まとめ 

2012年01月01日(日) 0時00分
某会員制サイトの怖い話コミュニティに投稿されている
御堂君シリーズのコピペです

天井裏

嗤う黒
四角

四角 

2010年05月24日(月) 2時06分
学校の図書室の隅で、御堂君がごそごそしていたので声をかけた。

「何やってるの。」

「霊を集めてる。」

御堂君は短く答えてぼくに箱を見せた。
何の変哲もない四角い箱。紙製の、蓋の付いたプレゼントBOX。

どうやって集めるつもりなのだろうか?

「霊は器に入りたがる、と言う話を聞いた事があるだろ。」

続けてそう言って、箱の蓋を少しずらして中を見せてくれた。
中は真っ黒だった。

「ユウレイは箱が好きなの?」

「箱じゃなくても良いらしいが、悪いモノは角がある容器が好きだな。蓋があるものが良い。だから箱にした。あと人形や縫いぐるみなんかも入りたがるな、ヒトガタの物を特に好む。寂しがりなヤツは何にでも納まるぞ。例えば空き瓶とか箪笥の引き出しとか。あれは偶に見て笑う。」

偶に見て笑う、とか言いながら御堂君は真面目な顔だ。

幽霊が器に納まりたがるのは、ファミレスに行った時、隅っこに座りたくなるのと同じ心境なのだろうか。
箱の中が落ち着くのかな、安心するのかな。

なんて…ふと どうでもいい事を考えた。

「彼らの好む器は僕等の生活の中に溢れている…例えば其処の掃除用具入れ。」

彼の指が掃除用具入れを差す。

「図書室も、学校も、閉め切れば大きな箱だ。器だ。だから学校は霊が中に溜まりたがる。そして更にまた学校の中で好みの器を探して入る。」

御堂君の鋭い目が図書室の隅へ向いた。ゆらゆらと男の霊が揺れて居た。御堂君の手の中にある箱を見ている。

「トイレなんかに悪いモノが溜まるのは穢れと湿度の問題だ。あれは陰の場所に寄る。工事現場の簡易トイレなんか酷いぞ、アレは移動するたび各所各所で悪いモノを拾って来るからな。」

話の途中、箱の中から黒い腕が伸びるのを見た。既にもう先客が居るようだ。
そしてまたすぐに箱の中に引っ込んだ。

「彼等が器を探すのは、身体を取り戻したい欲求を慰める為なのかもしれないな。僕等の肉体だって器だ。」

御堂君が箱の蓋を少しだけ開けて図書室の机の上に置く。

男の霊が滑るような動きで近付いてきた。先客が居る事を知ったらがっかりするだろうか。

「御堂君、それもう既にユウレイが入ってるみたいだけどさ、大丈夫なの?」

暫く男の霊の様子を見ていた御堂君がぼくの方を向いた。
死人の様に瞳孔の開いた目を大きく見開き、口の端を吊り上げる。

「そうだ、この箱には中身を入れてきた。良くないモノををね。箱に惹かれて寄ってきた弱いヤツを引き込んで少しずつ膨らんでる。」

コイツを大きくする。何処まで膨れ上がるかを見るんだ。面白いぞ!

そう言って、また箱に視線を移した。

箱の中から黒い腕が伸びて、男の霊を掴み、頭から箱の中へと引きずり込む。
中から少しだけ黒い靄が湧き出てすぐに消えた。

男の霊は四角い箱の中におさまった。

箱は動かない。ただ静かにそこにある。

「それ、集めて大きくしてどうするの?」

単純な疑問だ。後始末をどうするんだろうか、そんな禍々しいもの。

男の吸い込まれた箱を大事そうに抱えて、御堂君は言った。




「喰べるんだよ。」




彼の表情からは、冗談なのか本気なのか 読み取れなかった。

嗤う黒 

2010年05月24日(月) 2時03分
それは、18歳の冬。


「眞木君!ドライブだ!ドライブに行くぞ!」

御堂君はぼくよりも一足先に車の免許を取った。

御堂君というのは高校一年生の時からの付き合いの、校内で有名な、ちょっとイカレた変人だ。紙一重で狂ってる。

彼はとりわけぼくを気に入ってくれていた。
人に好かれるのは有り難いことだけど、でも、正直に言うとあまり嬉しくない…。

今まで彼が絡んでロクな事など一つも無かった。
強引に連れまわされ引き摺り回されて、人間としての何かを失ってゆくような恐ろしい思いを何度も味あわされた。

その所為で霊感が強くなってしまったぼくは今や、大抵のユウレイと云うかオバケと云うか、不思議なモノを見るようになってしまった。

最悪だ。

ぼくはもともと平穏を好む。
平凡が一番だ。だから

最も付き合いたくない人種だったりもする。

口には出せないけれど。

「ドライブは今週末だ、空けておけ。」

「まま、待ってよ。まだぼく達高校在学中だし、免許取ったからってドライブはちょっと。」

「高校在学中だろうが何だろうが、公道を走って良しと正式に許可が下ったんだ。付き合え。」

「むり!むり!ぼくはもう嫌だ!御堂君と二人で居たらいつも怖い事ばっかりだ!」

今度こそ殺される。

今度こそは、心霊的なアレでなく事故的なアレであの世に送られる。
御堂君の運転する車がどれだけ恐ろしいか容易に想像できる。
走る凶器だ。何せ運転手が狂気している。

否、心霊的なアレと事故的なアレのダブルパンチかもしれない。

彼の好むいわくのプレミアが付いた、世間的には表に出したくないような車を購入してぼくを乗せるつもりなのかも知れない。

幾通りもの恐ろしい妄想が頭を駆け巡った。

しかし


「今回は女子も一緒だ。」


御堂君が予想外の言葉を口にした。

え?何って?

じょ…女子が一緒?

