余命 

January 09 [Mon], 2012, 23:39
彼は 生き地獄だ と言った


入院5日目
しかし、彼が前回退院したのは入院の2週間前だった


化学療法も効かなくなり お腹には人工肛門
50歳を前にして体を蝕むだけの癌を抱えた彼は
食事も摂れなくなって週に2、3回外来で点滴を受けていた

前回は”疼痛コントロール”をして退院
きっと自宅療養を希望したからだろうが、介護に不慣れな妻も相当な葛藤があったに違いない



腎機能があまりにも悪化して再入院、水もほとんど飲めない状態だったので
脱水から腎機能が悪化したのだろう
余り多くの量は入れていないけれど、腎機能は改善傾向となった

同時に点滴で痛み止めを使い、毎日量を調節していた
日に3,4回訪ねることもあったけれど、ケロッとした顔で
痛くないです、あるいは 最高10とすると、1か、2かな と言う

痛みがないことが一番ですね
眠気もあまりなさそうですね

吐き気、傾眠といった副作用なく痛みが取れることが理想的で
そろそろちょうどいい量が見えてきた頃だった



辛いです 辛くてたまらない


そう言い出したのは 休日の昼間だった


明らかに痛みが悪くなっている様子はない


はて、と思いながら でも半分では覚悟をしながら
何が辛いのですか と尋ねた



これからずっとこの状態ですか
もう楽にしてください



彼は決して
わたしは死ぬのですか
良くならないのですか

とは聞かなかった


もっと悪くなって
遠くない未来 自分は 死ぬ

そんなこと知ってるから
どうやったら死ねるか教えてくれ


というようなことを言った

その物分かりの良さというか 理解力というか


その落ち着きの中で
最後のわがままを言うように でも最後の権利を主張するように
強く淡々と話す彼
大きな目は痩せて窪んでいたけど ずっとこちらを見ていて射抜かれそうだった


でも目は逸らしたくなかった
彼にはなれなくても、理解しようとする態度を見せることが大事な気がしたから
でもそれは うまく答えの出せないわたしが それ以外に出来ることがなかったからなのだろう




