアメリカのロック・グループ、The Kingsmen がロック・クラシック「Louie Louie」をヒットさせるわけで、既にこの時、こうしたロックンロール・リバイバルの需要が高まっていたことが分かる。この曲でもうひとつ重要なのは、プロデューサーがかつて Buddy Holly を手がけた Norman Pettyであること。そして伝説的な彼のスタジオで録音されている。ポップで軽いけれど、ニューメキシコの砂漠を思わせる乾いたサウンドは健在。

99. Deep Purple - Nino Tempo & April Stevens #1 [1] (11/16/63)

この年の#1ヒットのキーワードである男女デュオによる#1ヒット。他のデュオ・ヒットと比べると、大人びたセクシーな魅力を持ったナンバーで、なかなかの佳曲。特に April Stevens の語りのパートは、勘ぐればセックスやマリファナを連想させる。

ハードロック・グループ、Deep Purple が、この曲からバンド名をいただいたのは有名な話。Ritchie Blackmore のおばあちゃんがこの曲の大ファンで、「あなた達のバンドでこの曲をやっておくれ」としつこくせがまれたから。

100. I'm Leaving It Up To You - Dale & Grace #1 [2] (11/23/63)

同じく男女デュオのナンバー。そしてこの年の#1ヒットのいくつかがそうだったように、これもオリジナルではなくカヴァーで、57年のデュエット・ソングから。彼らのエピソードで有名なのは、この曲のヒットよりもむしろ、ケネディ大統領暗殺時にダラスにいたこと。当時、有名かつ権力もあった音楽業界人 & TV・ラジオ・パーソナリティの Dick Clark のパッケージ・ツアーに出演中だった。

101. Dominique - The Singing Nun #1 [4] (12/7/63)

ある意味カオスと呼ぶことも出来る、この年のバラエティに富んだ#1ヒットの最後を飾るのが、歴代#1ヒットの中でもひと際異彩を放つ、ベルギー人の尼僧によるこのフランス語のヒット。とは言うものの、一種のシャンソンとして聞けば、軽快なアコースティック・ギターにキャッチーなメロディ、決して悪い曲ではない。

ビルボード全米No.1ヒット 全曲レビュー 1963年 前編 

March 05 [Sat], 2011, 16:52
82. Go Away Little Girl - Steve Lawrence #1 [2] (1/12/63)

KIng/Goffin による4曲目の#1ヒット。実に彼ららしいキャッチーなメロディが、(映画『Back To The Future』のビフに似ている)Steve Lawrenceの穏やかなヴォーカルで歌われる。「Loco-Motion」のようなダンスものから、アダルト・コンテンポラリーなこの曲まで、当時ソングライター・チームとしてピークを迎えていた彼らの多彩さが分かる。

「ルビーの指輪」でお馴染みの寺尾聡のスタイルは、まさに Steve Lawrence そのもの。

83. Walk Right In - Rooftop Singers #1 [2] (1/26/63)

(本人のブレイクはまだ先のことになるけれど)Peter, Paul & Mary による「Browin' In The Wind」などの大ヒットによって、ソングライターとしての Bob Dylan が注目を集め始めたのがこの年。そして、彼を生み出した NY はヴィレッジのモダン・フォーク・ムーヴメントはこの年、かつてない盛り上がりをみせることになる。

PP&M と同じ男2女1という編成の Rooftop Singers は、そのムーブメントからチャート上でもっとも成功したグループ。バンジョー + ハーモニカ + カズーで演奏されていた30年代の古いフォークを、さくさくしたアコースティックギターとさわやかなコーラスが印象的な現代風アレンジでキャッチーにリメイク、#1ヒットを記録している。

84. Hey Paula - Paul & Paula #1 [3] (2/9/63)

63年は何故か空前のデュオ・ブームで、デュオによる多くの#1ヒットが生まれる珍しい年。その中でもこの曲は、これ以上ないくらいの、無垢に愛を信じる甘い求婚歌で、まだ愛が本当に信じられていたイノセントな時代をうかがわせる。ちなみに、グループ名の Paul & Paula はこの曲から取られた芸名で、二人は別に恋人同士ではなく、結婚もそれぞれ別の相手としている。

85. Walk Like A Man - The Four Seasons #1 [3] (3/2/63)

前年大ブレイクした The Four Seasons の3曲目の#1ヒット。先の2曲ほどではないものの、この曲も似たようなビートとフックを持つ曲。彼らが編み出した、リスナーの心を掴む絶対的なスタイルを焼き回しながら、ヒットを連発していったパターン。