ぼくの反応を見てか、彼の口角吊り上がった。

「女子だ、女子。おんなのこを乗せる。あれだな、合コンと言うヤツだ。僕はその人数合わせと盛り上げ役に呼ばれた。どうせなら女子に免疫の無い眞木君も連れて行ってやろうと思ったんだけれども…喜ぶと思ったんだがなぁ…残念だなぁ…嫌なら断ろう。」

そしてくるりと背を向ける…ふりをしてニヤリと笑う。


「勿論、行くだろう?」






そうしてやっぱりぼくは後悔した。

週末。
ぼくは御堂君が運転する車の中に居た。

今に至るまでの流れはこうだ。

先ずはファミレスで体育科の不良・吉田と今井に合流し、次に女子と合流。
男四人に対し女の子は三人。

確実にオマケ的な役割はぼくにあてられる。

そしてファミレスで、吉田今井両名の空っぽの口説き文句を聞きながらご飯を食べる。
不機嫌極まる一切無言の御堂君が一番モテていた。
黙ってさえ居れば彼は大変男前なのだから当然か。

そうして食後のドライブへ。

時刻は既に22時。

御堂家が所有する大きめの8人乗りボックスカーを借り、最後シートにぼくと、その隣にちょっと歯の出た女の子。
前のシートには吉田と今井が一番可愛いめの女の子一人を挟んで盛り上がり、運転助手席には見るからに御堂君に気のある女の子が乗る。

途轍もない危険運転ではなかろうかと心配していた御堂君の運転だが、全く見当違いだった。
実際には大変安定していて、ブレーキの具合も心地よく、むしろとても乗り心地が良かった。

では、何に後悔しているかと言うと


「御堂がヤバイって言う場所はガチで出るからぁ。マジで楽しみ。」

と、言うわけだ。
前のシートの吉田がげらげら笑っている。

きゃぁぁ!!と、女の子歓声が上がった。

「御堂君心霊スポット詳しいんだぁ。すごい〜」

助手席の女の子が喋り掛けるが、御堂君は無視。

「え?え?何処行くの?●●墓地?▲□峠?」

「やだぁ〜●●墓地知ってるぅ。こわいってヤバイってあそこぉ!」

「ねえ、霧出てきたし。段々山道になってきたし。あ!お地蔵さん見えたぁ怖いぃ!」

「大丈夫だって、俺らユカちゃん守るって。」

そんな調子で盛り上がる。

はしゃいでいられるのは今のうちだ。
確実にやばい場所に連れて行かれる。ぼくの経験から言って間違いない。
君達は盛り上げ役の人選を間違った。

…なんて、口が裂けても言えない。

ぼくは怯えながらじっと窓の外を眺めていた。舗装された道路だけれど、景色は既に木、木、木、山の中。
車の窓に張り付いた女と木の隙間から町の夜景がちらちら見えた。

「ねえ、ねえ、眞木くん。」

隣に座る出っ歯の…じゃない、千夏ちゃんがぼくの肩を突付く。

「やばくない?やばくない?なんか、視線感じる。」

まぁそりゃあね。窓の外から女が笑いながらこちらを見てるからね。
なんて言えるわけが無いから

「え?そう?怖いなぁ。」

なんてとぼけて見せる。

「これから行く所はなかなか面白いぞ。それなりに覚悟しておけよ。」

数時間ぶりに口を開いた御堂君。
バックミラー越しにぼくらのやりとりを見ていたようだ。
助手席の女の子が、ここぞとばかりにこわ〜い!と言ってはしゃぎ回った。




23時ギリギリ前に着いた目的地は朽ちた建物だった。

高いフェンスが張り巡らされ、時を経てか錆びて朽ちて所々穴が開いている。
木々に囲まれて…と言うよりも木々に飲まれる状態で其処に建っている建物の窓ガラスは全て割れて真っ暗闇がはめ込まれている。
建物の中まで木が侵食しているのだろう、真っ暗闇の窓の中から木の枝が飛び出し、鬱蒼と茂る木の葉の表面が月光に照らされて、かすかな風に揺れ波打つのが見える。

街頭等一切無い。

空には満点の星が煌めく。
天体観測にはもってこいの夜空だ。 …此処が心霊スポットで無ければの話。


騒ぐ吉田今井ペアの後を追って皆外に出た。

ちょ!まじ怖いんですけど!なんてぎゃあぎゃあ騒ぐ声が建物に跳ね返り、わあんと反響して耳に障る。

「此処は病院跡地だ。もう何十年も前に閉鎖されてる。」

いつの間にか
廃墟を見上げて立ち尽くすぼくの横に御堂君が立っていた。

彼も廃病院を見上げている。

「見えるだろう、眞木君。」

「何が。真っ黒だよ。」

「君、やはり鈍いな。」

病院から視線をずらし、呆れ顔でぼくを見た。

「まぁ、良い。あの馬鹿共が騒ぐ、荒らす、眠ってる奴等を叩き起こす。面白いのはこれからだぞ。今回は質より量だ。」

と言って、いつもの死人のような瞳孔の開いた目で目でニヤリと笑った。
質より量って…何だそれ。

「バケモン居るなら出てこいやー!見つけたら殺す!二度殺す!」

御堂君の言う”馬鹿共”は、予想を裏切らず早速大声で廃病院に眠る何かを威嚇している。

ほんと勘弁して欲しい。

「さて、行こう。」

御堂君が先陣を切る。
だが

千夏ちゃんが蹲って動かなくなってしまった。

「待って、無理!私怖いからここで待つ!此処ヤバイって!」

きゃぁぁ!他の女の子二人の無意味な悲鳴が響く。

「まじ怖い!唸ってるじゃん!誰も聞こえないの?怖いよぉ!」

もしかしたら、彼女にも霊感があるのかもしれない。
そんな怯える彼女を見た彼は白け顔で

「風の音じゃないのか?」と言った。

嘘吐け!
お前も何か聞こえてるんだろ!
なんて心の中で突っ込んだが、口には出さない。怖いからね。

御堂君は相変わらず白け顔だ。

「さっさと行くぞ、眞木君。」

ぼくにする様に無理矢理引き摺って行くか、動かないならほったらかしにして置いて行くつもりのようだ。
初対面の女の子ですら容赦しない。非道な男なのだ、御堂君は。

見かねて助け舟を出す。

「御堂君無理だよ。震えてるよ。」

彼女は漫画のようにがくがく震えていた。

御堂君はほんの一瞬くるりと辺りを見回し、溜息混じりに仕方ないな――と言って

「眞木君、か弱い女性を一人残すのは可哀相だ。君も残ると良い。」

営業的な人の良い笑顔を作った。

さあ!僕等は行こうか!

