何があっても前に進むだけ

September 14 [Thu], 2017, 21:16
ショックなことはある。
嫌なことはいくらでも起きるし、経験してきた。


それでもショックなことは起きる。


人を信じれば信じたぶんだけ、その傷はあるもの。


それを悔しいと思ってとっておき、次に進むための糧とできればいい。
時間は前にしか進まない。


だから、僕は前だけを考える。
よくなる明日を考えるんだ。


批判は風、裏切りは小石、失敗は回り道。


それでもゴールに向かっていることは間違いない。

都合よく他を名乗るな、事実に善悪はない。

July 23 [Sun], 2017, 21:34
知ること、学ぶこと。


現実として人間が向上する道はそれ以外にない。
人の周りに起きるその人にとって良いことは、その範疇でしか起こり得ない。


正しさを学ぼうとすれば、選択肢を失うだろう。
情報を判断してはいけない、ただ受け入れるだけにする。


ただそこにある事実と、様々な解釈を学ぶことが重要だ。


その人にとって悪いことは際限なく起きる。
全てを見て、受け入れよう。


そうやってできるだけ多くの事実を集めることで、僕らしい納得のいく判断が下せるはずだ。


責任を自分でもてる判断が下せるはずだ。




自分で決断し、自分で責任を持つ、自分の意志だ。



恨みや憎悪が生まれそうなんて、僕にとっては珍しい

July 04 [Tue], 2017, 9:36
これまで認識できていなかった、
体の疲れがどっと押し寄せてきた感じがする。


備え付けていた活力のタンクを奪い取られたような感覚。
苦労して作り上げた、この世を生き抜くための大事なタンクを。


自分の守るべきものが、其処にあったのだろう。





論理はジャスティスじゃない

June 17 [Sat], 2017, 10:51
人間はそもそも合理的ではない。
無意識の欲求や、七つの大罪にあげられるような欲、認知バイアスに引っ張られたりして、合理性を失いがちになる。


しかも失っていることに気付かずに判断することも多い。
合理的だと思い込んで行動してしまう。




左脳では、論理を組み立て、自分が納得できる落とし所を探し、右脳では直感的な気持ち良さを求め、統合して決断に至る。


論理だけでは直感的に良いと思えないものにNOを突きつける。


論理的に正しいことを、感情の流れに乗せて相手に伝えることができれば、思うようにハンドリングできるんだろう。


この辺りはあまり手の内を晒さない方が良いとこでもあるので、極めるのが難しいところ。






気持ちに敏感な人は、気持ちの反動や動きを考慮した上での論理思考ができるから、未来予測しやすいのかもしれないね。


感情と気持ちを研究する時が来たようだ。



否定的な意見

June 10 [Sat], 2017, 16:55
ネガティヴ要素はヒト、モノ、コト全てに存在する。
マイナスをなくすことが非常に大事なのはわかる一方で、
プラスの積み上げや、どう肯定していくか、が価値のある思考であり、尊い意見だと思う。


・省みること
・謙虚でいること
・自信を持つこと
・尊ぶこと


この要素が課題解決や、新しい価値の創造に繋がる。

人はネガティヴ要素に目を向けすぎると、その反動でポジティブ要素に触れようとしていく。
ネガティヴは吐き出すだけ吐き出させる機会が必要。

マイナスな要素をプラスの力に変えるよう、僕は愛情のエネルギーを以って、取り組んでいこうと思う。

時間という資産がある限り、資本主義では不平等

March 16 [Thu], 2017, 23:52
時間は有限であるが、人によって当然価値が違う。


レストランにおいて、とても優秀なシェフの一時間は数万円に値するが、
それがビルの建設現場になったら、せいぜい千円程度の価値だろう。


残業は良いことではないが、
「ビルの建設現場にいる優秀なシェフ」がレストランにいた頃の感覚で「私は優秀だからもっともらうべきだ」「残業は、そういう環境を作っている会社が悪い」と言って、拒んだらどうなるだろう。


時間や労働の価値は、その環境と人の特性・スキルがマッチしてこそ最大化される。


優秀だと力を発揮できる環境と特性・スキルがあってこそ、価値が生まれ、残業がなくなり、資本主義として正しい形となるだろう。


自分が環境と合っていて、最大限の価値を生んでいなければ、残業を嘆く資格はない。


価値を生んでこその、権利と平等。
それが資本主義なんだということを忘れてはいけない。


極端に言えば、


資本主義においては「なんの価値も産まない 人間」には、与えられる権利や平等が限定的になる。


とゆーことだ。




己の価値を高めることが、皆と平和のためだから。

未来を見出す

February 19 [Sun], 2017, 21:44
気付きと創造を組み立てて、自分が知らなかった刺激をもらう。


普段使わない脳の部分を働かせて、
己が小さくならないようにしていく。


乖離していく実情はあれど、それを一つに留めることで、より崇高なタレントを生み出すこととする。


信じろ、自分を。
創造性と理論の狭間を見出せ。
感覚だけが正じゃない。
理論だけが完璧じゃない。


改革と感動と確かな納得を。


築け未来を。







必需の努力

February 02 [Thu], 2017, 23:09
むずかしい。



人とコミュニケーションとるっていうのは、むずかしいな。


漏れ、ズレだらけ。


いくら時間があっても足りない。
漏れとズレが毎日産まれて、毎日埋めて。


距離が遠くならいように調整して。






ひとりで気ままに。


それは、


結果ひとりで全てを背負って。


ひとりで死んで。






でも、人といるって努力が欠かせないね。



僕の意識が続く限り

January 23 [Mon], 2017, 23:38
彼はまだ僕の中にいるのか?


激しく利己的な彼は、もうここ数年出てこない。


僕の中から消えたのか?
統合がうまくいったのか?


実験的に呼び出すのは危険すぎる。




彼が最後に出たのはもう、5年近く前か。。。。










僕の意識があるうちは、彼の出番はない。

自らを知りつつも、自らを決めてはならぬ

January 18 [Wed], 2017, 16:08
自分が成長したと感じるこの一年は、自分の未熟さを痛感する一年でもあった。
学べば学ぶほどに「できる人」や「もっとすごい人」がいることに気づき、それと対比して「自らに不足しているものがどれだけあるか」が浮き彫りになった。

しかし、成長とはそういうものかもしれない。
できる人ほど、理想や実現可能な目標である「もっと上」を知っていて、未熟で成長しない人ほど、知らないからこそ「井の中の蛙、大海を知らず」となる。

自分が「できないこと」と思っていることは、本当は「できること」で。
自分が「やりたくないこと」と思っていることは、本当は「やらなければいけないこと」という事も十分にあり得る。

それが本当に「できないこと」なのか「やりたくないこと」なのかを決めるのは、全知全能の神だけであり、自分で決めてしまうと、それが檻や鎖になり、自らのマインドを縛りつける。

檻に入れられた獣や、鎖に繋がれた獣ほど、「自分がゆく先」を案じて、怖いから吠える。

檻や鎖が無ければ、自分の居場所は自分で作り、自らを創っていくことも自主的に行う。

依然せず、決めつけず、心を解き放つ事が成長に繋がり、自らを豊かにしていくのだろう。