86. Our Day Will Come - Ruby & The Romantics #1 [1] (3/23/63)

男性を含む黒人ヴォーカル・グループとしては久々の#1ヒット。こうして#1ヒットを順番に追いかけていくと、この曲のメロディが持つモダンさに驚かされる。この曲の、これまでのヒット曲にはなかった斬新さは、当時人気を集め始めていたボサノバのエッセンスによるところが大きい。翌年には Stan Getz & Joao Gilbertoの「The Girl From Ipanema」が大ヒットし、グラミーの最優秀レコード賞を受賞することになるけれど、このボサノバのモダンなメロディがこれ以降のポップ・ミュージックを大きく進化させたことは間違いない。King/Goffin、Dylan、Lennon/McCartney、Motownにボサノバ、数々の探求者たちによって、音楽の新しい法則、方法論が次々と発見されていったこの幸福な時代には、確かに何かがあるような気がする。

87. He's So Fine - The Chiffons #1 [4] (3/30/63)

(当時流行していた)コーラスによる人声メインリフのイントロに、最高にキャッチーなメロディが絡む、ガールズ・グループ・ブーム最高傑作のひとつ。まるでKing/Goffinによる作品のようだが、実際は、この曲のヒットのすぐ後に悪性リンパ腫で夭折したソングライター、Ronnie Mack によるもの。

The Beatles は、このあたりのガールズ・グループの大ファンで、George Harrison に至っては彼のソロデビュー・シングル「My Sweet Lord」で、無意識にこのメロディを引用し、裁判で負けてしまったのは有名な話。初期の The Beatles にある強烈なキャッチーさのひな形は確かに、既にこの曲の中に存在している。

88. I Will Follow Him - Peggy March #1 [3] (4/27/63)

(後に#1ヒットを記録する)Petula Clark が既に、フランスでヒットさせていたもののカヴァー。Connie Francis スタイルの若い Peggy March によって歌われ、#1ヒットとなった。 なお、(この年のうちに塗り替えられることになるけれど)この曲が#1ヒットになった時の Peggy の13歳という年齢は、当時の最年少#1記録だった。

89. If You Wanna Be Happy - Jimmy Soul #1 [2] (5/18/63)

Gary U.S. Bonds の「Quarter To Three」に近い感じもある、ライブ感溢れるカッコ良いロックンロール・ナンバー。一時代を作った黒人シンガーによるロックンロールの#1ヒットは、実はこれが最後で、この後は"Motown"や"Atlantic"から新感覚の黒人音楽が生まれていくことになる。

90. It's My Party - Lesley Gore #1 [2] (6/1/63)

きらきらした、この時代を代表するキャッチーなガールズ・ポップ。歌っている Lesley Gore は、当時17歳で、まだハイスクールに通っていた。ポップミュージック史的に、この曲で最も重要な情報は、なんといってもプロデュースを Quincy Jones が手がけていること。品のあるブラスの使い方などにそのセンスが発揮されている。

僕がこの曲と出会ったのは、TVドラマ『Beverly Hills 90210』から。兄ブランドンの代理で50s風のバーガー・ショップでバイトをすることになったものの、上手くウェイトレスをこなせなかったブレンダが、ラヴァーンという別人格になり、ジュークボックスから流れるこの曲をテーマソングに、上手く客を捌いていくというもの。「The Beatles が登場するまでのポップミュージック・シーンはまるで暗黒時代だった」というそれまでのポップミュージック史を堅く信じていた自分にとって、この曲の華やかなポップさはとにかく衝撃的で、The Beatles 登場以前のアメリカのポップミュージックを、もう一度見直すきっかけにもなった。

91. Sukiyaki - Kyu Sakamot #1 [3] (6/15/63)

ティーンエイジャー、新世代ソングライター、男女デュオ、ロックンロール、ボサノバ、50sのリメイク、63年の#1ヒットは実にバラエティに飛んでいて楽しいものだが、この曲も後の「Dominique」と並び、他の時代では考えられないユニークな#1ヒット。こうした曲が大ヒットする背景には、当然アメリカの音楽シーンの飽和状態があるわけだけれど、それでも、この曲のように、後世にまで残るメロディの美しさが、アーティストの外見やイメージを度外視した部分で、素直に受け入れられていたという事実は、もっと評価されてもいいのではないか。とにかく、ぐっとくるメロディや、否応なく興奮させられるものにアメリカが飢えていたのは間違いない。

言うまでもなく、この曲は当初、当時の日本の人気シンガー、坂本九が日本向けにレコーディング、「上を向いて歩こう」のタイトルでリリースしたもの。それを日本に出張に来ていたイギリスの音楽業界人が、たまたま発見し、可能性を感じ、イギリスに持ち帰りヒットさせた。ここで重要なのは、先にイギリスでヒットし、そのヒットを受けアメリカでもリリースされ、ヒットしたという事実。当時既に、イギリスのヒットチャートは、アメリカのヒットチャートのマイナーリーグの役割を担っていたということが出来る。