嬉々揚揚背を向けた御堂君一行はずかずかと乱暴な足取りで廃病院へと向かっていった。



かくして、僕と千夏ちゃんの二人が置いてゆかれる事になった。


「良かったね。大丈夫?」

不良ペアがにぎやかだった分、居なくなると怖いほど静かだ。
依然、千夏ちゃんは蹲ったまま。

「うう…、ぅん…。だ、大丈夫…。」

「苦しい?車に行こうか。」

「…苦しい。大丈夫」

震えている。
ぼくは千夏ちゃんの背中を撫でてあげた。勿論、優しさ半分下心半分。

廃墟の中からぎゃあぎゃあと騒ぐ声。女の子の悲鳴。

「皆、騒いでるね。楽しそうに聞こえるけど。」

楽しそうに聞こえる…けど、御堂君の事だ。
半端じゃない恐怖を味あわせているのだろう。

可哀相に。


静か過ぎて、会話が続かない。
会話を挟む沈黙の間隔が長くなってきた。

彼女はまだ、震えている。

「まだ、唸り声聞こえる?」

「まだ、唸り声聞こえる」

ぎゃー!吉田の声だ。
女の子の悲鳴が聞こえて走り回る靴音がした。

今度は、明らかに女の子をびびらせて愉しんでいる様子だ。

どうやら普通の心霊スポット合コンに落ち着いているらしい。
今回御堂君は正真正銘の盛り上げ役だった訳だ。

なんだ、良いところもあるじゃないか。

ぼくは御堂君を少しだけ見直した。

「あはは、びびってるね。」

「あはは」

千夏ちゃんが少しだけ笑った。
落ち着いてきたみたいだ。

ざわざわと山がざわめいて、突風が吹いた。
暗闇の中、木々が擦れ合う音が煩く響く。
たった二人残されたぼくらは少し心細くなった。

こんな事だと知っていたなら、千夏ちゃんを連れて一緒に愉しめばよかった。

何だか申し訳無いことをした気持ちになった。

「うわぁ寒いね。千夏ちゃん。」

「寒いね あはは」

「みんな駆け回ってるなぁ。」

「あはは」

しかし、

此処でふと気付く。

もう一度廃墟を良く見た。

長い時を経て廃墟の中まで木に侵されている。
それは、廃墟を飲み込もうと枝を広げる木々と、窓から伸びた枝と木の葉を見てそう思ったんだ。

だが待てよ。

聞こえる足音は、規則的で、障害物など感じさせない。

あんなに鬱蒼と茂る木々の中、簡単に走り回れるだろうか?

例えば
今聞こえるように
女の子の履く、ヒールの高い靴で
木の生い茂って足場の悪い廊下を

駆け回る事など、出来るだろうか?

ぼくは廃墟をもう一度眼をこらして見た。

"見えるだろう”

彼の言う通り見えていた。

やはり、月明かりに照らされて波打っていた。

ざわ ざわ と音を立てて

木の枝の様に伸びた無数の黒い腕が、葉のように掌を広げてひしめき合い

おいでおいでと手招きしている。

悲鳴をあげそうになって、飲み込んだ。
ぼくが悲鳴を上げれば千夏ちゃんが怖がると思ったからだ。

助け舟を出したつもりが、助けられたのはぼくの方だったようだ。
今回は、千夏ちゃんのお陰で難を逃れる事が出来た。

ほんと、心から礼を言う。
まじで有難う。千夏ちゃん。

「ぼくら、行かなくて良かったね。」

今度は感謝半分、下心半分で千夏ちゃんの背中を撫でた。

「行かなくて良かったね あはは」

「ホントにそう思ってる?」

「ほんとにそう思ってる」

…?
ぼくの言葉をオウム返ししている?

「千夏ちゃん?」

「ちなつちゃん あはは」

何だか様子がおかしい。

「千夏ちゃん!大丈夫!?」

「あはは ちなつちゃん だいじょうぶ」

廃墟の方から断末魔の様な悲鳴があがったが、それどころじゃない。
あっちなんて気にしていられない。

俯いたままの彼女の体が、小刻みな震えから段々と激しく身体を揺さ振り、跳ね始めた。
ヤバイ。

「だいじょうぶ あはは さむいね くるしい 大丈夫 あはは ちなつちゃん たのしそう 唸りごえきこエる あはは 行かなくて さむいね  よかっタね くるしい あはは ちなつちゃん あはは ちなつちゃん うな あは さむ ォヴィ エゲ あはは」

ぼたぼたと粘り気のある液体が糸を引きながら地に落ちた
よく見れば、何かを掴むように五指を開いたまま手が硬直していた。

「ひっ……!!!」

あはは あはは ちな あははあはあはあはあはあはあはあああはあああああはあああああ 行ヵ あ あああああ ちなつちゃあはああははああ ヴヴ さむい あはあはあはああはははああああははは キこェ あははあははは

がくがくと身体を揺らして、ぐりん!と咽を反らして上を向いた。
口から唾液を垂れ流して、白目を剥いていた。

その背後に


白目を剥いた彼女を覗き込むようにして、朽ちて黄ばんだ白衣を着た真っ黒な顔の女が、長い髪を垂らし項垂れていた。

塗りつぶされたように黒い顔の真ん中に、剥き出された歯列だけがくっきりと浮かぶ。笑っていた。



酷い耳鳴りがした。

御堂君は気付いていたんだ。あの女の存在に。
だからすんなりぼくと千夏ちゃんを二人きりにしたんだ。

やっぱり御堂君は御堂君だった。ちょっと見直して損をした。

何て考えている場合じゃない。

ダシュッと、車から音がした
バックランプがチカチカしている。

「あああ、あああ、ああ。」

ぼくの口から、声にならない声がもれた。叫びたかったけれど、叫べなかったのだ。
唯一の足である車に異常が。

これでは逃げ道が…ああ、もう駄目だ。

「眞木!!!その女を連れて車に乗れ!」

御堂君の声がした。

「乗れ!!立て!腑抜け!!」

車の鍵の開いた音だった。
震える足で立ち上がる。千夏ちゃんを掴んだ。

「しねえええええええぇっぇぇえええ しねええええああああああははははははっはあは ヴエエエェエェエエエェェ!!!!!!」

身体を海老のように反らせて硬直したまま叫び続ける彼女。尋常じゃない。

「お前等もさっさと乗れ!逃げるぞ!!」

御堂君の後ろから廃墟に入っていた四名が瞳孔のかっ開いた目に唇を真っ青にして車に飛び込んできた。
飛び込んできたは良いものの、身体を反らせて硬直している千夏ちゃんを見るなり恐怖のあまり絶句した。

