共産主義

July 11 [Thu], 2013, 4:57
チェコスロヴァキア国民は、同じスラヴ民族として、伝
統的にロシアに強い親近感を抱いており、建国当時、ロマ
ノフ王朝を打倒したレーニン型共産政権を志向する感情が
強かった。しかしマサリックは建国の当初から、何のため
らいもなく、国民を西欧型の議会制民主主義の方向に引っ
張っていき、共産主義には目もくれなかった。これがチェ
コスロヴアキアの繁栄の決め手になったのである。
マサリックは長い独立運動の間に、ロシア、英国、Zフ
ンス、イタリアそして大西洋を越えたアメリカにも何度と
なく渡り、シベリア経由で日本にも来たことがある。日本
の一九一八年のシベリア出兵はマサリックの要請、示唆に
よるところが大きかったという。夫人はアメリカ人で、当
時としては珍しい、広い世界の見聞と体験から、レーニン
のソ連共産主義をきびしく批判、デモクラシーの国家を造
り上げていったのである。
「ロシア革命の始まりから終わりまで私はロシアに滞在し、
つぶさに状況を見ましたが、あれは共産主義というよりは、
過激な暴力主義というべきものです。ペテルスプルクでレ
ーニンの革命宣伝を見聞しましたし、ボルシェヴィズム治
下にいましたが、レーニンのやり方は個人無視の少数派に
よる独裁主義で、乱暴極まるものでした、個人の自由と人
格の尊重がなければ、民主主義の国家とはいえない
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