(適当なタイトルに翻訳出来ず)日本人としては国辱的な(笑)「スキヤキ」というタイトルがつけられてはいるが、日本の歌謡曲が基本にありながらも、同時に黒人音楽のエッセンスも強く感じさせるこの曲のメロディを生み出した中村八大氏のセンスは、見事としかいいようがない(もちろん Elvis Presley を思わせる坂本九氏のヴォーカルも)。

ご存知のように、この曲以降、日本人による#1ヒットはもちろん、アメリカ人の多くが知っているというレベルでのヒットさえも、生まれてはいない(アジア人に広げると、2010年にFar East Movementが47年ぶりにこの偉業を達成している)。

ビルボード全米No.1ヒット 全曲レビュー 1962年 後編 

March 03 [Thu], 2011, 22:24
74. Roses Are Red (My Love) - Bobby Vinton #1 [4] (7/14/62)

Pat Boone を思わせる、50年代を引きずった感じのシンガー。過渡期にあたる、これからの3年間で#1ヒットを記録、チャートファンには、The Beatles に淘汰された旧世代の象徴的アーティストとして、記憶に残っていくことになる。この時代でさえ既に、アダルト向けに感じられるシンガーだが、次々に新感覚のアーティスト、ヒット曲が登場する一方で、まだ彼のようなトラディショナルなスタイルの需要も大きかったということなのだろう。

75. Breaking Up Is Hard To Do - Neil Sedaka #1 [2] (8/11/62)

音楽出版社お抱えのソングライターとしてキャリアをスタートさせ、後にシンガーとしても成功したのが Neil Sedaka 。恋人だったか、片思いだったかの、Carole King と並び、新しい感覚を持ったこの時代の重要アーティストの一人。Little Richard の「Tutti Frutti」や、ドゥーワップのコーラスから来ていると思われる、イントロの意味不明な造語フレーズに続いて、いきなりコーラスからスタートするというキャッチーな構成は間違いなく、Lennon/McCartney のヒット曲作りに影響を与えている。

75. The Loco-Motion - Little Eva #1 [1] (8/25/62)

King/Goffin の3曲目の#1ヒットで、ダンスものとしては最も有名な作品。歌っている Little Eva が、King/Goffin 夫妻が雇っていたベビーシッターだったのは有名な話。機関車をモチーフにしたダンスステップがタイトルになっていて、従来のポップミュージックにはない激しい躍動感を持っている。後のブリティッシュ・ロックに影響を与えた、ドラムのフィルインやハンド・クラップといったリズムの破壊力が圧巻。

76. Sheila - Tommy Roe #1 [2] (9/1/62)

この頃になると、初期のロックンロールが持っていたエネルギーも次第に骨抜きにされ、アダルト化や、安易なダンス・ミュージックとしての部分だけが強調されたりしていくが、そんな中、もう一度ロックンロールの初期衝動に立ち返ろうというムーブメントが生まれてくる。その代表的なものがブリティッシュ・インベイジョンになるわけだけれど、アメリカにもその動きはあった。Tommy Roe のこの曲はほとんど Buddy Holly のコピーのようだけれど、少なくともこの時期、Buddy Holly が再評価されていたというのは注目に値するだろう。徴兵がなかったイギリスと違い、アメリカ人の彼はこの後、兵役のためキャリアを中断することになるが、69年に、この時期のアーティストとしては珍しく The Beatles をまたいで復活を遂げている。

77. Sherry - The Four Seasons #1 [5] (9/15/62)

The Beatles 登場寸前のアメリカのグループでもっとも人気があったのが The Four Seasons 。Dion などと同じイーストコーストのイタリア系で、黒人音楽をバックグラウンドにしたグループ。Frankie Valli という美しいファルセットのヴォーカリスト、Bob Gaudio という才能あるソングライター + キーボーディストという看板もあって、このデビュー曲でいきなり#1を記録、以後3年に渡って大ヒットを連発する。サウンドは、当時流行していた「La Bamba」「Louie Louie」「Twist And Shout」系のコード進行、ビートを持ち、そこにFrankieの半分ふざけているかのようなハイトーンのファルセットが絡むキャッチーなナンバー。