「締めろ馬鹿!」

御堂くんの一喝で、車のドアが閉められる。エンジンが掛かる。
同時に、急発進した。

山道を下る。

車内は、狂ったように呪いの言葉を吐き続ける千夏ちゃん以外無言だった。


猛スピードで山道を下る。
御堂君の運転は、ぼくが想像していたとおりの暴走運転だ。


「ちょっと…アンタ!怖いよ…もちょっとスピード緩めてよ…!木の枝当ってるじゃん!ガードレール寄りスギだって!!!」


瞬き出来ず真っ赤に充血した目を見開いたまま、女の子が言う。
パン!パン!とフロンガラスが反撥音を立てる。

「ちょっと!聞いてんの!?あんたぁぁ!殺す気!?」

御堂君は無視した。

「やだぁぁ!緩めろってぇぇ!みんなしんじゃうよぉ!!」

女の子が泣き叫ぶ。

「煩い!僕は木の枝なんか弾いていない!」

バン!バン!小枝を弾く音だと思っていたその怪音は、至る所から鳴り始めた。
横 上、後ろ。まるで、掌が叩く様な

「解らないのか?良く聞いてみろ!お前等が見たアレだぞ!捕まりたいのか!」

音はどんどん増えて、車全体を余す所無く叩く騒音になった。


ぃえええあああああはははははああああああはあはぁぁははあははははははああぁぁぁああぁぁあああ!
しねええぇぇぇぇぇええええぇぇえぇぇぇえぇぇえええええ!シねえぇえェえエェエエぇあぁああぁあああははあああああ!!

千夏ちゃんが歯を剥き出しにして笑った。

ピピピピ!!

突然、けたたましく携帯の電子音が鳴る。御堂君の携帯。

携帯の画面をちらりと見た御堂君が渋い顔をして、無視した。

携帯は鳴り続ける。

吉田も 今井も、ユカちゃんも、その友達の子も歯をガチガチ言わせながら耳を塞いだ。


真っ黒い窓の外

あの、項垂れた女の顔にぽっかりと浮かんだ笑う口元が、異様なまでに浮き上がった歯列が

びっしりと窓に貼り付いていた。






御堂君が車の速度を落としたのは山を降り、晩御飯を食べたファミレスを通り過ぎて暫くしてから。

まぁ、よく警察に捕まらなかったと思う。
幸運だったと思う。
山を降りるまでに警察に捕まって車を止められていたらどうなっていたのだろう。 ぞっとする。

車中は終始無言。
一旦コンビニで車を止め、硬直したまま笑続ける千夏ちゃんの胸倉を御堂君が掴み、張り手を食らわせながら怒鳴り散らすと彼女は嘘のように静かになった。
ふん!と鼻を鳴らしてまた何も無かったように運転再開した。

その後の御堂君の運転は、嘘のように安定していて大変乗り心地が良かった。


時間は既に、午前一時を回っていた。

皆そのまま御堂君の家へ。


そう言えば、御堂君の家は神社だった。

家に着くと、事の次第を察した御堂君のお爺さんが物凄い剣幕で待っていて、深夜にも関わらずぼくらはそのまま御堂君の家でお払いを受ける事となった。

ぼくと御堂君以外の5人は放心状態、暫くまともに口も利けない状態だった。

まぁ、それが普通の反応だろう。
御堂君との付き合いももう三年…ぼくも少しずつおかしくなってきてしまったのだろうか。

「酷い目に遭ったな。」

お払いを終えて一息ついた頃。
境内に泊めた車を眺めながら御堂君が言った。

不機嫌な膨れ面だ。

「ホントだよ…死ぬとこだったよ…九死に一生の余裕もなかったよ。」

ぼくも車を見る。
良くある話、無数の手形が付いていた。

「そうじゃない。まさか爺にバレるとは思わなかった、ほら、携帯が鳴っただろう。ああ、白けた。最悪だ。」

暴走運転でヤツ等から逃げる時、携帯を鳴らしたのはあの化物でなく、お爺ちゃんだったらしい。

「……あ、そう。残念だったね…。」

彼の感覚は凡人には理解出来ない。
まだまだぼくは凡人の域に居るようだ。良かった。

「そうだ、千夏ちゃん大丈夫なのか?」

「ああ。あれか。集団から切り離されれば、弱いものだからな。すぐ抜ける。」

やっぱり量より質だな、と、独り言を言って唸った。
どっちも嫌だ。

「あ。」

御堂君とぼく、同時に声をあげた。

車の底に女が張り付いていた。
廃墟への行きしなに山道で車に貼り付いていた女だ。
夜景を見るのを邪魔した、あの。

彼女は無表情のまま車にしがみ付いている。

「良く無事だったなぁ。しぶとい、偉いぞ、良く頑張った!」

瞳孔の開いた目を見開き、口の端を上げて褒めちぎる御堂君。女はぴくりともしない。

「うん、でも無表情になってるよ。」

行きは確かに笑っていたのに。

彼女もアレが恐ろしかったのだろうか。
今だ客間で伸びている五人の様に、放心しているのだろうか。







だとしたら女の幽霊もまだぼく等と同じ、凡人の域に居るのだろう。





「まだドライブに行くか、あの女を乗せて!」


女はぴくりともしない。御堂君があはは!と抑揚のない乾いた笑い声を上げた。

 

2010年05月24日(月) 2時00分
春。

高校一年生の時にひょんな事から付き合いが始まった御堂君の家に課題のプリントを持って行った時の話。

余談だが
御堂君は特別進学科Aクラス
ぼくは平凡な普通科

普通科のぼくが何故、科違いの御堂君にプリントを届けに行かなければならないのか言うと…――彼がクラスメイトに敬遠されていて、先生もあまり関わりたがらないから。

その理由は多すぎて言い尽くせない。
常軌を逸した変人だから…とでも言っておこう、彼は紙一重で狂っている。


「やぁ、眞木君。わざわざご苦労。」

御堂君が片手を挙げて、いつもの様に迎えてくれる。
眞木と言うのはぼくの名字だ。

ただ いつもと違ったのは御堂君の部屋の様子。
部屋に入ると、寒い中窓を全開に開け放ち、彼は裸炬燵の上にちょこんと座って本を読んでいた。

日差しは随分暖かくなってきたけれど、まだまだコートが必要な時期に
窓を全開にして一体

「なにやってるんだよ。」

ぼくは普通の反応しか出来ない。凡人だからね。

「何って、本を読んでる。見てわからないのか。」

「解るけど…」

なんでそんなとこに座ってるの?と、更に質問を重ねようとしたぼくを遮って御堂君が叫んだ。

「何やっているんだ。早く締めろ、ヤツが家の中に逃げる。何処かに住み着かれたら気分が悪い!」

目に見えない何かが居るらしい。

慌てて戸を閉め、彼の言う”ヤツ”から逃れる為何処に立とうかおろおろと辺りを見回す。

でも

「何キョロキョロしてるんだよ。君、見えなくなったのか。」

少し本から目を離した御堂君が言う。

ぼくはとある恐怖体験から霊感っぽいものが強くなっていて、その頃には大概のおばけ的なものは見えるようになっていた。
しかし今日は、いくら部屋を見回そうが、ぼくが今まで見てきたような化け物は居ない。ぼくに見えない何かが居るらしい。