あとどれくらいですか
正直に言ってください


入院した時はあまりに腎機能が悪くて
1週間持つかなという話をしていた

それを正直に話した


隣には彼の妻


でも何とか持ち直しました


というと


でもこんなことの繰り返しでしょう

もう持ち直してくれなくていいです
このまま楽に死なせてください




僕は  どうやったら  死ねるのですか









癌患者の”痛み”にはいくつも種類があって

体の痛み
宗教的な痛み
社会的な痛み・・・

授業で習ったことを思い出した

そしてそんな分類はあんまり役に立たないなあ
その人の気持ちになれば分かるじゃないか と思いながら

結局 体の痛みを取ることに夢中になっていたことに気付いた

むしろ 分かっていたけど訴えづらいことをいいことに
体の痛みを取って満足したふりをしていたのかも知れない



先の見えない不確かさ
どこまで続くかわからない ベッドで天井を眺めるだけの毎日


そんな出口の見えない闇の中
終わりの見えない旅路の辛さは
27年の苦労ないわたしの人生の中でも 分かっていたはずなのに




”余命”を宣告することは 残された時間を意識してもらい
やり残したことをやってもらう猶予を知らせる そういう意味があると思う

余命を伝えることは ドラマなどで脚色され過ぎているけれど
もっともっと さらっと伝えることもある

それが日常である 残念ながらというべきなのか それすらもわたしにはわからないけれど



でも
”余命”を宣告するということは
やるべきことを残しているひと だけのものではないのだ

先が見えない この重い重い閉塞感
それを少しでも打ち破るもの
その先に待っているものが 天国だろうと 地獄だろうと
例え 無であろうとも




そんな彼のために 一刻も早く動かなくてはなりません

無駄な延命とは言わないけれど
ちょっと情に流されたわたしの 少し多めの輸液を減らして

家に帰るなら点滴の痛みどめもテープ薬に変えて


輸液がなくなればきっと
腎機能は間もなく廃絶するでしょう

何もしなければ月単位の延命は望めない それくらいは分かる





麻薬か何かで
すーっと眠るように死ねないのですか

ずっと考えてたんです


彼の大きな瞳には迷いなんてなかった



もう 朝からそんなことばっかり言ってて

と隣で涙を流す妻




早ければ早いほどいいです

もう 生き地獄ですよ

分かってるんだから







病室を後にして

細々した雑務をして



休日だというのに
病院を出たら 短い冬の太陽は落ちかかっていました






朝一番で 主治医と相談

ソーシャルワーカーさんにも入ってもらって




彼の希望を どうやったら叶えられるだろうか


わたしは考えなければ




わたしは必要とされなければ



存在している意味を 見つけなければ


イチロー 

August 05 [Fri], 2011, 1:52
末期癌の彼に代わり
この言葉を記す



工学は物を作り出す。

理学は物を作り出さない。



工学はバットやボールを生む。

理学はイチローのヒットを生む。



ではイチローのヒットは何も生み出さないか
ということである。



サッカー選手はボールを作りはしない。
ただボールを蹴っているだけである。

しかし彼らはあんなにも感動を生み出す。




何も作り出さないものは
価値のないものなのか。



理学は芸術である。
生産性はないが 無価値ではない。


理学は過去から脈々と受け継がれてきた純学問である。


目に見える形はなくとも
人にとり不可欠なものである。


そんなことを言ったら笑いますか。


と言って子供のような笑顔を見せた。



おやすみなさい。

存在 

January 25 [Tue], 2011, 0:57
昨日話していたひとが

今日この世にいないという事実



そういう世界に

わたしは生きている





そうやってセンチメンタルになったところで
人に言う気もしない

わたしたちにとっては
余りにありふれた現実




ここでは 死 は日常なのだ



普通は忌み嫌われる死というもの

ここでは避けることが

むしろ罪になることすらある




家族の希望で呼吸器で生き続ける患者

熱心な家族に囲まれて 幸せなのかどうなのか


家族を満足させるという点において

本人は満足するかも知れない


回復を見込めない状況で

その先にあるものは何だろう






強い抗がん剤の副作用


それを乗り越えた先にあるものは何ですか















積極的な治療を

むしろ 延命 という無理矢理感のある言葉で置き換えて

そんな風潮の中で



命を延ばすということの意味はきっと



そこに その人がいてくれる という事実のためだ




それは大きな大きな 何かの意味があるのだろう









書いてるうちにつかえが取れた



そういえば そうだったんだ

おばあちゃんのはなし 

June 14 [Mon], 2010, 23:43
先生の顔見ると ほっとする 不思議だねぇ

と手を合わせてた


ほっとの「ほ」になぜかイントネーションが来て

ほっとするねぇ

って繰り返すと いつもにこにこ笑っていた




出会いはちょうど一年前

吐血して運ばれてきたおばあちゃんは
当時回っていた消化器内科で止血したあと
その日のうちに前に回っていた外科へ


失血死を回避するために手術をして
転移は取り切れずそのまま



受け持ちでもなかったのになんでだろ

手術の前も後も話しに行って



きっと医者になりたてだった私は

先生に会うと安らぐ

という言葉が単純に嬉しくて

そうそう、これが医者冥利だよな


治してもいないのに思っていたのかも知れない






先月

肺炎か癌性リンパ管症かわからない状態で入院してきて


元気にならないとなのに 困っちゃうねぇ〜

と悲しそうにしてた



結婚したがる私に

いい人なんでいないの?
うちの孫と一緒だねぇ

困ったねぇ〜

と笑ってた





くだらない研修医の幻想だったかも知れないけれど

人に必要とされたくてたまらない私は

私に会う度に 「ほっとする」 という言葉に

涙が出る思いをしました




当時進路に悩んでいて

やりたかった外科を頭では諦めようと思いながら

でも諦め切れなかった私




だけど

こういう患者さんとの関わりは
外科でなくても出来る

というよりは

科は関係なく
これがやりたくて医者になりたかったんだ
ってことを思い出させてくれました


お腹を壊す程悩んでいたけど

そんな簡単な、一番大事なこと忘れてたんだと

前を向かせてくれたおばあちゃん





幸いなことに

以前お邪魔させて頂いていた診療所が退院後の往診をしてくれていて



昨日亡くなったことを知らせてくれました





眠るように亡くなったとのこと

ご冥福をお祈り致します








おばあちゃんが作ってくれたペン立ては
嫁入り道具に持っていくね

私の旦那さん見てあげてね

ありがとう

進路2 

May 29 [Sat], 2010, 0:27
絶対やろうと思っていた科を諦めておおよそ半月

諦めたというか 諦めないとどうしようもないと思っただけで
結局諦めてはいなかったんだけど


だって
先生何科に行きたいの?