78. Monster Mash - Bobby "Boris" Pickett #1 [2] (10/20/62)

今でもハロウィンの定番ソングとして有名。当時人気のダンスステップ「マッシュポテト」とハロウィンを組み合わせたノベルティソングだが、クリスマスソングのあれだけの需要を考えると、Bobby "Boris" Pickett の狙いは正しかった。言うまでもなく、この曲のモンスター・ダンスは Michael Jackson「Thriller」のインスピレーションとなっている。

79. He's A Rebel - The Crystals #1 [2] (11/3/62)

この時代の最重要プロデューサーと言われながら、意外にも Phil Spector の手がけた#1ヒットは少ない。この曲でやっと、自身がメンバーだった59年の The Teddy Bears「To Know Him Is To Love Him」以来となる全米制覇を果たすのである。

しかもこの曲のヒットの裏には、かなり胡散臭いエピソードも残っている。元々この曲は、自身もシンガーである Gene Pitney が The Shirelles のために書いたもの。しかし彼女達が落ち目だったため、当時売り出し中だった新人女性シンガー Vicky Carr のデビュー・シングルにしようとした。この曲をたまたま聞いて、そこに可能性を感じた Phil Spector は、この曲を横取りすることを思いつき、すぐに自分が手がけている The Crystals に歌わせようとした。しかし彼女達が公演中でスタジオにいなかったため、同じくお抱えの Darlene Love と The Blossoms でレコーディングし、既に有名だった The Crystals の名義でリリースした。変人として知られる Spector 伝説の一つ。

80. Big Girls Don't Cry - The Four Seasons #1 [5] (11/17/62)

The Four Seasons のこの年2曲目の#1ヒット。どちらのヒットも、この年最長となる5週連続の#1を記録しており、当時の彼らの尋常ではない人気がうかがえる。基本的には「Sherry」と同じ構成の楽曲で、ノリのいいリズムに、超高音のキャッチーなコーラスが絡むというもの。コーラスの後に一瞬だけ挿入されるバス・ヴォーカルに中毒性があり。

僕ら世代には、サントラ盤『More Dirty Dancing』に収録されていたことでお馴染み。

81. Telstar - The Tornados #1 [3] (12/2/62)

この年2曲目のイギリス人による#1ヒット。サウンドは、未来のPink Floydを予感させる。The Beatles 登場以前のイギリスでは、インストルメンタル・グループが人気を集めていて、エレクトリックギターをフィーチャーしたグループは、特に珍しくもなかったようだけれど、この曲の、宇宙を探索する衛星をモチーフにしたキーボードと装飾音は斬新。もちろん今聞くと、かなり古くさくコケおどしっぽいが、宇宙時代という、内側だけでなく、外側へ向けた大きな変化も起こりつつあった60年代には、こうした音楽も意味を持っていたのだろう(The Byrdsもフォーク・ロックの後には、スペース・ロックを作っている)。

ビルボード全米No.1ヒット 全曲レビュー 1962年 前編 

March 02 [Wed], 2011, 17:22
64. Peppermint Twist - Joey Dee & The Starliters #1 [3] (1/27/62)

60年代前半に大流行したツイスト + ダンス・ブームはこの62年も続いていくことになる。ただ、この曲などは、ストレートなロックンロールだった Chebby Checker の「Twist」から、Bo Diddley ビートのもっとタメのあるノリへと変化していて、それなりに流行が変わっていたことがうかがえる。ちなみにタイトルの "Peppermint" とは、Joey Dee が拠点にしていたNYの人気ダンスホール「Peppermint Club」のこと。

65. Duke Of Earl - Gene Chandler #1 [3] (2/17/62)

ドゥーワップでよく使われるベースライン"Do do do…" に "Duke"(伯爵)を当てはめ、女の子に「我が輩はアール伯爵である。我が輩と恋に落ちたまえ」と歌ったノベルティ・ソング。

66. Hey! Baby - Bruce Channel #1 [3] (3/10/62)

この曲はとにかく、John Lennon にハーモニカを持たせた事で有名。そのハーモニカを演奏しているのは、Bruce Channel のバンドのメンバーだった Delbert McClinton 。彼は実際にイギリスツアー中、リバプールで John Lennon にアドバイスを与えている。John Lennon にはとにかく、この曲のキャッチーなハーモニカのイントロが衝撃だったようで、デビュー曲「Love Me Do」からしばらくの間、彼のトレードマークとなる。

67. Don't Break The Heart That Loves You - Connie Francis #1 [1] (3/31/62)

Connie Francis にとって3曲目の、そして最後の#1ヒット。この後は、前年から人気を集めはじめた新しいガールズ・ポップや英国産の女性シンガーなどに押され、ヒットチャートでの彼女の居場所は次第になくなっていく。いかにも50年代的な楽曲に、彼女の少しけだるい感じの感傷的ヴォーカルが絡む、ある意味では彼女の個性がよく発揮されたナンバー。Elvis の「Are You Lonesome Tonight」のように、途中で語りのパートが入っている。