「み、見えない。怖いよ。何か居るの。」

「居る。だから、窓を開け放して出て行くのを待ってるんだ。」

「い、い、いつもやるみたいに…怒鳴り散らして退散させられないの?」

「言葉が通じないんだ。蹴飛ばして放り出してもいいんだが、報復に集団で襲われたら嫌だしな。出て行くまで待ってる。」

だから、窓を開け放していたのか。
だけど言葉が通じないって…何だよそれ。

「何なのそれ。集団って…良くないヤツなの?」

「良くない。でも言葉が通じないんじゃ意思の疎通も出来ない。」

彼はそう言って、ちらりと部屋の隅を見た。
ぼくもつられてそちらに眼をやる。

「あ、毛。」

毛玉の様な黒い塊が居た。丁度、成猫サイズのぼさぼさの毛の塊。
裸炬燵の上の御堂君が、何だ見えてるんじゃないか―と、少し不機嫌な声で言った。

ぼくが見ている事に気付いたのか、毛玉はてんてんと畳の上を跳ねながら転がるようにぼくの足元に擦り寄ってきた。

「なんだぁ、モップかぬいぐるみに見えて見逃してたんだ。」

「畳にモップなんかかける訳ないだろう。僕がぬいぐるみを置く人間に見えるか?よく考えろ単細胞。」

長く付き合えば御堂君の酷い言葉にも免疫が出来てくる。こう言う時はスルー。

膝をつくと、膝元に擦り寄ってきた。ぼさぼさガサガサの毛が膝を撫でて少しくすぐったい気持ちになる。

何だろう?妖怪?動物霊?

そう言えば、動物があまり得意じゃない…と、御堂君が言っていたのを思い出す。
何かの動物霊なのかもしれない、例えば猫。なるほど、言葉が通じないわけだ。

それで御堂君は炬燵の上に避難したのか。

完璧で怖いもの知らずに見える彼の弱点を見た気がして、何だか嬉しくなった。

「全然怖くないよ。避難なんかしなくても良いのに。」

畳の上に正座すると、毛玉が膝の上に乗ってきた。
ぼさぼさの毛を撫でて整えてやる……いや、実際に触れられるわけじゃないから撫でる真似だけど、毛玉は嬉しそうにグルグル咽を鳴らして小刻みに震えた。可愛い。

「よく触れるな。」

御堂君が、顰め顔でぼくを見た。

「可愛いよ。ほら、段々毛並みがそろって来たよ。」

「可愛い?正気か。何処が可愛いんだ。僕は見てられない、直視出来ない。だから本を読んでる。」

「ふふ。そんな事云っていると、炬燵の上に飛び上がって来たりするかもね。」

いつもの仕返しに、少し脅かしてやる。
すると彼はしらけた顔のまま

「無理だね。ソレに手足は無い。」

と言った。

毛玉は、動物虐待の被害に遭って死んでしまった霊なのだった。
なのに…酷い仕打ちを受けて死んだ後も、人間を恨まずこんなにも人懐こく擦り寄って。

ぼくは一生懸命毛玉のぼさぼさの毛並みを撫でてやった。

毛玉は膝の上で嬉しそうに震えて、咽を鳴らした。

「かわいそう。」

「何が可哀相なものか。自業自得だ。」

「御堂君!そんな言い方酷くないか?」

「自分から進んでそうなったんだ。そんな奴を可哀相だなんて思う心は持ち合わせていないね、僕は。」

「もうちょっと優しい心を持とうよ!!動物だからって、言葉が通じないからって…!」


憤る僕の顔を、死人の様な瞳孔の開いた目でじっと見ていた御堂君の口の端が

吊りあがった。




「其れが、動物に見えるのか。君。」


「えっ…」

膝の上の毛の塊が、咽を鳴らす。

「動物に見えるのか?」


御堂君がもう一度、問い掛ける。
ぼくは膝の上で丸まる黒い毛の塊を良く見た。
咽を鳴らしている。


グルグル…グルグル

黒い毛の間から、赤黒い地肌が見えた。


「…猫だよ。」


「へぇ、そう。撫でてばかり居ないでないでひっくり返して見てみろ。面白いぞ。」



誘うような声色で、彼が云う。
顔なんて見なくても、彼の声の調子から解る。あの瞳孔の開いた据わった目で笑っている。

一瞬の内に、冷や水に打たれたような悪寒が走った。

「ほら、早く。眞木君。恐ろしく無いんだろう?猫なんだろう?」

彼の声に促されるまま、震えている毛玉を持ち上げ…ゆっくりと…


「ひっ!!」




潰れていた。





腹があるべき部分に、焼け爛れ潰れた人であろうものの顔面が張り付いていた。




抉れた目から滴り落ちる錆色の液体、絶え間なく眼球の残骸が揺れ動いて

…ググ…グググ……ググ…ググ……ググ…グググ……ググ…グググ……グググ……ググ…グググ…

口があった筈の、黒い空洞が唸る。

…ググ…グググ……ググ…ググ……ググ…グググ……ググ…グググ……グググ……ググ…グググ……ググ…グググ……ググ…ググ……ググ…グググ……ググ…グググ……グググ……ググ…グググ…
…ググ…グググ……ググ…ググ……ググ…グググ……ググ…グググ……グググ……ググ…グググ…
…ググ…グググ……ググ…ググ……ググ…グググ……ググ…グググ……グググ……ググ…グググ……ググ…グググ……ググ…ググ……ググ…グググ……ググ…グググ……グググ……ググ…グググ…
…ググ…グググ……ググ…ググ……ググ…グググ……ググ…グググ……グググ……ググ…グググ…








「首だよ。」






御堂君がけらけらと笑った。


ぼくはソレを放り投げ御堂君の隣…裸炬燵の上に避難した。

「言葉が通じないからってあまり乱暴に扱うなよ。」

そう言って、また、何も無かった様に本に目を落とす。
乱暴に扱うな、なんて無理だ!