って言われて

いや、外科に行きたかったんですけどね、無理そうなんで今は違うとこ考えてて

とか言い訳してしまう


外科を目指してたよ って言いたくなる
外科のが合ってるねって言われたくなるのか
内科っぽくないねって言われるのが怖いのか


とりあえず
身の周りの友達には 進路を言えずにいます







でも今日なんだか吹っ切れた


どこかに 自分を必要としてる 人がいる


という歌があって

違うフレーズが聴きたくて偶然聴いたんだけど



そこに帰ってきた

わたしは必要とされたかったんだ





これから先の未来には

わたしが歩いて行く道の先には

きっとわたしが助ける人がいる
助けることが出来る人がいる

助けるっていう言い方は好きじゃないけど
命を救うことも 気持ちを救うことも たまにはあるかも知れない




何科になっても
実はそれって一緒で


わたしと関わってくれる患者さんが道の先に待っている



そしてわたしがやらなければいけないのは

その人のために精一杯やること

精一杯勉強して
精一杯手技を磨いて
精一杯話をして
精一杯向かい合うこと

その人と出会うその瞬間のために
出来うる限りの準備をすること
その人が必要とするそのときに
出来うる限りの仕事をすること


それで人が助かるなんて

なんて

なんてすごい仕事なんだ










1年目で当直をしてても

大丈夫ですよ

って言葉を掛けてあげるだけで
安心して帰っていく患者さんがいる

そういう人が夜間の時間外に受診すること自体が正しいかどうかは別として

こんなひよっこでも
白衣を着て
当直ですと名乗り
偉そうに検査結果を話すと

お医者さんが言うことだから

って安心する



両親が医者だったわたしは
医学部以外の友達から

お医者さんなんてすごいー

って言われて
ほんとは意味が分からなかった

嬉しくもなかったし
それで距離を感じることだってあった



でもやっと

おっかなびっくり医者をやって1年

やっと
お医者さん
というものが社会の中でどういうスタンスなのか分かってきた


ほんとにわたしたちの吐く言葉は重い

そしてお医者さんの役割は大きい

びっくりするくらい











だから頑張ります

この先わたしを必要とする人に ちゃんと必要としてもらえるように






それは何科かどうかなんて関係なかった

そのために 医者になったんだ



それをやっと 思い出しました

もう一度
スタートラインに立てた気がする








何がしたいか
何が向いてるか

あんまりよく分からないけど
あんまり深く考えても 分かんなくなるばっかり


来月から ぼちぼち医局探しを始めます


外科にはまだちょっと未練があるけれど
外科では出会えない患者さんに 今から会いに行くのです


今度の旅は長旅だ










将来出会う人たちへ


頑張るから 一緒に闘いましょう

進路 

May 14 [Fri], 2010, 23:22
今日こんな日に

わたしは自分の人生の半分くらい(たぶん)を決めました



いままでやりたいことをやって

やらずにやるより やって後悔しようとか言って


そんな人生 なんて甘ったれた人生だったんだろう

なんてわがままな

でも なんて贅沢な人生だったんだろう




そんなことを考えながら

今までの人生とか振り返って


贅沢な人生とか言ってられるほど

自分は幸せだったんだなと思って


昔の日記読んだら

出会いにいかに支えられてきたか よくよくわかる




結局どの人生を選んでも

その先に出会いがあるなら

その偶然を幸せに思える自分は



つくづく能天気で

本当に幸せな人間なんだろうと思う






人と出会える限り

自分は幸せだ


ちょっとおバカさんだけど

バカは死ぬまで治りません よ






初めて

やろうと思っていたことを諦めます

ここ3年くらいはそのために走ってきたけど


本もそれなりに読んだし

それなりに勉強したし



でもやめることにした


こんなにも 男に生まれたかったと思ったのは

そう思って涙が出たのははじめて




ここ2ヶ月くらいずっと迷っていて

お腹もずいぶん壊したけれど


それはそれはシンプルな考え方で

それはそれは簡単に結論が出てしまった



やっぱり親ってすごい



落ち着くにはもう少し時間がかかるけど

ぼちぼち動き始めるつもりです



さーがんばるぞー

ちいさな幸せ 

April 26 [Mon], 2010, 21:18
赤ちゃん抱っこしすぎて
腕がつりました

訪問 

March 26 [Fri], 2010, 20:19
冷え性のわたしの手は冷たくて


先生の手わたしよりつめたいわ


と笑われた



お舅さんとお姑さんの介護を一人でして
きちんとお見送りした彼女の身体はちっちゃかった


難しい治療はいりません


3月9日の大空襲で
身の回りの人たくさんを亡くしながら
夥しい数の屍を見ながら
川に飛び込み生き延びた彼女には
自然に逆らって生きる意志はない




そこには 治す 医療の限界と
癒す 医療の希望がある

外来 

February 09 [Tue], 2010, 1:15
9月いっぱい呼吸器で持っていた患者さんに
今日久々にすれ違いました


ステロイドを飲み続けているので顔がむくんでたけど
結構元気そうで よかった

でも毎日寝つきが悪くて薬を増やしてほしいらしい

外来の先生があんまり話をしてくれなくてさびしいらしい


先生が外来持ってたら診てもらおうと思ったのに
先生なら話しやすいのに


ちょっと嬉しいような

でもほんとに外来を持つ頃には
忙しくてさばく毎日になっているかも知れないし

さばいてることに気づいててもどうにもならない日々になっているかも知れないし

さばくのが嫌で ゆっくり話聞いて
あの先生外来長いのよね・・・
と陰口を叩かれているかも知れない


どれもいやだな・・・・

両立って出来ないのかな



と思いながら


外来はまだまだ怖くて持てないな


と思ったのでした




みんな元気でいてねー

吐血の日 と あと2カ月 

February 07 [Sun], 2010, 16:21
土曜から日曜に当直しました


初めての完全徹夜 いわゆる完徹

だらだら起きていたわけではなくて

一晩に入院6人(+入院相当1人)
かつウォークインも救急車もいっぱい なんと吐血が3人も来た


あーつかれた



でもなんか働いた気がしない

働いたんだけど

働いた実感なし


なんか役に立たなくてだめだ だめだ


このまま2年目になるなんてまずい まずい



もーどうしたらいいんだろうね あと猶予は2ヶ月!  いやーーん
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