68. Johnny Angel - Shelley Fabares #1 [2] (4/7/62)

当時の人気シットコム『The Donna Reed Show』から生まれたヒット。Shelley Fabares はそのホームドラマにミドルティーンの長女役で出演していた。本業の歌手ではない彼女が歌うので、不安はあったが、ドリーミーな楽曲の中で彼女のプロっぽくない歌は、逆にいい「味」となっている。

69. Good Luck Charm - Elvis Presley #1 [2] (4/21/62)

62年は「ある時代の終わりの始まり」を象徴する年でもあって、先のConnie Francis と同じく、これまでのヒットチャートを牽引してきた(というか、若者文化そのものを牽引してきた)Elvis Presley も、この曲を最後に#1ヒットからは遠ざかることになる。全盛期最後の#1ヒットだけあって、楽曲自体もかなりどうでもいい出来になっていて、彼自身が Elvis のパロディを演じているかのようだ。

70. Soldier Boy - The Shirelles #1 [3] (5/5/62)

The Shirelles は、後にカヴァーされた楽曲も多い、この時代でもっとも重要なガールズ・グループのひとつだが、意外にも#1ヒットは「Will You Love Me Tomorrow」とこの2曲しかない。この曲が「Dedicated To The One I Love」や「Baby It's You」よりも重要だとは思えないが、キューバ危機やベトナム戦争の足音が聞こえはじめたこの時代、「あなたが何処に行っても、私はあなたに誠実であり続けるわ」というこの曲の歌詞は、大きなリアリティを持っていたのだろう。

71. Stranger On The Shore - Acker Bilk #1 [1] (5/26/62)

当時のKenny G だろうか。クラリネットによるロマンチックなインストルメンタルナンバーで、いわゆるイージーリスニングのヒット。#1ヒットとして彼のことが語られるとき、曲そのものよりも重要視されるのが、彼がイギリス人であるということ。実はもうひとつ、この62年にはイギリス産の#1ヒットが生まれることになるけれど、イギリスのアーティストがアメリカで成功し、大金を稼いだという事実。これが当時のイギリス音楽界に、大西洋の向こう側の金塊への感心を大いに高めるきっかけとなっていく。

72. I Can't Stop Loving You - Ray Charles #1 [5] (6/2/62)

Ray Charles の3年連続の#1ヒット。しかし彼の#1ヒットもこれが最後で、この後は、彼が発明したソウル・ミュージックの後継者らの登場によって、彼の(白人層に媚びてるとも取られた)この曲のようなサウンドは、若者からは次第に敬遠されていくことになる。この曲は、(アルバムには納められなかったけれど)この年彼がリリースした大ヒットアルバム『Modern Sounds In Country And Western Music』 の流れにある作品で、カントリーシンガーの Don Gibson がオリジナル。

73. The Stripper - David Rose #1 [1] (7/7/62)

今となっては、何故これだけの大ヒットになったのか理解に苦しむ一曲。楽団の指揮者である David Rose が、冗談で、ストリッパー用のテーマとして、大げさな吹奏楽のインストルメンタルを作り、それが回り回って大ヒットになってしまった。もしかすると、性に対し寛容になりはじめた60年代という時代を反映してのヒットかも。

ビルボード全米No.1ヒット 全曲レビュー 1961年 後編 

March 01 [Tue], 2011, 15:41
53. Moody River - Pat Boone #1 [1] (6/19/61)

Elvis 世代にあって、Frank Sinatra 系のもっとソフトなポップスを歌うシンガーとして人気があったのが Pat Boone 。ただでさえ前時代的な彼の作品の中でも、この曲はとりわけ印象に残らない。最近の音楽ファンには、彼が97年にヘヴィメタル・クラシックスをカヴァーしたアルバム『In A Metal Mood』の方が馴染みがあるのでは(その中の一曲、Ozzy Osbourne「Crazy Train」のカヴァーはOzzyのリアリティショー『The Osbournes』のオープニングテーマとして使われた)。

ちなみに61年の"River"と言えば、この曲よりも映画『Breakfast At Tiffany's』の主題歌で、第3回グラミー最優秀レコード賞を受賞した Henry Mancini の「Moon River」の方が有名。こちらの最高位は#11。

54. Quater To Three - Gary U.S. Bonds #1 [2] (6/26/61)

Bruce Springsteen が崇拝するロックンローラーとして有名。スタジオライブ録音で制作されたこの熱狂的ナンバーからもその多大なる影響がうかがえる(楽器編成、歌い方など、『The River』期のBruce Springsteen そのもの)。

