1.百合野 

2006年04月22日(土) 11時11分
相澤 百合野。

彼女のフルネームを漢字でこう書くのだと知ったのは、晴れた春の日だった。

俺に宛てた手紙の最後に書かれたその名前を、ゆっくりと反芻する。

ああ。花が好きな君にぴったりの名だな・・・




1 . 百合野




「・・・ゆりの、ちゃん・・・?」

彼女と初めて顔を合わせたのは、からっぽの病室だった。

閉じた窓の外は、梅雨の只中の6月にしては珍しく よく晴れてまぶしかった。

呼びかけてみたものの返事を返してこない後姿は

ベッドの横の椅子に静かに腰掛けていた。

肩にかかった 光に透けて柔らかそうな髪の毛先まで、完全に静止していた。

ぱたん

俺は病室のドアを閉めて、彼女の後姿に歩み寄った。

窓からの光が当たっているベッドとその周辺は 病室の白の反射でことさら眩く

光の中で動かない彼女の背中はなんだか 永遠の静けさの中にあるようで

聖域に踏み込むのを畏れるように、俺は目を細めて 足を止めた。

彼女の3歩くらいうしろから その背中に向かって、

澄んだ空気が振動するのを感じながら声を発した。

「・・・俺、イチイ。 砂塚 壱衣。」

ぴくり、と 肩がゆれた その次の瞬間

柔らかそうな髪を翻して くるりと振り向いた彼女は、

おどろいたように目を丸くして俺を見上げた。

「さつか、いちい くん・・・?」

「うん」

どうやら俺が病室に入ってきていたことに気づいていなかったらしい彼女は

俺の名前をつぶやきながら 目をぱちくりさせた。

「ああ、びっくりした・・・わたし、あいざわ・・・」

「ゆりのちゃんでしょ?」

・・・あいつから、よく聞いてるから、知ってるよ

そう付け加えようとして、言うのをやめた。

「こんにちは。・・・そうか、あなたが ”イチイ”くん・・・」

彼女のほうも あいつから俺の話を聞いていたんだろう。

安心したように、少し微笑んだ。

ふにゃり、という擬態語が合うような笑い方だった。

俺もつられて、ふにゃり と頬がゆるんだ。

真っ白い病室で、窓に切り取られた空の青が映えていた。


これが 俺と彼女の出会いだった。
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