小難しい題名の本を読む御堂君が、顔を上げないまま―電車でバラバラミンチになったそいつの各部位に集団で襲われたりしたら嫌だからね――と言って口の端を吊り上げた。

嬉しそうに瞳孔の開いた目を細めてニヤニヤしている。

畜生




その日から二・三ヶ月の間、線路の無い道だけを選んで怯えながら生活したのは言うまでも無い。
ヤツの各部位に集団で襲われたりしたら嫌だからね

天井裏 

2010年05月09日(日) 8時08分
それはぼくが高校生になったばかりの頃の話。






ぼくには二つ上の姉が居て、それはもう大変荒れた生粋の不良だった。
中学生の時には、友人二人を引き連れて、たった三人で地元で最も有名な不良校のヤンキーを縛り上げた伝説を持っている。

と 言っても見た目は普通で、世に云うヤンキーの様な風体でもなく、ギャルの様なケバケバしいものでもなく、黙っていればそれなりの女子高生だった。
姉は頭も良く、人望も厚く、一見不良に見えない外見も手伝って不良も善良な一般人も隔たり無く友達が多かった。

故に家にはいつも姉の友達が遊びに来て居てとてもにぎやかだった。

ぼくはと言うと、大人しくて控えめで、先生の言うことには逆らわない平穏を好む地味な生徒だった。
姉と間逆だ。

だから毎日毎日騒がしい姉の友人には辟易していた。

転機はぼくが高校生になったばかりの頃に訪れた

じいちゃんが天国に旅立ってしまった為に家の納屋を片付けした所、部屋に丁度良いぐらいの綺麗なスペースが出来て、
日頃姉の騒音に悩まされていたぼくは両親に懇願してその納屋をぼくの部屋として使わせてもらう事にしたのだ。

勿論、夜中に姉が友人達と部屋に殴り込んで来ないようにしっかり鍵も付けて貰って。

ぼくの、平穏で快適な生活の始まりの筈だった。









「君、その服まで毛だらけだね。見えないって言うのはホントに幸せだなぁ。」

御堂君がぼくの着ているグレーのパーカーを見て呆れ顔で言った。
ぼくには見えない。見たくない。信じたくない。

「や、やだなぁやめてよ。怖いよ。今朝も言ってた制服についてる毛の事?」

彼は頷いてにやりとした。

この日、ぼくはとある事情で高校の特進Aクラスの変人、御堂君を自分の部屋に泊める事になった。
今日の今日まで全く接点の無かった御堂君を。

そもそもぼくは御堂君を畏れていた。
突然何も無い所で喋り出したり、急にしゃがんでアスファルトを殴り出したり、木に向かってケラケラ笑って居たり等色々と怖い話が多かったから。
その奇行から精神病だと言う噂もあった。

整った容姿をしていたので女子からは人気だったようだけれど。

平穏を好むぼくは、こう言った変わった人間、人から浮く存在が苦手だった為に極力目に入れないよう、入らないよう生活してきた。

それなのに、今朝、全く面識の無いぼくに、最も関わりたく無い人間が唐突に声を掛けてきたのだ。

―――君、毛だらけだぞ――と。

勿論すぐに制服を確認したけど、ぼくの制服に毛なんて付いてなかった。
その後延々と嘘か本当か定かでは無い心霊めいた話で脅されて。
彼の話術なのか何なのか、普通なら信じないような怪談話が途轍もなく怖くなった。

そこへ救いの手とばかりに『見えない毛』の原因を突きとめてくれると言ったので、我が家に招き入れる事にした訳だ。

数十分前、ぼくの家の前に着いた時…御堂君はぴたりと足を止めて「君はこんな所に住んでるのか!正気を疑う!」と叫んだ。
彼の行動こそ正気を疑う。やっぱり変人なんて連れてくるんじゃなかった。

心の中で叫んで後悔したがあとの祭り。

慌てて彼を引っ張って、自室へと引っ込んで今に至る。

「ぼくの家族にまで変な事言わないでよ。」

御堂君に釘をさしておく。 何かあってからでは遅いからね。
彼は顔を顰めて――変な事じゃないぞ。見えてるんだ僕には。まぁ、たぶん言わない…と言った。

たぶんって何だ。

日は既に落ちて、夕方18時を回り辺りが薄暗くなってきた。
部屋の天上…屋根裏ではネズミがかりかりと柱を齧る音が鳴っている。

ぼくの家は古い木造建築だ。築100年の柱は既に黒ずみ、いかにも日本建築!と言った感じの趣ある風合い。
ここら一帯で最も古い家で、特に今ぼくが住処にしているこの納屋は相当古い時代に建てられたものらしい。