55. Tossin' And Turnin' - Bobby Lewis #1 [7] (7/10/61)

この年最大のヒット。61年夏のダンス・アンセムとして、全米を席巻した模様。ただ、当時の魔法は既に消えてしまったようで、(確かにノリはいいけれど)現在の耳で聞き直すと、何故この曲がこれほどの大ヒットになったのか悩んでしまう。

56. Wooden Heart - Joe Dowell #1 [1] (8/28/61)

Elvis Presley が映画『G.I. Joe』の劇中で歌ったもののカヴァー(この年の#1ヒット「Wonderland By Night」の Bert Kaempfert らがドイツ民謡を元にアレンジした曲)。ロカビリーと後のレゲエをミックスしたようなミディアム・テンポのナンバーを、まさに Elvis もどきのヴォーカルで歌っている。Elvis もこの曲をシングルとしてリリースしているが、アメリカでは Joe Dowell のヴァージョンの方がヒットした。

57. Michael - The Highwaymen #1 [2] (9/4/61)

59年の The Kingston Trio の大ヒットあたりから、主にカレッジを中心として、アメリカに伝わる民謡を再評価しようとするモダン・フォーク・ブームが起こる。当時東部の大学生だった彼らも、この19世紀の民謡を今風にアレンジし、大ヒットさせた。ヒットチャートがダンスパーティ用のお気楽なロックンロールで溢れていた時代。自分たちの知性のはけ口として、フォーク・ミュージックが好まれたのだろう。

ちなみに61年といえば、1月に Bob Dylan がミネソタからヒッチハイクで NY にやって来て、ヴィレッジでプロのシンガーとしてのキャリアをスタートさせた年。時代は大きく変わろうとしていた。

58. Take Good Care Of My Baby - Bobby Vee #1 [3] (9/18/61)

King/Goffin によるこの年2曲目の#1ヒット。彼女達らしいキャッチーなナンバーで、ブリッジでの憂いを帯びた悶絶しそうなメロディが秀逸。元々は、Buddy Holly スタイルのロカビリーを歌っていたシンガーの Bobby Vee 。当時巷に溢れ返っていた Elvis コンプレックスなヴォーカリスト達とはひと味違う魅力を感じさせる。

Bob Dylan の自伝を読むと、Bobby Vee に対する尋常ではない想いが伝わってきて面白い。彼らは共に、中西部の田舎町出身で、似たような音楽を聞いて育ち、この世界で成功するという同じ夢を持っていた(Bob Dylan はセミプロ時代のBobby Vee のバンドのピアニストとして何度かライブをしたことがある)。Bobby に兄弟のような親しみを抱いていた Dylan は、この曲が大ヒットし、スーパースターとなった彼がニューヨークでライブをした際、彼を訪ね、大いに刺激を受けたと語っている。Dylan がまだヴィレッジのフォーク村でその日暮らしの活動をしていた時である。

59. Hit The Road Jack - Ray Charles #1 [2] (10/9/61)

「What'd I Say」ですっかりお馴染みとなった、女性コーラス隊とのコール&レスポンスを存分にフィーチャーしたナンバー。メインフックを気前よく彼女達に任せ、彼は Jay-Z みたくのヴァース部分に専念している。最高にキャッチーなナンバーで、まさに彼の絶頂期。

60. Runaround Sue - Dion #1 [2] (10/23/61)

Elvis 世代と The Beatles 世代との間にあって、自らが曲を書き、黒っぽい音を聞かせるアーティストとして高く評価されているのが Dion DiMucci こと Dion 。ドゥーワップのスタイルを取りながら、メインの旋律で聞かせるエッジのあるヴォーカルは、まるでハードロックのよう。同じイタリア系の Billy Joel のロックンロールは、ほとんど彼のコピーと言っていい(アルバム『Innocent Man』はこの時期の Dion を意識して作られたもの)。

61. Big Bad John - Jimmy Dean #1 [5] (11/6/61)

(「Wooden Heart」を含めなければ)この年唯一のカントリーの#1ヒット。カントリーの伝統的題材である「炭坑夫の物語」を、Jimmy Dean が自己流に描いた作品で、寡黙な大男 Big John の英雄話が歌われる。シンプルなパーカッション、迫力ある男女コーラスによるフック、Jimmy Dean の語り調のヴォーカルが、
たっぷりとエコーの効いた音響で録音されている。カントリーとバカに出来ないカッコ良さ。

