三日坊主にもなれなかった。

January 24 [Mon], 2011, 10:51
週末は週末というすごい敵と戦っていました。

頭が冴えていない時は自分が先日喋ったことすら忘れている。一貫性の無い事は喋っていないと思うけど(´・ω・`)
一貫性がなくなりそうなのはこのブログ(早くも!)

インスピレーション。
シックスセンスだとかセブンセンシズとかはよくわかりません><
ちょっと前に疑問に思っていたことの答えがテキトーに選んだアニメや動画にあることが多いです。ふらふらっとスーパーに行き、”当たり”を見つける。これは不思議。
偶然でも運命でもどうでもいいよ。求めている答えに触れられたんだから。
「やたら気になる」までいっちゃうとダメなんだよね。「なんでかな?」くらいで触れる。このくらいでビンゴ。
迷ったら最初の勘。

書こうと思ったら書くの大変なんだな、ブログって(´・ω・`)
(´・ω・`)ショボーンばっかり使ってるなー

カイジのチンチロの話で、「見えているのはいつも3面」で妙に納得した覚えがある。正六面体(いわゆるサイコロ形)の見える面は3面っていうのは知ってたけど、言われるとびっくりする。
小学二年生に箱を描かせた時、描かれた「見えている面」は4面だった。
箱の面に番号を書いて「3つしか見えないでしょう?」って言ってみたらあまり納得してないみたいだった。
円柱の影だけ見れば長方形でしょ。手に取ってみないとわからないものはたくさんあって、たとえばペットボトルの底は丸いことをわたしたちは知っていて、絵描きは底を丸く取る。
たとえば人物を描く時、この角度で足の裏は見えないとか考えて描くけど、風景や静物は見えたまま描くんだし、ソレが丸くても実は四角でも見たまま描けばいい。
何の話かっていうと、知識にずいぶんと惑わされている気がする。
水は何色?水色じゃないでしょ。無色なのは知っている。水が入ったコップを描く時、水は何色になる?
わたしの前にある綿棒のケースが半透明乳白色だけど、描く時は後ろのカーテンの青色模様をぼかして描くんだろうし。
立体であることを知っていて描くのと知らないで描くのとはちょっと違う。
子供の描く絵は、知っているものは絶対(人物を描くと見える角度無関係に両手足が存在したりする)で、知らないものは見えたまま描くように思う。

どうも、オトナになって見たまま受け止めるチカラが減った気がする。
サイコロもパースだの遠近法だの投影だの気にしてしまったり。
結果について確率を求めるようになったり。
今踏み出した一歩が正解かそうじゃないかなんていつになったら採点されるんだろうね?
たいして問題にならないことならインスピレーションの赴くまま行動してみてもいいんじゃない?
P R
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