それでも造りは確りしていて、今も住まいとして申し分無い。重厚な色味と佇まいが実にかっこいい。

暫く住んで居なかった為かネズミの足音やら何やらは毎夜の様に繰り返すが、姉の騒音に比べたらまるでクラシックみたいなものだ。全く苦にならない。

「黒い靄が濃くなってきた。」

唐突に御堂君が言った。しきりに辺りを見回して、黒い靄とやらの出所を探っているようだ。

「もやってどんなの?わ…悪いものなの?」

「良くないね。」

彼の口数は、格段に減った。
しんと静まり返る部屋の空気が張り詰めて、ネズミが立てる音ですら恐ろしくなってくるから不思議だ。

「君は聞こえないのか。」

「何が。」

「音、するだろう?」

「何の?このカリカリってのはネズミだよね。」

御堂君の口の端が、少し上がった。

「見てみろ、髪の毛が蠢き出したぞ。」

ひっ…
ぼくは裏返った声を上げる。髪の毛って、さっきから御堂君が言っている、服に付いている見えない毛の事だろうか?
彼の視線は天井に釘付けだ。

「毛だよ、毛。天上から垂れてる。否、生えてる。それで部屋に散らばってる。それが君の服に付いてるんだ、でも君には見えない。」

見えない。

カリカリカリカリ ネズミが木を食い荒らす音が響く。
怖い、耳に障る、こんな事ならネズミ捕りを事前に仕掛けておくべきだった。

カリカリカリカリ 床下からも聞こえ始めた。

「う、煩いね。ネズミ。」

どん!といつもの様に柱を叩くと、音は止んだ。キキキと、か細い鳴き声と共に軽い足音が響く。
御堂君の視線が天上から離れ、床に降りた。

「君、アレに居場所を教えてどうするんだ。恐ろしいな。ネズミなんて居ない。居たらとっくに逃げてるだろうからね、ネズミは賢い。」

声を潜めてぼくの胸倉を掴み、床に伏せるよう言った。

ぱさ、ぱさ、

何か軽いものが落ちる音がする。


ぱさ、ぱさ、ぼとり



床に伏せると、何やら…腐敗臭と言うか、酷く生臭い事に気付いた。

「ねえ、み…御堂君。何?何なの?」

「髪だ、髪が落ちてる。髪と…皮膚。」

ではこの、生臭い臭いは…
ひいいい!叫ぼうとした口を御堂君の掌が塞いて、ぼくは彼の掌を噛んでしまった。

「ごめ…」

「君、目は鈍いのに鼻と耳は確かなのか。おかしな奴だな。面白いな。見えたらもっと面白いぞ。アレが天井の隙間からこっちを覗き見てる。」

昨日まで天井に隙間なんて無かったぞ。そんなもの…伏せたまま天井をぐるりと眼球だけで見回してはっとした。
隙間…ほんとうに、紙一枚通るぐらいの細い隙間に、蠢く何かを見た。

……気がする。

「ね…ネズミ…。」

「だから居ないと言っただろ。」

希望のある一言は、簡単に否定された。

「さて、天井裏に行こう。」

「えええ!!!!ちょ、ま、むりむり無理だよ!」

一体何を言い出すのか!さっきまで危ないみたいな事を言っていたのに!


必至の拒否抵抗虚しく、首根っこを引っ掴まれて屋根裏へと続く梯子階段の前まで連行されてしまった。

自分の住んでいる家だと言うのに、まるで別の場所に居るようだ。

床も空気もひんやりと冷たい。
酷い耳鳴りがした。


「御堂君、やめようよ。こ、こ、こわい。」

「何が怖いんだ。君、見えないだろ。あの扉から黒い靄が噴出してるぞ。中に凄いものが居るぞ。」

彼は心なしか嬉々として見える。
そしてゆっくりと梯子登り始めた。一歩一歩踏みしめるようにして…ぼくも後に続く。

ずらりと重い木の引き戸を開けると、

中は暗闇だった。

「かか懐中電灯、もって来たよ。」

事前に用意しておいた懐中電灯を点けようとして、止められた。
彼の目は、鋭く光って…その奥に居る何かを見ている。


生唾を飲んだ。言葉が出ない。


カリカリカリカリカリ


ネズミが木を食むような音がする。


カリカリカリカリ


ぼとり



何か、重量のある物が落ちた。


耳でしか捉えれない。


ガリガリガリ


キィ キィ キィ

ネズミの鳴き声だ。これは

あ、生臭い。

やっぱりネズミじゃないか。


御堂君の息遣いが聞こえる。
緊張しているのが伝わってくる。息がし辛いのか、呼吸が踊っていた。

少しずつ暗闇に目が慣れて来たぼくは、すぐ側にある御堂君の肩に触れた。

「眞木。見えるか。」

まるで、息を吐く様な薄い声で彼が問う。眞木はぼくの名字だ。

「見えない。」

「見えてる。目を開け。」

「開いてるよ。でも見えないものは見えないんじゃなかったの。」

「あれは物理的なものだ、見える。」

ぼくは見た。

おかしな事に、埃は積もっていたのに蜘蛛の巣一つ張っていなかった。






屋根裏の奥に、はがれ掛けたおびただしい数の札。経。それから、


上等な錦色の衣。

衣を囲むようにして札が張り巡らされ、遠くに割れた杯とお神酒が見えた。


嘘、だ。さっきまで見えなかったのに。
何で


何でこんなものがぼくの家の天井裏に。

「さっきまで見えなかったんだ。だって、だって真っ暗で…」

「黒い靄が、少し散ったからね。」

御堂君は冷静で、瞳孔の開いた死人の様な、それで居て鋭い目で衣を見ていた。


「手がある。六本。長い」


「まばらに長い毛が生えてる。頭皮はボロボロだ、毛と共に落ちたんだろう。」


「顔は…見えない。でも、額が膨れ上がっている、赤黒い。」


「歯軋りをしてる。」


御堂君は、具にその何かの姿を説明してくれているようだ。
だけどぼくの耳には入らない。

ぼくの眼はもう

すでに


視えていた。

屋根裏の底板にガサガサに乾いた大量の髪の毛が渦を巻いていて

その中心に錦の衣

赤黒い六本の腕の内四本が、衣の中から生えて床を爪で引っかいていた。

一番間近にある札を、爪の先で引っ掻いて引っ掻いて指の先の骨が見えて

残りの二本の腕は崩れ落ちそうな頭を引っ掻き回して皮膚ごと毛髪を毟り取って

髪の毛を毟り取る拍子に内出血のようにどす黒く膨れ上がった額からぶしゅりと液体が噴出す。

歯軋りが音を立てて

キィ キィ キィ




発狂しそうだった。

「あ…あ…ああ!あああ!!ああああああ!!!あああああああああ!あ!ひぃ!!!」

「バカヤロウ!死にたいのか!」

御堂君が慌ててぼくの口を塞いだが、止めきれず塞いだ隙間から漏れ出す。

視線が、外せない。
衣が動いた。

衣の中の赤黒い顔がこちらを向いた。

ぶくぶくに浮腫んで、青緑  色  の



それは奇声を発しながら両手両足六本を蜘蛛の様にばたつかせて、手前の札を掻き毟る。

掻き毟って掻き毟って、掻き毟って

口から大量のどす黒い液を吐きながら。

「逃げるぞ!眞木!眞木君!」

文系ながら、馬鹿力な御堂君の腕がぼくの脇下へと周り、屋根裏の外へと引きずり出そうとする。
ぼくは暴れた。

怖かった。

怖かった。

「いやだ!いやだ!ひぃぃ!」

「死にたいのか!僕は死にたくない!!」

バタンバタンと暴れる音がする。


一枚札が剥がれた。


奴は、少しぼく達に近づいた。僕はまた発狂した。



「眞木!いいかげんにしろ!」

御堂君の檄が飛ぶ。

ガタガタガタと家が揺れて、上から埃の塊が落ちてくる。

その時だ、梯子階段の下で大きな影が動いた。
御堂君が緊張するのが解った…きっとぼくらは大ピンチなのだ。
床下からも同じ音がしていた、下にもこれと同じ物が…

ぁあ ああ あ ああああ あ゛あ゛ あ あ あ

地響きの様な唸り声が少しずつ近付いて来る。



びゅん!と目の前を一筋の線が横切って、其れは例の化物に命中した。
ぶしゅうと大量の赤黒い液が飛び出して辺りを汚す。
呆気にとられた一瞬
ぼくが動きを止めた隙に素早く御堂君が引きずって外に出る。