62. Please Mr. Postman - The Marvelettes #1 [1] (12/11/61)

"Motown" の記念すべき初の#1ヒット。社長である Berry Gordy が、家族から借りた800ドルを元手に、デトロイトの一軒家の地下を改造したスタジオで立ち上げたインディ・レーベルの全米制覇が、ここから始まる。白人層を意識して作られた、さくさくした明快なリズムとキャッチーなフック + メロディ。The Supremes で花開く、モータウン・サウンドのひな形は早くもここで完成されている。

The Beatles はアメリカ進出を意識した2ndアルバム『With The Beatles』で、「もっともアメリカらしいサウンド」としてこの曲をカヴァー、今では本家より有名になっている。

63. The Lion Sleeps Tonight - The Tokens #1 [3] (12/18/61)

ドゥーワップにノベルティのエッセンスを加え、とびっきりキャッチーに仕上げたのが、この白人男性4人組 The Tokens によるナンバー(オリジナルメンバーには Neil Sedaka がいた)。アフリカ原住民風の雄叫びと呪詛のようなバックコーラスに、美しいメロディが歌われる、ふざけてはいるが、なかなかの名曲。Paul Simonの『Graceland』と同じく、黒人のドゥーワップを遡っていくとアフリカ原住民に行き着いたというパターンかも。

ビートたけしの初主演ドラマ『刑事ヨロシク』のオープニングテーマにこの曲のカヴァーが使われていたことを覚えている。

ビルボード全米No.1ヒット 全曲レビュー 1961年 前編 

February 24 [Thu], 2011, 12:51
43. Wonderland Any By Night - Bert Kaempfert #1 [3] (1/9/61)

前年の「Theme From "A Summer Place"」からブームになったイージーリスニングのヒット。ロマンチックな夜向きのインストルメンタル・ナンバーだが、この人に関しては、この曲よりもむしろ、The Beatles 最初のレコーディング・プロデューサーとしての方が有名かもしれない。この曲のヒットから数ヶ月後、彼の本拠地ドイツのハンブルグで巡業していた The Beatles と出会い、彼らにとって初めてのプロとしてのレコーデングに携わる。

44. Will You Love Me Tommorow - The Shirelles #1 [2] (1/30/61)

ポップ・ミュージック全体にとっては、ブリティッシュ・インヴェイジョンが起こり、ロックンロールがロックへと成熟していく64 - 65年にかけてが60年代でもっとも重要な年かもしれないが、ことアメリカ国内に限定すれば、61年もそれに負けない重要な意味を持つ年だ。

The Shirelles のこの曲は、そんな61年の中でももっとも重要なヒットと言えるだろう。まず第一に、彼女達が60年代前半に台頭することになるガールズ・グループのはしりであることが挙げられる(彼女達は最初に#1ヒットを記録した女性グループ)。50年代のポップミュージックはElvis Presleyのようなルックスのいい男性シンガーか、Connie Fransisに代表されるそのガールフレンド的な女性シンガー、あるいは男性中心のヴォーカルグループ(ドゥーワップ)がその中心であった。しかしこの年あたりから、新しい感覚を持った音楽プロデューサーが、同じく新しい感覚を持ったソングライターの作品を、若い女の子達のコーラスグループに歌わせるという形が定番化していく。何故女性グループなのかと言えば、若い女の子ならではのキャッチーさと、裏方の意向に口を挟ませないという大人の事情、途中で兵役に取られてしまうことがないという点にあったのではないかと推測される。

第二点は、先にも触れた新しい感覚を持った若い世代のソングライターの作品であるということ。それこそ、少年少女時代にロックンロールを聞いて育った世代のライターが、ついに登場したわけだ。この曲の作者は言わずと知れた Carole Kingと、後に夫となる Gerry Gofin のチーム。(作詞・作曲という役割分担のせいもあるのかもしれないけれど)この2人組のソングライター・チームというのが業界の慣例となっていて(まれにそこにプロデューサーの名前が入る)、それがロック世代になっても Lennon/McCartney や Jagger/Richards などへと受け継がれていく。

いずれにせよ、初期の The Beatles はこの曲で確立されたスタイルを男の子のロックバンドとして、基本自分たちだけでやっていこうという発想からスタートしている。それだけでもこの曲が、後の世代へ多大なインスピレーションを与えた新感覚のポップミュージックであるということが理解出来るのではないだろうか。

最後に曲の中身にも触れておくと、基本はロックバンドの編成で演奏され、そこにストリングスが加わることで雰囲気が盛り上げられ、「あなたは明日も私を愛し続けてくれるかしら?」という歌詞がイノセントなヴォーカルで歌われる。これは人気が出ただろう。いよいよ60年代がスタートしたのだ。

