そっくりさん 

2005年01月28日(金) 23時57分
「イズミちゃんがいっぱいいたで」
先日、京都国立近代美術館でやっている「草間彌生展」を見て来た友人が、家に帰ってくるなり言った。畏れ多くも、展覧会場のいたるところにあった草間さん本人の写真が、私に似ていると言うのである。

私は、少し複雑な気分になった。
あの眼力強い草間さんに似てるなんて、ちょっと人に自慢できそうだ。
でも、まてよ、私の顔はそんなに「忘れがたい」ほどパンチ効いてるだろうか。自分では自覚していないけれど、他人からはインパクトのある顔に見られているのだろうか。嬉しいとも、嬉しくない、とも言えない微妙な気持ち。
最終的には、ただ単に、「オカッパ頭」と「デカイ目」に共通点があるだけでは、というところに落ち着いた(まぁ、それほどマジメに議論したわけでもなく)。

ところで、有名人のなかで今まで私がいちばん「似てるんちゃう?」と思ったのは、しまおまほである。
過去それを指摘したのは2名だけだが、自分ではもっと多くの人に指摘されてもおかしくない、と思うくらい似ていると思う。やや腫れぼったい感じの目の大きさ、とか、目と目の離れ具合とか。やっぱりポイントは「目」なのだ(顔は私のほうが丸い)。

草間さんが私のおばあちゃんで、しまおまほが私の姉妹だったら、愉快な家族になるかもしれない。でも、互いにひどく疲れるやろうな。疲れないように、それぞれが好き勝手して、家族としては崩壊するかも。

ちなみにその場合、お母さん役には誰が相応しいんだろう。
考え出したらキリがないので(それに少々バカらしくなってきたので)このへんでやめときます。

皆さんは、誰に(何に)似てると言われますか?

ゆっくりさよならをとなえる 

2005年01月27日(木) 22時11分
近頃、川上弘美の本を好んで読んでいる。
今読んでいるのは、『ゆっくりさよならをとなえる』というエッセイ集。
ご本人の言葉を借りれば“「本のこと」と「まごまごした感じ」”な日常が書かれたものだ。

たしかに、まごまごした感じ、全体にゆったり穏和な空気が流れている。けれど言葉にはゆるみがなく、一つひとつ丁寧に選び取られたものであることがわかる。
彼女の書く小説も、そう。一滴一滴時間をかけて搾り取ったフレッシュジュースのような清々しさがありながら、飲んだ(読んだ)あとは、いたってまろやか。
あまりに文章が「優しく」頭に入ってくるので、それを「易しさ」と勘違いして、ついつい自分でもこのような文章を書ける気がしてしまう。

が、私も川上弘美中毒になって久しいので、最近はもう騙されない(べつに作者は騙してるつもりもないだろうけど)。こんな言葉を使うのか、とか、こんな考え方をしてるのか、とか分析?しながら読んでいる。
お子さんが二人、もちろん旦那さんもいらっしゃって、しかも小説やエッセイを書いているのだから、たぶん日常生活は、私や多くの一般人と同じようにバタバタしているのではないかと思う。

おそらくは、視点が違うのだ。
バタバタのなかにいても、自分の半径数メートルにあるささいな風景を見逃したりしない。どうもこれは子どもの視点なんじゃないか。
小学生の頃など、朝は7時前に起きて、学校に行って、そのあと習い事に行ったり友達と遊んだり、家に帰ってきて夕食を終えれば、9時には寝なさいとか言われて、就寝までに宿題をしたりテレビを見たりお風呂に入ったりしていた。
案外、忙しかったはずなんだけど、当時は「忙しい」という意識も全くなく、通学路で雑草を摘んだり、形のいい石を見つけては足で蹴ったり、ブランコに乗って靴を飛ばしたり、子犬を拾ってきて叱られたりしながら過ごした。
今より睡眠時間が長かったのに、今よりずっと起きている時間が長かったように感じる。

理由好き 

2005年01月26日(水) 2時24分

「自分の言葉をもとう」と決心したのには(などと言うと大げさだが)、
いろんな理由がある。
あえてここで理由を記す必要はなさそうだけど、私はたいがい直感で
動くことが多いので、そのあとに何故そうしたのかを理由づけしては、
自分を安心させている。そうそう、ただの思いつきじゃないねんで、
私なりに考えた結果なんやで、と。
たぶん、自意識過剰なくせに小心者なのだろう。

さて、このたび「cotobird」ブログを立ち上げた理由は

一・広告の文章をつくる仕事をずっとしていたら、「人の思いや商品の魅力を
  伝えるのも面白いけど、自分の見たものや考えてることも発信してみたい
  なぁ」と漠然と思うようになった。

二・有名人でも個性的な人間でもない私が「自分のことば」を発信したところ
  で、社会的になんの意味があるのか?と疑問だったが、このさい意味なんて
  なくてもいいんじゃないかと寛容に思えるようになった。

三・「二」のように思えるようになったのは、私の友人たちのブログによる
  ところが大きい。彼らも私と同じく一般人だが、それぞれのブログは
  各人の趣味趣向、考え方、生活スタイル、人となりを非常によく表して
  いて、とても興味深く面白い。また日頃めったに連絡をとらない友人でも
  ブログを見ることで近況が知れる。

というわけで、私が書く言葉に少しは反応してくれる人がいるかもしれない、
というかすかな期待を抱きつつ、基本的には自己満足的にブログをオープン
することにした。

ただの自己満足でも、「誰かが見てくれているかもしれない」状況は、
「自分の言葉をもつ」うえで、とても重要なことだ。

ことばをもつこと 

2005年01月25日(火) 23時10分

言葉をもつのは、勇気である。
と詩人の上田假奈代さんは仰っていた。

ほんとうに、その通りだと思う。
私はライターという職業に就きながら、
さらに長年詩を書いていながら、
ずっと自分の言葉を発することに自信が持てないでいた。

たとえば受注仕事の文章であれば、あらかじめ「こう書いてください」
というのがだいたい決まっている。それに沿って取材し原稿を書く分には、
私の文章のクセは出るかもしれないけれど、私自身が表れることはないので
安心して書くことができる。
(逆に言えば、私じゃなくてもいい、ということだが…)

しかし、メールや手紙など完全にプライベートな文章になると、
とたんに緊張してしまう。それほど親しくない人に送る場合などは
何度も何度も読み直すので時間もかかる。
浅はかな人間だと思われないだろうか、浮かれすぎていないだろうか、
もしくは暗いトーンじゃなかろうか、失礼なことを書いてないだろうか、うんぬん。文章は“人”を表す、というから、どんな風に見られているのか、とてもこわい。

しかし、この度、いろんな理由あって「言葉をもとう!」と決心したのである。
したのである、なんてエラそうに言われてもどーでもいいことと
思いますが、私にとってはたぶん大きな一歩になるはずなので、
どうぞ温かく見守っていてください。

2005年01月
« 前の月  |  次の月 »
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
最新コメント
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:cotobird
読者になる
Yapme!一覧
読者になる