ドスン!と勢い良く戸を閉めた。

転がるように階段を下りたその先

「ああああぁぁぁああ゛!うるっさいんじゃぁぁぁぼけええ!!!!静かにしろよおまえら糞ガキがぁ!!!」

待っていたのは、姉ちゃんだった。
仁王立ちで木の棒を振り回していたが、諤々と震えて日本語にならない日本語を喋るぼくを見て、姉ちゃんの方が呆気に取られた様子で金魚の如く口をぱくぱくしていた。

「それは?」

空気の読めない御堂君が、姉ちゃんにタメグチを聞く。
一瞬姉の顔が歪んで

「お前誰?」

と言った。

「その棒、こっちに。」

姉ちゃんの質問を無視して手をひょいっと出す御堂君、やはり空気が読めない。

「お前誰かって聞いてるんだよ!」

更に姉ちゃんを無視して、御堂君は姉ちゃんの手から棒を奪い取り、さくさくと梯子階段を上って、その棒をつっかえ棒代わりにして扉に封をした。
すると、屋根裏から地団駄を踏むように

ドンドンドンドンドンドン!!!


ドンドンドンドンドンドン!!!!

けたたましい音が響き、暫くして…静かになった。

これには姉ちゃんもビックリした様で、ぼくをぎゅっと抱締めて天井を見上げていた。



どうだ、もう出て来れないだろう!この棒は強いぞ!
空気の読めない御堂君の高笑いが響いて、気が抜けたのと、姉ちゃんに抱かれた安心感で気を失ってしまった。


目がさめると、ぼくは家のコタツの中に寝かされていた。
家…と言っても、あの恐ろしい体験をしたぼくの住処でなく…姉や家族が居る家。ぼくの、家族の家。

天井をぐるりと見回して、隙間が無いか確認して、鼻を掠めるごはんのいい臭いがして、目の端から涙が溢れてきた。

「おお、起きたか眞木君。」

ぼくはうぐぐ…と唸って、横を向いた。御堂君の顔を見たくなかった。

「見たろう。アレ、僕も久々に恐ろしかったな。モノは経験だ、経験は人間を育てるぞ。良い経験をしたな。」

そして彼は あはは!と笑った。
ちらりと横目で顔を窺うと、やっぱり目は笑って無かった。瞳孔が開いている、死人の目だ。

彼が、我家の前に立って"正気を疑う!"と叫んだ理由を知った。
彼には見えていたのだろうか?あのばけものが。

「あれは何?」

「曲神だな、多分。カミサマなんて名だけの、人を呪う道具だ。うん。」

御堂君はコタツの上に置かれたミカンを一つ取って、綺麗に六枚に皮を割って剥いた。
何だか、あのバケモノを髣髴とさせてぼくは目を背けた。

「なんで、うちの納屋の屋根裏に居たの。」

「さぁ。」

とぼけた様子でミカンを口に運んで、渋い顔をした。
すっぱかったんだろう。ざまあみろ。

懲りずにもう一つミカンを口に運んで渋い顔をした後、彼はふいと視線をずらした。

「ああ、暴力的なお姉さん。」

片手を上げた御堂君が、奥の部屋から出てきたバツの悪そうな顔色の姉を見て言う。
なんて事を言うんだ!!!血祭りに上げられるぞ!なんて、口には出せず御堂君の命運を祈った。

しかし、予想外な事に、彼の顔に鉄拳は下されなかった。

「アンタ、それやめてって言ってるでしょ。殴って悪かったわよ。」

良く見れば、御堂君の右頬が少し腫れていた。どうやらぼくが眠っている間に一撃食らわされていたようだ。
彼は瞳孔の開いたアルカイックな笑みで―そうですね。僕は弟君の命の恩人ですからね。と言って、姉の拳を戦慄かせている。

恐ろしい。

「アタシには解らなかったけどさ。天井裏の…なんかヤバイヤツなんでしょ。あんな棒一本で大丈夫なの?」

話は屋根裏のアレに戻ったらしい。

「お姉さん、あの棒が何か知らずに持ってきたのか。」

「知らないも何も。たまたま玄関の戸口に何本か立てかけてあったからもって来たのよ。バットだと死んじゃうし、木製で丁度良かったからアレでアンタ等ぶん殴ってやろうと思って。」

色々な意味でぼくはぞっとした。姉にまで殺されるところだった。
それでもやっぱり、御堂君は動じない。

「なんだ。僕等はラッキーで命拾いしたぞ。お姉さん、あれは戒杖だ。山伏なんかが護身用に持ってあるくアレだ。生前に君達の爺が念を込めてヤツに立ち向かう武器にしたんだ、きっと。もしもヤツが出てきた時の為にね。今つっかえ棒にして体の良い結界の代わりをしてくれている。あんたの爺は霊的なモノに優れた人だったんだな。」

中盤まで偉そうにしていながら、言い終わった後彼は少し寂しそうに目を細めた。
死んだ爺ちゃんは、死んだあともぼくらを守ってくれているんだ。そう思うとぼくは泣きそうになった。

「まぁ、今夜にでも我が家の爺に連絡して明日にはアレを何とかしてもらう。君も見るか。」

もう、見たくも触れたくも無い。顔を横に振った。
姉も横に顔を振った。


…ん?御堂君の爺?って

疑問を察したのか、御堂君が口を開く。

「ウチ、神社。でも僕は無宗教。」

そう短く吐き捨てるように言って、また一つミカンを口に運んで渋い顔をした。


色々聞きたい事もあったけれど、ややこしくなりそうなのでやめた。
煩い姉も憔悴してか、静かにしている。




気だるく上体を起こして、結露した窓の外を見た。











無数の手形が付いていた。
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