45. Calcutta - Lawrence Welk #1 [2] (2/13/61)

これもイージーリスニング系のインストルメンタルで、またしてもドイツ人によるもの。人畜無害なナンバーで、せいぜい特筆すべきは、後にサイケデリックロック時代の人気楽器となるハープシコードが使われている事くらい。

46. Pony Time - Chebby Checker #1 [3] (2/27/61)

前年「Twist」を全米に大流行させた Chebby Checker の新しいダンス・ステップがこの「Pony」。彼の野太く甲高いトーンで、お気楽なダンスナンバーが歌われる。

47. Surrender - Elvis Presley #1 [2] (3/20/61)

すっかりイタリア路線にハマってしまった Elvis のこの年唯一の#1ヒット。大げさな感じばかりが目立ってしまい「It's Now Or Never」ほどには成功していないように思う。

48. Blue Moon - The Marcels #1 [3] (4/3/61)

Elvis も "Sun" 時代にカヴァーしている30年代に書かれたクラシック「Blue Moon」を大胆にドゥーワップへとアレンジし、大ヒットしたのがこれ。今では一番有名なこの曲のヴァージョンかもしれない。ノリのいいドラムスに、キャッチーなアカペラでのメインリフとベース、そこに美しいメイン・メロディが加わるというドゥーワップのお手本のようなナンバー。終わり方もカッコ良い。

49. Runaway - Del Shannon #1 [4] (4/24/61)

これもこの年を代表する重要なクラシック。ヴァース部分からコーラスへと移る際の、あの有名な転調はほとんど革命といってもいいだろう(彼のパートナー Max Crook が生み出した)。こうした自由なコード展開の発想が、 Lennon/McCartney に多大な影響を与え、彼らに革新的なメロディを作らせることになる。

従来のポップミュージックにはなかった新感覚のメロディ、シンセの前身となる変わった音色を出すキーボードのソロなど、この曲での彼の斬新さには才能を感じさせるが、結局これ以上のヒットを生み出す事は出来ず、The Beatles ら新興勢力に押され次第に時代遅れのアーティストとなっていく。その後80年代後半に、Roy Orbison の死去によって空席となった Traveling Wilburys のメンバーに迎えられ復活を果たすが、それから間もなく彼は猟銃自殺してしまう。鬱病を煩っていた。彼の事を崇拝するアーティストは多い。

50. Mother-In-Low - Ernie K-Doe #1 [1] (5/22/61)

この曲に関してはシンガーの Ernie K-Doe よりも、作者兼プロデューサーのニューオリンズ R&B 界の重鎮 Allen Toussaint の仕事としての方が有名だろう。Professor Longhair 風の、ニューオリンズの伝統的ピアノスタイルを受け継ぐ彼はこの後も、The Rolling Stones や The Who 、最近では Robert Plant & Alison Krauss らがカヴァーした代表曲「Fortune Teller」(女性占い師に「あなたはすぐに運命の女性と結ばれるでしょう」と予言されたものの、いつまで経ってもその気配が感じられないので文句を言いにいくと、他でもない運命の女性はその占い師だったという歌)を発表したり、The Meters、Dr. John を手がけたりと、70年代まで音楽シーンの最前線で活躍することになる。

51. Travelin' Man - Ricky Nelson #1 [2] (5/29/61)

「Hot 100」第1号の#1ヒットを持つ彼の2曲目にして久々の#1ヒット。リラックスした相変わらずのヴォーカルで、メキシコ、アラスカ、ベルリン、香港、ハワイ、「僕は世界中のあらゆる場所で美しい女の子と出会っているけれど、心はいつも愛しい君の事でいっぱいだ」と歌っている。彼は、30代以上には90年に大ヒットを飛ばした双子デュオ Nelson のお父さんとして有名。

52. Running Scared - Roy Orbison #1[1] (6/5/61)

Elvis Presley、Johnny Cash、Jerry Lee Lewis と共に、"Million Doller Quartet" と呼ばれた Roy Orbison の初の#1ヒット。"Sun" 時代、この4人の中でもっとも地味だったのは、彼の本質がロカビリーではなく、悲哀を感じさせるバラードにこそあったため。元彼が帰って来て自分の彼女を奪っていくのではないか、と恐れる男の感情をドラマチックに歌い上げたこの曲にも、そうした彼の個性がよく表れている。そういえば、フレッド・ブロンソンの本には、彼の最初の大ヒット「Only The Lonely」は本来、The Everly Brothers にプレゼントするはずだったのだけれど、彼らに歌って欲しいと言う事が出来ず、結局は自分で歌ってしまったと書かれている。彼の泣きのヴォーカルは Bruce Springsteen、The Band の Richard Manuel らに影響を与えている。
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