成瀬巳喜男「めし」。

September 28 [Wed], 2011, 3:10
教養演習ゼミ、映像論での夏休みの課題。成瀬映画を一本選んで批評するというテーマに提出したレポート。字以上だけど字書いた。多少酔っ払ってたからかもしれない。あるいは書きたかったからかもしれない。外を知ることは中を知ることでもある。外と中は表と裏と似たような関係だ。しかしこの映画において原節子演じる三千代は、透明な衝立に仕切られているかのように、家から外に出ることができない。外に出て仕事をする初之輔を迎えるだけである。それにいての不満は冒頭で自身が述べるが、これは内側から行われているものだ。より正確にいえばかて東京に居たころを「外」として一種の郷愁が作用しているのだが、それも遠い昔となってしまい、いまや中に閉じこもるばかりになっている。しかしそれとは対照的に、成瀬は周囲の開放感を徹底して描いている。オープニングの日差しが差し込む長屋の風景、さらに通風性のある平面的な家は奥行きが余すことなく表現されており、扉やふすまも滅多に閉じることはない。二階からは外の通りが見通せる上に、内部の移動、特に台所から居間までの奥と手前の距離感は非常にオープンな空間を表している。このオープンさは小津には決して見られない成瀬の特徴の一ともいえるが、にも関わらず、三千代の感じる倦怠感は募るばかりである。この原因は、彼女そして実は外に出ている初之輔もがこの「開かれた」外部を自覚していないことに帰する。開かれた外部性を用意するのは勿論いま述べた「家」の構造だが、それを最もシンボリックに表すのは里子に代表される様々な「侵入者」である。成瀬は、この家へ様々な侵入者を用意する。冒頭の物を売りにくる近所の主婦は玄関を勝手に開けて入り、開けっ放しのまま帰っていく。それを閉めるのは三千代である。そして突然里子が家出してきたと言って転がり込んでくる。この最大の侵入者をも里子は追い出そうと無意識的にあるいは意識的に振舞うのだが、なかなか追い払うことができない。「お米足りるかしら」の発言から分かるように、彼女の発想は常に内向きである。靴を盗む泥棒も近所の青年芳太郎も里子に連れられた闖入者といえる。三千代が久しぶりに外出して楽しむ(これも同窓会の誘いによるものであって、決して自発的でないことに注意するべきである)と、靴を盗まれるわ初之輔は里子に振り回されているわで、ますます透明な壁は厚くなってゆく。このような雑多な外部からの侵入、より広い言葉を使えば外部からの影響(成瀬映画においてその最たるものは「音」であるというのが私見であるが、ここでは割愛する)によって本来は開かれているはずの外部が、閉じられたものとして意識されるようになってゆくのである。外部とは侵入者であって、三千代はその対応に追いまくられ、この映画の一般的な主題とされるであろう「女性の自立」はおぼかなくなる。そこでは全てが受動的である。しかしその透明な壁を打ち破り、一種の家出を三千代は試みる。これに里子が影響しているのは明白だが、里子と違い、外部からの圧力に耐えられなくなって外に逃げ出したのであって、これもあくまで受動的である。とはいえ、ここにおいて「乱れる」や「浮雲」といった有名な例を挙げるまでもなく、「空間的移動」あるいはより単純な言葉を使えば旅行、旅という成瀬映画における重要なファクターが現出することになる。自らの居た空間から離れ、客観的に考えたり見たりすることは大きな変化を登場人物たちにもたらす。実家において三千代は、自営業の妹夫婦と母に外部の対応を任せ、朝から夕食まで眠り続ける。朝から晩まで「眠る」という行為は、外部からの侵入を気にしないで済むようになった三千代の象徴的な表現である。洋裁を営む妹夫婦は外部からの侵入者、まり客と日常的に接することから必然的に三千代にとって自立した存在としてみなされることになる。この東京の家においては、大阪の家ほど開放さが強調されていないのも注目すべきだろう。三千代にとって最大の「敵」であった里子も、信三によって手厳しく扱われる。観客は初之輔とのコントラストと共に、痛快さを感じ「家」の秩序が守られていることを実感するだろう。三千代も同じことを感じたとしても不思議はない。東京において三千代は仕事の斡旋を従兄弟に頼むが、その従兄弟からは「不幸な結婚」といわれ、憤慨している。大阪で「幸せね」と言われても首肯しなかった割に、不幸であると断言されると反対するこの機微はさすがという他ないが、本稿の観点からより重要なのは、この場面において三千代が外を見て野良猫を見けるシーンである。大阪においてきた猫を連想させることで同時に家と夫のことを思い出していることを示唆する演出であるが、ここにおいて初めて三千代は外部と自分自身、そして自らの家、夫とをなげることに成功したのである。壁だと思っていたものは思い込みに過ぎず、外部とながっていることを意識したはずのその夜に、三千代が夫に手紙を書いているのはその証左である。手紙を書かないし受け取ってもいないと嘯いていたにも関わらず急にここで「自覚的に」書き出すのは、外部が開かれたものであるということを自覚したからであろう。そして妹夫婦や里子を改めて「自覚的に」見ることで、自分がなぜ毎日の家事をしているのか、どういったパースペクティブで自らの人生を見るべきなのか、を考えたに違いない。それが嵐の来た理由だろう。嵐が訪れるのも「山の音」に特徴的なように成瀬映画でしばしば使われるモチーフであるが、この嵐は晴れるためにある。晴れた次の日に里子を送りに行き、生きようともがく友人を見、夫に再会する。三千代の「自覚」とは対照的に、実は夫は最後までほぼ無自覚なままである。東京に来たのも単に出張のためであるし、「すぐ戻るから」と思ったから手紙は出さず、再会すると「腹が減った」といものようにぶやく。しかしこれまでと異なっているのは、三千代が夫の存在と自らの生き方を、自分の人生の中に再定位したことによって、夫の存在を余裕をもって見ていることである。閉塞的だと思っていた家は実は開かれた空間であり、夫に寄り添う生き方も一の生き方であるという一種の諦観が三千代を包んでいるように思うが、それはあくまで彼女が意識的に選び取った道に他ならない。手紙を破り捨てたのはセンチメンタリズムの排除だろうか、などという憶測はともかく、旅行を経て二人がまた日常に帰っていくというラストは秀逸だが必然と言うべきだろう。その日常はあくまで「自覚的」「意識的」にかんだものであることが重要で、三千代にとって夫が「腹が減った」と言った後に、あわてて「ごめん、ごめん」と謝り、二人で笑いあうようなことが満足なのである。このシーンにおいて初之輔も多少なりとも自覚的になったことが示唆されているが、やはりこの程度のものと解釈するのが妥当だろう。結局これはあくまでも三千代の物語なのである。finelog.jp 悪徳
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