地獄の三時間。

September 23 [Fri], 2011, 6:01
日の夕方のことでした。裕太から電話がかかってきました。はぁい、なにわたしは、いもの調子で呑気に応対しました。すると、裕太もしごくンビリした感じでお母さんおれ、事故したみたいやねんと言うのです。おいおいおいおいわたしは、もうぉ、また何処かに原付をぶけたか、転んだかしたんだろうと思って何よそれと、ちょっと怒った声で答えました。すると、裕太が救急車の中らしいんやけど、救急隊の人と代わるわと言います。えっ救急隊の人わたしが、予想もしないその言葉に絶句していると、救急隊の人が裕太の携帯電話の向こうから裕太くんのお母さんですね。裕太メルカノくん、事故にあわれて、頭を打っているようです。今、救急搬送する病院を探しているところですが、決まり次第連絡しますから、すぐに来ていただけますかと言うのです。えっはい電話は切れましたが、わたしは呆然自失状態です数分して、また裕太の携帯電話から電話がかかってきました。はい今度は、噛み付くように答えるワタシ。でも、裕太は前回と同様、とってもンビリした感じでお母さんおれ、事故したみたいやねん。えっと救急隊の人に代わるわといいます。そして、救急隊の人からは淀川の病院に搬送します。すぐに出られますか何で来られますか一時間くらいですか矢継ぎ早に、質問が繰り出されます。一通りの質問に答えると、救急隊の人が電話を切りそうになったのであの、息子が、さっきと全く同じことをいったのですが、大丈夫でしょうかと、あわててたずねました。すると、隊員の方はアッサリと頭、打ってますからね。じゃあ、急いで来てくださいと言いましたわたしは、急いで病院の場所をネットの地図で確認します。うちの車にはナビが付いてないので、病院周辺の地図をプリントアウトして握り締めました。一緒に行くという母を押しとどめ、状況が分かったらすぐに電話するからとなだめ夫に電話をして、とにかく病院に言ってくるといって、家を出ました。でも、時刻は土曜の夕方もっとも、道が混む時間帯です。どこもかしこも渋滞だらけ気は焦れど、車はちっとも前に進んでくれません。大丈夫、元気な声やったもんあの子に何かあるはずがないやんもし万が一、何かあったとして、それをワタシが感じないわけがないもん、だから大丈夫やねん繰り返しそんなことばかり考えていました。すると、どうしようもない深い渋滞でイライラしているその時に、知らない番号から、わたしの携帯電話に着信がありました。裕太さんのお母さんの携帯電話ですかはい、そうです私、病院の集中治療室担当看護師の〇〇です。こちらに来ていただけると聞いているのですが、どうされましたか向かってはいるのですが、渋滞にはまりこんでしまって、い到着できるか分からないんですそうですから、向かっていただいているのならいいんです、ではあの息子は大丈夫なんでしょうか申し訳ありませんが、電話ではお話できないことになっています。ではそりゃぁ、この後、わたしは泣きましたよそりゃぁ、そうでしょうよやっと病院にいて、息せき切って受付に走りこんで救急車で運ばれた裕太の親ですと言いました。すると、受付の男性は、電話で裕太さんのお母さん、着かれましたと、どこかに連絡しています。そして今、処置中ですので、すんだら、すぐに担当医師から説明があります。それまでに、これに記入しておいてくださいと、いろんな書類を渡されました。今、そんなの書いてられんよと思いも、じっと座って待っているよりましかと、せっせせっせと必要事項を記入していたら、やっと看護師さんに呼ばれて、治療室内に通されました。裕太は、ベッドというよりストレッチャーみたいなものに載せられ、う伏せで、頭からタオルをかぶせられて、ほとんど姿が見えない状態でした。こわごわ近づき、顔のあたりに、自分の顔を近づけて裕ちゃんと声をかけると、ぼやぁとした顔で、こっちを向いてお母さんおれ、事故したみたいやねんと言います。分かってるよ、何度も聞いたからと、わたしが言うと、傍に立っていた看護師さんがこれから、なまだまだ何度も何度も言いますよと微笑んでいました。心配した脳内出血もなく、頭蓋骨骨折もなく擦り傷や打撲はあるものの、体の骨折もなく今のところは大丈夫と、若い先生は言いました。一人にしておくのは危険ですから、入院しますか。お母さんがずっと付いておられるなら、自宅に帰られても結構ですがと言われたので、裕太に入院する実家に帰ると聞くと、そこは間髪いれず帰るというので、連れて帰ることにしました。車の中では、看護師さんの予言どおり、十個ほどのフレーズを、五分テープがエンドレスでかかっているみたいに、言い続けていました。おれ、事故したんどこで誰と怪我したん、俺だけそれは良かったなバイト先に電話せなこれ、二度目やな。前にも、全く同じこと、あったよなバイク、どおなったなどなど。もちろん、全ての質問に答えているのですが、五分後には、質問したことすら忘れてしまうようで、またおれ、事故したんどこで誰と怪我したん、俺だけそれは良かったなが始まります。ちなみに、今は、そんなことはないですが、そのかわりに、わたしが病院に迎えに行ったことも、車で二人で実家に帰ってきたことも覚えていません。どうやら、事故の前日の夜くらいの記憶が最後で、次は、事故当日の深夜くらいから記憶が再び定着し始めたようです。それにしても電話を受けてから、病院で彼に会うまでの約三時間生きた心地がしませんでした。もう、こんな思いは懲り懲りです。ったくもうほんとにでも、生きててくれて、よかったただ、それだけで十分だと、そう思いました。
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